「さて、今日も、散歩にでも……ん?」
「はみゅ〜、無いよ〜……、
何処で、落としちゃったのかな〜?」
「……落し物か?」
「うん、ペンダント……、
とっても、大切な物なの……」
「大切な物なら、ちゃんと持っとけよ」
「はみゅ〜……ゴメンなさい」
「ったく、しょうがね〜な〜……、
どうせ暇だし、俺も、探すの手伝ってやるよ」
「――ありがとう、誠(」
第240話 「探し物は何ですか?」
「ねえ、誠……見つかった?」
「う〜ん、無いな〜……」
ある日のこと――
散歩に行こうとした俺は、
廊下で、探し物をしている少女に出会った。
訊けば、大事なペンダントを、落としてしまったらしい。
まあ、どうせ暇だし……、
探し物を手伝うのも、悪くないよな。
と、俺は、協力を申し出て、
彼女と一緒に、病院中を歩き回る事になった。
尤も、車椅子に乗った俺では、大して役に立てないのだが……、
「ねえ、誠……見つかった?」
「う〜ん、無いな〜……」
車椅子を巧みに操作し、俺は、自販機周辺を調べる。
そんな俺に、談話コーナーを、
探し終えた少女が、期待を込めて訊ねる。
「そっちはどうだった? え〜っと――」
軽く首を横に振りつつ、
俺は、彼女に、同じ問いを返そうとし……、
そこに至って、ようやく……、
俺は、彼女の名前を知らない事に気が付いた。
それを察したのか……、
彼女は、クスッと微笑むと……、
「優季だよ……『佐倉 優季』♪」
「ほいほい、了解……」
名乗る少女に頷き、俺は、改めて、優季に訊ね返す。
「それで、優季の方は……、
って、その様子じゃ、訊くまでもなさそうだな」
「うん……」
俺の言葉に、優季は表情を曇らせる。
その表情からして、探し物は、
余程、大切な物なのだろう、という事が分かる。
やれやれ……、
さすがに、困ったな……、
なんとかして、見つけてあげたいけど……、
「ったく、捜索範囲が広すぎるぞ」
「はみゅ〜……」
愚痴る俺に、優季は、申し訳無さそうに肩を落とす。
彼女が落としたペンダント……、
どうせ、すぐに見つかると、思っていたのだが……、
探し始める際に、優季が、
俺に言った、捜索範囲は、あまりに広く、大雑把であった。
この病院内の何処か――
訊けば、先日、入院中の、
知り合いの病室が、変わったらしく……、
つい先程まで、その病室を探して、病院内を彷徨っていたそうな。
どうやら、その途中で、
ペンダントを落としてしまったらしい。
「おっちょこちょいだよな〜」
「うん……よく言われる」
呆れ顔の俺に、優季は、
ますます、落ち込み、小さくなっていく。
さすがに、言い過ぎたか……、
と、俺は、話題を変えようと、自販機に向き直る。
そして、ポケットから、財布を取り出すと……、
「少し、休憩しよう……、
優季は、何か飲み物はあるか?」
小銭を用意しつつ、俺は、優季に訊ねる。
すると、優季は……、
自分の財布を、慌てて取り出し……、
「い、いいよっ! 私が出すから――」
「こういう時は、男にカッコつけさせろよ」
俺に制され、優季は、一瞬、キョトンとした顔をする。
そして、何やら……、
一人で納得したように、頷くと……、
「そういえば……男の子だっけ」(ボソッ)
「――何か言ったか?」
「ううん、何でも無い……、
でも、やっぱり、ここは、私が払うね」
優季は、俺が乗る車椅子を、
半ば強引に押し退け、先に小銭を投入してしまう。
「……俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
「うん、ちゃんと聞いてたよ……、
だから、これは、探し物を手伝ってくれた御礼だよ」
「……俺にとっては、ただの暇潰しだ」
「なら、缶ジュースだけで充分だよね?」
「むう……」
そう言って、微笑む優季に、俺は、言葉を失う。
ようするに、ここで断ったら……、
別のカタチで、『ちゃんと御礼をする』ということか?
――勘弁してくれ。
たかが、探し物を手伝ったくらいで、
大袈裟に気を遣われたら、逆に、こっちが申し訳なくなる。
ここは、素直に……、
お言葉に甘えておくべき、か……、
「じゃあ……ご馳走になる」
「――うんっ♪」
俺が、渋々頷くと、
優季は、嬉しそうに自販機の前に立つ。
そして、商品の一つ……、
そのボタンに指を添えると……、
「え〜っと、誠は……、
コーヒー牛乳で良かったんだよね?」
「あ、ああ……?」
ごく自然に訊ねられ……、
だが、その言葉が持つ、
微妙な違和感に、首を傾げつつ、俺は頷く。
「――はい、どうぞ」
「サ、サンキュ……」
優季は、俺にジュースを渡すと、
自分の紅茶を買い、近くにあったベンチに腰を下ろす。
「……?」
ジュースの蓋を開けながら――
俺は、改めて、優季を……、
隣に座り、ジュースを飲む少女の姿を見る。
歳は、俺と同じくらいだろうか――
紺色のブレザーとスカート――
茶色の髪に、赤い大きなリボンを結び――
何処か、のんびとした――
天然っぽい雰囲気を醸し出す少女――
「……どうしたの?」
「いや、何でもない……」
俺の視線に気付いたのか……、
優季は、俺の方を向き、小首を傾げる。
俺は、それを誤魔化す為、ジュースを一気に煽った。
冷たいジュースで、喉を潤しながら……、
やはり、先程、抱いた、妙な違和感の事を考える。
――初対面、だよな?
なのに、どうして……、
俺の、飲み物の好みを知ってるんだ?
しかも、まるで――
それが、当たり前のように――
「……同じ、だな」
間違いない……、
この感覚は、あの時と同じだ。
昨日、中庭で……、
『高杉 歩』と出会った時と……、
懐かしさと、寂しさが――
ごちゃ混ぜなったような感覚――
「まったく……どうかしてる」
一瞬、脳裏を過ぎった考えに、俺は苦笑する。
優季に、訊いてみようか?
この感覚の正体が、一体、何なのか?
もしかしたら、彼女は……、
全てを、知っているのかも……、
……ほんとうに、どうかしてる。
こんな事を話したら、
絶対に、頭がおかしいと思われるに違いない。
だいたい、何て訊ねれば良いんだ?
――俺達って、以前に、何処かで会ったことないか?
――キミを見てると、懐かしい感じがするんだ?
「うわっ、最悪……」
――なんだ、そりゃ?
まるで、使い古された、
ナンパの常套文句みたいじゃないか。
まったく、矢島じゃあるまいし……、
そんな恥ずかしい……、
馬鹿みたいなセリフ、言える訳ないだろう。
「ちっ……」
――何だか、混乱してきた。
自分自身が判らず……、
俺は、苛立ち紛れに、空になった缶を握り潰す。
「ねえ……ホントに、どうしたの?」
「……別に」
そんな俺の顔を、優季が、訝しげに、覗き込んできた。
この苛立ちの原因……、
優季の顔を、まともに見られない。
俺は、彼女から目を逸らし、
またしても、誤魔化すように、空き缶を、ゴミ箱に放り込む。
そして、車椅子を走らせると……、
「――で、次は、何処を探そうか?」
サッサと話題を変える為……、
俺は、落し物探索の再開を、優季に促した。
すると、優季は、困ったように溜息を吐き……、
「はみゅ〜、それがね……、
もう、ほとんどの場所は探しちゃったの」
「……なんですと?」
優季の言葉に、俺は、顔を顰める。
つまり、探索場所の、当てが無くなり、
見つけるのが、さらに困難になった、ってことか。
「……中庭で落とした、って事は無いのか?」
「今日は、中庭には、一度も行ってないもん」
「じゃあ、もしかして……、
誰かが拾ってるのかも――ああっ!!」
そこまで言って、俺は、
ある可能性に気付き、思わず、声を上げてしまった。
「えっ?! なに? なに?」
いきなり、俺が大声を出したので、驚いたようだ。
目を白黒させている、
優季に、俺は、車椅子を押すように頼む。
「優季っ! ナースステーションだ!」
「――っ! ああ、そっかっ!!
優季は、それたけで、
俺が何を言いたいのか、理解してくれた。
すぐに、車椅子のレバーを握り、押し始める。
もちろん、向う先は――
最寄りのナースステーション――
俺の予想が正しければ……、
多分、探し物は……、
ペンダントは、そこにあるはず……、
・
・
・
「ペンダント……?
ああ、もしかして、コレの事かしら?」
かくして――
予想通り、ペンダントは、
ナースステーションに預けられていた。
もし、優季の落し物を、誰かが見つけ、拾っていたのなら……、
きっと、看護婦さんに、
預けられている違いない、と思ったのだ。
「これからは、気をつけてね」
「はい……ありがとうございます」
看護婦さんから、探していた物を……、
綺麗な金色の石が飾られた、
ペンダントを受取り、優季は、ホッと胸を撫で下ろす。
よほど、大事なモノだったのだろう。
優季は、ペンダントを、
優しく、両手で包み込むように握ると――
「ゴメンね……」
と、囁きかけて――
小さな宝物を……、
そっと、自分の首に掛けた。
「……?」
それが当たり前のように、
優季の胸元で、ペンダントが揺れている。
その姿を見た瞬間――
またしても……、
不思議な幻視が、俺を襲った。
『……貴方に会えて、良かった』
桃色の髪の少女が――
ニッコリと――
俺に微笑みかけて――
・
・
・
「――良かったな、優季(」
「うん……ありがとう、誠(」
「あれ……?」
――少し呆けていた様だ。
ふと、気が付くと……、
俺は、優季と一緒に、中庭に来ていた。
どうやら、俺が、ボ〜ッとしている間に……、
優季が、車椅子を押して、
わざわざ、ここまで連れて来てくれたようだ。
「ここで、良かったんだよね?」
「まあ、確かに……、
最初は、そのつもりだったけどな……」
「ゴメンね、付き合わせちゃって……」
「気にするなって……、
元々、ただの暇潰しだったんだし……」
申し訳なさそうに、優季は、苦笑いする。
そんな彼女に、俺は、わざと、
ぶっきらぼうな態度で、手をヒラヒラと振って応えると……、
「……ところで、お見舞いには行かなくて良いのか?」
「あっ、そうだった!
あんまり、浩治を待たせちゃダメだよね」
俺に話を振られて、当初の目的を思い出したようだ。
優季は、てへっと舌を出すと、
軽くステップを踏むように、一歩後ろに下がった。
そして――
俺に向き直ると――
「じゃあ……またね、誠」
「……ああ、またな」
そう言い残して――
優季は、手を振りながら、
スカートを翻し、軽い足取りで、駆けて行く。
「きゃう……っ!?」
――あっ、コケた。
転んだ拍子に、鼻をぶつけたようだ。
鼻の頭を擦りながら、優季の姿は、病院の中へと消えていく。
「やれやれ……」
そんなの彼女の後姿を、
最後まで見送り、俺は、肩を竦める。
――そして、ふと、ある事に気付く。
「『誠』、ねぇ……」
人懐っこいと言うか、天然と言うか……、
ったく、最後の最後まで、
初対面の相手を、呼び捨てにしやがって……、
そういえば、歩も、俺のことを、出会って早々に、呼び捨てにしてたよな。
まあ、そう言いつつ、俺も、
優季達の事は、最初から呼び捨てにしてたのだが……、
――おかしな話である。
会ったばかりなのに――
お互いの事なんて、何も知らない筈なのに――
こんなにも……、
親しげに話せるなんて……、
「って、ちょっと待て……」
――あれ?
そういえば、俺って……、
あの子に、名前、教えてたっけ?
……。
…………。
………………。
――うん、間違いない。
俺は、あの子に……、
優季に、自分の名前は教えてない。
にも関らず、優季は……、
出会った瞬間に……、
ちゃんと、俺の名前を呼んでいた。
――どうなってるんだ?
何故、優季は……、
俺の名前を、知ってたんだ?
<おわり>
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