――みなさん、こんにちわ。(ぺこ)

 毎度、お馴染み……、
 天河食堂の看板女房である『テンカワ・ルリ』です♪

 さて――

 前回は、私達とアキトさんとの、
運命的な出会いのお話をしたわけですが……、

 今回は、私達とアキトさんが、
同棲をするに至るまでの経緯を、お話しようと思います。

 ――えっ?
 私達が家出した理由、ですか?

 それについては……、
 後日、改めてお話させて頂く、という事で……、








 それでは……、

 前回の続きを始めましょうか……、









機動戦艦 ナデシコ SS

ルリルリの幼妻奮闘記

第10話 「同居生活です」










「……ここは、一体、何処なんでしょう?」








 朝――

 目を覚まして……、
 最初に見たのは、知らない天井でした。

 とまあ、冗談はさておき……、

「……あれ?」

 目覚めた私は、隣で眠るラピスを、
起こしてしまわないように、ゆっくりと体を起こしました。

 そして、まだ少し寝惚けた頭で、軽く周囲を見回します。

 薄そうな板張りの壁――
 8畳一間、風呂トイレ付き――

 まるで、絵に描いたような、安アパートの風景――

「…………」(唖然)

 今時、こんな場所が、まだあったなんて……、

 ちょっと、ビックリです。
 思わず、言葉を失ってしまいます。

 でも、こういう素朴な生活観を感じられる雰囲気って、結構、良いかも――

「――って、現実逃避してる場合じゃありません」

 私は、未だにハッキリしていない頭を、
ブンブンと何度も振って、最初の疑問に意識を戻しました。

「……どうして、こんな所に?」

 と、呟きつつ、私は、昨夜の事を思い出す。

 確か、私達は家出をして――
 夜の公園で、見知らぬコックさんに出会って――
 その後、コックさんの屋台で、ラーメンをご馳走になって――

 ――思い出してきました。

 それで、ご馳走になったお礼に、
ラピスと一緒に、お店のお手伝いをしたんです。

 そして、閉店する頃には、夜も更けて……、

 慣れない仕事で疲れたのか……、
 ラピスは、その場で眠ってしまって……、

 それで、仕方なく……、

 昨夜は……、
 コックさんのお家に泊めて……、



「――っ!!!」



 記憶が、そこに至った瞬間……、

 あまりに軽率すぎる、
自分の行動に、私は、絶句してしまいました。

 な、なんて事でしょう……、

 家出したその日に……、
 知り合ったばかりの男性の家に転がり込むなんて……、

 な、何と言いますか――
 まるで、安っぽいドラマみたいな展開――

「――ってゆ〜か、人生の転落街道まっしぐら、といった感じですね」

 と、他人事のように、私は呟く。

 どうやら、あまりにベタな展開な為、逆に冷静になれたようです。

 さて、それでは……、
 落ち着いたところで、現状の把握をするとしましょう。

 まずは……、

「……衣服に乱れは無いようですね」

 私は、自分の姿を見下ろすと、
寝る前と、大きな変化は無い事を知り、ホッと胸を撫で下ろしました。

 まあ、私達みたいな少女に、妙な真似をするとは思えませんが……、

 自慢するわけじゃないですけど……、
 私もラピスも、それなりに美少女ですし……、

 それに、世の中には、特殊な趣味の人もいますから……、

「…………」

 と、そこまで考えた時、不意に、
私は、例のコックさんの顔を思い浮かべました。

 まるで、子供のように……、
 無邪気に微笑む、あの人……、

 ――そう。
 確か、テンカワさん、でしたっけ?

 あの人は、どう考えても、悪い人のようには思えません。

 だいたい、もし、悪い人だったら、
真っ先に、ラピスが拒絶反応を示す筈ですし……、

「ラピス……?」

 私は、確認するかのように、
すぐ隣で、気持ち良さそうに眠るラピスに目を向けます。

 その寝顔は、とても安らかで……、

「……信用しても、良いのかな?」

 その安心しきったラピスの寝顔を見て、私は、肩の力を抜きました。

 どうやら……、
 私の心配は、杞憂だったようです。

 この子の能力に頼るのは、気が引けますが……、
 自分の人物観よりも、ラピスの能力の方が、信憑性は高いですからね。

 とにかく……、
 テンカワさんは、悪い人ではないようです。

 ましてや、私達に対して、如何わしい真似をするような人でもなさそう……、

 まあ、あの人だったら、ちょっとくらい、
襲われちゃっても良いかな、って、思ったりも――

「――って、私は、何を考えてるんですか!」

 馬鹿な事を想像してしまった私は、自分の頭を、ポカッと叩きます。

 まったく、私としたことが……、

 ああいう、人畜無害な人に会うのは、
初めてだから、ついつい、妙な事を考えてしまいました。

 どうやら、冷静になったつまりが、まだ、混乱していたようです。

 とにかく……、
 ちょっと落ち着きましょう。

 深呼吸、深呼吸――





「――あっ、起きた? おはよう、ルリちゃん」

「っっっ!!!」





 やられました……、

 完全に、不意打ちです。
 そりゃあもう、狙ったかのようなタイミングです。

 今まで、何処に言っていたのか……、

 玄関のドアを開けて、
ひょっこりと現れたテンカワさん。

 その姿を見た瞬間……、

 私は、落ち着く為、深呼吸をしようと、
大きく吸っていた息を、思い切り詰まらせてしまいました。

「あっ! えっ……テ、テンカワ、さん?」

「ゴメンね、留守にしてて……、
今日、ゴミ出し日だったもんだから……」

 狼狽える私に構わず、テンカワさんは、家に上がると、
真っ直ぐにキッチンに向かい、慣れた手つきで、エプロンを身に付ける。

 そして……、

「ちょっと待ててね。すぐに、朝ご飯にするから……」

「は、はあ……」

 何が、そんなに楽しいのか……、
 上機嫌に、鼻歌なんて唄いながら、朝ご飯を作り始めちゃいました。

 そんなテンカワさんの姿を、私は、呆然と眺めます。

 間違いありません……、
 この人、絶対に天然です……、

 楽しそうに料理をするテンカワさんの後姿を見つつ、私は、確信する。

 ――何で、こんなに自然体なんだろう?

 子供とはいえ……、
 女の子と一夜を共にしたというのに……、

 何か、自分一人で意識してるのが、馬鹿馬鹿しくなってきました。

 ってゆ〜か……、
 私、女として見られていませんか?

 ……正直、ちょっとムカツきますね。

 これでも……、
 子供じゃなくて、少女のつもりなのに……、



「――はい、お待ちどうさま」

「えっ……?」



 テンカワさんの呼び声に、私は、我に返ります。

 どうやら、考え事をしている間に、
すっかり、朝ご飯の準備が整ったようです。

 しまった……、
 私とした事が、とんだ失態です。

 お世話になっておきながら、準備を手伝いもしないなんて……、

「…………」

 卓袱台の上に並べられた朝ご飯……、

 大根とワカメの味噌汁――
 脂ののった焼き鮭の切り身――
 軽く胡椒が振られた目玉焼き――

 それらを前にして、私は、
自分の到らなさが気恥ずかしく、俯いてしまいました。

「あっ、ゴメン! もしかして、朝はパンの方が良かった?」

「そ、そんなことないです! いただきます!」

 テンカワさんは、それを、別の意味にとってしまったようです。

 本当に、申し訳なさそうに謝る、
テンカワさんを見て、私は、慌てて、箸を取りました。

 そして……、
 まずは、口を潤そうと……、

 私は、湯気をたてる、味噌汁を、軽く一口、啜りました。

 と、その瞬間……、



「あっ……」



 不意に……、
 私の目から、涙がこぼれる。

「あ……れ……?」

 訳が分からず、私は、手で涙を拭う。

 でも、何度、拭っても……、
 その涙は、止めど無く溢れて……、

「わ、私……どうして……?」

 自分の涙の意味が分からず、私は戸惑う。

 そして、当事者である、
私以上に、戸惑ってる人が約一名……、

「ど、どど、どうしたの、ルリちゃん!? 俺、何か悪い事しちゃった!?」

 わたわたと、意味も無く、
腕を振り回しながら、狼狽えまくるテンカワさん。

 そんなテンカワさんの様子が、なんだか、凄く可笑しくて……、

「ふふっ……」

 それで、落ち着いたのか……、
 ようやく、私の涙は止まってくれました。

 それと同時に……、

 何となくだけど……、
 私は、涙の理由に気が付いた。

 ああ、そうか……、

 私自身は、冷静でいたつもりだったけど……、

 本当は……、
 不安でたまらなかったんだ。

 私は、それを自覚していなくて……、

 テンカワさんが作ってくれた、
味噌汁を飲んだら、何だか、ホッとしちゃって……、

 ……それまで、張り詰めていた心が、一気に緩んじゃったんだ。

 それで……、
 安心した途端……、

「ルリちゃん……大丈夫?」

「あ……はい、大丈夫です」

 卓袱台越しに身を乗り出し、
不安げな表情で、テンカワさんが、私の顔を覗き込んでくる。

 私は、慌てて涙を拭うと、テンカワさんに、微笑んで見せた。

「ゴメンなさい……いきなり、泣いちゃったりして……」

「いや、それは、別に良いんだけど……、
俺、ルリちゃんを泣かせるような事、何かしちゃった?」

「……はい?」

「もし、そうなら、謝らなきゃいけないのは、こっちの方だし……」

 そう言って、ポリポリと頭を掻きながら、
テンカワさんは、不安げに、上目遣いで、私を見ます。

「――クス♪」

 そんなテンカワさんが、可愛くて……、

 私は、ついつい……、
 意地悪な事を言っちゃいます。

「そうですね……今のは、テンカワさんのせいです」



 こんなにも――
 私に優しくしてくれるから――



 ……最後の部分だけは、心の中で呟く。

 だって、本人を目の前に、
口に出して言うのは、恥ずかしいですからね。

 尤も、そのせいで、テンカワさんは困ってしまうでしょうけど……、

 まあ、そのくらいは、
せいぜい我慢してもらいましょう。

 さっき、私を驚かせた罰、という事で……、

「それにしても……良かった」

「何が……ですか?」

 お互い、落ち着いたところで、私とテンカワさんは、朝ご飯を再開します。

 その途中、ポツリ呟いた、
テンカワさんの言葉に、私は首を傾げました。

 すると、テンカワさんは……、



「だってさ……ルリちゃん、やっと笑ってくれたから」

「――っ!!」



 例によって……、

 あの無邪気な……、
 人懐っこい微笑みを、私に向けてくる。

 その反則っぽい最終兵器(自覚無し)を、正面から、まともに食らい、私は、赤面してしまう。

 ま、また、やられました……、
 完全に、クリティカルヒットです。

 ホント……、
 天然って、怖い……、

 無自覚に、私の心を揺さぶってくる……、

「ルリちゃん……」

 そんな私の変化に、
気付いているのか、いないのか……、

 テンカワさんは、箸を動かす手を休めると……、

「――取り敢えず、今は、詳しい事は聞かない」

 あたたかくて……、
 本当に優しい笑みを浮かべたまま……、

「ルリちゃんが、話してくれる気になるまで、俺は待ってるから……」

 不安で一杯の私の心を……、
 何も訊かずに、そっと包み込んでくれる。

 そんな、テンカワさんの気持ちが、凄く嬉しくて……、

「俺に出来る事なら、何でも相談にのる……、
俺がダメなら、俺の友達が、絶対に力になってくれる」

 ああ、どうして――

「だから……こんな所で良ければ……」

 どうして――
 この人は、こんなにも簡単に――
















 ――私の心の壁を崩してしまうのだろう。
















「テンカワさん……」

「――ん? なに、ルリちゃん?」

 朝ご飯を食べるのに、
随分と、時間が掛かってしまいました。

 まあ、その原因は、私にあるんですけど……、

 と、それはともかく……、

 食後のお茶を飲み、一息ついたところで、
テンカワさんは、食器を片付けようと立ち上がります。

 そのテンカワさんを呼び止めると、私は、座布団の上で、姿勢を正しました。

「…………」

 私の様子を見て、真面目な話だと思ったのでしょう。

 踵を返したテンカワさんは、
私の正面に正座をすると、真剣な面持ちで、私に向き直ります。

 そんなテンカワさんを、真っ直ぐに見返し、私は大きく深呼吸をしました。

 さて――
 覚悟は良いですか?

 心の中で、テンカワさんに……、
 それと同時に、自分自身にも問い掛けます。

 大丈夫……、
 ちょっと緊張してるけど、上手くやれます。

 私は、胸に手を当てて、呼吸を整える。

 そして……、



「テンカワさん……」

「うん……?」



 これは、ほんの仕返し――

 私を泣かせた――
 無防備な姿を曝け出させた――

 ――テンカワさんへの、ちょっとした意趣返し。

 でも、きっと……、
 これだけじゃ足りませんね。

 ええ、そうですとも……、

 あんなにも、私を泣かせたんです。
 この程度では、まだまだ、許して上げるつもりはありません。

 だから、これから、長い時間を掛けて――

 それこそ――
 私の一生を掛けてでも――

 ――私に恥を掻かせた報いを受けて貰います。

 というわけで……、

 これは……、
 初めの第一歩……、
















「不束者ですが、末永く、よろしくお願いします」

「――ええっ!?」
















 こうして――

 私達の同居生活は、始まったのでした。








<おわり>
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