この物語は――

 誠が、世界を漫遊しており――
 リーフ島を留守にしていた頃に起こった――





 恋する少女達の――

 壮絶な闘いを描いた物語である。






Leaf Quest 外伝
〜乙女達の修羅場〜

『汚れなき者達』







「――ユニコーン?」

「…………」(コクッ)





 ある日のこと――

 TH城の厩舎に、
傷を負った一頭の仔馬が運び込まれた。

 運んだのは、冒険者の浩之と……、

 TH城の近衛騎士団長……、
 すなわち、私こと『来栖川 綾香』である。

 遺跡探索の依頼を終え、その帰り道の途中で、
魔物に襲われていたところを、私達が、救い出して来たのだ。

 ――えっ?

 何故、立場の違う、
私と浩之が、一緒に行動していたのか?

 あ、そっか……、

 まずは、そのへんから、
ちゃんと説明していかないと、分からないわよね。

 ――浩之には『藤井 誠』という相棒がいる。

 その誠が、現在、修行の為に、
世界漫遊の旅に出ており、浩之の相棒の座は、空席になっているのだ。

 で、その代役を買って出たのが、私……と言うか、私達。

 姉さんとか、葵とか、セリオとか……、

 ようするに、神岸さんとマルチを除く、
いつものメンバーが、交代で、浩之の相棒代行を務めているのである。

 っと、こんな言い方をすると、誤解されるかもしれないが……、

 浩之は、決して、
腕の悪い冒険者なんかじゃない。

 その剣の腕は、リーフ島随一と言っても過言ではなく……、

 おそらく、私達の助けなど無くても、
大抵の依頼は、一人で解決してしまえるだろう。

 だが、しかし……、
 例え、剣の腕が一流でも……、

 冒険の最中には、単独では、どうにもならない場合もあるわけで……、

 特に、浩之は、面倒臭がり屋で、
冒険前の準備が、大雑把なところがある。

 今回の依頼だって、もし、私が、
毒消し草を持っていなかったら、どうなっていた事か……、

 それを考えると、誠は、本当に良い相棒なのだろう。

 常に、万全の準備を怠らず、
浩之には出来ない事を、上手く補っていた。

 以前、クルスガワの街で起こった、
『吸血鬼騒動』以降は、魔術も扱えるようになっていたし……、

 とまあ、そういうわけで……、

 誠が不在の間は、私達が、
持ち回りで、浩之の相棒代行をしているのだ。

 一人で冒険なんかさせて、何かあったら一大事だし……、

 それに、何と言うか……、
 ちょっとだけ、下心もあったりするし……、

 ほら、冒険の間は、浩之と二人きりになれるじゃない?

 だったら、事と次第によっては、
浩之と、イイ雰囲気になれたりするかな〜、なんて……、


 ……。

 …………。

 ………………。


 閑話休題――

 で、話は、件の仔馬に戻るのだが……、

 どうやら、この子……、
 そこいらにいる、普通の馬ではないらしい。

 その名を『ユニコーン』――

 その手の事に詳しい、姉さん曰く、
浄化の力を持つ最高レベルの幻想種なのだそうだ。

 ……いわゆる、聖獣ってやつね。

 確かに、言われて見れば、
この子は、他の馬とは、美しさが段違いだ。

 綺麗な純白の毛並み――
 強靭かつ繊細で理想的な肢体――

 そして、何より――

 小さいながらも、螺旋を描く、
立派な角が、仔馬の額に、しっかりと生えていた。

 しかし、その見事な姿も、今は、痛々しい限り……、

 魔物に負わされた傷は、
無残にも、血の赤で染まっている。

「……だ、大丈夫なんですか?」

 ユニコーンの話を聞きつけ、
厩舎に集り、不安げに、仔馬を見つめる、いつものメンバー。

 そんな中で、仔馬の血を拭きながら、
雛山さんが、治癒魔術を唱える姉さんに訊ねる。

「…………」(コク)

 そんな彼女に、姉さんは、
ハッキリと頷き、自信ありげに、Vサインまでして見せた。

 それを見て、厩舎に居合わせた一同は、ホッと胸を撫で下ろす。

 さすがは、姉さん……、
 攻撃や儀式魔術だけじゃなく、治癒魔術も一流である。

 それとも、浄化力を持つだけあって、ユニコーン自身の生命力の強さなのかも……、

「良かったですね……」

 心底嬉しそうに、姫川さんが、仔馬の鼻頭を撫でる。

 心優しく、動物好きな彼女のことだ。
 仔馬のことが心配で仕方なかったに違いない。

 なにせ、この子の惨状を見た瞬間、
姫川さんは、すぐさま、城中の薬草を掻き集めて来たくらいだし……、

「どのくらいで治りそうネ?」

「このペースなら……、
あと小一時間ほどで、完治すると思われます」

 姉さんに治癒を施され……、

 体中にあった仔馬の傷が、
見る見るうちに、塞がり、元の美しい姿を取り戻していく。

 その光景に、安堵と感歎の溜息を吐きつつ、今度は、レミィが訊ねた。

 それに対して、何故か、仔馬から、
少し距離をとった位置に佇むセリオが、診断結果を下す。

 なるほど……、
 セリオが、そう言うなら、間違いなさそうね。

 一応、大事を取って、今夜は安静にさせておいて、
明日になったら、安全な森まで送って上げる事にしますか。

「くすっ……幸せそうな顔してます」

「そうやなぁ……」

 干草の上に横たわり、姉さんの治療を受けながら……、

 すっかり綺麗になった体を、
私達に撫でられ、仔馬は、気持ち良さそうに瞳を閉じている。

 そんな仔馬の様子に、
葵と保科さんが、微笑ましく、目を細めていた。

 と、そこへ――



「お待たせ〜」

「セリオ〜、こんなモンで良いか〜」



 料理長の神岸さんを伴い――

 大量の飼葉を抱えた、
浩之が、厩舎へとやって来た。

 そして、二人が、厩舎の中へと、足を踏み入れた途端……、

「……っ!!」

 傍目からでも、仔馬の全身が強張ったのが分かった。

 さらに、浩之が近付くと、
あからさまに、嫌悪の眼差しを向ける。



「…………」



 いくら、事情を知っているとはいえ……、

 助けた相手に、そんな目で、
見られては、流石に面白いわけも無く……、

「……ちっ」

 軽い舌打ちと共に、浩之は、仔馬の前に、やや乱暴に飼葉を置くと……、

 不機嫌そうな足取りで、
仔馬から離れ、ドカッと、その場に腰を下ろした。

「もう、浩之ったら……、
相手は、ユニコーンなんだし、仕方ないでしょ?」

「まあ、藤田君の気持ちはわかるけどね」

 そんな浩之の態度に、苦笑する私達。

 一応、仔馬を弁護させてもらうけど……、

 浩之に対する、仔馬の態度……、
 これは、もう、仕方の無いことなのだ。

 仔馬は、決して、浩之に対して、恩を感じていないわけではない。

 ただ、病的なまでに、男性を受け入れられない、
ユニコーンの体質であるが故に、どうしても、浩之の接近を拒んでしまうのだ。

「浩之ちゃん……怒っちゃダメだよ」

「分かってるよ、そんなこと……」

 むくれる浩之を、やんわりと諌める神岸さん。

 そして、自分もまた……、
 警戒する仔馬へと歩み寄り……、



「もう、すっかり良くなったみたい――」

「…………」



 仔馬の頭を撫でようと、神岸さんが手を伸ばす。

 だが、仔馬は、そんな彼女の、
手を避けるように、プイッと、そっぽを向いてしまった。

「あ……」

 仔馬の反応に、神岸さんは、ちょっと寂しげに微笑む。

 そして、やり場を失った手を引くと、
トボトボと、浩之の隣へと戻って行った。

 その光景を見て、複雑な笑みを浮かべる、他一同……、

 仔馬が、神岸さんを忌避する理由……、
 これまた、ユニコーンである以上、仕方の無いことだ。

 何故なら、ユニコーンは……、

 『汚れ無き乙女』以外、
その身に触れる事を許さない存在なのだから……、

 もちろん、言うまでも無いが……、

 私達は、神岸さんが、
汚れた女性だなんて、これっぽっちも思っていない。

 ただ、ユニコーンにとって、
その『汚れ』の定義ってやつの中には……、

 まあ、何と言うか……、

 ほんのちょ〜っぴり、
微妙な意味合いのモノも含まれているわけで……、





「ううっ、浩之ちゃ〜ん……、
私も、ユニコーンちゃんのこと、心配なのに〜……」

「……すまん」

「どうして、浩之ちゃんが謝るの?」

「いや、まあ……、
一応、責任は、俺にあるわけだし……」(ポリポリ)

「あう……」(ポッ☆)

     ・
     ・
     ・





「何でかしら……」

「すっごく、面白くないネ」

「まったくやな……」

「ホントは……、
喜ぶべきなんだろうけど……、」

「…………」(コクコク)

「あかりさんが、羨ましいです」

「ううっ……私も、藤田さんに汚されたい」

「琴音ちゃん……、
それは、さりげなく問題発言だよ」

     ・
     ・
     ・





 何故かしら……、

 私達は、ユニコーンによって、
汚れ無き乙女だと、証明されているはずなのに……、










 どうして……、

 こんなにも……、
 敗北感を覚えるのだろう?










「はわわわ〜っ!!
遅くなって、申し訳ありませ〜ん!!」

 複雑な表情を浮かべ、
浩之は、嘆く神岸さんを慰める。

 そんな二人の姿を、それ以上に複雑な心境で眺める私達……、

 と、その静寂を破るように、
厩舎に、マルチが駆け込んで来た。

 どうやら、仔馬の為の飲み水を運んで来たらしい。

 その両腕には、大きな水桶が抱えられて……、

 ……って、ちょっと待った。

 マルチっては、非力なクセに、
そんな重い物を抱えて走ったりしたら……、



「はわっ!? はわわわわわ〜〜〜〜っ!!」

「きゃっ!? マルチちゃん!!」



 あ〜あ……、
 やっぱり、こうなったか……、

 目の前の惨状に、私は、思わず、手で顔を覆う。

 案の定、マルチは、
足を引っ掛け、盛大に、水をぶちまけてしまった。

 しかも、よりにもよって、
その水は、仔馬に命中し、全身をズブ濡れに……、

「あうう〜……、
すみません、ユニコーンさん……」

 自分のミスに、責任を感じているのだろう。

 マルチは、その体を拭こうと、
タオルを持って、仔馬へと駆け寄った。

 そして――
 次の瞬間――





 ――私達は、信じられない光景を目の当たりにする。










「……っ!!」

「――はい?」










 それを見て、私は……、

 いや、この場にいた誰もが、
その光景を前に、自分の目を疑ったはずだ。

 何故なら――
 マルチが近寄った途端――

 ――仔馬は、逃げる様に、その場を飛び退いたのだ。

 もう一度、確認するが……、
 ユニコーンに触れる事が出来るのは、汚れ無き乙女だけである。

 そして、まだ子供とはいえ、
そのユニコーンである仔馬は、マルチを忌避した。

 それが何を意味するのか……、

 言うまでも無いだろうが、
マルチが汚れてなどいるわけがない。

 ――断言できる。

 もし、マルチが汚れていると言うのなら、
この世の全てが、汚れきっている、と言っても過言では無いはずだ。

 故に、マルチが汚れているなんて可能性は、絶対的に皆無……、

 しかし、ユニコーンが、
マルチを避けた、というのも、また事実……、

 となれば……、
 考えられる理由は、ただ一つ……、





「なあ、藤田君……、
これは、一体、どういうことや?」(にっこり)

「…………」(大汗)





 満面の笑みを浮かべ……、

 燃え盛る炎を背負った、
保科さんが、ハリセン片手に、浩之に迫る。

 ……いや、彼女だけではない。

 私も含め、この場にいる全員が、
手に手に得物を持って、浩之に詰め寄っていた。

「お、おい、お前ら……、
何か、果てしなく誤解してないか……?」

 私達が、何を考えたのか、分かったのだろう……、

 引きつった笑みを浮かべつつ、
浩之は、必死の表情で、弁解を試みる。

 でも、そんなモノには、聞く耳を持たないし、持つつもりもない。

 私達は、後ずさる浩之を、
ジリジリと、壁際まで追い込んでいく。

 そして……、





「浩之……覚悟は良いかしら?」

「――滅殺です」

「本気で……いきます」

「しっかりと、歯ぁ、食いしばっとりや」

「ズルイよ、浩之ちゃん……、
私に内緒で、マルチちゃんと……」

「フフフ、狩りの時間ダヨ……」

     ・
     ・
     ・










「誤解だ、無実だ、
冤罪だぁぁぁぁーーーーっ!!」











 こうして――
 性欲魔人、藤田浩之は――

 私達の手によって、見事、成敗されたのであった。










「あの、芹香様……」

「…………?」

「確か、ユニコーンは鉄を嫌う、
という習性もあったと、記憶しています」

「…………」(コク)

「マルチさんは、私と同様、自動人形……、
ならば、当然、その体には、鉄も使用されています」

「…………」(コクコク)

「あの仔馬は……、
それに、拒絶反応を示したのでは?」

「…………」(ふるふる)

「内緒、ですか……?
なるほど、鈍感な浩之さんへのお仕置き、ですね?」

「…………」(コクコク)

「承知しました……、
そういう事でしたら、もうしばらく、黙っていましょう」

「…………」(にっこり)










 めでたし、めでたし……よね?






<おわり>
<戻る>


あとがき

 某へっぽこ魔術師曰く――

 ユニコーンは……、
 『存在そのものが下品』とのこと。(笑)

 そんな発言から生まれたお話です。

 当初は、このユニコーンを、
『ななこ』にしようかと思っていたのですが……、

 そうなると、あの司教さんが、第七聖典使えるのはおかしいですからね〜。

 ま〜、そういうわけで、
ななことユニコーンは、似てるけど、ちょっと違う、という事で……、(^^;