Heart to Heart

    第8話 「同棲 初夜」







「……うむぅ」

 俺はベッドの中で、今夜何度目かの寝返りを打った。

 ……静かだ。

 どのくらい静かかってーと、カチッカチッという時計の秒針の音が
ハッキリ聞き取れるくらいに静かだ。

 今夜はこんなに静かなのに……、
 俺の眠りを妨げるのは何も無いというのに……、

 
眠れねぇっ!!

 ……原因は分かっている。

 さくらとあかねが、今日から我が家に寝泊りするからだ。

 二人は俺の部屋の隣……親父と母さんの寝室で寝ている。

 家の両親の寝室は一つしかない。
 しかも、ダブルベッドだ。
 ようするに、両親は家に帰ってきた時は、一緒に寝ているわけだ。
 まあ、いつまでも夫婦の仲が良いのはいい事だよな。
 ただ、たまにギシギシとベッドの軋む音が聞こえてくるのは勘弁してほしいけど……。

 それは、ともかくとして、さくらとあかねが、隣の寝室で寝ているということは、
二人は一緒に寝ているという事になる。

 同じベッドで眠る二人の美少女……。

 ……俺だって、健康な青少年だ。
 こんな現実を目の前にしたら、思いっ切り意識しちまうし、
いろいろと想像しちまうぜ。

 おかげで、俺の目はギンギンに冴えちまってるし、
俺の
マグナムギンギンになっちまってる。

 こんな状況で眠れるかってーのっ!!

「うーん……」

 俺は再び寝返りを打った。

 ……さて、どうすっかな。
 これじゃ、このまま徹夜コースだぜ。

「…………」

 一瞬、俺の頭に
『夜這い』という単語が浮かぶ。

 いやいや、そんな某スイーパーみたいな事したら、
100トンハンマーならぬ、フライパンとクマさんバットの刑になってしまう。

「ええいっ、クソッ!」

 俺はガバッと起きると、部屋を出た。

 このまま布団の中に入っていたら、それこそ悶々として眠れやしねぇ。
 水でも飲んで、気分を落ち着けよう。

 さくら達を起こさないよう、足音を忍ばせて、ゆっくりと階段を降りる。

 そして、台所へ向かおうとリビングに差し掛かった時……、

 ――カタン

「……んっ?」

 何やら物音が聞こえ、俺は足を止めた。

 誰だ?こんな時間に……。
 まさか、泥棒かっ!?

 目を凝らして見ると、ソファーに座っている人影が見える。

 この野郎……ひとンちに忍び込んと゜いて、ソファーで寛ぐたぁ、
いい度胸してるじゃねーか。

 取り押さえて、ボコにしてやる。

 俺はそろりそろりと人影に近付いていった。

 相手は、俺に気付く気配は無い。

 よし……もう少し……。

 ……今だっ!!

「だりゃあっ!」

 俺は人影に飛び掛った。

「……えっ?!」

 俺の掛け声で、奴はようやく俺に気付いたようだ。

 だが、もう遅いっ!

「おとなしくしろっ!」

 俺の一喝に、相手はビクッと体を振るわせる。

 俺は相手に抵抗する暇を与えず、床に押し倒す。
 そして、相手の両腕を掴んで組み伏した。

「さあ、観念しろ……よ……?」

 そこに至って、ようやく俺は人影の正体に気がついた。

「……さ、さくら」

 そう……俺の目の前にいるのは、さくらだった。
 俺は、さくらを押し倒してしまっていたのだ。

 さくらの見開かれた瞳が、俺を見つめている。




 ……終わったな。




 俺は心の中で覚悟を決めた。

 もう、どんな言い訳も通用しないだろう。
 勘違いだろうと、誤解だろうと、俺はさくらに襲い掛かってしまったのだから。
 次の瞬間には、さくらのフライパンが俺の頭にメリ込むに違いない。

 さくらとあかねは、家に逃げ帰ってしまうだろう。
 そして、二人は二度と俺に近付かなくなるだろう。

 幼馴染みという関係は消えてなくなり、
赤の他人に、いや、それ以下の関係になってしまうのだろう。

 ……もう、一人ぼっち、か。

 十年以上も一緒に過ごしてきたのに、あっけないもんだな。

 俺は妙に悟った気持ちで、さくらの悲鳴とフライパン攻撃を待った。

 しかし、いつまでたっても、何も起きない。

 さくらは悲鳴どころか抵抗さえしない。

「…………」

 俺は、さくらを見た。

 俺とさくらの目が合う。

「……まーくん」

 さくらは一言そう呟くと、そっと瞳を閉じた。

 ……おい、その反応はどういう意味だ?
 まさか、
『OK』ってことなのか?

「…………」

「…………」

 俺とさくらの周囲を静寂が包み込む。

 ――ドキドキドキドキ……

 だが、俺の鼓動は早鐘のように高鳴っていた。

 さくらは瞳を閉じたまま、両手を胸の前で組んでジッと動かない。

「……さくら」

 俺は、震える手でさくらの頬に触れた。

 さくら……震えてる。

 触れて始めて気付いた。

 さくらは震えていた。
 寒いからじゃない。
 緊張して、体が強張っていた。

 さくら……お前……。

「…………ふぅ」

 俺は軽く苦笑した。

 何だか一気に気が抜けた。
 さっきまで緊張していたのがウソのようだった。
 あんなに早かった鼓動も、もう落ち着いている。

 俺はさくらから離れた。

 さくらを抱き上げ、ソファーに座らせる。
 そして、俺もその隣に腰を降ろした。

「……まーくん?」

 ――どうして何もしなかったんですか?

 と、目で訊ねてきた。

「別に、焦る必要なんかないだろ?」

 そう答えて、俺はさくらの頭を撫でた。

 それに、そもそも最初はそんなつもりは無かったんだ。
 言ってみれば、ああいう雰囲気になったのは事故みたいなもんだ。

 そんな事でさくらと結ばれたくはない。
 もし、そんな事したら、絶対に後悔するからな。

「さっきは、ビックリしちゃいました」

「何が?」

「まーくんが、突然、襲いかかってきたから」

「悪いな……あの時は、泥棒だと思ったんだ」

「本当ですか?」

 と、さくらは俺の顔を覗き込んでくる。

 責めているんじゃない。
 疑ってるのでもない。
 からかって楽しんでいる。
 俺を見るさくらの目は、そんな目だった。

「本当だよ」

 ――グイッ!

「あっ……(ポッ☆)」

 いきなり俺に肩を抱き寄せられ、さくらは頬を赤く染める。

 へへん……俺をからかおうとした罰だぜ。

 ま、あんまり罰になってないような気もするがな。

「なあ、さくら。お前、何でこんな時間に起きてたんだ?」

「……眠れなかったんです」

「何で?」

 理由は分かりきっていたが、意地悪してあえて訊いた。

「そ、それは……」

 さくらは黙りこくって俯いてしまう。
 しかし、チラチラと俺を見る瞳が、答えを物語っていた。

 ……やっぱり、俺と同じか。

「あかねは?」

「グッスリ眠っています」

「あいつらしいな」

「そうですね」

「へへへ……」

「フフフ……」

 お互い顔を見合わせ、小さく微笑む。

「なあ、さくら……」

「……はい」

「まだ、眠れそうもないだろ?」

「はい……」

「もう少しだけ、こうしてていいか?」

「……はい……まーくん」

 さくらは頷き、俺の胸に体を預けてきた。





 なあ、さくら……。

 俺、お前達がいなかったら、一体どうなってたんだろうな?

 両親は仕事で留守……。
 幼い頃から一人で……。
 家に帰っても、誰もいなくて……。

 多分、グレて、どうしようもない人間になってただろうな。

 でも、俺にはお前達がいた。
 お前達がいてくれた。

 お前達が傍にいてくれたから、今の俺があるんだ。
 お前達が傍にいてくれるから、俺は俺でいられるんだ。

「さくら……ずっと、俺の傍にいてくれるよな」

「……そんなの、当たり前じゃないですか。
わたしも、あかねちゃんも、ずっとまーくんの傍にいます」

「…………ありがとう」

 さくらの気持ちが温かい。

 なんだか、ちょっと泣けてきた……。










 結局、俺達はそのまま眠ってしまい、
翌朝、それを見て拗ねたあかねのご機嫌をとるのに、
かなり苦労してしまった。








<おわり>
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