機動戦艦 ナデシコ SS

ルリルリの幼妻奮闘記

  
   第1話 「私、テンカワ・ルリです」







 ――みなさん、こんにちは。(ぺこり)

 私、
『テンカワ・ルリ』といいます♪

 ……はい?
 私は
『ホシノ・ルリ』ではないのか、ですか?

 まあ、一応、本名はそうなんですけどね。

 でも、私にとっては、もうすでに、
自分の苗字は『テンカワ』が当たり前なんです。(ポッ☆)

 ……は?
 言っている事がよくわからない?

 う〜ん……、
 何と言えば良いのでしょう?

 ようするに、この名前は、自分の願望とでも言えば良いのでしょうか?

 そうですね……、
 不本意ですが、ここはヤマダさんの言葉を借りる事にしましょう。

 ……本当に不本意ですが、

 ……つまりです。
 『テンカワ・ルリ』というのは、私の
魂の名前なんですっ!

 愛するアキトさん(ポッ☆)のところに、
嫁いで来たその日から、私の名前は『テンカワ・ルリ』になっているのですっ!

「ちょっとルリちゃんっ! いつ、ルリちゃんがアキトのところに嫁いできたの?!
そもそもアキトはユリカの王子様なんだからねっ!」

「王子様云々についてはともかく、それ以外には同意見です!
ルリちゃんはまだ15歳で、結婚なんかできないんだからっ!」

 ユリカさん、メグミさん……、
 人のモノローグにツッコミを入れないでください。

 それに、あまりテーブルをドンドン叩くのも止めてください。
 せっかくラーメンがこぼれても知りませんよ。

 だいたいユリカさん、いつも言いますけど、
アキトさんはあなたの王子様なんかじゃありません。

 アキトさんは、私というお姫様を守る騎士様なんですから♪(ポッ☆)

 それと、メグミさん、年齢については問題ありません。
 来年には、法律的にも、私は結婚できるようになっていますからね。

 その時は、ちゃんと正式に……、(ポポッ☆)

「おい、ルリッ! ポケ〜ッとしてねぇで、サッサとメシ持って来てくれよ。
オレ、もう腹へって死にそうだよ」

 と、テーブルに突っ伏しているリョーコさんの言葉に、私は我に返りました。

 見れば、もうリョーコさんが注文したラーメンセットは出来上がり、
湯気を上げながら、私に運んでもらうのを今か今かと待っています。

 ――いけませんっ!
 アキトさんの妻でありながら、お客さんを待たせてしまうなんてっ!

 私は慌ててラーメンセットがのったトレイを持つと、リョーコさんが座るテーブルへと運びます。

「へっへ〜♪ やっと来たぜ……って、おい、ルリ? 何で普通のライスなんだ?」
オレは、チキンライスを頼んだはずだけど?」

「――当店にチキンライスというメニューはありません」(キッパリ)

 リョーコさんの言葉に、私は壁に貼られたメニューを指差します。

 メニューの一覧が書かれた紙には、
確かに、チキンライスの項目もあります。

 ですが、それは、この店が開店したその日に、私がマジックで横線を入れました。

 ――え?
 何故、そんな事をしたのか、ですか?

 そんなの決まっているじゃないですか。
 アキトさんのチキンライスは私だけのものですっ!

 誰にも渡しませんっ!
 ええっ! 渡しませんともっ!!

 ちなみに、チャーハンは、
厨房で黙々と洗い物をしているラピスのものです。

 当然、メニューにも、横線が入っています。

 でも、よく考えると、ご飯類のメニューの定番を、
私とラピスが、二つとも独占してしまっているんですね。

 定食屋としては、これは、ちょっと問題かもしれません。

 仕方ないですね……、
 この件については、妥協案を考えておきましょう。

 閑話休題――

 まあ、そいうわけで……、
 この店のメニューからはチキンライスは削除されているんです。

 もちろん、誰も文句はありませんよね?(にっこり)

「文句大有りっ!! ルリちゃんだけの特別メニューなんてズルイよっ!」

「そうそう! ルリちゃん横暴だよっ!」

 ユリカさんもメグミさんも、どうしてこういう時は息ピッタリなんです?

 と、言いますか、どうして、さっきから、
私のモノローグに、ツッコミが入れられるんでしょう?

「説明しましょうか? ルリちゃん、あなたのその表情を見ていれば、
あなたが何を考えているのかなんて誰にでもわかるわよ。
分からないのは、天然なアキト君くらいね」

 カツ丼を食べながら言う、説明おばさんこと、
イネスさんの言葉に、私はちょっと動揺してしまいます。

 ……そ、そんなに、顔に出ていましたか?

 いけませんね……、 
 常に、ポーカーフェイスを心掛けているのですが……、

 でも、アキトさんの事になるとついつい……、(ポッ☆)

「うふふふ♪ ルリルリも随分と表情が豊かになってきたよねぇ。
これも、愛するアキト君のおかげかな?」

 イネスさんの言葉に顔を赤くする私に、
スパゲティーをフォークに絡ませながら、ミナトさんがちゃちゃを入れてきます。

 ……そうですね。
 ミナトさんの言う通りです。

 昔の私は、今とは、全然違いましたから……、

 ……でも、ちょっとだけ違いますよ。

 確かに、私が変わる事が出来たのは、
アキトさんに出会った事が最も大きな要因ですが、それだけじゃありません。

 ユリカさんにメグミさんにリョーコさん……、
 それに、イネスさんにミナトさんにホウメイさん……、

 他にも、たくさん……たくさん……、

 この天河食堂を取り巻くたくさんの人達のおかけで……、
 たくさんの、大切なお友達のおかげで……、

 ……今の私が、ここにいるんですよ。
















 とある街の――
 とある商店街の一角――

 そこに、私とアキトさんの愛の巣(ポッ☆)である
『天河食堂』があります。

 ……え?
 中華料理屋じゃないのか、ですか?

 ――はい、そうなんです。
 確かに、アキトさんが得意なのは中華です。

 師匠であるホウメイさんも中華が得意でしたからね。

 ――では、何故、大衆食堂にしたのか。

 それはですね……、
 すぐそばに大手の中華料理屋のチェーン店があるからなんです。

 あっ、だからと言って、アキトさんの料理が不味いわけじゃないんですよ。

 私に言わせれば、あんな店の料理よりも、
アキトさんが作った料理の方が一兆倍は美味しいです。

 でも、今の時代で外食産業を成り立たせているのは、流通力と宣伝力です。
 例え、どんなに美味しい料理を作っても、個人では企業には勝てません。

 だから、ここで中華料理屋を初めても、いずれ潰れてしまうのがオチでしょう。
 悲しい事ですが、現実は厳しいんです。

 というわけで、そういった事を考慮して、
私がアキトさんに食堂を開いてみてはどうかと提案したところ……、

 それが採用されて、アキトさんのお店は『天河食堂』という大衆食堂になったんです。

 幸い、アキトさんは、去年まで、
近くの高校の学食で働いていましたから、大抵のメニューは作る事ができます。

 そのオールマイティーな技術を、充分に発揮できるわけです。

 でも、いつかはアキトさんの得意とする中華で、
そしてアキトさんオリジナルの『テンカワラーメン』だけで店を出したいものですね。

 それで、ですね……、

 私の案が効を奏し、天河食堂は問題なく切り盛りできています。

 自慢するわけではありませんが、結構繁盛しているんですよ。

 店は、今年できたばかり――
 料理人は、アキトさんただ一人――

 さらには、ファーストフード店が軒を連ねるこの御時世にも関わらず大衆食堂――

 これだけの不利な条件にも関わらず、
店内にお客さんがいない時なんて滅多にないんですよ。

 そういった事は詳しくないので、
よく分かりませんが、これって、凄いことなんですよね?

 失礼を承知で、一度、この事をアキトさんに訊ねた事があります。

 その時、アキトさんはいつもの優しい笑顔で――



「そんな決まってるじゃないか?
可愛い看板娘が、二人もいてくれているからだよ」



 ――と、言ってくれました。(ポッ☆)

 か、可愛い……、
 看板娘……、

 ……嬉しいです。(ポポッ☆)

 とまあ、アキトさんはそう言ってくれましたが、
本当の理由は、多分、店の立地条件が良かったからですね。

 なにせ、この商店街の近くには駅がありますし、
そして、近くの高校に通う学生さん達の通学路にもなっているみたいですから。

 その学生さん達の口コミのおかげでしょう。

 現に、土曜のお昼頃なんかは、
学生さんでいっぱいになる時もありますからね。

 特に、ご近所でも有名な、大食い少年も、良く通ってくださってますし……、

 あと、他の理由を挙げるなら、この商店街には飲食店が少ない、といったところでしょうか。

 本当に、良い場所に店を持つ事ができました。
 これについては、ホントに運が良かったとしか言い様がありませんよね。

 ただ、妙な噂が絶えない商店街ではありますけど……、

 ……は?
 どんな噂か、ですか?

 そうですね、例えば……、

 近所にある骨董品屋の中から、いきなり稲妻が飛んできた、とか――
 少年を追い駆け回す二人の人妻がいる、とか――

 あとは……、
 あの喫茶店にだけは二度と行きたくないですね。

 女性店員に抱きしめられて、窒息死したくはありませんから……、

 まあ、とにかく……、

 こういった色んな意味で恵まれた環境に、
アキトさんと、私とラピスの『天河食堂』はあるわけです。
















「…………ぅん?」

 目覚ましが鳴るよりも少し早くに、私は目を覚ましました。

 目を開けると、すぐ目の前に、愛する人の可愛い寝顔があります。

 テンカワ・アキトさん――
 私の未来の旦那様――

「うふふ……♪」

 気持ち良さそうに眠るアキトさんの髪を、
くしゃっと軽く撫でてから、私は身体を起こします。

 本当は、もっとアキトさんの寝顔を見ていたいのですが、そういうわけにもいきません。

 天河食堂の朝は早いのです。
 開店前にお店の準備をしなければいけません。

 それに、愛しい旦那様の為に、
朝ご飯を作らなければいけませんからね♪

 もちろん、アキトさんが作った方が断然美味しいのですが、
妻として、せめて朝ご飯くらいは私が作りたいんです。

 それに、アキトさんの負担を、少しでも減らしたいですから……、

 なのに、アキトさんは……、
 いつも自分で作ろうとして……、

 ……私に遠慮なんかしてほしくないんですけどね。

 というわけで、私は毎日アキトさんよりも早起きをして、朝ご飯作らなければなりません。

 元々は低血圧な私でしたが、
今では、すっかり早起きには慣れてしまいました。

 ――これも愛の力ですよね♪

「さて……」

 未だ、眠っている、アキトさんをラピスを起こしてしまわいように、私は静かにお布団から出ます。

 そして、顔を洗い、寝癖を直してから、
私はパジャマのまま、エプロンを着けました。

 そして、キッチンの前に立ちます。

「ご飯とお味噌汁は、昨夜のが余っていますから……、
そうですね、卵焼きでもつくりましょうか」

 と、呟き、冷蔵庫の中から卵を一つ取り出します。
 そして、ボールの中に割って、塩で軽く味付けをしつつ掻き混ぜる。


 
じゅわぁぁぁ〜〜〜〜……


 溶いた卵を、前もって油を引いて火にかけておいた卵焼き器に入れると、
卵が焼ける音とともに、なんともいい匂いが私の鼻をくすぐります。

 そして、私は箸を巧みに操って卵焼きを完成させていく。

 ふふふ♪ だいぶ上達しましたよね。
 以前は、この程度の事もロクにできなかったんですから。

 と、私は見事に卵焼きの形を整えていく自分の手つきに微笑する。

 アキトさんの指導おかげで、
この程度のことなら出来るようになりました。

 いつかは、アキトさんと一緒に厨房に立ちたいものですね。

 あ、でも……、
 それじゃあ、ウェイトレスがいなくなってしまいます。

 ラピスは、人見知りが激しいから、接客には向いていませんし……、

 まあ、そうなった時は、
私とアキトさんの子供(ポッ☆)に頑張ってもらいましょう。

 と、頭の中で描いた未来の生活に胸を躍らせつつ、
私は完成した卵焼きをお皿にのせ、テーブルの真ん中に置きます。

 そして、テーブルの上に、三人分のお箸とお茶碗、それと温めなおしたお味噌汁を……、

「……これだけではちょっと寂しいですね。お漬物も出しましょう」

 と、呟き、私は冷蔵から、
お漬物が入った容器を取り出し、軽く小皿に盛りつける。

 ――はいっ♪
 これで、準備は万端です♪

 それでは、愛しい旦那様と、可愛い妹を、起こしに行くとしましょう。

「うふふふ……♪」

 朝ご飯の準備を終えた私は、いそいそと寝室に戻りました。
 そして、いまだに眠っているアキトさんに顔を寄せます。

 さあ……、
 これから朝の儀式の始まりです♪

 正直なところ、この瞬間が楽しみで、
毎朝早起きしているといっても過言ではないですからね♪

 それでは……、

「朝ですよ。そろそろ起きてくださいね……
あ・な・た♪


 
――ちゅっ☆


 おはようのキス――

 それが、朝の儀式です。
 このキスから、私とアキトさんの一日が始まるんです。

 あ、断っておきますけど、頬にしたんですよ。
 唇は……その……まだ、なんです。

 寝ているうちに奪うなんて、はしたないじゃないですか。
 それに、初めてのキスは、やっぱり、アキトさんから……、(ポッ☆)

「う……ぅん……」

 私のキスで、ゆっくりと目蓋を開けるアキトさん。

 そして、私と目が合うと、
いつもの素敵な笑顔を見せてくれました。

「……おはよう、ルリちゃん」(にこっ)

「は、はい……おはようございます、アキトさん♪」(ポポッ☆)
















 ああ、アキトさん……、
 あなたの笑顔は、いつ見ても素敵です♪








<おわり>
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