――みなさん、こんにちわ。(ぺこ)
天河食堂のウェイトレスであり……、
愛しいアキトさんの妻である『テンカワ・ルリ』です♪
まあ、年齢的な問題から、
『自称』とか『未定』なんていう、不本意な単語も付いちゃうんですけどね。
でも、来年の7月7日になれば、私も16歳……、
即ち、法律的な問題も解決し、
私は、晴れて、アキトさんの正妻を、名乗れるようになるのです。
それまでには、何としてでも恋敵達を排除し、アキトさんのハートをゲットしなければ――
とまあ、それはともかく――
今日も今日とて、私とラピスとアキトさんは、
私達の愛の巣である天河食堂で、平和な日々を過ごしているわけですが……、
この平穏を手に入れるまで……、
それはもう……、
色々と、苦労もあったりしたんですよ。
今回は、ちょっとだけ、その頃の話をしようと思います。
――そう。
あれは、今から四年前……、
機動戦艦 ナデシコ SS
ルリルリの幼妻奮闘記
第9話 「運命の出会いです」
「……キミ、こんな時間に何してるんだい?」
「――えっ?」
夜の公園――
そんな人気の無い場所で……、
私は、ベンチに座り、途方に暮れていました。
「はあ〜……」
思わず、漏れる溜息……、
その大きさと深さに、
自分でも驚き、私は、慌てて、手で口を塞ぐ。
「ラピス……?」
起こしてしまっただろうか……、
そんな不安に駆られ、私は、
自分の膝を枕にして寝ている、妹のラピスを見下ろしました。
でも、それは杞憂だったようで、ラピスは、気持ち良さそうに、スヤスヤと眠っています。
その様子を見て、私は安堵する。
そして、取り敢えず、落ち着きを取り戻した私は、
静かに目を閉じると、これから自分がするべき事を模索し始めました。
しかし……、
11歳の子供でしかない私に……、
たった二人で、生きていく術など、思い付くわけもなく……、
「はあ〜……」
もう一度、漏れる溜息……、
先程のよりも、深く、大きな溜息……、
先の事など、何も考えず――
家を飛び出して来てしまったけれど――
「――これから、一体、どうしよう?」
手元にあるのは、わずかばかりのお金と……、
家から持ち出してきた、愛用のノートパソコン……、
……たったこれだけで、一体、何が出来るというのだろう?
まるで想像できない、暗い夜道のような、自分達の未来……、
そんな、先の見えない未来に、
身を震わせつつ、私は思い悩み続ける。
と、そんな時――
「――こんばんは」(にこにこ)
「こ、こんばんは……?」
――不意に、近くで声がした。
あたたかくて……、
ほっとするような優しい声……、
私達を覆う闇を振り払ってくれるような……、
まるで……、
太陽のような声……、
思わず、その声の主を求め、
私は、慌てて、伏せていた顔を上げました。
そこにいたのは――
十代後半くらいで――
まとまりの悪そうなボサボサ頭をした――
でも、子供の様に純粋で、真っ直ぐな瞳を持つ――
――白いエプロンをした男の人でした。
「もう一度、訊くけど……こんな時間に、何をしてるんだい?」
「そ、それは……」
そう言って、男の人は、私と視線を合わせる為、その場にしゃがみました。
男の人との距離が狭まり、その時になって、
私は、この人から、何やら美味しそうな匂いが漂ってくる事に気付く。
この匂いといい……、
身に付けたエプロンといい……、
もしかして……、
この人は、コックさんなのでしょうか?
と、そんな、どうでも良い事を考えつつ、
私は、コックさん(仮称)の質問に言葉を詰まらせます。
ど、どうしましょう……、
まさか、家出して来た、なんて言えませんし……、
そんな事を言ったら、絶対に、警察に連れて行かれて、家に連れ戻されてしまいます。
それだけは、嫌ですっ!
あんな所に帰るなんて、真っ平御免ですっ!
だから、このコックさんの追求から逃れる為には、何か、尤らしい言い訳がが必要で……、
でも、そんなモノが、咄嗟に思い付くわけもなく……、
だからと言って、このまま黙っているわけにもいかない……、
なにせ、こんな年端もゆかぬ、
二人の少女が、夜の公園にいるなんて、あまりに不自然……、
ちょっと想像力を働かせれば、私達の事情に気付くはすです。
そうなれば……、
事態は、どう転んでも、結果は同じ……、
私とラピスは、無理矢理、家へと連れ戻され……、
ああ……、
私は、一体、どうすれば……、
逃れられない運命に絶望し、私は押し黙る。
そんな私の様子を、コックさんは、
邪気の無い瞳で、ジッと見つめ、答えを待っている。
その眼差しに見つめられていると、
何だか、自分が悪い事をしているような気がして……、
――ずるい。
この人は、ずるい。
初対面の人に、こんな事を言うのは失礼かもしれないけど……、
この人は……、
本当に、とてもずるい人だ。
……そんな子供みたいな瞳で見られたら、嘘なんてつけない。
「わ、私は……その……」
観念した私は……、
もう、全てを正直に話してしまおうと、口を開く。
と、そこへ――
くぅぅぅ〜〜……
すぐ傍で……、
可愛らしいお腹の音が……、
「…………」
「…………」
あまりの不意打ちに、
私とコックさんは、顔を見合わせます。
そして、そのお腹の音の元へと視線を降ろし……、
「……ルリ、お腹空いた」
おそらく……、
いえ、間違い無く、コックさんの匂いに反応したのでしょう。
そこには……、
いつの間に、目を覚ましたのか……、
……お腹を空かせたラピスが、私達を、ジッと見上げていました。
「――はい、お待ちどうさま」
「…………」
公園の一角にある、小さな屋台――
並べられた、折り畳み式のデーブル――
半ば無理矢理、そこに座らされた私達は、
目の前に置かれたラーメンを見て、目を丸くしました。
どうやら、この屋台は、例のコックさんが営んでいるようです。
ラピスのお腹の音を聞いたコックさんは、
何を思ったのか、私達をここに連れて来ると、何も言わずに料理を始め……、
そして……、
私達の為に、ラーメンを作ってくれました。
「あの……今更、言うのも何ですけど……」
「あっ、お金ならいいよ。これは、俺の奢りってことで」
「は、はあ……」
お礼も言わず、ラーメンを食べ始めてしまったラピス……、
そんなラピスをチラッと見つつ、
不安げに訊ねる私に、コックさんは、ニコリと微笑みます。
その微笑みを、私はジッと見つめて――
「…………」
――ラピスじゃなくても分かります。
その笑みには……、
裏も表も、何の思惑もありません。
あるのは……、
私達を気遣う、思いやりだけ……、
もしかして……、
この人って、物凄いお人好し?
「ほら、伸びないうちに、食べちゃいなよ」
「は、はあ……いただきます」
コックさんに促され、
私は、素直に、その好意に甘える事にしました。
実を言うと、麺類って、あまり好きでは無いのですが、そんな贅沢は言えません。
割り箸を取り、私は、黙々と、ラーメンを食べ始めます。
そんな私達の様子を、
コックさんは、何だか、楽しそうに眺めています。
そうやって、見られていると、逆に食べ難いんですけど……、
そんな事を考えつつ、
コックさんの視線に気付かないフリをして、私は麺を啜りました。
と、そこへ――
「お〜い、兄ちゃん! ラーメン、五つ頼むわ!」
「は〜い! ラーメン五丁ッスねっ!」
どうやら、お客さんが来たようです。
やって来たのは、スーツ姿の男女五人……、
多分、仕事の帰りに、お酒でも飲んだのでしょう。
皆、頬をほんのりと赤くして、ちょっぴり陽気な雰囲気です。
席についたお客さんの注文を聞き、
コックさんは、早速、ラーメンを作り始めました。
麺を網に放り、お湯が沸騰している鍋の中に入れる――
解れてきたところで、鍋から出し、軽くお湯をきる――
それをドンブリに入れ、スープを潅ぎ、適度に具を放り込む――
それら、一連の動作を、流れるように鮮やかにこなし……、
「――はい、お待ちっ!!」
あっという間に……、
五杯のラーメンを作ってしまいました。
と、さらに……、
「お〜い、こっちにも一つ頼む〜!」
「お兄さん、あたしは、麺は固めにしてね〜」
「あっ! 俺は大盛りで!!」
もしかして、結構、繁盛しているのか……、
それとも、今日は、
たまたま、そういう日なのか……、
まるで、コックさんが作ったラーメンの匂いを、
嗅ぎつけて来たかのように、次々と、お客さんがやって来ます。
「お勘定、お願いしま〜す」
「は、はい! 少々、お待ちください!」
その注文に追われるように、コックさんは、懸命にラーメンを作り続ける。
でも、さすがに、この人数を、
コックさん一人だけじゃ対応しきれないみたい。
どんどん、注文は溜まっていき――
お勘定を待つお客さんは、イライラとしはじめ――
――使い終わった食器を洗う事も出来ず、山の様に増えて行きます
「…………」
とっくに、ラーメンを食べ終え、
ボ〜ッと、その様子を眺めていた私は――
「仕方ありませんね……」
――さすがに、見るに見かね、席を立ちました。
「ルリ……どうしたの?」
「お手伝いをします。私は食器を洗いますから、
ラピスは、お客さんから、お勘定を貰ってきてください」
「……わかった」
「おつりの計算、間違えちゃいけませんよ」
「うん……」
私の言葉に、ラピスは、一瞬、逡巡して見せたものの……、
何か、思うところがあったのだろう……、
すぐに頷き、トテトテとお勘定待ちのお客さん達の方へと歩いて行く。
生まれつき……、
ちょっと普通じゃない能力を持つラピス……、
その特殊な体質故、ラピスに、
接客を任せるのは、少々、不安なのですが……、
とは言え、あの子に、洗い物を任せるわけにもいきません。
手を滑らせて、食器を割られては大変です。
ラピスに怪我をさせてしまいますし……、
割れた食器を弁償出来るだけの、持ち合わせもありませんからね。
その点、お勘定程度の計算なら、安心して任せられます。
あの子は……、
とても賢い子ですから……、
「――えっ? キミ、何を……」
「手伝います……」
使用済みの食器を回収し、私は屋台に歩み寄ります。
突然、自分の隣に立ち、
食器を洗い始めた私を見て、コックさんは戸惑いを隠せないようです。
「い、いいって! そんな事――」
「働かざる者、食うべからず……、
気にしないでください。これは、ラーメンを奢ってくれたお礼です」
「で、でも……」
きっと、この人の頭の中では、私達もお客さんなのでしょう。
そんな私達に、手伝わせるわけにもいかず……、
コックさんは、ラーメンを作る手を休め、
私に、食器洗いを止めさせようと、説得を試みます。
――でも、聞く耳は持ちません。
コックさんの言葉を無視して、
私は、淡々と、洗い物を続けます。
「ああ、もう……困ったな〜……」
そんな私を前に、どうしたものかと、頭を抱えるコックさん。
と、そこへ……、
まるで、ダメ押しをするかのように……、
「お金……何処に入れておけば良いの?」
「……そこの金庫の中だよ」
コックさんのエプロンの裾を、クイクイッと引っ張り……、
お客さんから受け取ってきた、
ラーメンの代金を、ラピスが差し出す。
その姿を見て、ようやく、説得を諦めたのでしょう。
コックさんは、深々と溜息つくと、
代金を小さな金庫の中に入れるよう、ラピスに指示します。
そして……、
「それじゃあ……悪いけど、手伝って貰えるかな?」
ラーメン作りを再開しつつ……、
苦笑しながら、コックさんは、
改めて、私とラピスに、軽く頭を下げました。
「…………」(真っ赤)
「…………」(真っ赤)
そんなコックさんの表情に……、
不覚にも……、
私とラピスは、一瞬、見惚れてしまいます。
――やっぱり、ずるいです。
この笑顔は……、
この人の無邪気な瞳は、反則です。
常に、冷静でいるのが、私の信条なのに……、
この人は……、
私の心を、問答無用で掻き乱す。
でも、何故か……、
それは、全然、不快ではなくて……、
「そ、そういえば……まだ、名前を聞いてません」
赤くなった頬を悟られぬよう、私は、慌てて顔を伏せる。
そして……、
何とか照れを誤魔化そうと……、
「私はホシノ・ルリ……この子は、妹のラピス・ラズリと言います」
唐突に……、
何の脈絡も無く、自己紹介をしていました。
「あっ、え〜っと……」
いきなりの事で、コックさんも戸惑っているようです。
一瞬、視線をさ迷わせ……、
自分も名乗らなければ、と思い至ったのか……、
「俺は――」
コックさんは、ちゃんと、私に向き直り……、
今まで一番……、
優しい微笑を浮かべて……、
「俺は、テンカワ・アキト……よろしくね、ルリちゃん」
これが……、
私達とアキトさんとの……、
……運命の出会いでした。
<おわり>
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