Heart to Heart
第9話 「拳をね……」
パン! パン! パン! パン!
天気の良い日曜の朝(と言っても、もう10時だが)、
部屋でゴロゴロと某格闘漫画を読みふけっていると、
庭の方から軽快な音が聞こえてきた。
何をしているのかと思い、庭に出てみると、
さくらとあかねが物干し竿にかけた布団を
布団叩きでパンパンと叩いていた。
そういえば、さっきさくらが部屋の布団を持っていったっけ。
「布団、干してるのか?」
「はい。今日はとってもいいお天気ですから」
「そっか。じゃあ、今夜はフカフカの布団が堪能できるな」
「そうだよ。えへへ、楽しみだね」
ニコニコと微笑むあかねの頭をなでなでしなから、
俺はふと思いついた事を試してみようと思った。
……ふむ。ちょうど布団も干してあるしな。
「……えっと、確か……」
さっき読んだ漫画の内容を思い出しながら、
俺は布団へと歩み寄り、布団に拳を添えた。
そして……、
「ふっ!」
ぼふっ!
短い気合とともに、拳を突き出す。
しかし、布団は俺の思惑通りにはならず、
俺の拳に押されてなびいただけだった。
ぬう……やっぱ無理か。
漫画の世界のようにはいかんなぁ。
「ねえ、まーくん、何やってるの?」
俺の行動が理解できなかった二人が首を傾げている。
「これはな、陸奥園明流という古武術の『虎砲』という技の練習法だ」
干した布団に拳を添えて、突き出す力だけで布団を撃ち抜くんだ」
……本当は、古武術じゃなくて『人殺しの技』だけどな。
と、内心呟きながら、俺は『虎砲』のやり方をレクチャーしてやる。
「あたし、やってみるー♪」
早速、あかねはそう言うと、布団に拳を添える。
「はあっ!」
どすっ!
あかねの口から鋭い気合が発せられ、
一瞬、布団の一部が拳大に盛り上がった。
「あーあ、やっぱり出来ないよー」
思いっ切り肩を落とすあかね。
まあ、出来ないのが当たり前なんだけどな。
でも、今のは結構いい線いっいてたよーな……。
「ねえねえ、さくらちゃんもやってみたら?」
「えっ? そんな……わたしには無理よ」
あかねに促されるが、さくらは逡巡する。
しかし、あかねはさくらの手をグイグイと引っ張って、
強引に布団の前に立たせた。
どうしましょうか? と、さくらは目で俺に訊ねてくる。
「まあ、ダメもとでやってみたらどうだ?」
俺にもそう言われ、さくらは渋々、布団に拳を添えた。
……すぅ……はぁ……
軽く深呼吸をして、布団を見据える。
そして……、
「えいっ」
きゅどっ!
気の抜ける掛け声とは裏腹に、
その結果はとんでもなかった。
さくらの拳は、布団を貫いていた。
「すごいすごい! さくらちゃん、出来たよ!」
キャッキャッと飛び跳ねて喜ぶあかね。
そんなあかねを見て、さくらは困った様な顔をしている。
「ね、まーくん! さくらちゃん、すごいね!」
「あ、ああ……すごい、な」
予想外の結果に、俺は顔を引きつらせる。
そんな俺の表情を変に捕らえたのだろう。
さくらは、申し訳なさそうにシュンとうな垂れる。
「……ごめんなさい、まーくん。
お布団、駄目にしちゃいました」
「い、いや……いいよ。やってみろって言ったのは俺だし、
その布団、もう結構古くなっていたからさ」
「でも……」
「いいから、気にすんなって」
――ぽふっ
なでなで……
「あ……まーくん……(ポッ☆)」
責任を感じて気落ちするさくらの頭を撫ででやりながら、
俺は内心呟いていた。
……いらんコトを教えてしまったかもしれない。
今日から、さくらを怒らせた時は、
懐に入られないように注意しよう……。
<おわり>
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