「……退屈だなぁ」



 ――入院生活、二日目。

 病室に篭り切りの生活の、
退屈さに、俺は、早くも飽き始めていた。

 さくら達は、頻繁に面会に来てくれるが……、

 ずっと居られるわけじゃないし……、
 居ても、出来る事は、せいぜい雑談くらいである。

 もちろん、それに不満があるわけじゃない。

 面会に来てくれるのは嬉しいし、
さくら達が、傍に居るだけで、充分に楽しい。

 ……でも、何事にも限度はある。

 左足の骨が折れているとはいえ、他は、全く問題が無いのだ。

 だからこそ、余計に……、
 退屈の虫が、俺の中で暴れ回る。

 体が疼いて仕方が無い――
 外に出て、思い切り体を動かしたい――

「ちょっとだけ……散歩でも……」

 退屈を持て余した俺が……、
 その若さ故の衝動を、抑えられるわけもなく……、








 こっそりと――

 俺は、病室から抜け出した。











第236話 「身分詐称?」










「こらこら、藤井君……、
ちゃんと、安静にしてなきゃダメでしょ?」

「……は〜い」








 ――が、すぐに見つかった。

 病室から、顔を出した途端、
通り掛った看護婦さんと、目が合ってしまったのだ。

「退屈なのは分かるけど、
動き回るのは、ちゃんと足が治ってからね」

「それは、分かってるんですけどね……」

 見咎められてしまっては、仕方が無い。

 俺は、盛大な溜息を吐くと、
言われた通り、素直にベッドへと戻り、寝転がった。

 とはいえ、言われるがまま、というのも、何となく癪である。

「あ〜、退屈だな〜……」

 少しでも抵抗はしてみよう、と……、
 俺は、わざとらしく、看護婦さんに訴えてみせた。

「はいはい、文句言わないの」

 そんな俺の態度に、看護婦さんは、やれやれと肩を竦める。

「恋人? 許婚? 妻?
とにかく、あの子達の為と思って、ね?」

「うぐぅ……」

「早く退院したかったら、
たくさん食べて、たくさん寝て、怪我を治さなきゃね」

「わかりました〜」

 彼女達を引き合いに出されては、何も言い返せない。

 俺は、即座に、負けを認めると、
看護婦さんの言葉に従い、布団を被り、一眠りすることに――

「――って、ちょっと待ったっ!」

 ある事に気付き……、
 俺は、布団を蹴って、勢い良く飛び起きた。

「“恋人”ってのはともかく……、
“許婚”とか“妻”ってのは、何なんですか?」

 起きるや否や、俺は、先程の、看護婦さんの発言に食い付く。

 すると、看護婦さんは……、
 それはもう、意地悪い笑みを浮かべて……、

「んふふふふ〜♪
藤井君も、隅に置けないわねぇ〜♪」

「……どういう意味です?」

「藤井君はね〜……、
もう、すっかり噂の的なのよ♪」

「はい……?」

「うふふ〜♪ ちょっと待っててね〜♪」

 何やら意味深な言葉を残し、
看護婦さんは、軽い足取りで病室を出て行く。

 その様子を不信に思いつつ、俺は首を傾げる。

 ふと、思い浮かぶのは――
 今、この場にはいない、さくら達の姿――

「ま、まさか……」

 ――あいつらが、何かやったのか?

 自分の予想の、あまりの説得力と……、
 有り得すぎる、その可能性に、俺は、身を震わせる。

 そして、間も無くして……、

 再び、病室のドアが開けられ、
心底、楽しそうな表情で、看護婦さんが戻ってきた。

 どうやら、彼女は“それ”を取りに行っていたらしい。

 戻って来た看護婦さんの手には、
何やらプリントを挟んだ、バインダーがあった。

「ほら、これ見て……♪」

「……面会簿?」

 それを、看護婦さんから受け取り……、
 俺は、バインダーに挟まれたプリントを一瞥する。



「こ、これは――っ!?」



 ――それは、面会簿であった。

 ナースステーションにあり、
面会に来た者が、名前を記入するモノだ。

 ――そう。
 ただの面会簿である。

 それ自体には、何の問題も無い。

 ただ、その面会簿に――
 堂々と、記入されている内容が――








 ――大いに問題であった。
















面会簿

利用者名 面会者名 本人との続柄
藤井 誠 みーちゃん 義妹
藤井 誠 園村 はるか 義母
藤井 誠 河合 あやめ 愛人
藤井 誠 園村 さくら 許婚
藤井 誠 河合 あかね お嫁さん
藤井 誠 エリア=ノース
藤井 誠 フランソワーズ メイド
小牧 郁乃 小牧 愛佳
藤井 誠 藤田 浩之 友人
藤井 誠 藤田神岸 あかり 友人
藤井 誠 HMX−12 マルチ 友人
高杉 浩治 佐倉 優季 友人
高杉 浩治 高杉 歩
藤井 誠 姫川 琴音 友人
藤井 誠 松原 葵 友人
     
     
     
     
     
     
















「――藤井君、モテモテね♪」

「うああ〜……」(大汗)

 目の前にある現実に……、
 俺は、思わず、唸り声を上げ、頭を抱えた。

 もう、何処から、ツッコんで良いものか……、

 ――許婚? 妻? メイド?

 まあ、そのへんは……、
 掲示板の書き込み(?)に任せるとして……、

 取り敢えず、バカ母……、
 頼むから、自分の名前くらい、ちゃんと書けっ!

 だいたい“義妹”って、何だっ!?

 いつもは“妹”とか言ってるくせに……、
 そこまでいくと、もう、肉親ですら無いだろうがっ!

「あうう〜……」

 あまり、ツッコミ所の多さに、俺は、激しい頭痛を覚える。

 そんな俺の様子を見て、
看護婦さんは、生暖かい笑みを浮かべると……、

「ちなみに、看護婦だけじゃなくて、
先生や、他の患者さん達にも、知れ渡ってるから♪」

「――ぐはっ!!」

 トドメの一撃に……、
 俺は、力尽きたように、ベッドに倒れる。

「もう、勘弁して……」

 そして、天井を見上げたまま、
俺は、泣きながらも、固く心に誓うのだった。
















 ――早く退院しよう。

 可能な限り、速やかに……、
 一刻も早く、ここから、おさらばしよう。(泣)








<おわり>
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