Heart to Heart

      
第2話 「何が食べたい?」







「あ、ちょっと待っててくれ」

 下校途中に通る商店街で、俺はさくらとあかねを呼び止めた。

「え、何?」

「まーくん、どうしたんですか?」

 俺が急に立ち止まったので、当然、二人も足を止める。

「昼メシ買ってく」

 そう言って、俺は目の前の弁当屋を指差した。
 今日は土曜日だから、学校も半ドンだ。
 だから、昼メシを調達しなきゃならない。

「おじさま達、今日もお留守なんですか?」

「ああ。ったく、仕事が忙しいのは分かるけど、
せめて息子のメシくらいは用意しとけっての」

 俺の両親は、昔から家にいる事が少ない。
 俺の親父は来栖川エレクトロニクスの、
中央研究所第七研究開発室HM開発課(あー長い名前)で働いていて、
その仕事の都合上、研究所内の社宅に泊り込む事が多いからだ。
 ちなみに、母さんは専業主婦で、単に親父に付いていってるだけ。
 理由は……まあ、夫婦の仲が良いのはいいことだよな。
 結婚してもう17年にもなるものの、見ていて恥ずかしくなるくらい仲がいい。

 おかげで、俺は実質独り暮しだ。今は結構気楽でいいけど、
ガキの頃は大変だった。何度、さくらとあかねの両親に世話になったことか。

 そういえば、昔はよく二人の家に遊びに行ったりしてたけど、
最近はすっかりご無沙汰だな……って、当然だよな。

 ――俺は男で、さくらとあかねは女の子なんだから。

「じゃあ、今日の晩御飯は?」

「ん? ああ、多分、店屋物かカップメンだな」

 別に料理が出来ないわけじゃない。独り暮しは伊達じゃないからな。
ただ面倒くさいだけだ。両親が留守といったって、所詮数日だし。

「ダメですよ。そんなのばっかり食べてたら
栄養が偏っちゃいますよ」

 さくらの言葉に、あかねもウンウンと頷いている。
 二人とも、俺が少しでも不健康な生活を送っていると、
いつもこうやって注意してくるんだよな。
 まったく、いちいちうるさい奴らだぜ。
 ……でも、二人とも俺の事を心配して言ってくれてるわけだし、
無視するわけにはいかないよな。

「わーったよ。晩メシは何か自分で作ることにするよ」

 俺がそう言うと、さくらはちょっと恥ずかしそうに上目遣いで……、

「あの……もし良かったら、晩御飯、作りに行って……」

 と、提案してきた。
 何がそんなに恥ずかしいのか、語尾がどんどん小さくなっていって、
最後の方は聞き取れなかったが、何を言ったのかはだいたい想像がつく。

 うーん……そういえば、さくらの料理なんて久しぶりだな。
 さくらの料理は、俺なんかのよりも遥かに美味いから、
この提案は願ってもないことだけど……、

「……いいのか?」

「はい。まーくんがいいなら」

 そう言いながらも、どこか嬉しそうなさくら。
 ふむ……じゃあ、後は……、

「あかね、お前も来い」

 突然、自分に振られ、あかねはキョトンとしている。

「え? でも、あたし料理できないよ」

「いいから来い」

 いくら相手がさくらだとはいえ、
夜に女の子と二人きりってのはヤバ過ぎるからな。
 俺は自分の理性が信用できん。
 その点、三人なら大丈夫だ。
 もっとも、美少女二人を両手に抱いて悦に浸るっていうのも魅力的だが、
まあ、そんな状況にはまずならんだろう。

「じゃあ、今晩、まーくんの家に行きますね」

「おう。材料はあるから手ぶらでいいぞ」



 と、いうわけで、今晩はさくらとあかねが家に来る事になった。
 はぁ〜……頑張れよ、俺の理性。



「こちらちきゅうのなんでもや♪ たけおぜねらるかんぱにぃ〜♪」

 台所から、何やら楽しそうな歌声が聞こえてくる。
 今、さくらとあかねが晩メシを作っている真っ最中なのだ。

 あかねは自分では『料理なんて出来ない』と言っているけど、
別に全く出来ないわけじゃない。
 さくらほど上手くはないが、それなりの物は作れるのだ。

 ……まあ、それはともかくとして、

「何で、あの二人が唄う歌って、こうもマニアックなんだ?」

 今時、『トライ○ーG7』の主題歌をフルコーラスで唄える
女子高生なんてそうはいないぞ。

 そういえば、以前、三人でカラオケに行った時も、
勇者シリーズをメドレーで聴かされたっけ。
 特に、ラストの『勇者王誕生』は大熱唱だったな。
 ついつい俺ものせられて『エキセン○リック少年ボウイ』の替え歌の
『サディスティック八神 庵 97』を唄っちまったくらいだぜ。

 ……っと、話がズレたな。

 とにかく、いま俺は二人のマニーな歌を聴きながら、
リビングのソファーに腰を降ろし、晩メシができるのを待っているのだ。

「……まだかなぁ」

 俺はそう呟きつつ、お茶を一口啜る。

「おいらしゃちょおでしょーがくせ〜♪ きょおものりこむ、じーせぶん〜♪」

「とらぁいだ〜〜じーせぶーん♪」


 ぶぴっ!


 瞬間、俺は口にしていたお茶を吹き出した。

 ……バックコーラスを入れるとは、やるな、さくら。






 とまぁ、俺内部でちょっとしたアクシデントがあったりもしたが、
それ以外は何事もなく、無事、晩メシが出来あがった。

「おお〜」

 出来あがった料理を見て、俺は感歎の声を上げた。

 テーブルの上に並ぶは、ハンバーグと味噌汁とご飯が三人分、
そして中央にはサラダの入ったボウルが置かれていた。

 ハンバーグの具え付けにはキャベツの千切りとフライドポテト、
味噌汁の具は細切りにした大根とワカメと豆腐だ。

 うむ……立派なハンバーグ定食だな。

「まーくん、たくさん食べてくださいね」

「ゴハンのおかわりもあるからね」

 そう言って、ニコリと微笑むさくらとあかね。
 そんな二人に俺は……、

「おう。バッチリ頂くぜ。ありがとな」

 と、二人の頭を撫でた。

 俺に頭を撫でられて、さくらはウットリと頬を赤らめ、
あかねは猫の様に嬉しそうに喉を鳴らしている。

 二人とも、子供の頃からこんななんだよな。
 特にあかねは全然進歩していない。

 ったく、、頭を撫でられるのがそんなに嬉しいかねぇ。






「美味いっ!」

 ハンバーグを食べた俺の最初の一言がそれだった。

 俺は料理評論家じゃないので、どこがどう美味いのか上手く説明できないが、
とにかく美味い。(←単に作者の表現力が乏しいだけともいえる)

「ホントですか? 良かった」

 さくらの顔がほころぶ。
 ハンバーグはさくらが作ったのか。さすがだな。

「ねえねえ、味噌汁はどう?」

 そう訊ねるあかねの瞳は、何かを期待するようにキラキラと輝いている。
 ってことは……そうか、味噌汁はあかねが作ったのか。

 俺はズズーっと味噌汁を啜った。

「うん。美味いぞ」

「えへへ〜♪」

 俺の答えに照れるあかね。

 それから、俺は黙ってひたすら食った。
 食べながら話をするのはあまり好きじゃないからな。
行儀も良くないし。

 もぐもぐもぐ……。

 むしゃむしゃむしゃ……。

 がつがつがつ……。

 徐々に食べる勢いが増していく。

「おかわり!」

 二人が半分も食べ終わらないうちに、
俺は空になった茶碗を差し出した。

 こういう時の女の子、すごく嬉しそうに微笑む。
 二人のそんな表情はとても可愛い。
 何度も見たくなってしまう。

 ……いかんな。今夜は食い過ぎちまいそうだ。






 で、結局……、






「腹くるちぃ〜」

 俺は食い過ぎでダウンしてしまった。
 さすがに大盛り五杯は無理があったな。

「もう、まーくんったら……」

「大丈夫〜?」

 動けない俺を、さくらとあかねは呆れ顔で見ている。
 でも、その表情はとてもご機嫌だった。








<おわり>
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