Heart to Heart

    第7話 「末永く……」







 ――同棲。

 何という甘美な響きであろう。

 好きな女の子とずっと一緒にいられるし……、
 毎日、手作りの美味いメシは食えるし……、
 そして、夜は夜で…………ニヤリ。(爆)

 それが、今、現実のものとなっている!
 これを至福と呼ばず何と呼ぼうっ!!

 ああ……この状況が一週間だけとは言わず、
ずっと続いてくれればいいのに……。

 と、自室のベッドの上でゴロゴロと転がりながら、
そんな事を考えていると……、

「まーくーーん! ゴハンの用意、できたよー!」

 一階からあかねの声が聞こえてきた。

 よっしゃっ!!
 今夜に備えて、タップリと栄養を摂るとするか!

 俺は妙に意気込みつつ、ベッドから起きあがった。





 事の起こりは、三時間ほど前にさかのぼる。





 学校から帰った俺は、しばらくゴロゴロと無為な時間を過ごしていた。
 そして、そろそろ晩メシの買い出しに行こうと思い始めた時……、

 ――ピンポーン

 と、玄関のチャイムが鳴った。

「はーい、今、開けまーす」

――ガチャ

「……まーくん、こんばんわ」

「こんばんわ、まーくん!」

 ドアを開けると、そこには顔を赤くしてモジモジと俯くさくらと
ニコニコと無邪気な笑みを浮かべたあかねが立っていた。

 ……二人は、大きなスポーツバッグを持っていた。

「どうしたんだ? こんな時間に」

 二人の様子に首を傾げる俺。

 そんなむ俺に、二人は言った。

「……まーくん、しばらくお世話になります」

「よろしくね、まーくん♪」

「……は?」

 事情が飲み込めない俺は、そんな間の抜けた返事しかできなかった……。






「旅行に行ったぁ?!」

 俺が訊き返すと、さくらとあかねはウンウンと頷く。

「ど、どういう事なんだ?」

「まーくん、とりあえず落ち着いてください」

「あ? ああ……」

 どうやら、驚きのあまり立ち上がってしまっていたらしい。
 俺はゆっくりとソファーに腰を降ろし、お茶を一口飲んで一息ついた。

「……で、どういう事なんだ?」

 気持ちが落ち着いたところで、もう一度訊ねる。

「……うん。あのね……」



 さくらとあかねの話を要約するとこうなる。

 先日、さくらンとこのおばさんが、商店街の福引きで特賞を引き当てたらしい。
 賞品は、隆山にある『鶴来屋』という温泉旅館の六泊七日の四人一組無料宿泊券だ。

 で、当たったのは良いのだが、困ったことになった。
 問題点が三つ上出てきたのだ。
 一つは、その宿泊券、有効期限がすぐそこまできていたこと。
 もう一つは、四人一組でなければならないこと。園村家は三人家族だから一人足りない。
 最後の一つが、さくらには学校があるとこだ。

 とまあ、問題山積みで、家族旅行は無理となった。
 しかし、せっかく当たったのだから、行かないと勿体無い。

 てなわけで、園村家両親は、頭を捻って考えた。

 で、その結果、園村家両親と河合家両親が旅行に行き、
さくらとあかねは留守番という事になった。

 俺だったら絶対文句言ってるだろうが、親孝行なさくらとあかねは
その提案を心良く承諾したってわけだ。

「おいおい……嫁入り前の年頃の娘を置いて旅行に行くか?フツー」

 と、俺が呆れていると……、

「だから、あたし達、まーくんの家に来たんだよ」

「はい。まーくんと一緒なら安全ですから。お父さんもお母さんも承知してくれました」

 さくらととあかねは、そう言ってお泊まりセットの入ったスポーツバッグを
ポンッと叩いた。

 そりゃまあ、女の子一人よりは安全だろうけど、
俺と一緒ってのは
『別の意味』で危険なんじゃねーのか?
 その辺のトコ、二人の両親はちゃんと分かってんのか?

 それとも、それを承知の上で……。

 もしそうなら、
期待に応えないわけにはいかないが……。(爆)

 俺がちょっと妄想モードに入りかかっていると……、

「それでね、あのね……お父さんとお母さんが、
まーくんに襲われそうになったら『コレ』を出せって……」

 と、二人は一枚ずつテーブルに紙を広げた。

「……何だ? それ」

 俺はその紙を覗き込む。

 そこには
『婚姻届』と書かれていた。

 しかも、ご丁寧に、それぞれにさくらとあかねの名前が、
それに俺の名前までしっかりと書かれてるぢゃねーかっ!
 さくらとあかねの名前と個所にはちゃんと実印も押してある。
 つまり、後は俺がハンコを押すだけで、婚姻は成立するわけだ。

「……待て、コラ」

 コイツらの両親は、一体何を考えてるんだ?

 そんなに俺と自分達の娘をくっつけたいのか?
 もしかして、旅行の件もデキレースなんじゃねーだろうな?

「サッサとしまえ、そんなモン」

 俺のセリフに二人は愕然とする。

「そんなモンって……」

「まーくん……わたし達じゃ、ダメなんですか?」

 二人は瞳を潤ませながら訊いてくる。

「ダメも何も……必要ねーだろ、俺達には」

「そんな……」

「……まーくん……ヒドイよ」

 いよいよ二人の目から涙がこぼれ始める。

 いかんいかん……ちょっとイジメすぎたかな。
 しゃーない……最後のセリフを言ってやるとするか。

「……『まだ』な」

「……え?」

「……『まだ』?」

 二人の涙がピタリと止まる。

「そうだよ。まだ俺達には必要無い。だから、それ、ちゃんと大事にしまっとけよ」

 そこまで言って、俺は急に照れ臭くなり、そっぽを向いた。

「「まーくん!」」

「おわっ!」

 二人が同時に俺に飛びついてきた。

「まーくん! まーくん!」

 さくらもあかねも俺にすがり付いてくる。
 俺は、そんな二人の頭を撫でてやった。

 二人の涙が、俺の服を濡らす。

 悲しい涙は勘弁してほしいけど、嬉し涙なら大歓迎だ。

「……まーくん……大好きだよ」

「まーくん……大好きです」

「ああ……俺もだよ」

 泣き続ける二人を、俺はずっと撫でてやるのだった……。






「……美味かったよ、ごちそうさん」

「「おそまつさまでした♪」」

 俺が箸を置き、お茶を啜っている間、
さくらとあかねは二人で食器を洗っている。

 そんな二人を眺めながら、俺は思う。



 さくら……。
 あかね……。

 二人とも、さっきの俺の言葉に、喜んでくれたよな。

 そんなに、嬉しかったのか?
 涙を流してしまうほど……。

 なあ、本当に俺なんかでいいのか?

 俺、何の取り柄も無いぞ。

 顔も良くないし、頭も良くない。
 背だってそんなに高くないし、運動だってそんなに出来ない。
 お金持ちってわけでもないぞ。

 それなのに、こんな俺でいいのか?

 もし、本当に俺でいいって言うのなら、俺、努力するよ。

 二人の気持ちに応えてやれるように……。
 二人を幸せにしてやれるように……。

 でもさ、ちゃんとした答えを出すのは、もうちょっと待ってくれねーか?

 俺、まだ自分に自信が無いんだ。

 自分が、二人に相応しい男なのかどうか。
 自分が、二人を幸せに出来る男なのかどうか。

 だから、もうちょっとだけ待っててくれ。

 いつか、自分に自信を持てるようになるから。
 いつか、お前達を幸せに出来る男になるから。

 その時は、必ず言うからさ。
 お前達が待ち望んでいる言葉を……。

 いつか、必ず……、






「…………
愛してる






「え? まーくん、何か言いましたか?」

「なんでもねーよ」






 さあ、今日から一週間、さくらとあかねと同居生活だっ!

 へへ……賑やかになりそうだぜ。








<おわり>
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