てってけて〜、てってけて〜♪
てってけてけてけ、てってってっ♪
「――ん?」
てってけて〜、てってけて〜♪
てってけてけてけ、てってってっ♪
「何だ、この音楽……?」
ちゃっちゃらちゃ、ちゃっちゃらちゃ♪
ちゃっちゃっ、ちゃらららら〜ら〜♪
――どお〜んっ!
「やっほ〜、まこり〜ん♪
「……ラジコン戦車?」
第244話 「やわらか〜い」
「あのな〜、母さん……、
病院に、ラジコンなんか持ち込むなよ」
「大丈夫だよ、有線式だし」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
――母さんが、お見舞いに来た。
仕事が忙しいにも関わらず、
母さんは、割と頻繁に、面会に来てくれる。
おそらく、入院中、俺が退屈している、と思ってのことだろう。
まあ、それは良い。
その気遣いは、素直に嬉しい。
だが、しかし……、
退屈を紛らわす為とはいえ……、
「どうどう? 良く出来てるでしょう?」
「…………」(汗)
面会に来る度に……、
思わず、現実逃避したくなるくらいに、
常軌を逸した行動をするのは、正直、勘弁して貰いたい。
「……もう、ツッコむ気も失せたよ」
「そんなこと言わないでよ〜。
まこりんなら、いくらでも、ツッコんで良いんだよ?
いつでも、何処でも、ずっこんばっこん♪」
「なあ、母さん……?」
「うん? な〜に?」
「今、次世代型OSを開発してるんだよな?
頼むから、性格設定に、変な悪影響を与えないでくれよ?」
「ごめん……もう手遅れ」
「――何だって?」
「だ、大丈夫、大丈夫……、
あの子のことは、さんちゃんに任せてるから」
「誰だよ、さんちゃんって……?」
母さんの不穏な発言に、
俺は、メイドロボの未来に不安を抱かずにはいられない。
まあ、取り敢えず、ここは、
その『さんちゃん』という人に、全てを託し……、
俺は、目の前の問題に対処することにしよう。
「――で、これは、一体、何なんだ?」
ベッドの上から手を伸ばし、
床を走り回っていた、珍妙な『それ』を拾い上げる。
これは……戦車、なのか?
拾い上げた『それ』を、観察しつつ、
俺は、その奇妙奇天烈なデザインに首を傾げる。
強いて言うなら……生首戦車。
恐らく、これは、母さんの顔なのだろう。
大幅にデフォルメされた、
母さんの頭の両側に、キャタピラが付いている。
このキャタピラが、自分が戦車だと、頑なに言い張っている。
――何故に、キャタピラ?
――何故に、母さんの生首?
色々と疑問はあるが……、
取り敢えず、これは、戦車という事にしておこう。
「可愛いでしょ〜?」
「……それ以前に、恐いぞ」
得意気に、無い胸を張る母さんに、俺は、冷たく言い放つ。
いくら、デフォルメされているとはいえ、
こんなのが走ってるの見たら、かなり怖いと思うぞ。
特に、夜中の病院とか……、
小さな子供が見たら、マジでトラウマものである。
「で、もう一度、訊くぞ……、
このキテレツな戦車は、一体、何なんだ?」
「やわらかみーちゃん♪」
「やわらか……いのか?」
母さんの言葉に、俺は、戦車に視線を戻す。
そして、その名前の由来を、
確かめる為、戦車を、指で軽く突いて見た。
ぷにぷに――
「――うおっ!?」
取り敢えず、戦車の……、
母さんの頭のあたりを突き、俺は、驚愕する。
ほ、本当に柔らかいっ!?
まるで、ゼリーみたいにプルプルだっ!
これ、一体、どんな材質で出来てやがる?!
弾力性といい、触感といい……、
市販されてるヌイグルミなんて、比べ物にならないぞっ!
ってゆ〜か、戦車なのに柔らかい、って、どういう事だよ!?
「凄いでしょ? 凄いでしょ?
来栖川エレクトロニクス、驚異のメカニック!!」
「……やっぱり、来栖川製か」
「ボディーの弾力と肌触りには、
最新メイドロボの技術を惜しみ無く使用!」
「技術の無駄遣いは止めろよ」
「でも、皆、ノリノリで作ってたよ?」
「こんな奇天烈な物を……、
何を考えてるんだ、あんたの職場は?」
「源ちゃんを筆頭に、皆、趣味で生きてるから〜」
「……将来の進路、考え直そうかな?」
薄々、気付いてはいたが……、
来栖川エレクトロニクスの、
はっちゃけっぷりに、俺は、ちょっと黄昏れる。
ぷにぷに――
でも、技術力は凄いんだよな〜。
最先端の技術が無いと、
この弾力性は、再現出来ないわけだし……、
さわさわ――
好きこそ物の上手なれ、と言うが……、
やっぱり、趣味人だからこそ、
到達出来る極み、ってのがあるのかな〜。
むにむに――
将来、希望が叶ったとして……、
俺みたいな、普通の人間が、
果たして、あそこのノリについて行けるのかな?
「はあ〜……」
手の中で、戦車を弄り回しつつ、
俺は、自分の将来への不安に、深く溜め息を吐く。
「んふふ〜♪」
そんな俺の様子は、母さんは、別の意味で捉えたようだ。
何故か、妙に嬉しそうに……、
ニマニマと笑みを浮かべて、俺を見つめている。
「……何だよ?」
「まこりんってば、病み付き?」
「病み付き、って……何に?」
「やわらかみーちゃんの感触に♪」
「まあ、確かに……よく出来てはいるが……」
母さんの様子に、不穏なものを、
ヒシヒシと感じつつも、俺は、素直な感想を述べる。
デザインはともかく……、
この感触の再現度は、評価に値するからな。
すると、母さんは……、
ニマニマ笑いを、さらに、強くして……、
「ちなみに、その感触は、何をサンプルにしたと思う?」
「おい、まさか……、
新型メイドロボのボディーとか言わないよな?」
――具体的には、胸とか?
と、それは、心の中で、
密かに呟きつつ、俺は、母さんの質問に答える。
「そんな酷いことはしないよ〜。
メイドロボだって、歴とした女の子なんだから」
「それを聞いて安心した……、
じゃあ、何をサンプルにしたんだ?」
「みーちゃんの……お・し・り♪」
「うぉらぁぁぁっ!!」
「投げつけるなんて、酷い〜!
折角、まこりんの為に、一生懸命作ったのに〜!」
投擲した『それ』が、母さんの顔面に直撃した。
柔らかいとはいえ、
流石に、それなりの衝撃はあったようだ。
母さんは、ペタンと尻もちを付き、ワザとらしく、泣き真似をする。
「捨てた〜! まこりんが捨てた〜!
さんざん、みーちゃんのお尻を弄んだ挙句、ポイ捨てした〜!」
「やかましいわっ!!
羞恥心は無いのか、あんたにはっ!!」
「……CDなら買ったけど?」
「その羞恥心じゃねぇっ!!
一応、女だろう?! 人妻だろう?!
恥じらいとか、慎みとか、そういうのは無いのか?」
「大丈夫だよ、なおりんの完全監修だし〜♪」
「何を考えてやがる、あのクソ親父はぁぁぁぁっ!?」
「まこりん、落ち着いて……、
煩くすると、他の患者さんに迷惑だよ?」
「ええい、お前が言うなっ!!
それに、この病室は、ちゃんと防音設備がされとるわ!」
「……あややん、気を遣ってくれたんだね?」
「どんな意味での気遣いなのかは、知りたくもないがな!」
「――はっ!? 防音完備?!
じゃあ、みーちゃん、襲われちゃう?!」
「誰が襲うかぁぁぁぁぁっ!?」
「だから、まこりん……、
もうちょっと、静かにしないと……」
「ちゃんと防音されてるって――」
「――窓、開いてるし」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
・
・
・
しばらくして――
慌てて、窓を閉めた俺は……、
布団を頭から引っ被って、枕で耳を塞いでいた。
まるで、何かに脅える仔猫のように……、
このまま眠ってしまえば……、
残酷な現実から逃れられると信じて……、
――しかし、常に世界は優しくない。
俺のベッドの隅に腰掛け、
戦車を操作する、母さんの楽しげな歌声が……、
……強引に、俺を現実へと繋ぎ止める。
やわからみーちゃんの心は一つ♪
孫抱きたい♪ 孫抱きたい♪
胸に抱くは、ろりろり魂♪
心は、いつでも、14歳♪
いつも、犬の背中に乗っている♪(ワオ〜ン)
三日に一度は、旦那に襲われる♪(なおり〜ん)
やわらかみーちゃん、やわらかみーちゃん♪
他の追随を、許さぬ幼さ♪
指先で、突付かれたら、可愛く喘ぐ♪
聞こえない……、
俺には、何も聞こえない……、
――現実逃避、現実逃避。(泣)
<おわり>
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