機動戦艦 ナデシコ SS
ルリルリの幼妻奮闘記
第5話 「欲求不満です」
みなさん、こんにちわ。(ぺこり)
私、テンカワ・ルリです……にゃお。
……はい?
最後の『にゃお』はどういう意味なのか、ですか?
ふっふっふっ……、
それについて説明する前に、まずは現状をお話しますね。
――今は、夜です。
仕事を終え、明日の仕込みも終わり、
晩御飯を食べて、テレビを見て、談笑して、お風呂に入って……、
そして、あとはもう寝るだけ……そんな状況です。
あ、もう少し細かく言いますと、私はもう、
お風呂に入り終わって、今はアキトさんが入っています。
ラピスは、すでに夢の中……、
子供の寝る時間は、もう過ぎているので、グッスリです。
今夜の計画の事を考えると、ラピスが寝ているのは好都合ですね。
抜け駆けしてるみたいで、
ちょっと、罪悪感はあますが……、
とまあ、それはともかく……、
今は、アキトさんがお風呂に入っており、私は、アキトさんが出て来るのを待っているわけです。
いつもなら、一番風呂はアキトさんの物です。
それは、テンカワ家の数少ないルールだったりします。
何故なら、そうすれば、後に入る私は、
アキトさんの浸かったお湯に入る事になるわけで……、(ポッ☆)
……はい?
そういうのは異常?
…………い、いいじゃないですかっ!
本当なら一緒に入りたいんです。
でも、アキトさんがダメって言うから、それで我慢してるんです。
なのに、アキトさんったら、ラピスとは一緒に入るんですよ……くすん。
まあ、それはアキトさんが私の事を子供としてではなく、
妹のようなものでもなく、一人の女の子として想ってくれている証拠なんでしょうけど……、
そんなアキトさんの心遣いは凄く嬉しく思います。
でも……、
それとこれとは話が別です。
やっぱり、私だって、アキトさんと一緒にお風呂に入りたいんです。
アキトさんの背中を流して、仕事の疲れを癒してあげたいんです。
そして……私もラピスみたいにアキトさんに体を洗ってもらいたいんですっ!
しかも、スポンジなんかではなく素手でっ!!
それはもう、体の隅々までしっかりとっ!!!
だいたい、私とアキトさんは夫婦(ポッ☆)なんですよっ!!
もう一緒に生活し始めて、随分経つんですよっ!!
なのに、二人の間にあった事と言えば、
毎晩の添い寝と、毎朝のおはようのキスだけなんですっ!!
もちろん、アキトさんが筋金入りの朴念仁で鈍感で天然で奥手なのは、
私にだって充分過ぎる程わかっています。
でも、せめて、せめて……、
キスくらいしてくれても良いじゃないですかっ!!
アキトさんが望むなら、ちょっとくらいなら悪戯されたって全然OKですっ!!
ま、まあ、身体的……というか道徳的な理由から、
まだ……その……最後の一線を越えるのは無理ですけど……、
でも、一歩、いえ、半歩手前までならまったく問題無しですっ!!
とにかくっ!!
ここ最近、アキトさんとのスキンシップが全然無いんですっ!!
私、そのせいでとっても欲求不満なんですっ!!
はあはあ……、
い、いけません……すっかり取り乱してしまいました。
ちょっと落ち着くことにましょう。
深呼吸、深呼吸……、
すー……はー……
……落ち着きました。
えっと……何処まで、お話していましたっけ?
そうそう……、
今はアキトさんがお風呂に入っている、ってところまでお話したんですよね。
それでですね、いつもは私よりも先に入浴するアキトさんが、
何故、今日に限って、私の後に入っているのかと言いますと……、
「ルリちゃ〜ん、悪いんだけど、着替えの用意しといてくれないかな」
「あっ、はい! わかりました」
お風呂場から聞こえてきたアキトさんの声に返事をし、
私はタンスからアキトさんのパジャマと新しい下着を出しました。
……いけませんね。
もうすぐアキトさんが出て来てしまいます。
これでは、わざわざアキトさんに、
後から入浴してもらった意味がありません。
アキトさんが出てくる前に、準備をしてしまうつもりだったのに……、
――急がなくてはっ!!
「アキトさん、着替え、ここに置きますね」
「うん。ありがとう、ルリちゃん」
曇りガラスの向こうに見えるアキトさんの姿に、
声を掛けつつ、私は脱衣所にアキトさんの着替えを置きます。
そして、慌てて居間に戻り、
再びタンスの棚を開けて、『例の物』を取り出しました。
私の手にある物――
それは、昼間にミナトさんから貰った紙袋です。
うふふふふふ……♪
これを使えば、アキトさんの強固な理性もイチコロです♪
と、ほくそ笑みながら、
私はおもむろに紙袋の中身を取り出しました。
そして、取り出した『それ』をしげしげと観察します。
「……本当に、手作りのわりには良く出来ていますよね」
『それ』の完成度の予想以上の高さに、思わず感心してしまう私。
確か、ミナトさんが担当するクラスの女生徒から譲ってもらったと言っていましたが、
こんな物を常に持ち歩いている女子高生って、一体どんな人なんでしょう?
いすれ、直接会って、ちゃんとお礼を言いたいところですが……、
……まあ、いいです。
とにかく、今はこれを使って……うふっ♪
私は、これから起こるであろう出来事を想像し、ちょっと頬を赤くします。
――さあっ!!
アキトさんがお風呂場から出て来てしまう前に、準備を整えてしまいましょう♪
えっと……まずは、これを……こう……、
次は、こっちのをここに……、
――よしっ! 完成です♪
……。
…………。
………………。
……………………ダメですね。
この程度では、アキトさんの理性を崩す事はできません。
可愛いの一言で済まされてしまうでしょう。
まあ、それでも良いのですけど、今回は目的が違います。
だから、もっと、こう……、
アキトさんを誘惑するような……、
それでいて、はしたなくない恰好を……、
……そうですね。
まず、このお魚プリントの子供っぽいパジャマがいけません。
ぬぎぬぎ……、
さて……、
さすがに下着一枚だけでは恥ずかし過ぎますね。
だとしたら、何か他のを……あっ、あれが良いです♪
ごそごそ……、
ごそごそ……、
――うん♪
バッチリですね♪
これなら、適度に魅力的です♪
さあっ! これで準備は万端ですっ!
後は、アキトさんがお風呂場から出て来るのを待つばかりですね♪
……あ、そうだ。
もしもの時の為に、お布団も敷いておきましょう♪
いそいそ……、
えっと……、
枕は、一つで良いですよね?
明日の朝には、私はアキトさんの腕を枕にしているはずですから……、(ポッ☆)
……完璧です。
これでもう、何が起こっても大丈夫です。
あらゆる事態に対応できます。
……と言っても、これから起こる事なんて、
一つしか考えられないんですけどね。(くすっ)
ああ、アキトさん……、
早く、早く出て来てください。
可愛いあなたの妻が、
こうして準備を整えて待っているんですよ♪
……あんまり焦らさないでくださいね♪
ドキドキ……
ドキドキ……
敷いたばかりのお布団の上にちょこんと座り、
私はアキトさんがお風呂場から出てくるのを、今か今かと待ちます。
ちょっと、ドキドキします。
……いえ、ちょっとどころではないですね。
これからの事を想像するだけで、
胸が張り裂けてしまいそうなくらい高鳴っています。
……私、これからどうなるのでしょうか?
アキトさんは、今の私の姿を見て、どう思うのでしょうか?
そんな事ばかり考えてしまいます。
落ち着こうと、何度も深呼吸をしますが、胸の高鳴りは治まりません。
いえ……、
それどころか、さらに大きくなっていきます。
私、もしかして緊張しているのでしょうか?
これとも、これが興奮というものなのでしょうか?
何だか、体が熱くて……凄く苦しいです。
ア、アキトさん……、
早く、早く出て来てください。
このままでは、アキトさんが出て来る前に、私の方が倒れて……、
「はあ〜……さっぱりした」
「――っ!!」
き、来ましたっ!!
ア、アア、アキトさんが、お風呂場から出てきました。
高鳴る胸を押さえつつ、私はアキトさんの方へ視線を向けます。
そこには、バスタオルを頭からスッポリと被り、
濡れた頭をわしわしと拭くパジャマを着たアキトさんの姿があります。
バスタオルを被っている為、アキトさんは、まだ私の姿に気付いていません。
「ア、アキトさん……」
おずおずと、アキトさんに声を掛ける私。
緊張のあまり、声が震えてしまっています。
「――ん? 何だい、ルリちゃん」
私の呼び掛けに、被っていたバスタオルから顔を覗かせるアキトさん。
そして……、
私の方を向いて、にっこりと……、
「……にゃお」
「…………」
あ……、
アキトさん、笑顔のまま固まっちゃってます。
まあ、驚くのも無理ないかもしれませんね。
何せ、いきなり私が猫耳猫尻尾なんか着けているわけですから。
――そう。
これが、冒頭の『にゃお』の理由です。
ここ最近、アキトさんとのスキンシップに、
物足りなさを感じていた私は、その事をミナトさんに相談したんです。
そうしたら、ミナトさんに……、
『待ってるだけじゃなくて、ちょっと誘惑してみたら?』
……と、言って、このコスプレアイテムをわざわざ用意してくれたのです。
アキトさんにこんな物が通用するのか、
内心、疑問に思っていましたが、どうやら効果は抜群みたいです♪
完全に固まってしまったアキトさん。
一向に動く気配がありません。
……猫耳猫尻尾。
想像以上に破壊力があったみたいですね。
あ、でも、もしかしたら、別の理由なのかも……、
何故なら、私、猫耳猫尻尾だけではなく、
素肌の上にアキトさんのYシャツ一枚だけという、
とっても魅惑的な恰好ですから。
シャツの裾から覗く私の細く白い足の魅力に、
物も言えないくらい参ってしまっているのかもしれません♪
もしそうなら、私の魅力も捨てたものではないですね。
ミナトさんやユリカさんと比べたら、まだまだ幼いのでしょうけど……、
はあ……、
それにしても、このアキトさんのシャツって、とっても良いです。
何だか、全身をアキトさんに包まれているみたいで……、(ポッ☆)
このまま部屋着として貰ってしまいましょうか?
うん、そうしましょう♪
これからは、自宅にいる時は、これを着ることにしましょう。
……。
…………。
………………。
まあ、それはともかく……、
「……アキトさん、いつまで固まっているんですか?」
お布団から立ち上がり、私はアキトさんに歩み寄ります。
どうしたのでしょう?
未だに、アキトさんは動き出す素振りを見せません。
いい加減、正気を取り戻しても良い筈ですが……、
「もしも〜し、アキトさ〜ん?」
取り敢えず、アキトさんの顔の前で手をヒラヒラと振って見ます。
……反応無し。
「アキトさん? アキトさん?」
今度は軽く体を揺さぶってみます。
でも、やっぱり反応無し。
「お〜い。やっほ〜」
最後の手段であるアッカンベーも通用しません。
アキトさん、完全に呆けてしまっています。
……もしかして、刺激が強すぎました?
まさか……、
アキトさんがここまで初心だとは……、
と、私が腕を組んで思案していると……、
ふ〜〜〜〜〜〜……、
――バタッ!
……アキトさん、倒れちゃいました。
どうやら、本当に刺激が強すぎたみたいです。
だいたい、よく考えたら分かることです。
お風呂上りで興奮させるようなものを見せたら、頭に血が上ってしう事くらい……、
私とした事が……不覚でした。
きっと、私も期待と緊張のあまり、冷静な判断が出来なくなっていたんですね。
昔の……人形でしかなかった私なら、こんなミスは犯したりしなかったでしょう。
自分の感情で、冷静さを失ってしまうような事は……、
良い意味でも、悪い意味でも、
アキトさんは私を変えてくれたんですね。
さて、それはそれとして……、
「やれやれ、ですね」
私は軽く溜息をつくと、アキトさんの体を、
ズルズルと引っ張って、お布団に寝かせました。
こうなってしまっては、
さすがに、もう何かを期待するの無理ですね。
アキトさんとのスキンシップは、次の機会ということで……、
正直、とっても残念なんですけどね。
アキトさんが気を失ってしまっては、仕方が無いです。
今夜は、もうこのまま寝ちゃいましょう。
電気を消して、っと……、
戸締りを確認してから、電気を消し、
私はアキトさんの体にお布団を掛けました。
そして、私もその隣りに潜り込みます。
「……おやすみなさい、アキトさん♪」
――ちゅっ☆
アキトさんの頬にそっと唇を寄せてから、
私はアキトさんの腕に抱きつき、目を閉じます。
アキトさん……、
仕方ないので、今回は諦めてあげます。
でも、この次は、きっと……、
それでは、アキトさん、良い夢を……、
……ぎゅっ。
<おわり>
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