機動戦艦 ナデシコ SS
ルリルリの幼妻奮闘記
第4話 「ブラックサレナです」
「じゃあ、ルリちゃん。すぐに戻るから、ちょっとだけ留守番しててね」
そう言って、おかもち片手に店を出るアキトさん。
それを見送る為に、掃除する手を休めて、私も外に出ます。
「よっ……と」
店の脇に停めてある出前用の黒塗りのスーパーカブを道に出し、
アキトさんはそれに跨りました。
「アキトさん……はい」
単車にキーを刺し、エンジンを入れるアキトさんに、私はヘルメットを渡します。
「ありがとう、ルリちゃん」
私からヘルメットを受け取り、それを被るアキトさん。
そして、手元のアクセルを、
軽く二、三度回してエンジンの調子を確かめ……、
「それじゃあ、いってきます」
「はい。いってらっしゃい、アキトさん」
――ちゅっ☆
私のいってらっしゃいのキスを頬に受けた後、
アキトさんは単車に乗って、出前先へと走ってしきました。
「…………」
アキトさんの姿が見えなくなるまで見送った後、私は店内に戻ります。
すると……、
「お見送りご苦労様、ルリルリ」
……と、店内に居たミナトさんが、
コロッケ定食を食べながら、私にニッコリと微笑みました。
そんなミナトさんの言葉に、私はちょっと頬を赤らめつつ……、
「……夫を見送るのは、妻の役目ですから」(ポッ☆)
そう言ってから……、
照れを隠すように、私はお掃除を再開しました。
みなさん、こんにちは。(ぺこり)
もうイチイチ言わなくても分かると思いますが、テンカワ・ルリです。
今、アキトさんが単車に乗って出ていった理由ですが、
実は、我が天河食堂では出前のサービスもしています。
と言っても、出前の範囲はとても狭くて、この商店街の近辺だけです。
なにせ、配達するのは私の役目なので、
重いおかもちを持ってでは、そんなに遠くにはいけません。
今回みたいにアキトさんが行くという手もあるのですが、
それはあくまで最後の手段です。
何故なら、唯一料理人であるアキトさんが店を離れるわけには行きませんし、
私の腕では、まだまだお客さんを満足させられる程ではありません。
というわけで、出前の配達の役目は、もっぱら私になります。
では、何故、今回はアキトさんが出ていったのか。
理由は……、
簡単に言えばユリカさんの我侭です。
ユリカさんは、近くの高校で教師をしているのですが、
その高校は出前の範囲からは完全に出ています。
そのことを知っているにも関わらず、
アキトさんの料理が食べたい、と電話をかけて来たのです。
本当はアキトさんに会いたいだけなんでしょうけどね。
まったく、いくらアキトさんの幼馴染みだからって、ちょっと我侭が過ぎます。
アキトさんの事を想っているのなら、ちゃんとこちらの事情も考えて――
――話しが逸れました。
それでですね……、
ユリカさんは一度言い出したら、もう何を言っても聞いてくれません。
それがアキトさんに関することなら尚更です。
まあ、店が忙しいとか、そういった納得させられるような理由があれば、
ユリカさんも諦めてくれるのですが、今日は運が悪かったです。
確かに、お客さんは居ましたけど、みんな親しい人ばかりでしたからね。
適当にウソをついてしまえば良いのでしょうが、
それが出来ないのがアキトさんであり、それがアキトさんの良いところでもあります。
というわけで、今回はアキトさんの出番となり、
注文の品を持って、高校へと単車を駆っていったわけです。
まったく、本当にユリカさんには困ったものですね。
あれで学校の先生なんて勤まるのでしょうか?
頭脳明晰、運動神経抜群――
さらには『歩く幸運の女神』とも呼ばれる程の強運の持ち主――
あの人が、そんなたくさんの才能に恵まれた、
比類無き優秀な人物だというのは分かっていますけど……、
まあ、教師が勤まるかどうかはともかく、
アキトさんの伴侶は勤まらないというのは既にハッキリしてるんですけどね。
何と言っても、アキトさんには、この私がいるんですから♪(ニヤリ)
そういえば、高校といえば、ミナトさんもユリカさんと同じ職場のはずです。
こんな所にいて良いのでしょうか?
まあ、別に私が気にする事でもないですね。
私がミナトさんの行動を心配するなんて十年早いです。
何と言っても、ここにいる『ハルカ・ミナト』さん、いえ、『白鳥ミナト』さんは、
知り合いの女性の中で、私が一番に信頼している『大人の女性』ですからね。
はあ……、
私も大きくなったらミナトさんみたいな女性になれるんでしょうか?
大きくなったら、今みたいなスレンダーな身体じゃなくて、
ミナトさんみたいな魅力的なプロポーションになれるのでしょうか?
「……どうやら、調子はいいみたいだな?」
「はい?」
私が物思いに耽り、ちょっとブルー入ったままお掃除をしていると……、
ミナトさんの正面に座って、
ラーメンを食べている作業着姿の男の人が、いきなり話し掛けてきました。
「ウリバタケさん、何か言いましたか?」
と、私が訊ね返すと、その男の人は、
持っていたお箸で外を差しつつ、今、言ったセリフを、もう一度言ってくれます。
「だから、『サレナ』の調子はいいみたいだな、って言ったんだよ」
「あっ……はい、そうですね」
この人の名前は『ウリバタケ・セイヤ』さん。
この商店街の一角で、電気屋さんを営んでいます。
個人経営の電気屋なので、
もちろん、電化製品の修理も仕事の内です。
その腕は……
まあ、一応、超一流だったりします。
なにせ、『この俺にに直せない物は無い』と豪語しているくらいですし……、
ただ、その技術は凄いんですけど、性格にちょっと問題ありです。
何故なら、とんでもない悪癖があるから……、
修理を頼まれていただけなのに、勝手に改造をしてしまう、という悪癖が……、
もちろん、ちゃんと『普通』に修理するように頼めば、そのようにしてくれますけど、
イチイチ注文しないと普通に直してくれないっていうのは、やっぱり、問題ありますよね。
私達のように、その事を知っていれば、
大丈夫なのですが、それを知らない人が修理を頼んだりしたら……、
……修理を頼んだテレビが、冗談抜きで、変形合体するくらいの事件は起きるかもしれませんね。
なにせ……、
そういう前科ありますし……、
まったく、いつまでもそんな事してたら、奥さんと娘さんに愛想尽かされちゃいますよ。
まあ、あの家族を見ている限りは、そんな事はないんでしょうけどね。
愛想を尽かされるなら、
もうとっくの昔にそうなっているはずですから……、
喧嘩するほど仲が良い、とは上手く言ったものです。
「そうですね……ちゃんと注文通り『普通』に直っていれば、ですけどね」
「は、ははは……相変わらずルリちゃんは厳しいね〜。
大丈夫だよ。ちゃんと『サレナ』は普通に直したからさ」
掃除をしつつ言った私の軽い嫌味に、
ウリバタケさんはずれた眼鏡の位置を直しながら苦笑いを浮かべます。
「あなた、まだ勝手に改造なんかしたりしてるの?
いい加減にしないと、奥さん達に捨てられちゃうわよ」
と、呆れ顔で言うミナトさんに、ウリバタケさんは、
その言葉を聞いて、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまいました。
「――はっ! あいつと離れられるなら大歓迎ってモンだぜっ!」
そう言って強がるウリバタケさんの姿に、
私とミナトさんは顔を見合わせ、肩を竦めます。
確かに、ウリバタケさん達はよく口喧嘩しています。
けど、私達は知っていますからね。
お二人が、本当は仲が良いってことを……、
やれやれ……、
ホント、大人って素直じゃないですよね。
「ところで、ルリルリ?」
と、私が嘆息しつつ、掃除道具を片付けていると、
今度はミナトさんが話し掛けてきました。
「――はい、何ですか?」
掃除を終えた私の次の仕事は食器洗いです。
それをする為に、アキトんとお揃いのエプロンを着けつつ、
私はミナトさんの方を向きます。
「ルリルリ……あなた、本当によく働くわよねぇ?」
「それが私の仕事ですから……で、何ですか?」
「あ、うん……ちょっと聞きたいんだけど、
さっきから言ってる『サレナ』って何のこと? 何か話の流れからすると……」
「はい。アキトさんが乗っていったスーパーカブのことです」
首を傾げるミナトさんに、私は頷き、サレナについて話す事にしました。
『サレナ』――
それが、アキトさんの愛車の名前。
カラーリングが黒なので、正式名称は『ブラックサレナ』といいます。
命名したのは、今はお昼寝中の、ラピスです。
あの子、色々な物に名前をつけるのが好きなんですよね。
ちなみに、私の自転車が『ナデシコ』で、
ラピスの自転車(補助輪付き)が『ユーチャリス』です。
「ユーチャリス……自転車なだけにユー『チャリ』ス……ぷっ、クク……」
私の話を聞き、店の隅で天丼を食べていたイズミさんが、
寒いダジャレを言って、一人で妖しく笑っています。
相変わらず不気味で変な人です。
ってゆーか、居たんですか、イズミさん。
まあ、この人に関わると色々と精神的に来ますので、このまま放っておきましょう。
「たかだかスーパーカブや自転車なのに、何とも大層な名前ですよね?」
食器を洗いながら苦笑する私の言葉に、ミナトさんはクスッと微笑みます。
「でも、ラピラピが考えたんでしょ? 可愛いくて良いじゃない。
そう思うから、ルリルリもその名前で呼んでるんでしょ?」
そう言いつつ、ミナトさんは、持っていたカバンから、何やら紙袋を取り出しました。
「まあ、そうなんですけど……何です、それ?」
ミナトさんが取り出した紙袋が気になり、
私は言おうとしていた事を途中で止めて、その紙袋に視線を潅ぎました。
「これ? 前にルリルリに頼まれてた物よ♪」
「――手に入ったんですかっ!?」
楽しそうに言うミナトさんの言葉を聞き、
私は瞳を輝かせ、目の前に置かれた紙袋を見つめます。
「よく見つかりましたね?」
「私が教科担当しているクラスにね、そういうのを常備してる子がいるのよ。
で、その子にお願いして貰ってきたのよ」
「そうですか、ありがとうございます♪」
ミナトさんにお礼を言ってから、私は紙袋を手に取り、中身を確認しました。
うんうん♪ ありますよ♪
しっかりと入っています。
どうやら手作りの物みたいですね。
でも、そうとは思えない出来映えです。
『コレ』をくれた人には感謝しなくてはいけませんね。
でも、数が一式多いような……、
――あっ、そうか。
ラピスの分もあるわけですね。
さすがはミナトさん、気がききます。
うふふ……♪
これで今夜はアキトさんと……、(ポッ☆)
「おいおい? 一体、何を話してるんだ?」
私達のやりとりを不思議に思ったウリバタケさんが、紙袋の中を見ようと覗き込んできます。
それに気付いた私は、慌てて紙袋を背後に隠しました。
同時に、ミナトさんもウリバタケさんの顔を片手で押して、
紙袋の中身が見えないようにウバタケさんの視線を遮ってくれました。
「あなたは知らなくていい事よ。
これは女同士の秘密なんだから……ねっ、ルリルリ♪」
「はい、そうです。それに別に大した物じゃありませんから」
と、同意を求めてきたミナトさんに私はコクリと頷きます。
もちろん、冷静を装う為に、
いつものポーカーフェイスは忘れません。
でも、内心は、ドキドキしていました。
心の中では、喜びのあまり紙袋を両手に抱きしめてクルクルと踊っていました。
そんな私の心を読み取ったのでしょう。
ミナトさんが私にそっと耳打ちします。
「うふふふ♪ 頑張ってね、ルリルリ」
「……はい」(ポッ☆)
そんなミナトさんの言葉に、頬を赤くしつつ、小さく頷く私。
恥ずかしそうに俯く私を、うんうんと微笑まし見つめるミナトさん。
「よくわんねーぞー」
と、一人除け者にされて、
ちょっと拗ねているウリバタケさん。
そして、何やらブツブツと店の片隅で妖しく呟いているイズミさん。
そんな周囲の様子など、まったく気にする事無く……、
「……アキトさん」(ポポッ☆)
……私は愛するアキトさんに思いを馳せるのでした。
――さて、これで『例の物』は手に入りました。
……そうですね。
早速、今夜、使ってみることにしましょう。
これさえあれば、例え奥手なアキトさんでもイチコロです♪
そして、私とアキトさんとの仲はより深いものへと進展するのです♪
ああ、アキトさん……、
夜が、た・の・し・み・です♪
うふふふふふふふ……♪
<おわり>
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