「やっほ〜、誠く〜ん♪」

「お見舞い来ましたよ〜♪」

「…………」

「あらあらあら?」

「ねえ、誠君……」
一つだけ、訊いても良いかしら?」

「何ですか、あやめさん?」








「あたし達が来た途端、
何で、ナースコールを握り締めるわけ?」

「……さあ、何故でしょうね?」











第237話 「ナースコール」










「――で、調子はどう?」

「お怪我の具合は、どうですか?」

「まあ、ボチボチです」(もぐもぐ)








 ある日のこと――

 はるかさんとあやめさんが、
お弁当を持って、お見舞いに来てくれた。

 二人とも、主婦業で、忙しい筈なのに……、

 にも関わらず、こうして、
毎日のように来てくれるのは、とても嬉しい。

 特に、お弁当持参なら、尚更だ。

 なにせ、病院食は、量が少なく……、
 俺にとっては、それこそ、腹の足しにもならないのだ。

 だから、こういうお見舞いの品は、凄くありがたい。

 その事を、よく分かっているのか……、
 お見舞いに来る人は、皆、食べ物を持って来てくれる。

 先日も、琴音ちゃんと葵ちゃんが――



「藤井さんのお見舞いに、
お花を持って来ても、意味無いですからね」


「藤井君には、食べ物の方が良いでしょう?」



 いやはや、まったく――

 これ以上無いくらいに……、
 正しい認識と、正しい判断である。

 というわけで、俺の病室には、
お見舞い品である、食べ物が、溢れている。

 でも、流石に、ケーキや果物ばかりだと飽きてくるわけで……、

 ――はるかさん達は、それを見越していたのだろう。

 この“お弁当”というお見舞いは、
今の俺にとっては、最高のプレゼントだった。

「ボチボチじゃ分からないでしょ?」

 さっきの俺の返事が、気に入らなかったらしい。

 あやめさんは、呆れたように、
溜息を吐くと、俺の手から、弁当箱を引ったくった。

「……で、具合はどうなの?」

「経過は順調、って言ってましたよ。
普通よりも、治るのが早いくらい、だそうです」

 弁当を取り上げられては仕方ない。

 俺は、行き場を失った箸を置くと、
あやめさんの質問に、真面目に答える事にした。

 すると、はるかさん達は――
 感心したように、ウンウンと頷くと――

「流石は、誠さんですねぇ……」

「頑丈なだけじゃなくて、
回復力も、人並以上だなんて……」

「……エリアのおかげ、ですよ」

 並外れた回復力の秘密――

 俺は、ギブスで固定された、
自分の左足を撫でながら、そのタネ明かしをする。

 ――そう。
 答えは、エリアの魔法だ。

 見舞いに来る度に、エリアは、
俺の左足に、少しずつ、回復魔法を施してくれていたのだ。

 折れた骨を、瞬時に治すのは不可能だし……、

 仮に、可能だったとしても、
あまりに早く治ったら、医者に不信に思われる。

 だから、不自然にならない程度に、
回復魔法で、俺自身の治癒能力を促進させ……、

 ……骨折が治るのを、早めているのだ。

「なるほどねぇ……」

「あらあら、まあまあ……、
では、エリアさんには、感謝しなきゃいけませんね」

 俺の話を聞き、はるかさん達は納得する。

 しかし、いつも思う事なのだが……、

 どうして、はるかさん達は、
魔法なんてモノを、アッサリと信じられるのだろう?

 ……それだけ、俺達を信用してくれている、って事なのかな?

 なんて事を考えつつ、俺は、
あやめさんが返してくれた弁当を、再び、食べ始める。

 と、そんな俺に――
 はるかさん達は、何気なく――





「ところで、誠さん……、
いつまで、ナースコールを握ってるんです?」

「しかも、そんな爆破スイッチみたいに……」





「――っ!!」

 その瞬間――

 俺は、ベッド上でありながらも、
可能な限り、はるかさん達から、距離を置いた。

 左手に、ナースコールを握り締めたまま……、

「あらあら、誠さんったら……」

「何を、警戒してるのかな〜?」

 はるかさん達は、ニコニコと笑いながら、
ベッドに膝を乗せ、ジリジリと、俺に擦り寄って来る。

「い、いや、だって……」

「……だって?」

 あやめさんに促され、俺は、思わず、
口走りそうになった言葉を、慌てて飲み込んだ。



 ――俎板の上の鯉。



 まさしく――

 今の状況を、的確に、
表現する言葉は、これ以外に有り得ない。

 誰も居ない、病室のベッドの上で、
身動きが取れない俺は、まさに『俎板の上の鯉』なのだ。

 ――動けない。
 ――逃げられない。
 ――誰も居ない。
 ――抵抗できない。

 そんな状況を前に、
はるかさん達が、黙っているわけがない。

 次の瞬間には……、
 襲い掛かってくるかもしれないのだ。

 ならば、俺に出来る事は、ただ一つ……、

 誰でも良いから、助けを呼んで、
はるかさん達の暴走を止めてもらうしかない。

 幸いにも、ここは、病院で、……、
 まさに、助けを呼ぶ為の、ナースコールという物がある。

 故に、俺は、いつでも、看護婦さんを呼べるように……、

 牽制する為にも――
 ずっと、それを握っていたのだが――



「あらあらあら……♪」

「んふふふ〜……♪」

「えっ? えっ? ええっ?!」



 ――考えが、甘かった。

 はるかさん達にとって、
そんなモノは、何の障害でも無かったのだ。

 二人は、ギシッとベッドを軋ませ、
妖艶な笑みを浮かべてつつ、俺へと、にじり寄って来る。

「相手は怪我人だし……、
ホントは、自重するつもりだったけど……」

「誠さんは、期待なさっていたようですし……」

「あ、あわわわわわ――っ!!」

 身の危険を察した俺は、慌てて、ナースコールを押した。

 すぐに、室内スピーカーから、
ナースステーションにいる看護婦さんからの声が返ってくる。

『――藤井君? どうしました?』

「た、助けてっ! 襲われ――」
















「いっただきま〜す♪」

「優しくしますからね〜♪」

「いやぁぁぁぁ〜〜〜っ!!
助けて、看護婦さぁぁぁ〜んっ!!」

















『藤井君っ!? どうしたのっ!?
ちょっと待っててねっ! すぐに行くからねっ!!』
















 ああ、そういえば……、

 ちょっと前にも……、
 似たような事があったような?








<おわり>
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