Heart to Heart

    
第1話 「まーくんと呼ばないで」







 ジリリリリリリリリリリリリリリリッ!!

 ――バシッ!

「だあぁぁっ!! うるせえっ!」

 俺は目覚し時計を叩いて音を止めると、勢い良く起き上がった。
 大きく伸びをしながら時計を見ると、針は7時を差している。

「そっか……今日からまた学校なんだよな」

 ったく、春休みってのはすぐに終わっちまうんだよなぁ。
 ま、愚痴ってもしょうがねぇし、せっかく時間通りに起きれたんだ、
アイツらを待たせない為にも、サッサと準備を済ませますかね。

「……今日から、高校生、か」








 学校への道をのんびりと歩いていると、
俺を呼ぶいつもの声が後ろから聞こえてきた。

 後ろを振り返ると、俺の方へと駆けて来る
桜色の髪の少女と空色の髪の少女の姿が見えた。

 急いで走ってきた二人の少女は、ハアハアと息を吐きながら、
俺の前に立ち止まり……、

「おはよう、まーくん!」

「おはようございます、まーくん」

 と、大きな声で言いやがった。

「だあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 俺を『まーくん』って呼ぶなって
何回言ったら分かるんだ、お前らは!?
俺には『藤井 誠』っていうれっきとした名前があるんだよ!」

「だったら、あたしにだって『河合 あかね』っていう立派な名前があるよ。
『お前』なんて名前じゃないもん」

「わたしは『園村 さくら』です」

 と、言って、ニッコリと微笑む二人の小悪魔に、俺は頭を抱えて懇願する。

「なぁ、頼むよ。いくら幼馴染みだからって、
高校生にもなって『まーくん』はハッキリ言って恥ずかしいんだよ」

「じゃあ、『お兄ちゃん』って呼んじゃうよ?」

「それも止めてくれ」

 そりゃまあ、俺は二人よりも半年ほど誕生日が早いけど、
クラスメートの女の子に『お兄ちゃん』呼ばわりされたらたまらん。

「でも、今までずっとまーくんでしたから、今更止めろと言われても……」

「さくら……今更、じゃないぞ。俺は今までに何度も止めろと言ってきた」

 そう。何度も言ったんだよ。
 なのに、この二人はいつまでたっても俺を『まーくん』って呼びやがる。

「だったら、何て呼べばいいの?」

「それを考えるのがお前らの役目だろーが。
いくらでもあるだろ?『藤井君』とか『誠君』とか。
なんなら、呼び捨てでもいいからよ」

「そんな……まーくんを呼び捨てにするなんて……
恥ずかしいです」

 さくら……何で頬を赤らめる。
 俺に言わせりゃ『まーくん』の方がよっぽどハズいぞ。

「うーん……これならどう?」

「おっ!あかね、何か思いついたか? よし、言ってみろ」

「えっとね……
『誠ちゃん』


 
がんっ!


 俺は思い切りコンクリの壁に頭をぶつけた。

 ガキか……俺は。
 『まーくん』よりヒドイぞ……それ。

「却下!」

「えぇ〜! なんで〜? 可愛いのに〜」

「可愛くてどうする! 次、さくら!」

「えっ? じゃ、じゃあ、
『誠さん』……(ポッ)

 いきなり話を振られて、さくらは慌てて答えるが、
言ってからまた頬を赤くしてしまった。


 
かあぁぁぁ〜……


 ああーっ! 自分でも顔が赤くなっていくのがハッキリわかるぞ!
 ま、まあ、さくらはこれでもいいかもな。イメージに合ってるし。
 でも……何でこんなに照れクサイんだぁぁぁーーーっ!

「そ……それも、ちょっと、な」

「そ、そーですね。恥ずかしいですね」

 さくらは素直に引き下がってくれた。
 良かった。助かったぜ。

「ねえねえ、さくらちゃん。これならどうかな?」

 あかねが別のネタを思い付いた様だ。
 ゴニョゴニョとさくらに耳打ちしている。

「え?そんなの……恥ずかしい」

「いいでしょ……ねっ」

「……うん。分かった。スゴく恥ずかしいけど、頑張る」

 さくら…何だ、お前のその反応は?
 不安だ……とてつもなく、不安だ。
 ……覚悟しといた方がいいかもな。

 二人が俺に近付いてくる。
 そして、俺の両腕にそっと腕を絡めて身を寄せると……、

あ・・た♪


 
ずごべしっ!


 俺は近くの電柱に顔面から突っ込んだ。
 ……ダメだ。この二人には勝てん。

「……まーくんでいいです」

 結局、俺は白旗を上げたのだった。





 これでまた、三年間恥ずかしい思いをするんだな。

 もしかしたら、一生俺は『まーくん』なのかも。
 トホホホホホ……。








<おわり>
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