Heart to Heart

      第15話 「指定席」







 朝のホームルームで、うちのクラスの担任が言った。

「今日は席替えをする」



 先生の言葉に、俺の両サイドから講義の声が上がる。
 さくらとあかねだ。

 実は、俺の両隣は右側がさくらで左側があかねなのだ。

 入学当初は、特に席は決まってなくて、適当に好きなところに座って良かったので、
こういう形になったのだ。

 どうやら、担任の先生はキチンと全員の席を決めるつもりらしい。

 ったく、いい迷惑だな。
 せっかく今の場所に慣れてきたってのに、
今頃になって、ンなこと言い出さなくてもいいのに。

 どうやら、クラス全員が同じ思いらしい。

 だが、特にさくらとあかねの拒絶ぶりは目立った。
 当然、先生は二人に訊ねる。

「なんだ? 園村、河合、そんなに席替えがイヤか?」

「イヤです(キッパリ)」

「や(キッパリ)」

 ……即答だし。

「そ、そうか……理由は……訊くまでも無いな」

 先生は俺の顔を見てから、軽くタメ息をつく。

 ……おい、そりゃ、どういう意味だ?
 って、それこそ訊くまでも無いか。(笑)

「……先生、やりましょう」

 と、突然、一人の男子生徒が言った。

「そうだな……やるか、席替え」

 それをきっかけに、席替え推進派が増えていく。

 そいつらは、全員、俺にチラチラと殺意の込もった視線を向けてて……、

 ……なるほど、そうことかよ。

「じゃあ、多数決を取るぞ。席替えをしたいという者は?」

 先生の言葉に、男子生徒全員が手を挙げる。
 つまり、コイツら、みんなさくらとあかねの隣の席を狙ってるってわけだ。

 俺以外の男子全員が賛成ってことは、この時点で席替え決定か。
 うちのクラスは女子より男子の方が数人多いからな。

 ちなみに、女子生徒は一人も挙げていない。

 ……今、俺のクラスでの立場がよっっっっく分かったよ。

「ふむ……じゃあ、席替えをすることに決定だな。
方法は、クジ引きでいいだろう」

「そんな……断固反対ですっ!」

「席替えなんかやだーっ!」

 激しく拒絶するさくらとあかね。

 その二人に、傍に座る男子が言う。

「園村さん、河合さん、しょうがないよ。
これが民主主義というものなんだ」

「そんなの、ただの数の暴力です!!」

「あたし、ずっとまーくんの隣がいいよぉ〜!」





 結局、二人の抗議もむなしく、席替えは実行された。





 で、その結果……、





「うえぇ〜〜〜〜……」

 俺は周りの席を見て、机に突っ伏した。

 何で男に囲まれなきゃいけないんだよぉ〜(泣)

 そう……俺の席は、前後左右だけでなく斜め隣までも男という、
色気も何も無い席だった。
 まさに、地獄のブラックホール状態だ。

 さくらとあかねは、偶然にも席の移動は無かった。
 そして、さっきまで俺が座っていた席には……、

「いやぁ〜、園村さんと河合さんの隣になれるなんて、おれも運がいいな〜」

 さっき席替えをしようと最初に言い出した奴が座っていた。

 ……ちっ、マジで運のいい野郎だぜ。

 どうやら、他の男子も同じ気持ちらしい。
 皆、そいつを恨めしそうに見ている。

 あいつ、名前は何ていったかな?
 ……確か、
『谷島』……だったっけ?
 偶然にも、『あいつ』と同じ名前かよ……字は違うけど。

「なあなあ、園村さん? 園村さんって、何か趣味とかあるの?」

 谷島は皆の視線も気にせず、これぞ隣の席の特権とばかりに
馴れ馴れしくさくらに話し掛ける。

 なるほど……あいつ、さくら狙いか。

「えっと……その……編物とか、ですけど……」

 ぎこちなく受け答えするさくら。
 しかし、その表情はかなり不機嫌だ。

 あかねだったら、プイッとそっぽを向いて無視するのだろうが、
さくらの性格じゃ無理だわな。

「あの……お願いがあるんですけど……」

 さくらが意を決して谷島に話し掛ける。

「ん? 何? 園村さんのお願いだったら何でも聞いちゃうよ」

 さくらの方から話し掛けられて、谷島は上機嫌に頷く。

「あの……まーくんと、席替わってください」

「それは出来ないね。これは公平にクジで決められたんだ。
おれ達だけが勝手に変わるわけにはいかないね」

「そこを何とか……ねえ、お願い」

 あかねも一緒になってお願いするが、
谷島が首を縦に振るわけがない。

「ダメダメ。まったく、いい加減諦めたらどうだい?
だいたい、藤井なんかに園村さん達は似合わないよ。
クジ引きで離れ離れなったってことは、
所詮、藤井とキミ達は結ばれない運命……っ!!」


 
がいんっ!! ごき゜ょっ!!


 谷島がセリフを言い終わる前に、かなりイイ音が鳴った。

 さくらとあかねの手には、例によってフライパンとクマさんバットが握られていた。








 キーンコーンカーンコーン……

 一時限目開始のチャイムが鳴り、再び担任が入ってきた。
 そういえば、うちのクラスの担任は数学を受け持ってたっけ。

「きりーつ」

 ガタガタガタ……

「れーい」

 ぺこ……

 そして、静かに授業が始まる。








「つまりだな、このtanθ/2=−2の時、tanθの値を求めるには……」



 しくしくしくしく……
 
シクシクシクシク……



 三角関数の説明をする先生の声に被るように、
誰かのすすり泣く声が教室中に響き渡る。



「……tan(α+β)=tanα+tanβ/1−tanαtanβだから……」



 しくしくしくしく……
 
シクシクシクシク……



 それを無視して、先生は授業を続ける。



「……tanθ=2tanθ/2/1−tan2・θ/2となり……」



 しくしくしくしく……
 
シクシクシクシク……



 あ……先生、肩震えてるし。



「……これにtanθ/2=−2を代入すれば、tanθ=4/3ということに……」



 しくしくしくしく……
 
シクシクシクシク……



「だあああああああっ!!」


 あ……ついに耐え切れなくなったな。

 ブチキレた先生は持っていたチョークを握り潰しつつ、谷島に叫ぶ。

「おい、谷島っ! 藤井と席を替われっ!」

「ええっ!? そんなっ!」

「いいから替われっ! とにかく替われっ! これじゃあ、授業が進まんっ!
それと、これからは例え席替えをしても、藤井と園村と河合の席は固定だ!
全員、分かったな!! 反論は許さんっ!!」


「「「「「なぜだぁーーっ!!」」」」」


 先生の決定に、クラスの男子全員の絶叫が響き渡る。

 そんな中……、

「ンフフフ……♪」

「えへへ〜……♪」

 さくらとあかねは勝ち誇った笑みを浮かべていた……。







 ……と、いうわけで、
この日より、俺の両隣の席は、さくらとあかねの指定席となった。








<おわり>
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