「――さあ、まーくんっ!」
「今夜こそっ! わたし達と大願成就ですっ!」
「そろそろ、覚悟を決めてくださいっ!」
「え〜っと、え〜っと……、
藤井 誠っ!! 飛びまぁぁぁ〜〜すっ!!」(脱兎)
「ああっ! また、窓から逃げたっ!?」
「想定の範囲内ですっ!
既に、まーくんの退路は塞いでありますっ!」
「――誠様っ! お覚悟をっ!」
「わっ、危な――退け、フラン!?」
「えっ!? きゃああああ〜〜〜っ!!」
「うわわわぁぁぁ〜〜〜っ!!」
――ボキッ!
「あ……」
「……い?」
「――うっ」
「え……?」
「折れたぁぁぁーーーーっ!?」
第235話 「ほすぴたる」
「――ぶははははははははっ!!」
「あのな、浩之……、
見舞いに来て、早々に、人を指差して笑うなよ」
当然だが――
俺は、入院する羽目になった。
理由は、左足の骨折……、
診断結果は、全治一ヶ月、とのこと。
清潔感ある白い病室のベッドの上、
横になる俺の左足は、ギブスで固定され、吊るされている。
さくら達から、俺が入院した事を聞いたのだろう。
浩之が、果物の詰め合わせを片手に、
あかりさんとマルチを連れ、見舞いに来てくれたのだが……、
「いや〜、来た甲斐があったぜ……、
まさか、あの誠の、そんな姿が拝めるとはなぁ」
「……そりゃ、どういう意味だ?」
この薄情者は……、
床の上の人となった、
俺の姿を見るなり、大爆笑しやがったのだ。
「もう、浩之ちゃんったら……、
そんなに笑ったら、誠君に失礼でしょ?」
「お隣の病室の方にも、ご迷惑ですよ〜」
腹を抱えて笑う浩之を、
あかりさんとマルチが、やんわりと嗜める。
それで、ようやく、笑いのツボが治まったようだ。
浩之は、軽く深呼吸すると、
改めて、俺に向き直り、持っていた果物カゴを差し出した。
「いや、悪い悪い……、
ほら、これでも食って、機嫌なおせって」
「ふん……それ置いて、サッサと帰れ」
「まあ、そう言うなよ……、
確かに、お邪魔かもしれないけどな」
浩之は、そう言うと、ベッド脇の椅子に座ると、肩を竦めて見せる。
その視線の先にいるのは、
さくら、あかね、エリア、の三人である。
花瓶の水を入れ替えるエリア――
早速、リンゴの皮を剥いているさくら――
病室の空気を入れ替えようと、窓を開けるあかね――
三人とも、甲斐甲斐しく……、
しかも、何処か楽しそうに、俺の世話を焼いてくれている。
そんな光景を見せられたら、
浩之が、自分達を邪魔者と思ってしまっても、仕方ないだろう。
「それにしても……、
たかが、骨折で、よく個室を借りられたな?」
病室を見回し、浩之が感心したように呟く。
――そう。
浩之の言う通り、個室だったりする。
普通、足の骨折程度の怪我で、
数少ない、貴重な個室を与えられるわけがない。
怪我の程度から考えれば、入院している事にすら、首を傾げるくらいだ。
だと言うのに……、
何故、こんな良い待遇なのか……、
そんな浩之の疑問には、
俺の代わりに、さくらが答えてくれた。
「綾香さんのお蔭なんです……、
ほら、この病院って、来栖川の系列じゃないですか」
「ああ、なるほどな……」
さくらの短い説明だけで、浩之は理解したようだ。
納得したように頷きつつ、
浩之は、再び、さくら達に視線を向け、しみじみと呟く。
「入り浸るだろうからな〜……、
個室にさせたのは、まさに、懸命な判断だ」
「……それについては、同感」
浩之の言葉の意味を理解し、俺もまた、深く溜息を吐く。
俺が入院している以上、
間違いなく、さくら達は、ここに入り浸るだろう。
それで、もし、相部屋……、
四人部屋だったりしたら、一体、どんな事態になるか……、
……想像するだけでも、頭痛がする。
いやはや、まったく……、
綾香さんには、いくら感謝しても足りないな。
「はい♪ どうぞ、まーくん♪」
「ああ、サンキュ……浩之達も食べるか?
「俺達はいらねぇ……、
遠慮無く、全部、お前が食って良いぞ」
「誠君には、病院のご飯だけじゃ、足りないでしょ?」
皮を剥き終わったリンゴを、
さくらから受取った俺は、早速、それにかぶりつく。
浩之達にも勧めるが、丁重に断られたので、お言葉に甘え、一人で食べる事にした。
「そういえば――」
「――うん?」
俺が食べている間、暇だったのだろう。
二つ目のリンゴを剥く、
さくらの姿を眺めて浩之が、ポツリと呟いた。
「――そういえば、一人、少なくないか?」
「フランのことか……?」
「ああ、何処に行ったんだ?
彼女なら、こういう時は、率先して動くだろ?」
と、言いつつ、浩之は首を傾げる。
すると、浩之の後ろにいた、
あかりさんと、マルチが、彼の肩を突付き……、
「ひ、浩之ちゃん……」
「フランソワーズさんなら……、
先程から、そちらにいらっしゃってますぅ」
困惑した様子で……、
恐る恐る、病室の隅っこを指し示した。
そこには――
確かに、フランの姿があるのだが――
「…………」(ず〜ん)
「な、なあ、誠……」
あの一角だけ、妙に重暗いんだが……」
「……何か、あったの?」
「え〜っと、だな……」
病室の片隅で立ち尽くし――
いつも以上の無表情で……、
フランは、陰鬱な暗黒ゾーンを展開している。
そんな彼女の様子を見て、只事じゃないと思ったのだろう。
怪訝そうな顔で、浩之達に訊ねられ、
俺は、言葉を選びながら、ゆっくりと、事情を話す事にした。
昨夜、さくら達に迫られ、追い詰められたこと――
その場から逃れる為に、窓から飛び降りたこと――
ちょうど着地地点に、フランが待ち構えていたこと――
そして――
運の悪いことに――
俺とフランは、激しく衝突してしまい――
「え、え〜っと……、
ようするに、フランソワーズちゃんは……」
「お前を怪我させちまった事に、
責任を感じて、あんなに落ち込んでるわけか?」
俺の話を聞き終え、
浩之達は、それはもう、深々と溜息を吐く。
そして、一斉に、俺にジト目を向けると……、
「お前が悪いんじゃねぇか」
「それは、誠君が悪いよね」
「誠さんが悪と思いますぅ」
「ご尤もで……」(汗)
三人に、同時に断言され、俺は、天を仰ぎ見る。
浩之達の言う通り……、
この怪我は、100%自業自得だ。
――フランには、何の責任も無い。
――何も気にする事なんか無い。
と、俺からも、さくら達からも、
母さん達からも、何度も言っているのだが……、
「おい、誠……何とかしてやれよ」
「……と言われても、どうしたら良いんだよ?」
ただ、ひたすら、自分を責めている、
今のフランには、何を言っても、聞き入れてくれないのだ。
そんな彼女に、一体、何て声を掛ければ良いのか?
浩之に促されたものの……、
とうして良いのか分からず、俺は頭を捻る。
すると――
それは、唐突に――
「もお……しょうがないな〜」
いつもの口癖――
でも、それを言ったのは、
浩之ではなく、なんと、あかりさんだった。
何を思ったのか、あかりさんは、
果物カゴの中にあった、ブドウを一房持ち上げると……、
「ねえ、フランソワーズちゃん……、
誠君が、ブドウを食べてさせて欲しいんだって♪」
「――なんですとっ?! むぐぐっ!!」
ブドウを?! フランの手で!?
それって、フランの指を、
ブドウごと、口に含む事になるじゃないかっ!?
そんな恥ずかしい真似、出来るわけが……っ!!
突然の、あかりさんの行動の、
意図が掴めず、俺は、驚きの声を上げてしまう。
だが、浩之は理解したのだろう。
そんな俺の口を、素早く、手で塞いでしまった。
「うぐぐっ……」(何するんだ、浩之?!)
「まあ、黙って見てろよ」
口を塞がれてしまっては、文字通り、口出しできない。
俺は、浩之に言われるまま、
仕方なく、成り行きを見守ることにした。
「そ、そのような事……、
ワタシに、そんな資格はありません」
「でも、誠君は、フランソワーズちゃんが良い、って言ってるよ?」
「ワタシはに、出来ません……、
どうか、そのお役目は、さくら様達に……」
「でも、誠君が……ねえ?」
ここに至って、あかりさんが、俺に同意を求めてくる。
それと同時に、浩之もまた、俺に、目で語り掛けてきた。
『さあ、誠……やれ、やるんだ!』
『そ、そんな恥ずかしい真似……』
『ここで、お前が拒否したら、
また、フランソワーズは、落ち込んじまうだろうが!』
『で、でも……』
『いい加減、覚悟を決めろっての!』
『わ、わかったよ! やれば良いんだろっ!!』
俺が頷くのを見て、浩之は、
ようやく、俺の口を塞いでいた手を離す。
解放された俺は、フランの方を向き、意を決すると……、
「た、頼む……フラン」
「は、はいっ! お任せください!」
俺が差し伸べた手を握り……、
こうして、ようやく……、
落ち込んでいたフランに、笑顔が戻った。
尤も、こんな真似をすれば――
当然、黙っていないのが、
この場には、三人もいたりするわけで――
「誠様……どうぞ」
「あ〜ん……パクッ」(ちゅぽ☆)
「お、美味しいですか……、
まだまだ、ありますので、沢山食べてくださいね」(ポッ☆)
「あ、ああ……うん」(真っ赤)
「うふふ♪ 次は、バナナですからね♪」
「サクランボもあるよ〜♪
まーくん、二人で半分こにしようね♪」
「じゃあ、私は……え〜っと……」
・
・
・
結局、この後――
果物カゴの中身が無くなるまで、
延々と、嬉し恥し羞恥プレイは続くのであった。
<おわり>
<戻る>
―― おまけ ――
「さて、と……邪魔者は退散すっかな」
「ふふっ、そうだね、浩之ちゃん」
「皆さん、ごゆっくり、です〜」
「ああ、そうそう……、
訊き忘れてたが、誠の怪我の具合はどうなんだ?」
「はい、幸いにも、骨は綺麗に折れていたようで……」
「お医者さんが言うには……、
治ったら、前よりも丈夫になるくらいだ、って」
「ほほう……」
「前よりも……?」
「丈夫に……?」
「お前さ、これ以上、
無駄に頑丈になって、どうするんだ?」
「――ほっとけっ!!」