――カノン王国騎士団の仕事は尽きない。

 書類整理のようなデスクワークから、
戦闘訓練、魔物討伐など、地味だが重要な雑務は様々ある。

 もっとも、それは、どこの国であろうと、大体変わらないであろうが……、

 中でも、カノン王国騎士団で、最も地味で、
辛い仕事とされているのは、恐らくカノン山脈関所の警備であろう。

 氷の精霊王の神殿の存在のため、この山は常に雪を被っている。

 緊急時に配される夜間警備の時などは、
下手をしたら警備兵が凍死してもおかしくないほどの寒さだ。

 その上、当然の如く、利用者は少ない。

 この厳しくて悲しい仕事は、全騎士団内でで持ち回り制となっていたりする。
 様々な部署でたらい回しにされた挙句だとか……まぁ、それはともかく。

 六、七人のチームで、一つの関所に、一週間立つ。
 その間は出張扱いとなり、当然家には帰れない。

 これもまた、大切な仕事であるのは、
皆、熟知しているため、文句はあってもサボるようなことはないが……、





 今回は、その仕事風景を、
警備報告書と照らし合わせつつ、少し眺めていこうと思う。






Leaf Quest
〜伝承の山の奇跡〜

「聖なる山を守る者達」








カノン山脈第二関警備報告書


○月×日〜■日迄

責任者: 大川

担当者: 相沢
      長谷
      久瀬
      皆本
      美坂


○月×日 当直:相沢  天候:曇り時々雪

 
誰だよ俺と久瀬を同じ担当日にしたのは。

 仕事だから仕方がないとはいえ、
あの陰険と、一緒に警備をするのは、中々骨が折れそうだ。

 と、愚痴はここまでにしておくとして。

 警備の方は大体滞りなく進行した。というより、滞りようがないな。
 関所を誰も通らなかったし、特に気候なんかも異常もなかった。

 ただ、やはり寒い。
 どうしようもないとしても、寒いものは寒い。ちくしょー。

 特筆すべきとしては……一つだな。

 久瀬のやつが、休憩時に作ったスープに、俺のだけなんか仕込んでいた。
 ちょうど、そこにいた野良犬にあげたら卒倒していた。






(そろそろ、閉門の時間ね……)

 カノン近衛騎士団の一人である美坂香里は、
大体、消えてしまった、太陽を眺めながら思った。

 あと六日――

 未だ、病みあがりに近い、
妹のことも気になるし、早いところ済んでほしい一週間だ。

「……大丈夫そうだ」

 詰め所の影で、野良犬の体調を確認していた騎士が、戻ってくるなり告げた。

 ちなみに、近くで犬が倒れているのを、
彼が見つけたのは、五分ほど前のことだった。

「――で? 久瀬君、原因はやっぱり玉ねぎ?」

「多分、そうだろうな。スープの皿が捨てられていたし。
まぁ、エキス程度にしか摂取しなかっただろうから持ち直すだろう」

 不機嫌そうな返答。
 それを聞いて、香里はやれやれとため息をついた。

 不幸にも、野良犬の飲んだスープは、肉団子と玉ねぎのスープだったのだ。

「やっぱり……相沢君のしそうなことね」

「全くだ。ああいう無知な輩は、
早々に見切りをつけておくことをお薦めするよ、美坂君」

 冗談などではなく、久瀬は割と本気でそう思っていそうだ。

「勉学や知識だけが問題でもないと思うんだけど」

「君が言っても皮肉にしか聞こえないな。
大体、あんな大勢の女性に声をかけるような男が、
この騎士団にいること自体、何かの間違いなんだ……」

 後半の呟きは、彼の私情が入っていたような気がする。

(……まぁ、この人とは相沢君は色々あるしね。
別に、悪人というわけではないけど……)

 香里は、以前、彼と祐一が、
舞の退学を巡って少々いざこざがあったことを思い出していた。

 舞の力の暴発による――
 当時は皆、そんなこと全く知らなかったが――

 舞踏会の事件を利用し、何かと騒がしくてかなわない、
舞を消し去ろうという、久瀬の目論見によって、あの騒動は行われていたのだが……、

 あの事件、今、思い返してみると……、
 演説の際の舞の行動によって、あらかた有耶無耶にされていたのだ。

 祐一はよくわからないうちに、
結果的に、二人とも取り返し、久瀬はよくわからないうちに結果的に悪人扱い。

 ――で、どさくさ紛れに、「舞は佐祐理の護衛」という、
あの状況を、確立させてしまっていたわけなのだが……、

(この二人としては、根本的に解決していないのよね……要するに)

 こればかりは、いかに聡明な香里であろうと、
よい解決策は思い浮かばなかった。

 まぁ、仮に思い浮かんだとしても、そこまでする義理もないわけだが。

「寒いわね……」

「そうだな……あと少しで閉門の時間だ。辛抱してくれたまえ」

「ええ……」

(まぁ、この程度の仲の悪さだったら、別に問題ないかしら……)

 香里はそう思い、思考を放棄した。





 ――雪は既に止み、されど風は強く。

 残り半刻とないこの時間が、
さっさと過ぎてくれることを、香里は切に願っていた。






○月△日 当直:長谷  天候:吹雪

 本日は、風が強く、まるで嵐のような猛吹雪でした。

 今日の通過者は、午前中に巡礼者の一隊が一組のみでした。
 フォルラータより許可証発行済み。お疲れ様です。

 どうやら頻繁に足を運んでいるらしく、
むしろ、俺達よりも手馴れた様子で手続きをしていましたね。

 ですが、途中で問題が一つ発覚。

 彼らの宿泊予定の山小屋の薪が切れかけていると言う報告をうけたのを失念しており、
彼らに薪を与えるのをすっかり忘れてしまいました。

 職務怠慢と言えば言い訳できないのですが、
とにかく相沢君と二人で吹雪の中、山小屋まで薪の補給へ。

 補給の方は問題なく終わったのですが……、
 相沢君が風邪を引いてしまったようです。

 かくいう自分も、頭が少々痛いのですが……、






(寒い……)

 膝まである雪のせいで足がもつれる。
 向かい風で後ろに引っ張られる。

 しかも、完全防寒装備に胸部鎧のため、重量もかなりのものだ。

 行きの疲労も蓄積されているため、
この強行軍は、むしろ帰りの方が辛かった。

 山小屋で体力を回復してからの方がよかったかも、などと長谷は今更ながらに思ってしまった。

 彼は元々、近衛騎士団の中でも体力のない方であったのだ。
 しかし、これが正規の任務ではない以上、それはいささか無責任だった。

「…………」

 隣を見ると、祐一も無言で進んでいた。

 彼も疲れの色は見せているが、
自分よりも余力というか、気力がありそうだった。

 昨日から、「寒いのは嫌いだ」とか彼がいつもうめいていたのを思い出す。

 こういう時の熱血ぶりは、結構、見習うべき点かもしれない。

 だからこそ……、
 彼は、あの『奇跡』を起こせたのかもしれないから……、

 ――この件に関しては、まず、久瀬が反対していた。

 そんなに強固というわけではなかったが――

「彼らとて、少々の燃料ぐらい備えているだろう。
一晩をしのぐくらいの火があるのなら、帰りがけに謝罪をしたほうがいいだろう」

 ――と言うのが、彼の言い分だった。

 確かに、少し冷めた目で見ればそれが賢明なのかもしれない。
 いや、大川と香里もそう考えた。

 往復で半日――

 詰め所を二人空けること自体は、
どうってことはないが、二人の体力に不安がある。

 だが、相沢は、その言葉や、
警備の当番を無視して、強行軍を敢行してしまった。

 当番だった長谷も、責任を感じて、その後を追って薪を運び出してしまった。

 かなり無茶な話だ。
 吹雪の中の雪山など、二人やそこらで歩くものではない。

(やっぱり、早まったのかな……)

 長谷の頭の中で、そのような話が反芻されていく。
 というより、何か余計なことを考えていないとやってられない。

 付け加えておくと、山小屋と彼らの備えでは、
薪が少々足りなくなる計算になり、彼らが少し困っていたところであった。

(感謝の代金が、この行進かあ……多いんだか少ないんだか)

 もう、とっくに半日は過ぎていた。

 道さえ間違えていなければ、
そろそろ、門が見えてもおかしくないはず――



 ――見えた、関所だ。



「……着いたっ」

「………はぁ〜」


 ちょうど当番だったらしい、大川と香里が駆けてきた。

(とりあえず……、
報告書の内容は後で考えよう……)

 長谷は、意識を肉体から切り離すことにした。






○月▽日 当直:皆本  天候:吹雪

 ……氷の精霊王様に、何か不快なことでもあったのでしょうか?

 ともかく、件の巡礼者さん達は、無事に下山してきました。

 本日は他の通行者はありませんでした。
 天候がこれですから、当然かもしれませんが……、

 警備員が二名寝込んでしまっていた為、
ありがたい話といわれればありがたい話ですが……、

 他には、特筆すべきことはありませんでしたね。

 明日には、この吹雪が止んでくれるのを祈るのみです……、






 コンコン――


 二度、ノックをして部屋に入る。

「……ん、交代か?」

「ええ、よろしくお願いします」

「おう、わかった」

 ベッドの隣で本を読んでいた大川が、
立ち上がって入れ違いに部屋を出て行った。

 それを確認してから、久瀬は、
ベッドですやすやと……少し苦しそうに寝ている二人を見渡した。

「……無茶をする奴らだ。」

 腹立たしげに呟く。

 久瀬にはどうしても、今回の二人の行動が良い行動とは思えなかったのだ。

 警備時間が増えたのは、さして問題ではなかったが、突っ走った二人が、やはり問題だ。

 戻ってきたからよかったものの、
あれで遭難でもしようものなら笑いものにしかならない。

 何しろ、この六人の中に、闇属性の久瀬と、
土属性の皆本しか魔術の使い手がいないのだ。

 あの巡礼者たちと違い、防寒としての魔術は持ち合わせていない。

 雪山での生存に関しては、七人中三人が、
今回初任務である我々よりも、あの巡礼者たちのほうが遥かに優れているであろう。

 恐らく、祐一はそこまで考えた行動はとっていないであろう。

 玉ねぎ入りのスープを犬に与えるくらいなのだから……、

 と、ベッドの住人のうちの、
片方が動き出しはじめた……長谷だ。

「あ、久瀬さん……どうもご迷惑をおかけしました」

「全くだな。要らぬ心配をかけたことは心得ておいて欲しい」

 向こうの謝罪に、憮然とした態度で返す久瀬に、
長谷は何となく苦笑を漏らしていた。

 彼自身、意外とお世辞が言えない性格なのは心得ていた。
 が、別に直そうとも思わない。

 媚びへつらうことは嫌いだし、言葉の一つ二つで、
雰囲気が悪くなるような間柄なら、それは悪くしておいた方がさっぱりする。

 むしろ、厭味の応酬に楽しみを見出している節があることは……まぁ、棚に上げておく。

「まぁ、明日からは通常業務に戻ってもらうから、少し英気を養っておいてくれたまえ」

「ええ、そうします」

(……血色もよくなってきたし、明日まで休めば問題あるまい。
とりあえず、異常がなかったのが何よりだ)

 実際、寝込んだのも、風邪というよりは疲労の問題であったのだろう。

 長谷は元々体は強くなく、
むしろ、頭で勝負する型の男だったので、回復の速さとしては上々だろう。

 久瀬は――別段、皆の体調管理は彼の仕事でもないのだが――そう考えていた。

 で……、

(こいつは、そろそろ起きだしてくれないとなぁ……)

 まだ安らかに眠っている、
もう一人の方に彼は視線を向けた。

 ――気力だけが取り柄なんだから、せめてとっとと回復しろ。

 久瀬の祐一の見つめる視線は、そう物語っているような気がした。

 突っ走るだけが能の、無理で無茶で無策な男。
 彼の、祐一に対する印象はこうだった。

 おおよそ騎士などにはふさわしくない。

 彼の、国や皆を愛する気持ちは、
久瀬とてわかるのだが、それとこれとは別問題だ。

 倉田王女やらの絡んだ私情を抜きにしても、
久瀬は相沢祐一という騎士が好きにはなれなかった。

「もう…本当にこの二人は……」

「――ん? 何か言ったかね?」

「いえ、もう少し寝ます。」

 そう言うと、長谷はさっさと布団に潜り込んでしまった。

 彼が、二人の仲の悪さを憂いていたのは分かってはいたが、
久瀬は、どうこうしようという気は起きなかった。

 彼を理解する事は、
よしんばできたとしても……、

 共感することは、できそうもなかったから……、






○月▼日 当直:美坂  天候:快晴

 本日は、むしろ晴れすぎて雪崩がおきないかが気になります。

 皆本さんの言葉を借りるなら、
氷の精霊王様に何か嬉しいことでもあったのでしょう。

 ……といったところでしょうか。

 ともかく、二日ほど吹雪続きだったためか、普段より通行者が多かったようです。
 といっても、二桁越したという程度ですが。

 大体が冒険者と行商人でしたね。
 別段普段どおりと見て大丈夫でしょう。

 あと、些細な話ですが……、

 通行者で、知り合いらしい冒険者と、
相沢君が長話していたのが、少し久瀬君は気に入らなかったらしいです。

 私も、あまり良い態度だとは思いませんけどね……、
 彼はその辺りがアバウトですから。






 北川 潤、という男について……、

 皆川は、大して知っているわけではなかったが、
伝聞で、新米トレジャーハンター、というくらいは聞いたことはあった。

 他に、彼女が知っているのは、
相沢祐一の相方である、というくらいか……、

 まぁ、ここでは大した意味は持たないか……、

 彼女はそう結論付けた。



「で、どうだったんだ? ウタワレは」

「ああ、やっぱ異邦人は珍しいらしいくてな。
なんとなく、視線がちくちくといい感じだったな」

「ふーん……で、収穫はどうだったんだ?」

「ふっふっふっ……………はぁ」

「……大体わかった。
まぁ、がんばれ北川、生暖かく見守ってやるからな」

「生暖かくかよ……、
ま、失敗や空振りがつきものだからな、この商売は」

「自分のペースで、ってか?
それはいいんだが、それなりに急がないと、香里が誰かに取られそうだな。」

「なっ!? やっぱりてめえ、その毒牙を美坂にまで……」

「いや、俺かよ!? ってか、やっぱりってなんだ!?」

「そのまんまの意味だ。他に何か言いようがあるか?」

「……香里の十八番は使わないんだな。」

「言葉どおりだ、ってか?
あれは、まだちょっとオレには荷が重くて……いや、話を逸らすな」



 ……今ここで、その二人の会話が、
繰り広げられているのだから、彼らについて知ってても知らなくても同じだ。

 すらすらと会話が進んでいく二人を、皆川は半ば感心した顔で眺めていた。

 彼女は、傍観することを早々と決めていた。

 引っ込み思案な彼女には、
これに割り込むのは、少々荷が重かった。



「まぁ、その辺はその辺として、
他になんか土産話になりそうなことはあったか?」

「……無理矢理話を逸らしたな。
ああ、向こうの方で世話になった占い師で裏葉さんがいるんだけどな……」

「占いに頼るようになったら、
トレジャーハンターとして終わりだと思うぞ」

「いや、占いのほうは関係ないんだ。というか、黙って聞け。
その人と、なんだかよくわからんが同僚らしい柳也さんの夫婦漫才がなぁ……」

「よくわからんが同僚、というのもすごいな……」



 その後も北川の話は続くわけだが、
それを聞きながら、皆本は何となく考えていた。

 ツッコミに悪態をつきつつも楽しげに話す北川と、
何だかんだ言いながら、真剣に聞いている祐一。

 この二人の関係を聞いたら、関係者はこういうだろう。

 ――『親友』と。

 その見えざる絆は、
いつも彼のそばにいる「彼女たち」でも理解しきれていないという。

 ひょんなことから皆本と知り合いになった美汐が、
北川について祐一に聞いたら、こんな答えが返ってきたらしい。

「普段、どこで何しているか判らないことも多いけどな。
本当に必要なときには必ず助けてくれる。あいつはそういう奴だ。」

 同じように、祐一について北川に聞いたら、こんな答えが返ってきたらしい。

「オレと馬鹿やっていたり、女の子にばっか声かけていたり、
たわけた奴だと思うけどな。本番の本番で決めてくれるのは、あいつだ」

 お互いに信頼できる友がいるというは……本当に、羨ましいことだと思う。



「……君。何故、通りすがりの冒険者を足止めして雑談なんかしているのかね」

「あ……」

「お、久瀬……」

 ……こめかみを押さえて立っている久瀬に、皆、気づかなかった。

「北川君も北川君だな。現在、勤務中なんだから、
あまり話に乗せられないでくれたまえ。只でさえ、こいつは怠慢気味なのだから」

「おい、何だ、その言い草は……」

「それもそうだな。
んじゃ、オレはそろそろ行くぜ」

「うむ、雪崩の心配もないとはいえないからな。気をつけたまえ。」

「おう、んじゃな、相沢。
美坂にはよろしく言っておくからな〜」

 そういうと、北川は足早に去っていったわけだが……

「……美坂君がどうかしたのか?」

「あ、その……」

「そういや、ここにいるって言い忘れていたな。不憫な奴だ……」

「まぁ、それはいいとして、相沢君。
君は、もう少し仕事についての心構えをだな――」






○月◇日 当直:大川  天候:晴れ


 天候の方は落ち着いており、通行者も問題なし。

 昨日、少し気になっていた、
雪崩も、見た限りは問題なかった。

 が、本日は大いに異常がある日だった。

 別に冬眠前というわけでもないのに、
イェティが4体ほど下山してきて、隊員たちに襲いかかってきた。

 幸いにも、隊員たちには大した怪我もなく撃退。

 しかし、明らかに今日のイェティは異常であったことをここに報告しておく。






「いいかげん……帰れっての!」


 ざしゅ!!


 祐一の剣が、2m半ほどの巨体の雪男……イェティの腹を切り裂いた。

「グオォォォ!!」

 しかし、それでもイェティの勢いは止まらない。

 それどころかさらに怒り狂い、
その巨体をぶつけようと突進を仕掛けてきた。

「……くそっ!!」

 が、祐一は最低限の動きでそれを避け、
逆に相手の勢いを利用して剣を突き立てた。

「グァァァァァ!!??」

 切っ先が、イェティの背中から現れる。

 それが、このイェティの最後の悲鳴だった。

     ・
     ・
     ・





「おいおい……本当に素手で倒してるな」

 血糊と脂のついた剣を拭いている、
祐一の見ているのは、門をはさんで反対側にいる香里。

 彼女は、倒れ伏しているイェティの横で一息ついている。

 一応、ナックルガードはつけているが、
それでも、ほとんど武装していないも同然だ。

 ちなみに、香里の隣では、
大川、長谷、皆川の三人がかりで、ようやく一匹を仕留めたところだった。

「人間と体の構造自体はそう変わらないからね。
急所やらも似たようなものになるんだろうけど……」

 と言いつつ、少し呆れが入っているのは久瀬も同様だった。

 その傍らには、哀れにも、
首を跳ね飛ばされたイェティの骸が一つ転がっていた。

「…………」

 祐一は、その様子を、
何か不思議なものにでも遭遇したかのような顔で見ていた。

「――ん? どうかしたのか?」

「いや、おまえ、一応、戦えたんだなと思ってさ」


 ずべし!!


 久瀬は、かなり盛大にずっこけた。

「君は僕を何だと思っていたんだ!」

「佐祐理さんを狙う陰険男」

「…………」

 もはや怒る気も失せたらしく、
彼は一つ深呼吸をすると立ち上がった。

「これでも、カノン王国の近衛騎士だ。
口先だけの人間に勤まるはずもあるまい?」

「前から言おうと思っていたんだけどな、
その偉そうな言い回しはどうにかならないのか?」

「……話を逸らさないでくれ。
というより、少しは真面目に聞けないのか?」

「お前の話なんか真面目に聞けるわけないだろ?」

 端から仲良くしようなんて、
欠片も思っていないようなことを言いながら、祐一は少し考えていた。

(……そういえば、こいつと真面目に話したことなんかなかったな)

 祐一としては、実際、先ほど言った通りの印象が、
すべてであったため、する気も起きなかったが。

「……それもそうだな。
僕としても君のような単細胞にする話など、ほとんど持ち合わせていない。」

(ま、こんな奴だしな……別にする必要もないか。)

 ……どうやら、これからも起きそうにはなさそうだ。

「あーそうかい。んじゃ、単細胞じゃわからない事後処理は、
頭でっかちの学者もどきさんに任せるとするか。」

「学者もどきとは僕のことかね?
言っておくが、実戦であっても君に負けない程度の自信はあるが?」

「お? ……まさかやる気か?」

 その言葉に、彼は何か非常識なものを見るような目で祐一を見た。

「何を言っているんだ。
こんなところで私闘でも行うつもりか?」

「……改めて言うが、ヤな奴だなお前は」

 それだけ言うと、祐一は撤収を始めた。
 彼の背中に、久瀬は一言返すのみだった

「改めて言われなくても、よく言われることだ。気にもしていない。」

 その後一度振り返ると、久瀬が先ほど倒したイェティを、
解体している様子が目に入ったが、祐一は気にもとめなかった。

 その時はまだ――



「やはり腹に食物が残っているな……、
空腹以外の理由で人を襲ったとすると……、
何かが原因で凶暴化したとしか……」



 ――事は、前奏曲にすら至っていなかった。






○月□日 当直:久瀬 天候:曇


通行者、5組15名
内訳、冒険者3組、旅行者2組
特記事項、なし

 ……いつも通りと記録して問題ありませんね。

 ただ、私の考えすぎかもしれませんが……、

 最近、どうにも飛竜の活動が活発なような気がしてならないです。
 ……考えすぎかもしれませんが。






 何だかんだ言って――

 大っぴらに酒を飲むのは久しぶりだった。



「これはチャンスだと思った!
そして俺は意を決して、秋子さんの「アレ」の秘密を探ろうとした」

「それは無謀というか、もはや狂気の沙汰ね」

「そう褒めるな。しかし、ここから先は、俺の予想の範疇を大きく越えていた!」

「というより、もう既に、
私の予想の範疇外なんだけど」

「……何の話をしているんでしょう?」

「……僕に聞かないでくれたまえ、皆本君(苛々)」



「………ぷはーっ」

「……大川さん、親父くさいですよ」

 隣の会話をあえて無視し、
ビールを一気飲みして一息つく大川に、皆本が控えめに囁いた。

 大川の隣では、久瀬がこめかみを抑えながら食事をとっていた。

 香里は祐一の話に適当に相槌を打ちつつ、自分もちびちびと飲んでいた。

 長谷は早々と食事を済ませて寝てしまった。
 どうにもアルコールが全然駄目らしい。

 そして、一番騒がしいのは祐一だった。
 普段と変わらないといえば変わらないが。

 そして、若干名、祐一の武勇譚で頭を痛めていた。



 一週間の労いも含めて、
と夕食に酒を持ち出したのは祐一だった。

 それに賛同したのは大川で、反対したのは久瀬。
 他の面子は……まぁ、どっちでもといったところで。

 そして、久瀬も防寒の意で、
仕込んでいた酒類をあらかた(勝手に)持ち出してきたわけである……、



「……もう少し大人しく食事をすることはできないのか?」

 普段より二割増しに攻撃力の高い視線で、
久瀬は睨むが、その対象は全く堪えた様子はない。

「まぁとりあえず、たくわんやらかずのこやらの話はわかった。
もっと景気のいい話はないのか?」

 逆に大川は、明らかに煽っていた。
 ちなみに、今、話していたのは、たくわんやかずのこの話ではない。

「んー、そうだな……んじゃ、こないだの藤井 誠の話でも――」

「――おっと、失礼」


「…………っ!?」


 ――大川は見た。

 スプーンを拾い際に、
さりげなく祐一にボディブローをかます久瀬を。

「おや、相沢君、腹痛かね? そう飲みすぎるからだ。」

「く〜〜〜ぜ〜〜〜……」

「食事は静かにと何度言ったらわかるんだ」

 何食わぬ顔で食事を終える久瀬に対し、祐一がうめくも、
大川以外の皆には、先ほどのボディブローは見えなかったらしく、首を傾げるのみ。

 その様子を見て、仕方なく祐一は押し黙った。



 その後も、割と実りのない話と、共に時間は過ぎていくわけだが……、

 大川には、途中で、皆本が、
ぽつりと呟いた一言が、何故か印象に残っていた。

「……平和ですね」

「ああ……平和だな、全く」






○月■日 当直:大川 天候:晴れ


 本日の通行者は、巡礼者の一団が三組、計32名。

 少し妙な気もしたが、書類などは、
正式にフォルラータより発行されていたため、特に問題もないのであろう。

 その他、天候などを含め、特に変わった事はなかった。

 尚、本日をもって本任務を、
後続隊に受け渡し、我々は下山となる。

 少々のアクシデントはあったものの、
特に大きな事件もなくここに報告を終えれることを幸いに思う。

カノン王国騎士団員  大川 桂太郎






「……ちょっと待ってくれ。」

 もう行っていいですか、と問う彼らを止めたのは、二人の若い騎士だった。

 彼らは、その騎士のうち、片方の名を知っていた……相沢祐一。

 まず、声を上げた彼の手にあったのは、彼らの差し出した通行許可証だった。

 それに不審点があった、というわけではなさそうだ。
 そちらについては既に気に留めていない。

 数度、彼らが囁きあう。

 聞き取れなかったが、大した意味はないであろう。
 疑われているのは明らかだ。

「失礼……ちょっとそのフードを上げていただきたいのですが」

 控えめにこちらを指しながら、
そう言う、もう一人の男も、微かに不審さを顔に出していた。

 ほう、と巡礼者たちは声を上げそうになった。

 もう片方の騎士も、名は知らぬが勘がいい。

 知的な印象を与える、
そちらの騎士の指した者は、はっきり言ってしまえば「正解」であった。

 ありえない、とまではさすがに思わないが、それでも意外であったのは確かだ。

「顔を見せていただきたいと? ええ、かまいませぬが……?」

 指された男の声は、そこらの老人と変わらない声だった。

 そして、ローブから現れた顔も同じだった。
 別段、何か引っかかるような特徴も表情もなかった。

 それを見た騎士たちは……、
 何かを見極めるような顔を一瞬したが、それで諦めたらしい。

 一瞬、視線を交わし、
そして、諦めたように許可証を返した。

 だが、二人とも、まだ微かに警戒を解いていないだったが。

「……もうよろしいので?」

「……ああ、もう行ってかまわない。失礼した」

 騎士……近い将来、『黒騎士』と呼ばれることになる男は、頷いた。










 カノン王国へと続く街道を、黒ローブの一団が歩いていた。

 それが、本日三組目になることを知っているのは、
先ほどの関所の警備隊ぐらいであろう。

「くくっ……」

 その先頭を歩いている者は、微かに笑い声をもらした。
 脇を歩いていた黒ローブが、ちらりと顔を向けた。

「……ん? いや、面白い奴らだったと思ってな。」

 その声自体は、先ほどの老人のものであった。

 その言葉に反応する者はいても、答える者はいなかった。
 大体の者が、それが誰についてのことなのか、大体予想できていた。

「確かに、勘のいい奴らだったが、それだけじゃない。
見ようによっては、片方は我々にとって毒にも薬にもなりそうだ。」

 呟きながら、彼は考えていた。

(結論は今後、他にも目ぼしい者を探してからになるが……、
候補の一人に挙げておいても損はなかろう)

「――では、やはり?」

 後方の黒ローブの一人が簡潔に囁きかける。

「……うむ、奴の情報も洗い出しておけ。場合によっては走狗にする。」

 先頭の男……、
 近い将来、『黒騎士』と呼ばれることになる黒ラルヴァは頷いた。










 ……。

 …………。

 ………………。










「やれやれ……疲れる一週間だった」

 久瀬は荷物を置くと、
そのままベッドへと倒れこんだ。

 時刻は既に深夜と呼べる頃合いだった。

「色々と妙なことが続いたな……、
調べられるところから調べていくか」










「あ、お姉ちゃん、お帰りなさい」

「うん……栞は元気にやってた?」

 玄関へ駆け寄ってくる妹に、香里は笑顔で問いかけた。

「しばらく休みなんですよね?
それじゃ、久しぶりにモデルやってくれませんか?」

「えっと……疲れてるから、それは北川君にでもお願いしてくれない?」










「あら、祐一さん。お疲れ様でした」

「はい……もうクタクタで」

 そう言うと、祐一は、テーブルに突っ伏した。

「明日は、名雪以上に寝れる自信がありますよ?」

「あらあら、それはよっぽどね」










 それぞれの日常がある――
 それぞれの戦いもある――

 この一週間は、ただ、それが交差しあっただけ。

 そして、この一言から……それは、また分岐しなおす。





「「「さて……この3連休、何に使おう」」」





 ――今は、騎士たちに、一時の休息を。





<おわり>


<コメント>

祐一 「――ああ、もう!
    思い出すだけでも忌々しいっ!」( ̄□ ̄メ
誠 「ど、どうしたんだ、祐一さん?」(^_^;
祐一 「よく考えれば、この時に、
    気が付いて入れば、事態は未然に防げたのに!」(−−メ
誠 「仮定の話をしても仕方ないだろ。
   それよりも、今は、黒騎士達を倒す事を考えないと……」(−−ゞ
祐一 「アイツは、俺がブッ飛ばす!
     あの馬鹿のコピーとか量産型は、お前等に任せた!」( ̄□ ̄)
誠 「――無茶言うなっ!
   俺なんかじゃ、手も足も出ませんよ!」Σ(@□@)
祐一 「なせばなるっ!」(><)b
誠 「ならないっ! だいたい、俺と祐一さんと、
   どれだけ実力差があると思ってるんですかっ!」(T△T)
祐一 「……そんなにあるのか?」(・_・ゞ
誠 「数値にすれば、実力だけでも最低1ケタ……、
   宝具を加えれば、余裕で2ケタは違う、とか、企画者は言ってる」(;_;)
祐一 「そこをなんとか、知恵と勇気で――」(^○^)
誠 「――ならないっ!
   まともに殺り合ったら死ぬ! 死んじゃう!」(T△T)
祐一 「……まあ、そういうことで」(^_^)/^^^
誠 「何も纏まってないのに、逃げるなぁぁぁぁーーーっ!!」(T□Tメ

<戻る>