機動戦艦 ナデシコ SS
ルリルリの幼妻奮闘記
第2話 「正義の味方です」
ある日のお昼過ぎ――
お昼のピークを過ぎ、客足が途絶えたところで、
私とアキトさんが少し遅めの昼ご飯を食べていると……、
「ゆめがあっすをよ・ん・でいる〜♪
たまし・い・の・さけびさっ、れっつご〜ぱっしょん♪」
……表から毎度お馴染みの歌声が聞こえてきました。
そして……、
――ガラッ!
「いよぅっ! アキトッ! 元気でやってるかっ?!」
勢い良く戸が開けられ、警察官の制服を着た、
いかにも暑苦しい風貌の熱血馬鹿男が店内に入ってきました。
「ああ、ガイか。いらっしゃい」
「いらっしゃいませ、ヤマダさん」
騒々しく現れたその人を、アキトさんはにっこりと微笑んで、
そして、私はちょっと顔をしかめながら、出迎えました。
「何だ何だ? 今日はやけにガランとしてるな?」
空いた椅子に座り、店内を見回しながら、ヤマダさんが言います。
……ヤマダさん、できればもう少し小さい声で喋ってください。
凄くうるさいです。耳がキンキンしてしまいます。
だいたい、せっかくアキトさんのチキンライスを食べながら、
穏やかなひとときを過ごしているのに、それを邪魔するなんて、ちょっと許せませんね。
「今はちょうどピークを過ぎたところなんです」
と言いつつ、アキトさんとの時間を邪魔された事に対して、
私はヤマダさんに批難の目を向けます。
しかし、そういう事にはとことん無神経なヤマダさんに、
私の視線なんかは通用しません。
「そうかそうかっ! 今日は閑古鳥なわけだなっ!
だったら、このガイ様が売上に貢献してやる事にしようっ!」
と、豪快に笑ってから、メニューを広げるヤマダさん。
今、ピークが過ぎたって説明したのに……、
相変わらず、人の話を聞いていませんね。
しかし、そんな失礼な態度のヤマダさんに対して、
アキトさんはやれやれと苦笑するだけです。
そして、私の方をチラッと見てから、軽く肩を竦めます。
どうやら、ヤマダさんに関しては何を言っても無駄と悟っているようです。
まあ、私もすでに諦めはついているんですけどね。
それにしても、このヤマダさんとアキトさんが親友だって言うんですから、
世の中ってわからないことがたくさんあるものです。
アキトさんが言うには、何故か妙にウマが合うそうなんですが……、
まあ、悪い人ではないって事は認めます。
人の信頼を裏切らない人だって事も認めます。
……ただ、性格に問題がありすぎです。
アキトさん……、
お願いですから、お友達はもう少し選んでください。
さて、ちょっと遅くなりましたが、
ヤマダさんについてちょっと紹介しておきますね。
彼の名前は『ヤマダ・ジロウ』さん――
もっとも、本名で呼ぶと、本人は大変嫌がります。
そして、もはや条件反射的な早さで……、
「俺の名前は『ダイゴウジ・ガイ』だっ!!」
……と、イチイチ大声で訂正してきます。
何でも、この『ダイゴウジ・ガイ』という名前は、
ヤマダさんの『魂の名前な』んだそうです。
何故、そんなものがあるのかと言いますと、理由は簡単です。
ただ、自分の本名がカッコ悪くて気に入らないだけだそうで……、
ご両親に失礼ですね……絶対に……、
それでですね、何で自分の名前に不満を抱いているのかと言うと、
ヤマダさんが大のアニメ好きというのが理由です。
ほら、アニメの主人公って『いかにも』な名前が多いじゃないですか。
だから、自分も『ヤマダ・ジロウ』なんて平凡な名前ではなく、
もっとカッコ良い名前がいいと思うようになり……、
……その結果が『ダイゴウジ・ガイ』という魂の名前になるわけです。
次に、ヤマダさんの職業ですが、
服装を見ても分かるとおり、警察官です。
この商店会にある交番の駐在さんなわけですね。
ちなみに、ヤマダさんが警察官になった理由ですが、
これまたアニメ好きという要素が絡んできます。
『ゲキガンガー』というひと昔前に流行った熱血ロボットアニメがあるそうなんですが、
ヤマダさんはそのアニメにどっぷりと心酔してしまっているんです。
その影響で、ヤマダさんは正義の味方を目指すようになり、
大人になった今、警察官という職に就いているわけです。
正義の味方になる為に警察官になるなんて、
今時、子供でもそんな事は言いません。
……まあ、色んな意味で純粋と言うべきなんでしょうね。
でも、日本の警察官って正義の味方とはとても思えないんですけど……、
銃の弾を一発撃つたびに始末書を書かせているような機関では……、
ヤマダさんは、その事を理解しているんでしょうか?
……理解してないんでしょうね。
きっと、どんな時でも自分の中の正義を信じて突っ走っているんでしょう。
それが、ヤマダさんの良いところでもあるのでしょうが……、
……早死にするタイプですね。
「……で、何にするんだ、ガイ?」
メニューとにらめっこするヤマダさんに、アキトさんが訊ねます。
私達の知り合いの中で、
ヤマダさんを『ガイ』と呼ぶのはアキトさんだけです。
わざわざ付き合ってあげているんですから、
アキトさんってホントにお人好しですよね。
「そうだな……」
アキトさんに訊ねられ、ヤマダさんはパタンッとメニューを閉じます。
そして……、
「じゃあ、チキンラ……」
ごすっ!!
ヤマダさんのその単語を言い切る前に、
私が投げたお盆がヤマダさんの顔に命中しました。
あ……角が当たっちゃったみたいですけど……、
まあ、大丈夫ですね。
どうせヤマダさんですし……、
「ヤマダさん……当店にチキンライスというメニューはありません」
私はツカツカとヤマダさんに歩み寄り、
床に落ちたお盆を拾いつつ、ヤマダさんにそう言います。
「で、でも……ちゃんとここに書いて……」
ごすっ! ごすっ!
鼻を押さえながらメニューを指差すヤマダさんに、
私は拾ったお盆を振り下ろします。
……いけませんね。
私としたことが、テーブルのメニューを修正しておくのを忘れていました。
……反省です。
「で、お客さん、ご注文は?」
「いや、だからチキン……」
ごすっ! ごすっ! ごすっ!
再びお盆を振り下ろす私。
でも、メニューの修正漏れを教えてくれたので、ちょっとだけ加減してあげます。
「……お客さん、ご注文は?」
「チ、チキン……」
……まだ、分かりませんか?
ヤマダさんの言葉に、もう一度、無言でお盆を振り上げる私。
しかし、それが振り下ろされるよりも早く……、
「テ、テンカワラーメンをお願いしますっ!」
「……ついでにギョーザもいかがですか?」
「ギョーザも注文させていただきますっ!」
「はい。ご注文を繰り返します。
テンカワラーメンとギョーザ一人前ですね?」
訊ねる私に、泣きながら頷くヤマダさん。
それは取り敢えず無視しておいて、私はアキトさんに注文を伝えます。
「アキトさん、テンカワラーメンとギョーザ一人前、お願いします♪」(にっこり)
「あ……う、うん」
ちょっと引きつった笑みを浮かべながら、それに頷くアキトさん。
そして、麺をお湯で茹でながら、少し困ったような表情で私に言いました。
「あ、あのさ、ルリちゃん……、
相手がガイだから良いけど、他のお客さんにそんな事しちゃダメだよ」
「……はい。すみません」
アキトさんのその言葉に、私は素直に謝ります。
そうですよね。
私達は客商売なんですから、お客さんに暴力を振るっちゃいけませんよね。
だいたい、直接手を下すなんて下策は私らしくありません。
もう一度、反省です。
それにしても、ラーメンを作るアキトさんの手際、見事です。
それに、料理をしているアキトさんってとても楽しそう。
それでいて、凄く目つきは真剣で……、
そんなアキトさんの表情が……私は好きです。(ポッ☆)
もう見惚れちゃいます。
ぽー……、
「ちょっと待てっ! 相手が俺なら良いって、そりゃどういう……」
ごき゜ょっ!!
せっかくアキトさんの凛々しい姿に見惚れているのに、
それを邪魔するように、未だにさっきの事で抗議の声を上げるヤマダさん。
そのヤマダさんに、私はアキトさんから視線を外さぬまま、
振り向く事無く、裏拳の要領でお盆を振るいました。
……ヤマダさん、うるさいです。
<おわり>
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