機動戦艦 ナデシコ SS

ルリルリの幼妻奮闘記

  
    第7話 「爬虫類は嫌いです」







 みなさん、こんにちは。(ぺこ)

 もういい加減、名乗る必要も無いと思いますが……、

 一応、ちゃんと言っておかないと、
すかさずそこに突け込んでくるお邪魔虫が、
私達の周りには大勢いますので、しっかりと主張させて頂きます。

 というわけで、テンカワ・ルリです。(怒)

 ――え?
 何を怒っているのか、ですか?

 これが怒らずにいられますかっ!

 とにかく、聞いて下さいっ!
 実はですね、とっても腹の立つことがあったんですっ!

 ――そう。
 あれは、いつものように……、





「はい♪ アキトさん……あ〜ん、してください♪」

「あ、あのさ、ルリちゃん……俺、自分で食べれるから……」(汗)

「……嫌なんですか?」(うるうる)

「い、いや……そんなことはいなよ」

「それでしたら……はい、あ〜ん♪」

「…………あ〜ん」(大汗)





 とまあ、こんな感じで……、

 新婚夫婦特有のらぶらぶな雰囲気を、
醸し出しつつ、ちょっと遅めの昼食を摂っていた時でした。

 ――あっ、何故、昼食が遅くなってしまったのかと言うと、これもいつもの事です。

 なにせ、ウチは食堂ですから、お昼時にはお客さんが来ますからね。

 ついさっきも、良く出前に行くアパートに住んでいる大学生と、
私と同じ位の男の子が、テンカワ特製ラーメンを食べて出ていったばかりですし……、

 というわけで、私達がご飯を食べる事が出来るのは、
こうしてお客さんがいなくなった時だけなんですよね。

「ルリちゃん……お客なら、ここにいるんだけど」

 あ……メグミさん、いたんですか?
 すみません……影が薄いから全然気が付きませんでした。

「……だ〜れ〜の〜、影が薄いのかな〜?」(怒)

 ……さっきから外野がうるさいですね。
 だいたい、どうして人のモノローグにツッコミを入れられるんですか?

 まったく……、
 これでは、せっかくの私とアキトさんとのらぶらぶな時間が台無しです。

「何がらぶらぶなのよっ!
ルリちゃんなんて、アキトさんの押し掛け女房のクセにっ!」

「ありかどうございます、メグミさん♪
ついに私の事をアキトさんの押し掛け
『女房』だと認めてくれたんですね♪」

「くっ……」

 と、私の言葉を聞き、メグミさんは自分の失言に、悔しげに唇を噛みます。

 ふっ……、
 どうやら、今回は策士のメグミさんではなく、私に軍配が上がったようですね。

 まあ、理屈(屁理屈も含め)勝負は私の得意分野ですからね。
 これは当然の結果です。

 というわけで……、

「アキトさん♪ 今度は私に食べさせてくださいね♪」

「…………は、ははは」(汗)

「食べさせてくださいね♪」

「ルリちゃん……はい、あ〜ん」(泣)

「あ〜ん♪」

 ああ……、
 私、今、とっても幸せです♪
















 さて、ちょっと話がズレてしまいますが……、

 ここで、さっきから私とアキトさんのらぶらぶな食事風景を、
涙を流しながら見つめているこの人の事を軽く紹介しておきましょうか。

 
『メグミ・レイナード』――

 それが、この店の常連さんでもあるこの女性の名前です。

 職業は声優。
 アニメとか洋画の日本語吹替えとかに声をあてるお仕事ですね。

 そのへんの事は詳しく無いので、よく分かりませんが、
どうやら声優としての人気はかなり高いそうです。

 メグミさん本人がメインパーソナリティーを勤める、
ラジオ番組を持っているということだけでも、その人気の高さは窺えます。

 最も、声優としての仕事だけでなく、歌などの多方面に名前を出している、
アイドル声優の『桜井 あさひ』に比べると、ややその知名度は低いのでしょうが……、

 とにかく、その一部の人には有名な人気声優が、
今、そこでラーメンを食べているメグミさんなわけです。

 ――はい?
 その人気声優が、何故、こんな大衆食堂なんかにいるのか、ですか?

 それはですね……、
 あまり言いたくはないのですが……、

 メグミさんも、どういう事情があったのか、
アキトさんに好意を寄せている女性の一人なんです。

 まったく、アキトさんには私という正妻(ポッ☆)がいるのに、図々しい人ですよね。

 しかも、私からアキトさんを奪う為には、
どんなえげつない手段も、平気な顔して使ってきますし……、

 とまあ、そういうわけで……、

 メグミさんは、アキトさんに会うために、
こうして、この店にちょくちょく顔を出しているわけです。
















 それはさておき……、

 メグミさんの紹介も終わったところで、話を戻すことにしましょう。

 そろそろ、今回のお話の本題に入らないといけませんし……、

 ――そう。
 冒頭の私が、何故、不機嫌なのかということです。

 仕事もひと段落し、メグミさんの目の前で、
私とアキトさんのらぶらぶな昼食の光景を見せつけていた、その時……、

 ――何の前触れもなく『それ』は姿を現れしました。
















 
ちり〜ん……

 
ちり〜ん……


「――ん?」

 静かな、それでいてやたらと自己主張の強い鈴の音に、
私達は食事をする手を止めました。

 ……この音、何処から聞こえてくるのでしょう?

 何故か気になった私は、その鈴の音に耳を傾けます。

 その音は、表の方から聞こえてくる事に気が付きました。
 しかも、少しずつ、こちらに近付いてきているようです。

 そして……



「――御免」



 ……ガラリと店の戸が開けられ、鈴の音の主である『その人物』が姿を現しました。

 右手に錫杖、左手に鈴を持った法師姿――
 そして、顔を半分隠してしまう程の大きな網み笠――

 ――お坊さん?

「「「…………」」」

 その人物の、あまりの時代錯誤な姿を見て、私達は唖然としてしまいました。

「い、いらっしゃいませ……ご注文は?」

 それでも、何とか私は立ち直り、接客を始めます。
 どんなに怪しそうな人物でも、お客さんである事に変わりはありませんからね。

 ですが、その人物は接客に出た私の横を素通りすると、
ずかずかと店内へ入り、アキトさんの前に立ちました。

「……お前がテンカワ・アキトか?」

「そ、そうだけど……」

 怪しさ大爆発のお坊さんに見下ろされ、笑顔を引きつらせるアキトさん。

 そんなアキトさんに、お坊さんは、
懐から取り出した名刺を差し出します。

「我が名は
『北辰』……覚えておけ」

「あ、ああ……」

 北辰と名乗ったお坊さんの偉そうな態度に少々ムッとしつつ、
アキトさんは名刺を受け取り、それに視線を落としました。

 ――この北辰って人、一体、何者なのでしょう?

 と、気になった私とメグミさんも、アキトさんの後ろから名刺を覗き込みます。

 ……その名刺には、簡単にこう書かれていました。


 
中華チェーン店『クリムゾン』
 
人事課 北辰


 ――クリムゾン?

 その聞き覚えのある単語に、私は首を傾げます。

 クリムゾンといえば……、
 確か、この近所にある大手の中華チェーン店のことです。

 つまり、中華を得意とするアキトさんの商売敵……、

 その商売敵の人事課の人間が、アキトさんに何の用なのでしょう?

 いえ、それ以上に気になるのは、
どうして、そんな人がお坊さんの格好をしているのでしょう?

 ……謎です。

「――用件を言おう」

「それを言う前に、まずちゃんと顔を見せるのが礼儀ってもんじゃないか?」

 そう言って、っアキトさんは北辰の言葉を遮ります。

 いつものアキトさんなら、そういう事はあまりしないのですが、
どうやら、北辰の態度に、かなり腹を立てているようです。

「……これは失礼した。我が非礼を詫びよう」

 なんて慇懃無礼なんでしょう。
 そう言っているのは言葉だけで、偉そうな態度は相変わらずです。

 それはともかく、北辰はアキトさんに、
そう謝罪すると、目深に被っていた網み笠を取りました。

 そして、露になる北辰の素顔を見て、私達は……、





「「「う゛っ……」」」





 ……思い切り引いてしまいました。

 何故なら、北辰の顔は……、
 ハッキリ言って、凄く不気味で気持ち悪かったんです。

 それはもう『この人、本当に人間なんですか?』って思ってしまうくらいです。

 例えるなら……そう、トカゲ。
 つまり、典型的な爬虫類顔です。

 きっと、あの口の中には先割れした細長い舌があるに違いありません。
 だから、舌なめずりをした時なんかニョロッと……、

 うう……、
 想像したら気持ち悪くなってきました。

 それに、そんな顔なんかよりも、さらに不気味なのがその目です。

 ギラギラと欲望に満ちた濁った輝き――
 相手を舐めまわすかのような眼光――

 見られているだけで、背筋に悪寒がはしります
 まるで視姦されている気分です。

 ――何の用かしりませんが、できればサッサと出ていってもらいたいですね。

 と、私と同じ事を考えたのでしょう。
 北辰の顔を見て固まっていたアキトさんは、我に駆るとすぐさま話を切り出しました。

「……で? そのクリムゾンの人事の人が、この俺に何の用スか?」

「単刀直入に言おう……テンカワ・アキト、我がクリムゾンのコックになれ」

 訊ねるアキトさんにそう言いつつ、北辰は一枚の書類を突き付けます。
 それは、紛れも無く、クリムゾンとの契約書です。

 ……やっぱり、そう来ましたか。

 名刺に人事課と記されていたので、
もしや、とは思ってましたが、私の予想は間違いではなかったようですね。

 つまり、北辰は、この商店街にテンカワ・アキトという優秀なコックがいることを聞きつけ、
そのアキトさんをクリムゾンに就職させる為に、この天河食堂にやって来た、というわけです。

 それに、この勧誘は、優秀なコックを獲得するということ以外に、別の意味合いを持ちます。

 前にも話しましたが、この店の近くにはクリムゾンのチェーン店が一件存在します。

 今までは、その店が、この近辺の外食産業の売上トップを誇っていたのですが、
我が天河食堂が出来たことにより、その地位は揺るがないものの、
売上が多少なりとも落ちてきているのです。

 つまり、その店にとって、天河食堂は目の上のタンコブなわけで……、

 そこで、天河食堂の唯一のコックであるアキトさんを、
クリムゾンの社員にしてしまえば、当然、天河食堂は潰れ、売上は再び上昇……、

 さらに優秀なコックを確保でき、まさに一石二鳥、というわけです。

「さあ、どうする? お主の腕ならば、すぐにでも店を一件任せられるだろう。
聞けば、お主の夢は自分の店を持つ事らしいではないか。
全国に名を馳せるクリムゾンチェーンの店長……悪い話ではないだろう?」

 と、契約書を突き付けつつ、北辰はアキトさんに決断を迫ります。

 真剣な表情で、契約書を見つめるアキトさん。
 そんなアキトさんを、不安げに見つめるメグミさん。

 そして、私は……、


 
――もぐもぐもぐもぐ


 ……我関せず、といった表情で、昼食を再開します。

 ――はい?
 アキトさんのことが心配ではないのか、ですか?

 どうして、心配する必要があるんです?
 アキトさんが出す答えなんて、最初から決まっているんですよ?



「――断る」(キッパリ)



 ……ほらね。
 思っていた通りです。

 私は、最初から、アキトさんが誘いを断ると確信していました。

 ここでもし、自分の信念を捨てて、安易な地位に走るような人だったら、
私とラピスは、アキトさんのことを好きになったりしませんからね。

 しかし、アキトさんのことをまるで知らない北辰にとっては、
アキトさんの答えは思いも寄らなかったようです。

「な、何故だっ!? 何度も言うが悪い話ではないはずだ?!」

 と、目を大きく見開いて驚愕する北辰に、アキトさんは静かに言い放ちました。

「確かに、悪い話ではないけどさ……でも、チェーン店ってことは、
マニュアル通りの料理しか作れないんだろ? 俺はそんなのは御免だな。
俺は自分の料理が作りたい。自分にしかできない味で、みんなに喜んでもらいたい。
俺が作った料理を食べて、皆が幸せになる……それが、俺が目指すコックの姿なんだ」

 そう言ってから、アキトさんは私の方をチラリと見て小さく微笑み、言葉を続けます。

「それに、俺はもう自分の店を持っているから……、
この天河食堂が俺の……俺達の店なんだ」

「アキトさん……」(ポッ☆)

 アキトさんのその言葉を聞き、私は歓喜に身を震わせます。

 ――この天河食堂は俺『達』の店なんだ。

 この『達』というのは、当然、私とラピスのことですよね。

 それは、つまり、アキトさんは私達と一緒に夢を目指したい、ということです。
 私達はアキトさんの夢の一部なのだ、ということです。

 つまり、今のアキトさんの言葉は
私へのプロポーズ(きゃっ☆)というわけです。

 ああ……、
 ようやく、ようやく……アキトさんからその言葉を聞くことが出来ました。

 ……ルリ、感無量です♪

 口にハンカチを咥えて悔しがっているメグミさんの視線が、
何故かとても心地良く感じられて、とっても優越感です。

 ふふふふふふ……♪
 愛を勝ち得た時の瞬間とは、まさにこういう事を言うのでしょうね♪

 ……と、私が恍惚としている間にも、アキトさんと北辰の会話は続けられます。

「そういうわけだから、悪いけど、この話は無かったことにしてくれないか?」

「――よかろう。今日のところは諦めるとしよう」

「やけにアッサリしてるな?」

「今日は他にもまだ訊ねなければならぬところがあるのでな……」

 そう言うと、北辰は取り出した分厚いスケジュール帳を私達に見せました。

 なるほど……、

 確かに、そのスケジュール帳の今日の日付が書かれたページには、
今日一日の予定がビッシリと書き込まれています。

 どうやら、その予定のほとんどが、
アキトさん同様、クリムゾンへの勧誘の為の訪問のようです。

 勧誘の対象者リストに目を向けると、アキトさん以外にも、
何処かで聞いた事があるような名前も、いくつか記されていました。

 ……ちょっと、いくつか上げてみましょうか?


 リュウ・ホウメイ――
 神岸 ひかり――
 江藤 結花――
 園村 はるか――
 河合 あやめ――


   ・
   ・
   ・



 ……全て、この近辺では料理上手で名前が通っている人達ばかりですね。
 しかも、料理上手である以上に、様々な影響力を持っていそうな人達ばかりです。

 つまり、この人達をクリムゾンの傘下に入れて、勢力を拡大しようという魂胆ですか。

 新人に頼らずに、現在の人員でどうにかしようとは考えないのでしょうか?
 他力本願と言うか何と言うか……、

 やれやれですね……、

「そういうわけだ……今日のところは潔く立ち去るとしよう」

 と、私達が呆れているのにも気付かず、
いかにも、自分はお前達と違って多忙な身なのだ、と言わんばかりの態度で、
スケジュール帳を懐にしまいます。

 その時……、


 
――ぽとっ


 それをしまおうとした拍子に、もう一つ別のメモ帳が、北辰の懐からこぼれ落ちました。

 さっきのメモ帳のような黒色の事務的な物とは違い、
パステルピンクの、とても北辰には似合わないファンシーな手帳です。

「あ、落ちましたよ」

「――ぬっ!? そ、それはっ!!」

 私が何気なくそれを拾い上げた瞬間、
それまで傍若無人な態度を取っていた北辰の様子が一変しました。

 このファンシーなメモ帳が私の手に渡ったことで、明らかに狼狽しています。

 ――どうやら、相当、見られたらマズイ事が書かれているようですね。

 と、私は、そのメモ帳の表紙に視線を落とします。
 そこには……、


 
――『北辰ちゃんの秘密メモ♪』


 ……と、やたらと可愛らしい丸文字で書かれていました。

 なんかもう……これだけでも充分に怪しさ大爆発ですね。

 これは、匂いますね……、
 これでもかと言うくらいに、怪しい匂いがプンプンと……、

 見たら後悔するかも、という一抹の不安を覚えつつ、
それでも好奇心に勝てなかった私は、そのメモ帳を開き、中身を見ました、

「――あ゛う゛っ」

 それを見た瞬間、私は激しい頭痛と目眩を覚え、思わず頭を片手で押さえました。

 見れば、私の横と後ろからメモ帳を、
覗き込んでいたアキトさんとメグミさんも、私と同様の反応をしています。

 それ程までに、そのメモ帳の内容は凄まじいものだったのです。

 それはもう……、
 色々な意味で……、

 このメモ帳の内容とは――





 ――『可愛い女の子リスト』だったのです。





 おそらく、北辰が目を付けている女の子達なのでしょう。

 その女の子の名前と隠し撮りスナップ写真……、
 そして、星の数による自己評価etc……、

 ……まあ、これぐらいでしたら、何とか堪えることもできます。
 多分、アカツキさんやウリバタケさんあたりもやっていそうですから……、

 ただ、北辰の場合、さらに危ないです。
 何故なら、北辰のリストに載っているのは……、


 藤井 みこと――
 HMX−12 マルチ――
 ラピス・ラズリ――
 ホシノ・ルリ――
 スフィー=リム=アトワリア=クリエール――
 河合 あかね――
 
チキラート=メル=モール
 上月 澪――
 観月 マナ――


   ・
   ・
   ・


 ……そう。

 顔写真を見た限りでは、リストに載っている女の子は、
皆、年齢はともかく、外見が幼い女の子ばかりなのです。

 しかも、しっかりと私とラピスの名前も入っていますし……、

 こんな人に自分の写真を持ち歩かれているのかと思うと、正直ゾッとします。
 これは、このまま没収して処分した方が良いですね。

 っと、それはともかく……、

 ようするに、です。
 リストに載っているのが、皆、外見が幼い子達ばかりということは……、

 ……北辰は
『幼女愛好家』という結果が導き出されます。
 つまり、
ロリコンということです。

 冗談じゃありません。
 こんな爬虫類顔のロリコンなんて……勘弁してほしいです。

「……お主達が何を言いたいかのは、だいたい察しが付くが、
人の崇高な趣味をとやかく言うのは止めてもらおうか」

 私の手かバシッとメモ帳を奪いつつ、
北辰は胸を張ってやたらと尊大な口調でそう言います。

「お前……それで良いか?」

「フッ……我は人の道を外れし者」

 アキトさんのツッコミに、堂々と答える北辰。

 ……こ、この人は、自分が社会的に、
後ろ指差される存在だと理解しつつ、それでいてなお開き直っています。

 ハッキリ言って、凄く嫌な人ですね。
 もしかして、今後も、こんな変質者と顔を合わせなければならないのでしょうか?

 さっきの北辰のセリフから考えると、
まだ、アキトさんの勧誘を諦めたわけではないみたいですし……、

 ……これは、早々に手を打つ必要があるようですね。

「……さて、仕事の話はこのくらいにするとして、次は個人的な話をするとしよう」

 私から撮り返したメモ帳をパタパタと振りながら、
北辰は、その気味の悪い目をギョロリと私に向けました。

「――ホシノ・ルリ」

「は、はい……」

 北辰に睨まれて、私は反射的にアキトさんの背に身を隠します。
 そんな私を守るように、アキトさんが両腕を広げる。

 私を見る北辰の目……凄く怖いです。
 まるで、得物を狙う蛇のような目……、

 その視線のあまりのおぞましさに、
私の名前はテンカワ・ルリだと訂正する事もできませんでした。

「ホシノ・ルリ……汝に問う」

 そして、じゅるりと気味悪く舌なめずりをした後、北辰は私に問い掛けます。



「――歳はいくつだ?」

「…………は?」



 北辰の口から出た、あまりに突拍子も無い言葉に、
さっきまでの緊張感は何処へやら、私は思わず間の抜けた声を上げてしまいました。

「もう一度言うぞ……お前の歳はいくつだ?」

「何でそんな事を答える必要があるんですか?」

「我が秘密リストを完璧にする為だ。
人の、特に女の年齢は外見だけでは判断できぬからな」

「そんなくだらない事を、偉そうに……」

「そこの年増は黙っていろ」

「誰が年増ですってぇっ!?」

 あ……メグミさんがキレてます。

 まあ、確かに、明らかに自分よりも歳をくっている北辰に、
二十歳で年増よばわりされたら、それは怒りたくもなるでしょう。

 もっとも、私やラピスから見れば、
メグミさんは充分にオバサンなんですけどね。(くすっ♪)

「それで……お主の年齢は?」

 北辰が、しつこく訊ねてきます。
 どうやら、どうあっても、答えなくちゃいけないようですね。

 はあ……仕方ありませんね。
 答えなければ、答えるまで居座るかもしれませんし……、

 あんなリストに自分の情報が載せられるなんて嫌過ぎるんですけど……、

「私は15歳です……もうすぐ16歳になりますけど」

「――16歳っ!?」

 私の言葉を聞き、北辰の目が驚きで見開かれます。

 そして……、
 私にクルリと背を向けると……、








「……オバン」(ぼそっ)


 
――ぴきっ!!








 ……北辰の口から出た呟きを聞き、私の表情が固まります。

 まあ、私はいつだってポーカーフェイスなんですけど、
この時は、それまで以上に無表情になっていました。

「誰が……オバンですか?」

 私は愛用のおぼんを取り出し、ツカツカと北辰に歩み寄ります。

 それと同時に、メグミさんは慌ててテーブルの影に身を隠し、
アキトさんは北辰に哀れむような視線を向けて十字を切ります。

「フッ……12歳以上に興味は無い。貴様には失望した」

 と、それに気付く事無く、例のリストにある私のページを破り捨てる北辰。

 ……まあ、あのリストから自分の名前が消されたのは嬉しい限りですが、
だからと言って、今の問題発言を許すわけにはいきません。

 というわけで……お仕置き決定です。
 直接手を下すのは私の流儀に反しますが、今回ばかりは我慢できません。(怒)

 今にも爆発しそうになる怒りを押さえつつ、
私は背を向けたままの北辰のすぐ後ろで立ち止まります。

 そして……、



「……あの、ちょっと良いですか?」

「む? 何の用だ? 年増の相手をしているほど我は暇では……」



 ……私はおもむろに、おぼんを振り上げました。
















「――ん?」

「誠様? どうかされましたか?」

「いや……何か、あっちの方から悲鳴が聞こえたような……?」

「うにゅ? さくらちゃん、聞こえた?」

「いえ……わたしには何も……」

「誠さんの気のせいじゃないですか?」

「う〜ん……そうかもな」

「そんな事より早く行こうよ。映画が始まっちゃうよ」

「ああ、そうだな」
















 ふう……、
 ちょっとやり過ぎてしまったでしょうか?

 ……まあ、死んではいないようですし、こんなところでしょう。

 これで、少しは反省してくれると良いのですけど……、
 多分、無理でしょうね。








 それにしても……、

 今日が生ゴミの日で本当に助かりましたね、アキトさん♪








<おわり>
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