ピロリロリロ♪

 ピロリロリロ♪


「――おっ? あかりからか?」

「病院では、携帯の電源は切っておけよ」

「わりぃ、わりぃ……忘れてた」

「それにしても、浩之……、
お前、携帯なんて持ってたんだな?」








「……意外か?」

「ああ、割とな……」











第242話 「携帯電話」










「浩之が携帯とはねぇ……、
俺が入院してる間に、時代も変わったな〜」

「まだ、数日しか、入院してね〜だろが」

「そのくらい、意外だ、ってことだよ」

「まあ、お前の言う通り……、
俺も、最初は、ガラじゃない、って思ってたからな」

     ・
     ・
     ・








「……便利か?」

「ああ、持ってみると、これが、なかなか……」

「ほうほう……」

「……お前は、持たないのか?」

「ガラじゃないな……、
それに、必要性を感じた事が無い」

「まあ、お前の場合は、
大抵、誰かが、側にいるからな〜」

     ・
     ・
     ・








「ああ、ところでさ……、
浩之が、持ってるって事は……」

「……当然、あかりも持ってるぞ」

「機種はお揃い? 色も?」

「ノーコメントだ」

「しかし、あかりさんと……携帯……?」

「……何だよ?」

「いや、携帯電話って……、
あかりさんのイメージに合わなくて……」

「気持ちは分かるが……、
ちなみに、神岸家の電話はコードレスだぞ?」

「――なんですと?」

「さらにっ! あかりの部屋には子機がある!」

「ありえねぇ〜っ! 金返せ〜、って気分だっ!」

「なあ、お前が抱いてる、
あかりのイメージって、どんな感じなんだ?」

「うむ、例えば――」

     ・
     ・
     ・








 ――ジリリリ〜ン!

 ――ジリリリ〜ン!


 ある休日の朝――

 玄関先にある黒電話が……、
 まるで、急かすように、けたたましく鳴り響く。

「はいはい、ちょっと待ってて〜」

 それを耳にした、あかりさんが、
少し慌てた様子で、小走りに、台所から出てくる。

 わざわざ返事をしながら――
 濡れた手を、エプロンで拭きつつ――

 あかりさんは、受話器を取ると――

「もしもし、藤田ですけど?」

『はあはあ、お、奥さん……、
今、何色の下着を穿いてるのかな?』

 聞こえてきたのは――

 不気味で、気色の悪い……、
 荒い息遣いの、怪しい男の声だった。

「えっ? えっ? えっ?」

 突然の出来事に、あかりさんは戸惑ってしまう。

 そして、狼狽えるあまり――
 顔を真っ赤にして、思わず正直に――
















「ご、ごめんさない……、
わたし、今、何も穿いてないんです」

















 
――ボカッ!!


「ぐはっ……!?」

「ったく、黙って聞いてりゃ、
馬鹿みたいな妄想を展開しやがって……」

「だからって、殴らなくても……」

「……お前、今、あかりの裸エプロン姿を想像しただろ?」

「怒るの、そっち?」

「――当然だ」

     ・
     ・
     ・








「ちなみに、シチュエーションとしては、
朝の情事の後、浩之にせがまれ、仕方なく、
でも、内心ではノリノリで、あかりさんは、裸エプロンをすることに……、
で、朝メシを作ってると、突然、電話が掛かってきた、ってところか?」

「あ、あのなぁ……」

「ちなみに、電話の相手だが、
当初は、悪ふざけをする耕一さん――」

「あ〜、あの人なら、そういう冗談やりそうだな」

「――だったが、たった今、犯人は、お前になった!」(びしっ)

「俺かよ!? 何故っ!?」

「お前が携帯を持ったなら、朝メシを作る、
あかりさんに相手に、こっそりと、そういう悪戯をやりそうだ」

「…………」

「ちなみに、あかりさんも、相手が、
お前だと、すぐに気付いたからこそ、わざと正直に――」

「あ〜、お前さ……」

「……ん?」

「入院中、暇だからって……、
ずっと、そんな馬鹿みたいな妄想してるのか?」

「いや、これは妄想じゃない」

「はあ……?」

「妄想、ってのはな……、
現実では起こり得ない事を言うんだぞ?」

「……だから、何だよ?」

「お前の家ってさ……、
電話は、何処に置いてあったっけ?」

「玄関だが……?」

「将来、二人が夫婦になるのは、確定事項だよな?」

「うっ、ま、まあ……」

「なら、朝の情事をしない、と?
その後、裸エプロンをやらない、と?
さらには、電話を使った悪戯をしない、と?」








「……すまん、俺が悪かった」

「――びくとり〜♪」








「ったく、見透かされてるな〜……」

「俺は、信じてたぞ……、
お前なら、絶対にやる、ってな」

「その信頼のされ方は、どうかと思うが……」

「まあ、浩之だからな〜……」

「でもな、誠……、
お前は、まだまだ、甘い……」

「――なにっ?」

「確かに、今の話は、妄想じゃない。
だが、同時に、『未来に起こり得ること』でもない」

「ど、どういことだっ!?」








「ふはははははははっ!
その程度のプレイは、既に実践済みだっ!!」


「――し、しまったぁぁぁ〜っ!!」








「な、なんて無様……、
俺は、浩之を、甘く見すぎていたのか」

「はっはっはっはっ!!
そういうネタで、俺に勝とうなんて、百年早い」

「まだまだ甘いな、俺は……」

「――うむ、精進するが良い」

     ・
     ・
     ・
















「誠君……楽しそう」

「まーくん、入院中は、
いつも退屈そうにしてるから……」

「誰かが、お見舞いに来てくれると、嬉しいんですよ」

「申し訳ありません、楓さん……、
折角、隆山から来てくださったのに……」

「いえ、収穫はありましたから……」

「――はい?」

「オーソドックスだけど……、
やっぱり、誠君の相方は……」(ぶつぶつ)

「……?」
















 忍び寄る魔の手に――

 俺と浩之は……、
 まだ、気付いていなかった。








<おわり>
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