第二次ガディム大戦より十数年前――

 魔物がその勢力を潜め――
 人々が平和に暮らしている時代――





 この物語は――

 そんな平和な時代の、小さな物語――






Leaf Quest 外伝

『天使様のお使い』







 天界――

 そこは、世界を支える二柱の女神と……、
 そんな女神の補佐をする天使達が住まう世界……、

 その天界で、とある事件が起こった。

 なんと、二柱の女神である、
『水瀬 秋子』と『神岸 ひかり』が、子供を産んだのだ。

 子供を産み、母となる……、
 それは、女神としての資格を失う事となる。

 何故なら、女神は、世界を等しく愛さなければならないから……、

 子を産む、という事は……、
 その愛の全てが、我が子に奉げられる、という事なのだ。

 女神の世代交代――

 その準備と、女神が不在の間、
世界の平穏を維持する為、天使達は、忙しく動き回る。

 そんな天使達の中に――
 天使の第一位である熾天使セラフィ――

 ――『サフィ=スィーニー』の姿もあった。

 普段は、定時に仕事を済ませ……、
 もしくは、部下に任せて、サボッたりもして……、

 かつての恋人、カウジーの姿を見守っていたサフィ。

 そんな彼女も、今の状況では、
さすがに、仕事をサボるわけにもいかず……、

 溜め込んでいた仕事の山に、サフィは悲鳴を上げていた。

 と、そんな彼女の元に――
 女神が、直々に、とある仕事を持ってきた。

 その内容は、いわゆる、お使い……、

 羽根細工で構築された、仮の肉体に入り、
リーフ島の迷いの森の最奥にいる、水の精霊王の所に行き……、

 そして、彼女から、『あるもの』を受け取り、
それを、指示された場所へ、安全かつ無事に届けて欲しい、とのこと。

 僅かな時とはいえ、地上に行けると聞き、サフィは、二つ返事で承諾する。

 早速、女神の塔を経由して、聖都マザータウンに降り立った。

 そこから、連絡船に乗り、HtHの城下街へ――

 久しぶりに買い食いなんかして、
寄り道しつつ、サフィは、迷いの森へと向かう。

 だが……、
 ここで、大きな誤算が生じた。

 基本的に、ぐーたら気質……、
 かつての旅でも、道行はカウジーに任せきり……、

 そんな彼女の面目躍如と言うべきか……、
 
 熾天使であるにも関わらず……、
 サフィは、迷いの森で、思い切り迷った。

 それでも、何とか、彼女は、水の精霊王が住む泉へと辿り着いた。

 ようやく、やって来たサフィに、
水の精霊王は、まだ生まれて間も無い赤子を託す。

 ――この子には、人として生きて欲しい。

 その想いに、サフィは深く共感し、優しく赤子を抱き上げた。

 水の精霊王に、帰り道を教えてもらい、
赤子に子守唄を歌いながら、今度は真っ直ぐに森を抜けたサフィ。

 だが、彼女はそこで、自らの異変に気付く。

 羽根細工で作られたその体は、次第に、ほころびを見せ始めていたのだ。

 天使の力からなるその体の組織は、
コーヒーに入れたミルクのように、世界へと融けていく。

 もちろん、充分な期間は持つように出来ていたのだが……、

 どうやら、サフィが森で迷う、
というイージーミスまでは、さすがの女神も予想できなかったようだ。

 ――サフィは焦った。

 肉体を失えば、赤子を送り届けることは出来ない。
 それどころか、魔物がうろつく危険な場所で、置き去りになってしまう。

 彼女は昔、大切な人を護るために、天使の力を解放して、身体を捨てた。
 今度は、天使の力を最大限に展開して、身体を維持する。

 歩いていては間に合わない――

 こうなれば、背に腹は変えられない、と、サフィは、翼を広げた。

 そして……、
 空へと舞い上がる……、

 赤く、長い髪を風になびかせながら……、
 腕には小さな温もりを抱いて……、

 ……六枚三対の翼を広げ、熾天使は大空を駆ける。

 向かうのは、トゥ・ハートの城下街。
 そこに、水の精霊王が指示した赤子の里親がいる。

 視界の隅にアノルの村を確認しつつ、サフィは必死で飛ぶ。

 だが、あと少しという所で、突然、背中の翼が五枚消えた。

 必死の肉体維持と全力飛行は、
サフィ自身に大きな負担を科していたのだった。

 残された片翼で、必死にバランスを保ちながら、彼女は飛び続ける。

 ――否。
 それは、墜落に近い滑空。

 しかし、地面に激突する直前、羽根を1枚構築し、草原への不時着に成功した。

 だが、無理をした反動か、
その直後、羽根は全て消え、彼女は膝を着く。

 街は、もう目と鼻の先。
 なのに、サフィはそこに行くことが出来ない。

 徐々に、サフィの体が、足元から、ゆっくりと透け、消えていく。

 そんな……、
 もう、ダメなの……?

 私、どうしたら良いの?
 お願い……助けて、カウジー!!

 自分の腕の中で眠る、小さな命……、
 それを守れない事に、サフィは涙する。

 ……その雫が、赤子の頬に落ちた。

 すると、赤子は目を覚まし、
泣いているサフィに、その紅葉のような小さな手を伸ばす。

 それは、まるで……、
 泣かないで、と、サフィを励ましているかのよう……、

 サフィの瞳に、強い意志が戻る。
 涙を拭い、赤子に、もう大丈夫と、微笑みを向ける。

 ――そう。
 諦める訳にはいかない。

 今、この子を救えるのは、自分しかいないのだから……、

 サフィは、不意に、水の精霊王から聞いた説明を思い出す。

 赤子の里親のこと――
 里親の家は、街の入り口に近いこと――

 身体の維持に回していた力を、
たった1つの魔法を発動させるために、彼女はイメージを膨らませる。

 ……そして、サフィは唄う。

 この子が、無事に辿り着きますように……、
 この子が、幸せになれますように……、

 奇跡を起こす天使が、土壇場で頼ったのは、想いがその力を増幅させる、魔法の力。

 そして……、
 かつての恋人が教えてくれた言葉……、


 歌には力がある――
 歌を唄う人は、幸せを運ぶ――

 ――歌の力を信じよう。


 やはり……、
 彼女は、どこまでも人であった。

 急速に崩れゆく身体。
 足が、指が、手が、純白の羽根となって舞う。

 魔法は得意ではなかったが、足りない技術は、質で優位な天使の力で代用する。

 そして――



「あかねちゃん……人として、幸せになってね」



 転送魔法シュイン、発動――










 それ以来――
 サフィは、彼女には会っていない。

 急速に、勢力を取り戻した魔物達のせいで、
夢の回廊の水鏡は使えなくなり、地上を見る事が出来なくなってしまったのだ。

 かろうじて繋がるのは、信仰都市フォンティーユのみ。

 ――リーフ島には、遂に繋がらなかった。

 第二次ガディム大戦の勃発――
 フォンティーユに、遂に辿り着いた永遠の楽士――

 堕天使ルーシアの復活を阻止するため――
 ネオベランニードの野望を阻止するため――

 天界では、慌ただしい日々が続いていた。

 その立場上、無理矢理にでも、彼女は働かざるをえなくなり……、

     ・
     ・
     ・










 そして――
 彼女との出会いから十数年後――

 楽士が曲を弾き終え、歌姫の声が余韻を残す、賑やかな酒場の一角。

 姿を見せないように、かつてのパートナー達を、
優しく見守っていた彼女は、思いがけない人物と再開する。

 少し背が低い――
 まるで澄み切った空の色の髪の――



「あの、まーくん……あかねちゃんが、別の世界に……」

「お〜い、あかね〜?」



 少年の声に呼ばれ、その少女は、そちらを振り向く。

 しかし、名残惜しそうに、
もう一度だけ、サフィの方へと振り返った。

 どこか懐かしい……、
 見覚えのある……、

 ……赤い髪の天使を。

 そんな少女に、サフィは笑って手を振る。

 あかねは、自分が抱く気持ちが、
何故なのか分からないまま、ニッコリと笑みを返すのだった。










 それは……、
 大きな物語の中に埋もれてしまった、小さな物語の1つ。

 赤い髪の、のんびりやな天使と――
 水の精霊王の娘の――

 ――小さな小さな物語。





<おわり>

原案:ヒクソン・マサージー
加筆・修正:STEVEN


<コメント>

秋子 「ご苦労様でした、サフィさん」(^_^)
サフィ 「はあ〜、危なかった〜……、
     でも、あの子を、無事に届けられて良かったわ」(^_^;
秋子 「そうですね〜……、
     まさか、サフィさんが、迷いの森で迷子なるなんて……、
     これは、私のミスですね……、
     そのくらいの事は、予想しておくべきでした」(−−;
サフィ 「そ、そんな事……、
     迷子になったのは、私がドジなだけで……」(^_^;
秋子 「……でも、途中で寄り道しましたよね?」(−o−)
サフィ 「――へっ?」( ̄▽ ̄?
秋子 「良く考えれば……、
    寄り道していなければ、何の問題も無かったんですよね?」( ̄ー ̄)
サフィ 「あ、あははははは……」( ̄▽ ̄;
秋子 「お仕置き、ですね♪」(^_^メ
サフィ 「いや〜っ! ジャムは嫌ぁぁぁぁーーーっ!!」(T△T)

<戻る>