機動戦艦 ナデシコ SS
ルリルリの幼妻奮闘記
第3話 「電子の妖精です」
まだまだ肌寒さを感じるある日の朝――
いつものように、アキトさんよりも少し早く起きた私は、
アキトさんとお布団のぬくもりの誘惑から逃れるように、身体を起こしました。
ホントはもっともっとアキトさんのぬくもりを感じていたいんですけど……、
アキトさんの可愛い寝顔を見て、
頬を赤く染めながら、私はお布団から静かに出ます。
――さて、今日の朝食は何を作りましょうか?
と、そんな事を考えつつ、取り敢えず顔を洗う為に洗面所へと向かう私。
「…………あ」
その途中、テーブルの上に置かれた、
一台のノートパソコンを見て、私は足を止めました。
「……そういえば、昨日はメールチェックをするのを忘れてましたね」
と、呟きつつ、私はディスプレイを開きました。
今日はいつもより早く目が覚めたから、
今のうちに、ちゃっちゃと済ませてしまいましょう。
私は愛用のノートパソコンのディスプレイを開き、OSを起動させます。
すると、モニターにウンドウが開き、
大きな鐘のグラフィックが表示されました。
「……おはよう、オモイカネ」
と、言いつつ、私は同様の言葉をキーで打ち込みます。
すると、モニターに別のウインドウが開き……、
≪おはよう、ルリ≫
……という文字が表示されました。
返答までに若干タイムラグがありましたね。
後でデフラグ処理をするように言っておきましょう。
……はい?
誰と話しているのか、ですか?
そういえば、まだ紹介していませんでしたね。
この子の名前は『オモイカネ』。
私が自作したOSであり、人格付与型AIでもあります。
私は趣味でプログラマーをしているのですが、この子は、その趣味の一環で作ったものです。
と、言っても、本当は、
この子を作ったのには色々と事情があるんですけどね。
アキトさんと出会うまでは、この子が私の唯一のお友達でしたから……、
……いけません。
話が逸れてしまいましたね。
この件については、いずれちゃんとお話する事にして、
今はオモイカネについて説明しま……、
……イネスさんは出てきませんよね?
キョロキョロ……、
うん、大丈夫です。
それで、このオモイカネなんですが、
先程も言った通り、人格が付与された、高度なAIなんです。
と言っても、ノートパソコンに常駐出来る程度のモノですから……、
例えば、来栖川製のメイドロボの、
人工知能と比べると、まだまだ、遠く及ばないレベルなんですけどね。
でも、この子は学習型ですから、こうして、たくさんお話していれば、
いずれは、超並列処理演算精神網コンピューター並の人格を形成する日が来るかもしれません。
というわけで……、
今日もまた、いつものように……、
……私は、オモイカネに話し掛けます。
「新しいメールは来ていませんか?」
私がキーを叩いて訊ねると……、
≪ちょっと待ってね≫
……という文字が表示されます。
それにしても、いちいちキーを叩くのが面倒です。
いつか音声入力が出来るようにしなければいけませんね。
と、私がそんな事を考えている内に、メールチェックが終わったようです。
≪新しいメールが2件あるよ≫
「ありがとう、オモイカネ」
≪どういたしまして≫
オモイカネにお礼を言いつつ、
私は取り敢えず一つ目のメールを開いてみます。
「えっと……『まーくん』さんからですか」
もうすっかり見慣れたハンドルネームを見て、私は、早速、その内容に目を通します。
ふむふむ……、
どうやら、以前、依頼したプログラムが完成したみたいですね。
あれからまだ一週間しか経っていないのに、もう完成させてしまうなんて……、
さすがは、ネット界で私が一目置いている人物だけの事はあります。
一応、点検は……する必要無いですね。
この人の腕なら、ミスなんて無いでしょうから。
このプログラムは、今夜にでも私のホームページで公開することにしましょう。
うふふ……♪
きっと高く売れますよ。
と、ほくそ笑みながら、私はデータを保存します。
あ、そうそう。
ちゃんとお礼のメールを送っておかなくてはいけませんね。
『いつもご協力ありがとうございます。
今回の報酬はいつもの口座に振り込んでおきますので、御改め下さい。
それでは、失礼します。
追伸
以前、貴方から協力の要請があった例のプログラムなんですけど、
あれから結局どうなったんですか?
もしかして、本当に悪魔が召喚できたりしたんですか?
ちょっぴり興味があるので教えてください。
電子の妖精より』
「……これで良し。オモイカネ、後はお願いします」
≪了解≫
書き上げた文章の発信をオモイカネに任せ、私はもう一つのメールを開こうとしました。
ですが、それよりも早く……、
≪ちょっと待って!!≫
……いきなり、フルスクリーンの、
ウインドウが開き、オモイカネに制止されてしまいました。
「ど、どうしたの?」
突然のことで、ちょっとビックリしてしまう私。
そんな私の目の前に、今度は『警告』の文字が大きく表示されます。
≪このメール、ウイルスの可能性があるよ≫
「……ウイルスですか?」
≪――うん。削除する?≫
オモイカネがそう言うと同時に、画面に『Y/N』の文字が現れる。
それを見た私は、迷う事無く『N』のキーを押しました。
≪――ルリ?≫
私の行為を訝しむオモイカネ。
そんなオモイカネに、私は不敵な笑みを浮かべました。
「この私にウイルスを送るなんていい度胸です。返り討ちにしてあげます」
≪了解。じゃあ、開くよ≫
私の意図を察したオモイカネが、
ちょっぴり楽しそうに、問題のウイルスメールを開く。
と、その瞬間……、
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
OTIKA OTIKA OTIKA OTIKA
「な、何ですか……これ?」
≪……さあ≫
メーラーが開かれていたウインドウが妙な文字の羅列で埋め尽くされました。
その光景を眺めつつ、私とオモイカネは、
冷静にワクチンプログラムを組み上げていきます。
どうやら、メーラーのみを破壊するウイルスみたいですね。
なかなか良く出来ています。
でも、この程度のウイルスは、私とオモイカネにとっては何でもありません。
朝メシ前、というやつでね。
それにしても、このウイルス……誰が作ったのでしょうか?
それに、この『OTIKA』という謎の文字も気になります。
OTIKA……OTIKA……、
逆から読むと……AKITO……あきと……アキト?!
なるほどっ!!
そういう事ですかっ!!
分かりましたよっ!!
このウイルスを送ってきた犯人がっ!!
私を相手にこんな事が出来るのは……、
ワクチンプログラムを組み上げつつ、
私は心当たりである一人の女の子の顔を思い出します。
「……やっぱり、あの子しかいませんね」
と、呟きつつ、私は完成したワクチンを実行しました。
それと同時に、瞬く間にウイルスが消滅していきます。
そして、全ての『OTIKA』の文字が消え去った瞬間、
モニターの中央に、とある文章が浮かび上がりました。
わたしはアキトの目……、
わたしはアキトの耳……、
わたしはアキトの手……、
わたしはアキトの足……、
わたしはアキトの全て……、
……わたしの全ては、アキトのもの。
「……ふう」
そのお決まりの文章を見て、私はちょっとゲンナリしました。
あの子、相変わらず『アキト至上主義』なんですね。
まったく、我が妹ながら、
どうして、ここまでアキトさんを好きになれるんでしょうね?
……まあ、それは私にも言えますけど。
「やれやれ、ですね……」
あの子からのウイルスメールを削除しつつ、私はポツリと呟きます。
そして、犯人が寝ている居間へと、
チラリと目を向けて、軽く溜息をつきました。
昨夜、遅くまで起きて、
何をしているのかと思っていましたが……、
まさか、こんなイタズラをしていたなんて……、
「まったく、仕方ない子ですね……」
パソコンの電源は入れたまま、私は居間へ……、
可愛い妹が寝ているお布団へと、静かに歩み寄ります。
そして……、
「ん〜、アキト〜……」
「あらあら……」
アキトさんに寄り添い――
幸せそうに寝息をたてる、私の妹――
――『ラピス・ラズリ』の頬を、軽く突付きました。
すると、ちょっとだけ、それに反応を示した後、
ラピスは、より一層、アキトさんの腕を抱き、体を摺り寄せる。
「では、そろそろ、朝ご飯を作っちゃいましようか……」
そんな妹の様子を、微笑ましく……、
でも、少しだけ、羨ましく思いながら、私は、そっと立ち上がりました。
乱れたお布団を掛け直し、二人を起こしてしまわないよう、静かに、台所へと向かいます。
その途中――
「ふふふ……♪」
もう一度だけ……、
パソコンのモニターいっぱいに表示された文字を……、
ラピスからのイタズラメールの中に隠されていたメッセージを見て……、
その言葉のぬくもりを……、
胸一杯に……、
大切に抱きながら……、
アキトが大好き――
ルリも大好き――
わたし達は、ずっと一緒――
電子の精霊
<おわり>
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