Heart to Heart

     
第4話 「優しく起こして」







「まーくんまーくん。早く起きてよー」

 あかねが俺の体を揺する。
 えーいっ! 休みの日ぐらいゆっくり寝かせろっ!
 俺はあかねを無視して、布団の中に潜り込む。

「もう! 今日は三人でハイキングに行く約束だよ。
早く起きてよー。さくらちゃん玄関で待ってるよ」

 むう……そういえば、そんな約束をしていたな。
 でも、夕べは遅くまで起きてたから眠いんだよ〜。
 たのむ〜……もうちょっとだけ寝かせてくれ〜。

「まーくん! まーくんってっばぁ!」

 しかし、あかねは俺の願いを聞き入れてくれない。
 それどころか、さらに俺を激しく揺する。
 ぬぅ〜……何で朝っぱらからこんなに元気なんだー!

「こら〜! 寝坊助まーくん、起・き・ろーっ!」

 このやろ、寝坊助まで言いやがって……。
 くそっ……こーなったら、意地でも起きんぞ。


 
『おはよう、まーくん……ちゅっ☆』


 ……とかいって、おはようのキスでもしてくれれば話は別だがな。(ニヤリ)

 などと、俺がよこしまな事を考えていると……、

「……もう、しょうがないなぁ」

 と、あかねが困ったような声を出す。
 しかも、何かイタズラを思い付いたような口調だ。
 もしかして、ホントにやってくれるのかな?
 わくわくと、ちょっと胸を踊らせる俺。

 が、次の瞬間……、


 ぞわっ……


 背筋に寒気を覚え、俺は慌てて飛び起きた。

 と、同時に……、


「えいっ♪」


 ずんっ!


 何かが勢い良く振り下ろされ、枕にメリ込んだ。
 そこは、さっきまで俺の頭があった場所。
 それを見て、全身に冷や汗が湧き上がる。

「あ、やっと起きたね。おはよう、まーくん♪」

「『おはよう、まーくん♪』じゃねーっ!
そんなモンで殴ったらヘタしたら死ぬぞ!」

 『そんなモン』はあかねの手に握られていた。

 クマのマスコットが描かれたお子様用バット、
通称
『クマさんバット』だ。
 そんなモン、どっから出したんだ?

「大丈夫だよ。ちゃんと手加減したモン。
それにしても、さすがはむぁじっくモーニング・スター
『おはようマイ・マザ〜一番星君グレート』だね。
どんなお寝坊さんでも一発でお目覚め気分は爽快」

 楽しそうに微笑むあかね。
 ぬう……お前は
アビ○イルかっ!
 まあ、確かに一発で目が覚めたけどな。
 気分は最悪だけど……。

「まーくん、おはようの挨拶がまだだよ」

「あ? ……ああ、おはよう、あかね。
ところで、お前、どうやって家に入ってきたんだ?
夕べ、ちゃんと鍵はかけといたはずだけど」

「さあ? あたしもよくかわんない。さくらちゃんが開けたから」

 さくらのヤツ、鍵の隠し場所知ってたのか?
 ……まぁ、いいか。さくらなら別に問題ないし。

「それよりまーくん、早く早く。さくらちゃん、待ってるよ」

「ああ、わかったわかった。
じゃあ、服着替えるから、先に玄関に行ってろ」

「……とかなんとか言って、また寝ちゃダメだよ」

「大丈夫だよ。さっきの一撃でしっかり目は覚めた。さっさと部屋出ろ!」

 俺の言葉に、あかねは渋々従う。
 バタンッとドアが閉じた。

「…………」

 ……ちょっとキツく言い過ぎたかな?
 でも、仕方がないのだ。
 いくら相手があかねとはいえ、朝、男が女の子の前で
布団から出るわけにはいかないのだ。

 俺は布団をめくって、自分の下半身に目を向ける。
 ……フッ……
マイ・サン、今日も元気だな。(笑)






「まーくん、急いで急いで!」

 あかねが玄関で呼んでいる。
 さくらの姿は無い。多分、外で待っているのだろう。

 さくらはあまり俺の家に上がろうとはしない。
 相手が俺とはいえ、男の家に上がるのは緊張するのだろう。
 やはり、そういうところは女の子だ。
 ちなみに、あかねは遠慮無くズカズカと入ってくる。
 そこに恥じらいという言葉は無い。
 まあ、あかねは見た目も性格もお子様だからな。

「まーくーーーんっ!」

「へいへい」

 シャツとジーンズというラフな恰好に着替えた俺は、
あかねに急かされ、急ぎ足で階段を降りる。

 それがいけなかった。

 寝起きでまだ完全に覚醒していない俺の体は、
急ぐ俺の意思についてこれなかったのだ。

 つまり、それはどういうことなのかと言うと……、

「どぉわわわわわわっ!」

「きゃあああーーーーっ!」


 
ごろごろぐわしゃあーっ!


 俺は階段から転げ落ちてしまったわけだ。
 まあ、たいした高さじゃなかったから、どこもケガはしていないがな。

「あたたたたた……」

 俺は打ったところを擦りながら顔を上げた。

「ま、まーくん……」

「ん?」

 目の前に、あかねの顔があった。
 ちょっと顔が赤い。
 気が付けば、俺の体の下にあかねがいる。
 どうやら、階段から落ちた時、
あかねも巻き込んじまったみたいだな。
 そういえば、さっき俺の声に混じって、あかねの悲鳴も聞こえたし。

 ……っと、そんなことを考えるより、早くどかないと。
 この状態はかなりマズイ。
 まるで、俺があかねを押し倒してるみたいじゃないか。
 こんなところを誰かに見られたら……、

 と、慌てて体を起こそうとする俺。

 しかし、作者は言いました。
 ――『お約束』って大切だよ、と。

 ちょうど、間の悪いところに……、

「どうしたの、あかねちゃん?今、すごい悲鳴……が……」

 ガチャッと玄関のドアを開けて、さくらが顔を覗かせた。

「…………」

「…………」

 バッチリ目が合う俺とさくら。

 この状況はヤバイ……ヤバすぎる。
 なにせ、俺はあかねを押し倒したような恰好なのだ。
 しかも、あかねの両足は大きく広げられ、その間に俺の体が割り込んでいるのだ。
 傍から見たら、
ヤッてるようにしか見えない。

 恐怖と緊張のあまり、ガクガクと体が震える。

「まーくん……そんな、ダメだよ……いきなり……」

 状況が見えていないあかねはとんでもない事を口走った。

 だあああーーーっ!
 誤解を招くような事を言うなぁぁぁーーーーっ!

 と、叫びたかったが、緊張のあまり声に出ない。

 そして、あかねがトドメのセリフを口にした。

「……でも、まーくんなら……いいよ(ポッ☆)」










 …………終わった。










「何をやってるんですかぁーーっ!!」


 ずぱかーんっ!


「うぎゃあああああああああっ!!」


 そして、さくらがどこからともなく取り出したフライパンによって、
俺は叩きのめされたのであった。






 結局、誤解を解くのに、二時間もかかった……。








<おわり>
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