「陣ちゃん、戸締りおっけ〜だよ〜」

 店先で指差し確認をしているリーナに、
頷いて応え、手に持っていた銀細工の腕輪を陳列場所に戻す。

 そのまま店内の商品を一通り見回す。
 ふむ、特に異常はないな。

「心配せんでも、この店から万引きできるような人はおらへんよ」

 俺の行動に気付いたのか、とととっと駆け寄ってきたこまめがそう言った。

「ああ、それもあるが……中には、それなりの代物も交えて置いてるからな」

 ぽふっと抱きついてきた、こまめの頭をなでてやる。

 店の中にある商品の内、
数点には『限視結界』が掛けられている。

 これは対象物を『一定の条件を満たした者』にしか認識できないようにするもので、
この条件を満たしてない者には『なんだかわからないもの』という認識しかできなくなる。

 商品に掛けられている条件は、『対象物を理解でき、必要とするもの』。

 金持ちの道楽者には、どれだけ素晴らしいものであっても、
ただのガラクタにしか見えない、というわけだ。

 そんな中、陣九朗は、陳列棚からひとつの商品を手に取った。

 限視結界は張られていない、量産品のひとつだが――



「今頃どの辺りにいるのかねぇ」



 数週間前――

 ここを訪れた冒険者のことを、
ふと思い出しながら、陣九朗は、ナカザキ製の『魔銃』を棚に戻した。






Leaf Quest 外伝

『陣九朗の仕事 〜夕食風景〜』







「誠兄ちゃん、今頃どこ居るンやろ?」

 陣九朗が手に取っていたものを見て、こまめが言った。

「さてね、冒険者ってのは、
目的によりけりだからな……そろそろ帰るぞ」

 陣九朗はリーナ、こまめを連れ、店の奥へと入っていった。

 倉庫の奥、少し古い木戸の前に立ち、陣九朗は木戸の表面を指で擦った。
 何か、文字を連ねているようにも見える。

 最後にスッと横一直線に指を滑らせ、陣九朗は扉を開けた。

 もし、ここに陣九朗たち以外の人間、
それもこの辺りの地理に詳しいものがいたなら、おそらく首をかしげていたことだろう。

 陣九朗の店は大通りから少し外れた場所にある。

 そして、店の裏手は昼間でも、
陽のあたりにくい裏路地になっている。

 ――そのはずである。

 つまり店の奥、陣九朗が開けた扉は、
位置的には、裏路地に繋がるはずなのである。

 しかし、実際に扉の向こうにあるものは階段だった。

 扉から数メートルほど地面が延び、
そこから先は上へ向かう階段となっていた。

 といってもそう長いものではなく、視線を上げれば扉がすぐそこに見えていたが。

 陣九朗たちは今入ってきた扉を閉め、階段を上り扉を開ける。

 赤い絨毯の敷かれた通路。
 高級ホテルの廊下とも思わせる、その通路を陣九朗たちは進んでいく。

 しばらく進むと、通路の両側にいくつもある扉、そのうちのひとつが開いた。

「――あ、お帰りなさいませ」

 はじめひょっこりと顔だけ覗かせたチキだったが、
陣九朗たちの姿を認め、扉から姿を現した。

「ただいま、チキ。今日の晩飯は――」

「わ〜い、カレーだ〜♪」

「しかも、シーフードカレーや♪」

 部屋の中から聞こえる、
今まで後ろにいたはずの二人の声に陣九朗とチキは顔を見合わせ笑った。

「なるほど、やっぱりカレーか」

「ええ、実は――」

「や、大体わかる。また来てるんだろ?」

 断片的な陣九朗の言葉に、チキは困ったような笑顔で頷いた。
 ほんの軽く、ため息のようなものを吐いて陣九朗は部屋へと入った。

「おかえりー」

「先にいただいてるわよ」

「……にゃんか具が少ないにゃりん」

「おめーイカ喰えないだろ。その分少ねーンだよ」

「き、今日もその、御邪魔してます」

 食堂の大テーブルに横一列に並び、
カレーをぱくついている魔界でも上位貴族のデュラル家の面々。

 ――訂正、『元』上位貴族、か。

 詳しい話は聞いてないが、なんかいろいろあったらしい。

「ルミラさん……生活苦しいってのは聞いてますから、
あんまりいう気も無かったんですが」

 陣九朗はルミラの対面の席に座った。

「仮にも上位貴族のデュラル家が、
一週間連続で飯たかりに来るってのはどうなんですか?」

 そう言ってジト眼でルミラのほうを見た。

「だぁってぇ〜〜」

「だってじゃありませんッ! かわいらしくポーズとってもダメです」

 スプーンを立てて持ち、
かしかしと先っぽを咥えるルミラに、陣九朗はため息をつく。

「あれ、かわいいん?」

「陣ちゃん的にはかわいいんだよ〜、きっと」

 横から聞こえる声は、とりあえず無視しつつ、陣九朗は言葉を続けた。

「なんかもー、最近すっかり落ちぶれちゃって、
以前の威厳とか、そーいうのはどこいったんですか」

「そんなの、食べてく上じゃ役に立たないわよ?」

「食べていけてないじゃないですか。
昨日一昨日にいたっては朝昼晩の3食うちに食べに来てたでしょう?」

「あの、今日もです」

「今日もかいっ!!」

 控えめながらのチキの発言に思わず振り返りつつツッコミを入れる。

「ああ、元々はこの屋敷どころか、地図にも載らぬ小さな島とはいえ、
この島丸ごとデュラル家の所有物だったというのに……今や借金のかたに差し押さえ」

「差し押さえた本人がなに言ってやがんだか」

 カレーをかっ込む様にして食べていたイビルが小さく毒づく。
 陣九朗はギギギッと顔をそちらに向け、

「イビル? お前には銀細工の料金請求も残ってるんだが――」

「ごっそさん!!」

 言うが早いか、イビルは空になった皿に、
スプーンを放るようにして入れると部屋から出て行ってしまった。

「でも、珍しいわね? 陣九朗がこんな事言うなんて」

 カレーを食べ終え、ナプキンで、
口を拭うメイフィアに、陣九朗はため息混じりで答えた。

「メイフィアさん……、
いや、別に迷惑だから言ってるわけじゃないんですけどね」

「うん、それはわかる。
だから何でいまさら言うのかがよくわかんないんだけど」

「……デュラル家で、こういうことを率先して言う人を最近見かけてないもんで」

 メイフィアは数瞬その言葉を反芻し、

「ああ、フランソワーズね?」

「最近……というより、けっこう長い間、姿を見てない気がするんですが」

「あの子は、今、個人的な用事で、リーフ島の方にいるわ」

「個人的な用事? フランソワーズがですか?」

 フランソワーズは、
デュラル家に仕えるオートマタ……自動人形である。

 人形とはいえ、感情も、それに心もある。

 だが、陣九朗が知る限り、
彼女の行動の基準はデュラル家だったはずである。

 つまり「個人的な用事」で、何日も、
デュラル家を離れるようなことは考えにくいことだったのだが……、

「陣九朗、女は男で変わるものよ」

 メイフィアが、なぜだか嬉しそうに笑いながらそう言った。

「でも、そうね、さすがに借金してる上に、
御飯までご馳走になって何もなし、じゃあマズイですよね、ルミラ様」

「そうねぇ……あ、それじゃ、日頃の感謝の意味も込めて、体でお返ししよっか?」

 席に座ったままのルミラの姿が、
ふっと揺れ、次の瞬間には陣九朗の横に転移していた。

 そのまま、陣九朗にしな垂れかかり耳元に唇を寄せる。

「ね? 今晩ゆっくりベッドの上で――」


 カィンッ!!


 なかなかいい音を立てた後頭部をさすりつつ、ルミラは振り返る。

「むーーー!!」

「ルミラさん?」

 そこには手にお盆を持って思いっきり威嚇状態のこまめと、
にこやかな笑顔を浮かべたチキが立っていた。

 ちなみに、チキの手は背後に回されている。

 位置的に、それが見えるアレイとたまは――

「やーこのかれーおいしいですねー(棒読み)」

「まったくにゃりんおかわりするにゃー(棒読み)」

 ――見ない……見えないことにしたらしい。

「や、やーねー、建設的意見を述べただけじゃない」

「却下します」

 笑顔を欠片も崩さずに、
そう言うチキを前に、ルミラの額に汗が光る。

「(ごしごし)まぁ、落ち着け。ルミラさんも、そういう冗談はやめてください」

「陣九朗君さえよければ私は全然――」「ルーミーラーさーん?」「はいすいません!」

 なぜだか真っ赤になったナプキンを、ゴミ箱に放り投げつつ、
メイド服姿の少女に謝り倒す、魔界貴族の当主に眼をやる陣九朗。

 その顔には「なんだかなー」という感情がありありと浮かんでいた。

「結局、食を制するものが全てを制するんだよね〜。チキちゃんつよーい」

「そういうものでしょうか? ルミラ様、情けなさ過ぎます」

 食後の林檎を、シャリシャリと、
かじりつつ、一連の流れを見てたリーナが笑い……、

 その対面で、同じく流れを見ていたアレイが、
林檎の皮を剥きながら「るー」っと涙を流していた。(TT)





<おわり>


あとがき

 ――と、ひとまずここまで。

 これで一話完結にするつもりですが、
何か設定上おかしいところがあればご指摘ください。

 とりあえず――

・デュラル家はやっぱり衰退してて、借金を陣九朗が肩代わりしてる。
・デュラル家と津岡家はけっこう付き合いが長い。
・陣九朗たちはどこかの島に住んでおり、
 転送扉(日常編でねーちゃんの店にある扉みたいなもの)で各所と繋がっている。
・ねーちゃんの店も存在する。
・デュラル家も普段はどこかの町にいる。
・誠と陣九朗は来店以来、まだ会っていない。
・陣九朗たちはフランが誠のところにいることを知らない。
・まだアレイは陣九朗に惚れてない。

 と、だいたい、こんな設定になっております。
 おいおい、消化していくつもりではありますが。


<コメント>

誠 「――先生?」(;_;)
ルミラ 「な、何かしら、誠君?」(^_^;
誠 「なんて、情けない……、
   こんな人(?)が、自分の先生かと思うと……」(T_T)
ルミラ 「そ、それは……、
     誠君が、授業料を払ってくれないから――」(−−;
誠 「払いましたよ、しかも、先払い!
   あれだけ、散々、俺の血を吸っといて、何を言いますか!」( ̄□ ̄メ
ルミラ 「うっ、それは……その……」(・_・;
誠 「ウチで働いてるフランだって、
   ちゃんと、そっちに仕送りしてる筈ですよ?」(−−?
ルミラ 「だって、だって……、
     メイフィアは大雑把だし、イビルは、すぐに騒ぎ起こすし……」(T_T)
誠 「弟子の前で、泣かないでくださいよ……、
   メシくらいなら、ウチに来てくれれば、何とかしますから……」(−−ゞ
ルミラ 「先生が、教え子の世話になるわけにはいかないでしょう?」(−o−)
誠 「そんな事なてずよ……ほら」(−o−)

凛(魔術の師匠) 「おはよー、士郎……牛乳」( ̄〜 ̄)
セイバー(剣の師匠) 「シロウ、朝食は、まだですか?」(−o−)
士郎(その弟子) 「はいはい、ちょっと待ってろよ」(^▽^)

誠 「――ねっ?」(・_・?
ルミラ 「…………」(−−;

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