「こんにちは、藤井君♪
今日は、良い物を持って来てあげたわよ♪」
「良い物、って……車椅子?」
「退屈してたんでしょ?
これがあれば、散歩くらいは出来るわよ?」
「……でも、良いんですか?」
「病院の中庭だけ、ならね。
ちゃんと、先生からの許可は取ってあるわ」
「じゃあ、早速、使わせて貰います」
「どうぞ、どうぞ♪」
「いってきま〜す!」
「いってらっしゃ〜い、気を付けてね〜」
第238話 「出会いは詩うように」
「あ〜、気分爽快っ!
久しぶりの外は、気持ちいいな〜っ!」
ある日のこと――
看護婦さんが用意してくれた、
車椅子に乗った俺は、病院の中庭へと繰り出していた。
ずっと、狭い病室にいたせいだろう。
秋の優しい日差しが……、
頬を撫でる風が、心地良くて仕方が無い。
「ん〜っ! 最高〜っ!」
なんという開放感――
なんという爽快感――
俺は、中庭の真ん中に、車椅子を進めると、大きく伸びをした。
そして、今までの分を、
取り戻すかのように、思い切り、深呼吸をする。
「――よしっ」
外の新鮮な空気を吸い、
心身共に、リフレッショ出来た俺は……、
中庭を、軽く散歩しようと、車椅子の車輪に手を掛ける。
と、そこへ――
「――みゃ〜ん♪」
懐かしい鳴き声が、耳に……、
久々の重みが、頭の上に飛び込んできた。
「ミレイユ……?」
……いや、ミレイユだけじゃない。
カイトや、ブラックローズ……、
ミストラルに、バルムンクに、オルカまで……、
一体、何処に隠れていたのか……、
大勢の猫友達が、俺の周りに集まって来た。
「みんな、お見舞いに来てくれたのか?」
「にゃにゃ〜」
訊ねる俺に、猫達は、コクコクと頷く。
そして、リーダーであるカイトが、
口に咥えていた、煮干の頭を、俺の手にのせた。
――ホントに、お見舞いに来てくれたんだ。
「みんな、ありがとうな……」
見舞い品は、微妙だけど……、
種族を越えた友情に、思わず、目頭が熱くなる。
このお礼に、次の猫集会では、皆に、猫缶を振舞うことにしよう。
と、心に誓いつつ……、
俺は、一匹ずつ、順番に、猫達の頭を撫でていく。
早く良くなれ、と言っているのか……、
猫達も、また、折れた俺の足を
ポンポンと叩くと、一匹ずつ、順番に去っていく。
「ほにゃらかりん♪」
「ああ……またな、ミストラル」
最後に、ミストラルを見送り……、
残るは、俺の頭の上にいる、ミレイユだけになった。
「お前は、帰らないのか?」
「――みゃっ!」
訊ねる俺に、ミレイユは、態度で応えた。
愛猫に、全身を使って、しがみつかれ、俺は苦笑する。
言うまでも無く、病院に、ペットは連れ込めない。
だから、俺が、入院して以来
ずっと、ミレイユを、構ってやれなかった。
なら、今日くらいは、目一杯、一緒に遊んでやらないとな。
「さて……何をして遊ぼうか?」
俺は、ミレイユを両手に抱き、
我が飼い猫と、何をしようか、と検討を始める。
と、その時――
不意に、俺達の耳に――
「早く逢いたいの、この想い届いて欲しい♪
あ〜やふやな〜気持ちに、不安になるから〜♪」
「歌……綺麗な声だな?」
「にゃ、にゃ〜ん?」
綺麗な歌声――
一体、何処から聞こえてくるのか……、
俺とミレイユは、歌声に誘われる様に、周囲を見回す。
「にゃ〜、にゃにゃ〜ん」
先に見つけたのは、ミレイユだった。
彼女が前足で示す方を見れば、
中庭の一角の、池の近くにある岩の上――
そこに座り、子供達に囲まれ――
美しく、澄んだ歌声を披露する少女の姿が――
「駆けてく遊歩道、流れる街路樹♪
まだ見ぬあなたと〜、出会い求めて〜♪」
「行って……みるか?」
「――にゃん♪」
問われるまでも無く……、
先に駆け出した、ミレイユを追い、
俺は、少女達がいる、池の方へと、車椅子を走らせる。
「差し込む日差しに〜♪
優しく微笑んで〜、見つめてる、奇跡を〜♪」
子供達の後ろで――
俺は、ミレイユを抱き上げ、
膝に乗せると、少女の歌声に耳を傾ける。
よく見ると、少女を囲む子供達は、皆、俺と同様に、パジャマ姿だ。
どうやら、歌の少女は、小児科に、
入院中の子供達の為に、歌を唄ってあげているらしい。
「いつかきっと〜、出逢う恋〜♪
溢れる、この気持ち、止まらない胸の鼓動〜♪」
それにしても……、
これって、誰の歌なんだろう?
記憶には無いのに、何処か懐かしい……、
彼女の歌を聴いていると……、
何故か、胸が熱くなる。
何故か、涙が溢れそうになる。
「詩うように、出会う恋〜♪
約束は、二人を結ぶ永久の絆〜♪」
「なん……だ……?」
俺は、思わず、ざわめく胸を鷲掴む。
どうしたんだ……?
感情が、抑えられない……?
「そっと、そっと、想いを込める〜♪」
「にゃ〜?」
「い、いや……何でもない」
俺の様子が気になったのか……、
ミレイユは、俺を気遣うように見上げ、首を傾げる。
そんなミレイユの頭を撫でながら……、
俺は、今、胸に抱いた、
よく分からない、不思議な感情を振り払う。
パチパチパチパチ――
と、気が付けば……、
少女のコンサートが終わったようだ。
子供達の拍手の音に、我に返った俺は、慌てて、それに合わせる。
「今日は、これでおしまい。
明日も来るから、お部屋で、良い子でいようね」
「――は〜いっ!」
「お姉ちゃん、またね〜っ!」
「バイバ〜イ、歩お姉ちゃん!」
『歩(あゆみ)』と呼ばれた少女が、
パンパンと手を叩いて、子供達に解散を促した。
歩に言われた通り、子供達は、手を振りながら、駆け去っていく。
病室に戻る子供達を――
歩もまた、手を振りながら見送り――
「…………」(ジ〜)
「……んっ?」
――ふと、俺と目が合った。
な、なんだろう……、
思い切り、こっちを見てるんだけど?
初対面の相手に、ジッと見られ、俺は、ちょっと狼狽えてしまう。
目が合ったまま、離せない。
何となく、このまま立ち去り難い雰囲気だ。
「…………」
歩は、座っていた岩の上から、
ヒョイッと飛び降りると、俺へと歩み寄ってくる。
――中学生くらいだろうか?
改めて、歩を見て……、
彼女が、自分より、年下らしい事に気付く。
亜麻色の長い髪――
風に揺れる、黄色のワンピース――
そして、何故か――
特に、俺の目を惹いたは――
長い髪を、ポニーテールに纏める、
小さな緑色の石をあしらった、綺麗な髪飾り――
「あ……れ……?」
ほんの一瞬……、
歩と“別の誰か”がダブッて見えた。
風に靡く、歩の髪の色が……、
亜麻色ではなく、エメラルドグリーンに……、
「こんにちは……良い風だね?」
「あ、ああ……」
俺の戸惑いを他所に……、
歩は、そう言いつつ、俺の正面に立つ。
そして、彼女は――
俺とは、初対面の筈なのに――
心から、親しみの込もった笑顔で――
「――久しぶりだね、誠(」
「えっ……?」
<おわり>
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