カノン王国――

 アクアプラス大陸の最北に位置する、極寒の国である。

 北は外海、南は内海……、
 さらに、東西は、険しい雪山に囲まれており……、

 その為、カノン王国は、年中、雪が絶えない厳しい環境の中にある。

 特に、西に聳える『霊峰カノン』は、その象徴として名高い。

 氷の精霊王の神殿がある為か、
常に吹雪が吹き荒れ、山は、その純白の色を失う事が無いのだ。

 さらに、カノン王国には、
国を象徴する存在が、もう一つある。

 ――その名を『エアー騎士団』。

 過酷な環境の中で育った……、
 アクアプラス大陸最強の精鋭部隊だ。

 聞くところによると、
この騎士団の団員は、皆、獣を使役しており……、

 ……その獣との連携によって、敵を打ち倒すそうな。

 となると……、
 俺も、騎士になれたりするのかな?

 ほら、俺って、何故か、やたらと猫に好かれる体質だし……、

 まあ、猫なんぞと、
タッグ組んでも、戦力になるのはどうかは疑問だが……、

 それはともかく――

 傭兵都市ナカザキを西へと向かい、
雪山を越えて、俺は、この国へとやって来た。

 拠点となる宿を決め……、
 バイトや、冒険の依頼をこなして、路銀を稼ぐ。

 そんな日々を過ごす中……、

 今日もまた、魔物退治の依頼を済ませた俺は、
暖かくなった懐に、ほくほく頬を緩めながら、街へと歩いていた。

 と、その途中――

「――っ!?」

 何者かの悲鳴を聞きつけ、
俺は、すぐさま、悲鳴が聞こえた方へと駆ける。

 そして……、
 そこで見たのは……、





「うわ〜ん! 助けて〜!!」

「――翼猫ウイングキャット?」





 世にも珍しい……、

 翼猫が、魔物に襲われている姿であった。






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『雪の王国カノン』







「ボクはね、ミレイユだよ♪」

「……藤井 誠だ」



 魔物は、魔法剣で、アッサリと倒し……、

 俺は、助け出した翼猫……、
 『ミレイユ』と一緒に、カノンの城下街へと戻って来た。

 本当なら、助けた時点で、別れて来るべきだったのだろうが……、

 一体、どういうつもりなのか……、
 彼女は、一緒に行く、と言い出し……、

 特に追い払う理由も無かったので、俺は、同行を許す事にした。

 ちなみに、翼猫のミレイユが、
人語を喋る事に関しては、、今更、驚くような事ではない。

 なにせ、喋る翼猫なんて、
珍しい生物が、天然の存在であるわけがないのだ。

 大方、何処ぞの魔術師が使い捨てた、はぐれ使い魔なのだろう。

 もしかしたら……、

 コイツは、助けられたのを理由に、
俺を、新たな主人にするつもりなのかもしれないな。

「まあ、それはそれで、構わないんだけど……」

「ほえ? 何が?」

「いや、何でも無い……、
ってか、それより、いい加減、そこから降りろ」

「むむ〜、乗り心地良いのに〜」

「まったく……」

 とまあ、そんな会話をしつつ……、

 頭の上に、ミレイユを乗せた俺は、
道行く人々に、奇異の視線を向けられながら、街を歩く。

 そして、商店街へと足を踏み入れ――



「うわ〜☆ うわ〜☆ うわ〜☆」



 その途端――

 いきなり、ミレイユが騒ぎ出した。

 瞳をキラキラと輝かせ……、
 周囲を、パタパタと、飛び回り始める。

「こらこらっ! 目立つような真似をするな!」

 放っておくと、そのまま、
何処かに行ってしまいそうな雰囲気だったので……、

 ……俺は、慌てて、手を伸ばし、ミレイユの尻尾を捕まえた。

 そのまま、引き寄せ、
逃げられないように、彼女を抱きかかえる。

「え〜、なんで〜?
こんなに、珍しい物が、いっぱいあるのに〜」

「いいから、ちょっと大人しくしろって」

 有無を言わせず、
俺は、ミレイユを抱く腕に力を込めた。

 さすがに、苦しかったのだろう……、
 ミレイユは、すぐに、暴れるのを止め、落ち着いてくれた。

「マコト……ちょっと痛い」

「ああ、ゴメン……大丈夫か?」

 呻き声を上げるミレイユに、俺は、慌てて、腕の力を緩める。

 すると、彼女は、軽く俺の胸に、
頬を摺り寄せてから、再び、俺の頭の上に身を置いた。

 そして……、
 肉球で、俺の額を、ぽむぽむと叩きながら……、

「ねえねえ、街を案内してよ〜」

「はいはい……」

 予想していた通りのお願いに、
やれやれと、溜息を付きつつ、俺は頷く。

 依頼を終えたばかりで、特にする事も無いし……、
 この好奇心旺盛な翼猫のお願いに付き合うのも一興、と思ったのだ。

 それに、良く考えたら、俺は、まだ、一度も、この街を散策していない。

 ならば、一人で歩くよりも……、
 相方がいる方が、少しはマシというものだ。

「それで、何処から行くんだ?」

「あのお店がいいっ!
レアな匂いが、プンプンするよ〜♪」

「どんな匂いだ、それは……」

 はしゃぐミレイユに苦笑を浮かべ、俺は、彼女が示した店へと向かう。

 う〜む……、
 こういうのも、デートと云うのだろうか?

 と、そんな事を考えつつ……、

 俺とミレイユの……、
 カノンの城下街観光ツアーが始まった。










「――なあ、腹減らないか?」

「ん〜、ちょっと減ったかも……」


 散策を始めて、二時間――

 ミレイユの求めるまま、
様々な店を見て回った俺は、ふと、空腹感を覚えた。

 と、そこへ……、
 絶妙のタイミングで、たい焼きの屋台を発見……、

 その食欲をそそる香りに誘われ、
俺とミレイユは、フラフラと、たい焼き屋へと向かい……、

 ……気が付けば、道の端のベンチに座り、たい焼きを頬張っていた。

「もぐもぐ……」

「ぱくぱく……」

 俺の隣に陣取り、器用に、
前足だけで、たい焼きを持ち、幸せそうに、それを食べるミレイユ。

 だが、やはり、丸ごと一つは、猫には大き過ぎるようで……、

 あ〜あ〜……、
 口の周りが、餡子でベトベトに……、

 雪の様に、綺麗な白い毛並みが、
餡子で染まっていくのは、さすがに放ってはおけない。

「ほら、ジッとしろ……」

「ん〜♪」

 俺は、ズボンのポケットから、
ハンカチを取り出すと、ミレイユの口の周りを拭いてやる。

 気持ち良さそうに、目を細め、ミレイユは、俺にされるがまま……、

 そんな彼女の様子に、
今日、何度目かの苦笑を浮かべ……、

 俺は、ふと、疑問に思った事を、ミレイユに訊ねた。

「お前、街に来るのは初めてなのか?」

「――うん、そうだよ♪
人間の街って、レアな物が一杯で、楽しいね♪」

「何処に住んでるんだ?」

「――あの山〜」

 手についた餡子を舐めつつ……、
 ミレイユが指し示した方を見て、俺は、言葉を失う。

 なにせ、彼女が示したのは、大陸最高峰の雪山――

 カノン王国の西に聳える……、
 氷の精霊王が眠る霊峰『カノン』だったのだ。

 ――視線を、ミレイユに戻す。

 一瞬、冗談かと思ったが……、
 彼女の目を見る限り、本当の事のようだ。

 あんな聖地に住んでるなんて……、

 コイツ……、
 ただの翼猫じゃないのか……?

 まあ、翼猫ってだけで、充分に普通じゃないのだが……、

「ボクね、まだ子供だから……、
本当は、山から出て来ちゃいけないの」

 そんな俺の疑問を余所に、ミレイユは、話を続ける。

 その話によると、どうやら、ミレイユは、
何やら掟のようなモノを破って、山を降り、街へと出て来てしまったらしい。

 まあ、詳しい事情はともかく、彼女の気持ちも分からないこともない。

 好奇心旺盛な年頃……、
 しかも、ミレイユは、それが人一倍強いようだ。

 そんな彼女が、いくら掟とはいえ、
山に閉じ篭っていられるわけがないだろう。

「な、なるほど……」

 ミレイユの話を聞きながら……、
 俺は、いつしか、彼女について詮索するのを止めていた。

 黙って、街に出てきたのは、誉められる事ではないが……、

 せっかく、こうして、遊びに出て来れたのだ。
 この街にいる間くらいは、掟の事など忘れて、楽しませてあげたい。

 それに……、
 幸運と偶然が重なって……、

 こうして、俺達は、出会う事が出来たのだから……、

「……よしっ」

 ある事を思い付き、俺は、
残りのたい焼きを口に放り込むと、席を立った。

「あれ? 何処行くの?」

 突然、立ち上がった俺を見上げ、ミレイユは首を傾げる。

 そんな彼女の頭を軽く撫で、
俺は、紙袋の中から、最後の一個を、ミレイユに与えた。

「すぐに戻るから……、
それ食いながら、ここで待ってろ」

「は〜い……♪」

 再び、たい焼きを食べ始めたミレイユを残し、俺は、とある店へと向かう。

 そこは、装飾屋――

 商店街を見て回り……、
 ミレイユが、一番、気に入っていた店だ。

「……これで良いかな?」

 その店の商品を手に取り、会計を済ませる。

 ――特に、深い意味があるわけじゃない。

 ただ、この偶然の出会い……、
 それを記念して、彼女に、何か、形のあるモノを残してあげたった。

「さてと、急いで戻ろう……」

 ミレイユへのプレゼントを買い、
俺は、先程の場所へと、小走りで戻る。

 きっと、首を長くして待っている事だろう……、

 そんな彼女に、これを見せたら、
一体、どんな反応を見せてくれるのだろうか……、

 喜ぶミレイユの姿を想像し、頬を緩ませつつ、俺は走る。

 そして――
 元の場所に戻ってくると――

「……あれ?」

 ――そこに、ミレイユの姿は無かった。

 何処に行ったのだろう、と首を傾げ、
俺は、取り敢えず、キョロキョロと、周囲を見回してみる。

 と、そこへ――



「うわ〜んっ、マコト〜っ!!」

「ミレイユ……!?」



 彼女の悲鳴が、耳に飛び込んできた。

 慌てて、そちらを見ると、
まるで、逃げるように走り去っていく、髪の長い女性の後ろ姿……、

 そして……、
 その女性の腕には、泣き叫ぶミレイユが……、

「――ま、待ちやがれっ!!」

 俺は、自分の迂闊さに舌打ちをし、逃げる女性を追った。

 両足に魔力をブチ込み、
走る速度を増幅させて、商店街を疾走する。

 だが、女性の足は、想像以上に速く、追い付く事が出来ない。

 いや、それどころか……、
 徐々に、徐々に、お互いの差は、開いていく一方……、

 その事実が、さらに、俺を苛立たせる。

 しまった……、
 思い切り油断していた……、

 走りながら、俺は、自分の失態を呪う。

 先にも述べたが、翼猫は、とても珍しい生物なのだ。
 しかも、人語を喋るとなれば、その希少性は、一気に撥ね上がる。

 そんな彼女を、街中で一匹にすれば、どうなるか……、

 例えば、珍獣マニアや、魔術師とか……、
 そういう輩に攫われる可能性だって、充分に考えられたのに……、

「くっ……ミレイユ!!」

 気が付けば、追跡劇の場所は、
商店街を抜け、住宅街へと移動していた。

 建ち並ぶ家々の間を、俺は、ミレイユ達を追って、駆け続ける。

 途中、積もった雪や、凍った地面に、
何度か足を取られつつも、俺は、走る速度を緩めない。

「ちっ……撒くつもりか!」

 突然、ミレイユを抱えた女性が、角を曲がった。

 視界から、相手の姿が消え、
俺は、それを見失うまいと、ありったけの魔力を両足に込める。

 そして――
 走る勢いのまま、角を曲がり――



「――ぶっ!!」

「どわっ……!?」

「うっひゃあっ!?」



 途端――

 俺は、目の前に現れた、
何者かに、思い切り衝突してしまった。

「いててて……、
あのな、あゆ……お前、いい加減に――」

「――祐一さん?」

 唐突に、ぶつかってきた俺を、誰かと勘違いしたのか……、

 尻餅をついた祐一さんは、
強かに打った腰を擦りつつ、俺を睨みつけてくる。

 と、そこで、ようやく、ぶつかった相手が、俺である事に気付いたようだ。

 倒れた祐一さんを助け起こそうと、俺は、手を差し出す。

 そんな俺を見て……、
 祐一さんは、一瞬、目を見開くと……、

「……なんだ、誠じゃないか」

「久しぶりです、祐一さん」

 俺の手を取る祐一さんを、引っ張り起こす。

 そのまま、ガッチリと握手を交わし、
俺と祐一さんは、思わぬ再会を、心から喜んだ。

 『相沢 祐一』――

 カノン王国の王女である、
『倉田 佐祐理』を守護する、近衛騎士団員の一人――

 ――そして、『運命を拓く奇跡の剣』カノンブレードの担い手でもある。

 まるで、接点の無い、俺と祐一さん……、

 そんな俺達が、知り合った経緯は、
俺が、カノン王国を目指して、傭兵都市ナカザキを旅立った頃まで遡る。

 海と山に囲まれたカノン王国……、
 この国に入国するルートは四つしか存在しない。

 東西の雪山にある関所を越える、登山ルート――
 連絡船を利用し、内海、もしくは、外海を渡る、航海ルート――

 当然の事だが、後者の方が、安全性は高い。

 だが、連絡船のチケットを入手出来なかった俺は、
仕方なく、ナカザキの西に聳える雪山を超えるルートを選んだのだ。

 で、その途中――
 お約束のように、遭難しかけ――

 ――そこを、運良く、祐一さんに助けられた、というわけだ。

 その祐一さんと、まさか、
こんなカタチで、再会を果たす事になるとは……、

「……何してるんです、こんな所で?」

「それは、こっちのセリフなんだが……、
俺は、迷子になった、この人の娘さんを探してるんだよ」

「にゃははははは☆ ども〜、ミストラルで〜す♪

 近衛騎士である祐一さんが、街中にいるなんて珍しい……、

 そう思い、訊ねる俺に、祐一さんは、
傍らに立つ魔術師風の女性を紹介してくれた。

 白を基調とした、ブカブカの服――
 持ち主の身長程もある、派手な装飾が施された杖――

 だが、それ以上に特徴的なのは――

 頭の上で二股に分かれ、
大きなウサギの垂れ耳のように、地面まで伸びた帽子だ。

 ピンクの髪と、あどけない笑顔……、

 ミストラルと名乗った、可愛らしい魔術師は、
シュタッと手を上げて、元気良く、俺に挨拶をする。

 その無駄に高いテンションに、既知感を覚え……、

「ど、とも……藤井 誠です」

 すぐに、その感覚の正体に、
気付いた俺は、挨拶を返しつつも、内心で、頭を抱えた。

 ああ、分かる――
 一目見ただけで、ハッキリと分かるぞ――

 ――この人は、母さんと同じタイプだ。

「それで、マコト君はどったの?
な〜んか、急いでるみたいだったけど〜?」

「……ああっ!?」

 厄介な人と関わってしまった……、
 そんな事を考え、ゲンナリする俺に、ミストラルさんが首を傾げる。

 と、その言葉に、俺は、ミレイユの事を思い出した。

 慌てて、誘拐犯が逃げて行った方を見たが、その姿があるわけもなく……、

「しまった……逃げられた」

 ガクッと膝を付き、俺は肩を落とす。
 そんな俺の様子を見て、今度は、祐一さんが眉を顰めた。

「……何か、あったのか?」

「猫が……攫われたんだ?」

「――はあ?」

 俺の言葉に、間の抜けた声を上げる祐一さん。

 話しても無駄とは思ったが……、
 犯人に心当たりがあるかも、と一縷の望みを賭けて、事情を説明する。

 すると……、
 祐一さんから、予想外の言葉が……、

「その誘拐犯って……、
濃い青紫色の長い髪の女だったりするか?」

「……確か、そんな感じだったかな」

「じゃあ、もしかして……、
犯人は、華音学園の制服を着てたりしたか?」

「う〜ん……」

 祐一さんの質問に、俺は、腕を組んで考える。

 華音学園――
 それは、王立の騎士養成学校――

 その学園の制服なら、何度も、見た事がある。

 なにせ、街を歩けば、
色んな所で、学園の生徒達を見かけるし……、

 それに、その……、
 はるかさん達や、由綺姉達に、無理矢理、着せられた事もあるし……、

 自慢にもならんが、
そのテの服なら、一通り着た経験はあるぞ。

 はっはっはっはっ……、(泣)

 まあ、それはともかく――

「言われてみれば……、
あれは、華音学園の制服だったな」

「あ〜……なるほどな」

 俺の話を聞き、祐一さんは、
納得顔で頷くと、片手で顔を覆い、天を仰ぐ。

 そして……、

「まったく、あのバカは……」

「……犯人を、知ってるんですか?」

「知ってるも何も……、
許せ、誠……それ、俺の身内だ」

     ・
     ・
     ・










 というわけで――

 俺は、祐一さんの従兄妹……、
 『水瀬 名雪』さんを訪ねて、水瀬家へとやって来た。

 祐一さん曰く、ミレイユを攫ったのは、彼女に間違い無いそうな……、

 ちなみに、案内してくれた祐一さんと、
何故か、ミストラルさんも一緒に来ていたりする。

 彼女は、迷子の娘を探していた筈なのだが……、

 その事を指摘すると、
もう見つかった、と言って、俺達に着いて来てしまったのだ。

「ただいま戻りました〜」

「お邪魔しま〜す」

「お帰りなさい、祐一さん……あら、お客様ですか?」

 祐一さんに促され、
俺とミストラルさんは、水瀬家へと上がる。

 そんな俺達を出迎えてくれたのは、彼の叔母である『水瀬 秋子』さん――

 とても、十七歳の娘がいるとは思えない、
若々しくも美しく、それでいて、あたたかい笑みを絶やさない――

 二柱の女神と同じ名前だけど……、
 その名に相応しい、本当に女神のような女性だ。

「詳しい話は後で……、
秋子さん、名雪は、帰って来てますか?」

「え、ええ……ただ、ちょっと困ってまして……」

「……知ってます」

 深々と溜息をつきながら、
祐一さんは、ちょっと重い足取りで、リビングへと向かう。

 俺とミストラルさんも、その後に続き……、

 その光景を見て……、
 俺達は、思わず、目が点になってしまった。



「ねこー、ねこー、ねこー♪」

「きゅ〜……」



 涙を流しながら、翼猫を抱く名雪さん――

 そして、そんな彼女の腕の中で、
グッタリと力尽き、白目を剥いているミレイユ――

 猫好きなのに、猫アレルギーという難儀な体質……、

 そんな名雪さんの事情は、
前もって聞いていたから、すぐに状況は理解出来たが……、

 まさか、ここまでとは……、

「おら、名雪……、
いい加減、そいつを放してやれ」

「やだぉ〜! この猫さんは、わたしの〜!」

 唖然とする俺達を余所に、祐一さんは、
ツカツカと、名雪さんに歩み寄り、ミレイユを引き離そうとする。

 だが、ミレイユを放さず、抵抗を試みる名雪さん。

 そんな彼女に、業を煮やしたのか、
祐一さんは、すぐさま、実力行使に出た。

 具体的に言うと……、


 ――ぽかっ!


「あう……っ!」

 祐一さん拳が、名雪さんの脳天に落ちる。

 もちろん、手加減はしているのだろうが……、
 割とイイ感じの音がして、名雪さんは、思わず、叩かれた頭を手で押さえた。

 その隙に、祐一さんは、
名雪さんから、ミレイユを奪い取り、俺に渡す。

「これで良し……悪かったな、誠」

「う〜、祐一……極悪だよ」

「――やかましいわっ!
まさか、身内から犯罪者が出るとは思わなかったぞ!」

「う〜……」

 瞳に涙を浮かべて、
名雪さんは、祐一さんを、上目遣いで睨む。

 そんな彼女を前に、眉間のシワを揉み解しながら、お説教をする祐一さん。

 なんとなく……、
 じゃれ合ってるように見えなくもないが……、

 まあ、それはともかく――

「おい……ミレイユ?」

 名雪さんの事は、祐一さんに任せ、
俺は、未だ、グッタリとしているミレイユに呼び掛ける。

「にゃ〜……」

 ペチペチと頬を叩くと、ミレイユは、ゆっくりと目を開けた。

 そして、虚ろな眼差しで、俺を見上げると……、

「良かった〜……マコトだ〜」

「ゴメンな、ミレイユ……、
ちゃんと、俺が一緒にいれば、こんな事にはならなかった」

「死ぬかと思ったよ〜……」

 安心したのだろう……、
 ミレイユは、再び、目を閉じると、そのまま、俺に寄り掛かってきた。

 そんなミレイユの背中を、俺は優しく撫でてやる。

 と、そこへ――
 唐突に、ミストラルさんが、顔を覗かせ―ー



「自業自得でしょ、ミレイユ?」

「――っ! ママ!?」

「「なんですとっ!?」」



 ミストラルさんを見て、驚くミレイユ……、

 だが、俺と祐一さんは、
彼女以上に、その発言に驚愕していた。

 確かに――
 今、ミレイユは言った――

 ミストラルさんの事を『ママ』と――

 それは、つまり……、
 彼女達は、親娘だという事に……、

「……マジか?」

「いや、俺に訊かれても……」

 予想外の展開に、俺と祐一さんは、顔を見合わせる。

 そんな俺達に構わず、ミストラルさんは、
ヒョィッと、俺の腕からミレイユを奪うと、親娘の会話を始めた。

「まったくもう、心配させて……、
急にいなくなるから、慌てて探しに来たんだから……」

「……ゴメンなさい」

「でも、これで分かったでしょう?
子供が街に出たりしたら、大変な目に遭う、って事が……」

「う〜、でもでも……、
黄金竜の子は、人間と一緒に暮らしてる、って……」

「――あの子は特別なの!
なにせ、主がドラゴンマスターなんだから!」

「あううう……」

 まるで、俺の母さんのように……、

 先程までの、能天気な雰囲気から一変、
ミストラルは、すっかり、母親な態度で、ミレイユを叱りつける。

 そんな二人を、唖然と眺める、その他一同――

 いや、ただ、一人だけ……、
 秋子さんだけが、ペースを崩さず、のんびりとお茶の用意なんぞしていた。

 そして、全員分のお茶と茶請けが整ったところで――

「ゴメンねぇ〜……、
この子が、色々と面倒起こしちゃって……」

「いえいえ、こちらこそ……、
名雪が、迷惑を掛けてしまって……」

「ううん、気にしないで……、
貴方の娘に抱いて貰えるなんて、とても光栄な事だもの」

 事態が掴めず――
 混乱している俺達を、置き去りにしたまま――

 ――主婦同士、改めて挨拶を交わし始める。

 その、あまりに日常的なやり取りに、思わず、
状況を忘れて、和んでしまいそうになるが、そういうわけにもいかない。

「あの……ちょっと訊いて良いですか?」

「うん? 何かにゃ?」

 呆けていた俺は、我に返ると、
秋子さんが用意した羊羹を食べるミストラルさんに訪ねる。

 立ち入った事を訊く事になるのかもしれないが……、

 さすがに、ここまで関わった以上、
疑問のままで済ませるのは、寝覚めが悪過ぎるからな。

「ミストラルさんと、ミレイユが親娘って……どういう事なんです?」

 片や、翼猫のミレイユ――
 片や、人間のミストラルさん――

 明らかに、種族が違う……、
 そんな二人が、親娘だなんて、いくらなんでも……、

 唯一、考えられるケースとしては、二人が獣人という可能性だが……、



「――ボク達はね、白竜ホワイトドラゴンなの」

「ちなみに、今の私は、人間に変化しているのだ〜♪」

「「「なっ……!?」」」

「あらあら……」



 どうやら……、
 俺の予想は、甘過ぎたらしい。

 想像を遥かに超えた、親娘の言葉に、一同は唖然とする。

 まあ、相変わらず、
秋子さんだけは、マイペースに、茶を啜っているが……、

「ホワイト……ドラゴン?」

「そうだよ〜、えっへん♪」

 羊羹を食べるのを止め、テーブルの上で、偉そうに胸を張るミレイユ。

 だが、そんな彼女の姿を、
俺の思考回路は、全く認識していなかった。

 考える事は、ただ一つ……、

 直面してしまった……、
 とても信じられない現実……、

 白竜……白竜だと?

 この翼猫が……、
 霊峰カノンに住む、あの白竜だって言うのかっ!?

 ――ってゆ〜か、俺は今まで、白竜と一緒に、街を歩き回っていたのかっ?!

「ねえ、マコト……ビックリした?」

 固まっている俺を見上げ、ミレイユが首を傾げる。

 その表情は、得意げで……、
 でも、何処か不安な眼差し……、

「あ、ああ……ちょっとだけな」

 俺は、軽く頭を振って、畏怖の念を捨て去る。
 そして、ミレイユを抱き上げると、頭の上に乗せてやった。

 先程までの、俺達のように……、

「えっへへ〜♪」

 すると、ミレイユは、嬉しそうに、俺の髪の匂いを嗅ぐ。

 ――そう。
 これで良いんだよな。

 白竜だろうと、何だろうと、ミレイユはミレイユ……、

 旅の途中で出会った――
 ちょっと変わった翼猫の友達――

 ――俺達の間には、それだけで充分だ。

「良い友達が出来たね、ミレイユ……」

「――うん♪」

 俺の頭の上で、ゴロゴロと喉を鳴らすミレイユ。
 それを見て、ミストラルさんは、優しく微笑み、娘を撫でる。

 そして――



「それじゃあ……、
ミレイユ、そろそろ、帰ろっか」

「……うん」



 ――別れの時間は、唐突にやって来た。

 母の言葉に、娘は素直に頷くと、
翼をはためかせ、俺の頭の上から、再び、母の腕の中へと戻る。

 あまりに、アッサリとした別れ……、

 思わず、俺は、ミレイユを、
こちらに呼び戻そうと、手を伸ばしかける。

 だが、すぐに思い止まると、伸ばそうとした手を握り締めた。

「もう、お帰りですか?
せっかくですから、晩ご飯くらい……」

「そういう訳にもいかないんだよね〜……、
私達にも、色々と役目ってモノがあるから……」

「そうですか……」

 俺の想いを代弁してくれたのだろう……、
 秋子さんが、ミストラルさんを引き止めるが、彼女は、それをやんわりと断る。

 そして、娘を抱いたまま……、
 ミストラルさんは、リビングから庭へと出た。

「ミレイユ……っ!」

 俺もまた、庭に飛び出すと、彼女達に歩み寄り……、

 先程、装飾屋で買った鈴飾り……、
 それを、ミレイユの首に、そっと着けてやる。

「マコト……これは……?」

「まあ、記念みたいなモンだ……遠慮せずに、持っていけ」

 訊ねるミレイユに、
俺は、努めて、平静を装いながら、彼女の頭を撫でた。

 このまま、別れるのは寂しいけど……、

 また、いつでも会えるから――
 二度と会えないわけじゃないから――

 ――最後まで、笑って、彼女を見送りたかった。

「……またな、ミレイユ!」

「うん! またね、マコト!」

 ――ミストラルさんが、杖を振り上げる。

 途端、彼女の杖の先端から、
まるで、雪のように白く、強烈な光が放たれた。

 その、あまりの眩しさに、俺達は目を閉じる。

「奇跡の担い手と、世界を繋ぐ者よ――
貴方達に、夕暮れ竜の加護のあらんことを――」

 その言葉に、一体、どんな想いが込められているのか……、

 眩い光の中、彼女の言葉が、
まるで、俺達を、祝福するかのように、優しく包み込む。

 そして、光が収まり……、
 俺達が、ゆっくりと目を開けると……、



「う……お……」

「すごいぉ〜……」

「本当に……白竜だったんだな」



 天に舞い上がる白の象徴――

 体を覆う、柔らかな毛を、風に靡かせ……、
 優雅に翼を広げた、美しい竜の姿が、俺達の目の前にあった。

 あれこそが、ミストラルさんの、本当の姿なのだろう。

 まるで、挨拶をするかのように、
俺達の頭上を、何度か旋回すると、霊峰カノンへと飛び去っていく。

 そして、小さな竜もまた、それを追って、飛んでいく。

 ほんの微かな……、
 鈴の音だけを、俺達の残して……、


「――行っちまったな」

「はい……」



 白竜の親子が、空の彼方へ消えて行く。

 俺達は、しばらくの間、
その神秘的な光景を、呆然と見送っていたが……、

 最初に、我に返った祐一さんが、ポンッと、俺の肩を叩いた。

「……お前は、これから、どうするんだ?」

「そうですね……」

 どういう意図があったのかは知らないが……、

 訊ねる祐一さんに、
俺は、軽く肩を竦めて見せる。

 そして……、



「そろそろ……帰ろうかと思います」



 別に、故郷が恋しくなったわけじゃない。

 ただ、何となく……、
 ミレイユ達を見ていたら、無性に、家族の顔が見たくなった。

 そうだな――
 大陸の街も、ほとんど回った事だし――

 ――そろそろ、故郷に帰るのも悪くない。

 上手い具合に、この国からなら、
外海を渡る船に乗って、北上すれば、すぐにリーフ島だ。

 もちろん、船のチケットが手に入るまでは、ここに滞在する事になるのだが……、

 ああ、でも……、
 帰る前に、出来る事なら、トゥスクルにも寄りたいな。

 ユズハちゃんや、クーヤちゃん達に、また、土産話を聞かせてあげたい。

 少し遠回りになるけど……、
 宿に戻ったら、その方針で旅路を考えて見るか……、

 いや、この際、いっそのこと、さくら達を連れて、トゥスクルまで行くのも悪くないな……、

「みんな、元気にしてるかな……?」

 と、既に帰郷する気満々で、
俺は、頭の中に地図を浮かべながら、今後の予定を考える。

 そんな俺の様子に、苦笑を浮かべる祐一さん。

 そして……、
 何やら、思い出したように手を叩くと……、



「故郷に帰るのは良いんだが……、
その前に、ちょっと、俺の頼みを聞いてくれないか?」

「……良いけど、何です?」

「いや〜、実はな……、
ウチの王女陛下が、お前に会いたいんだと」

「――はあ?」

「昨日、お前の事を話したら、
佐祐理さんも、舞も、興味を持っちまったみたいでさ」

「やれやれ……、
最後の最後まで、波瀾続きか……」

「退屈な人生よりはマシだろ?」

「そりゃまあ、そうだけど……適度な平穏も欲しいです」

「贅沢な奴だな……、
人生、守りに入ったら、負けだぞ」

「引き分けくらいで良いよ、俺は……」

     ・
     ・
     ・



 突然、舞い込んできた――

 カノン王国王女――
 『倉田 佐祐理』陛下への謁見の機会――

 祐一さんから、それを聞かされ、俺は、ゲンナリと溜息をついた。

 とても光栄ではあるのだが……、
 こうも色々な事が続くと、さすがに、疲れる。

 まったく……、
 俺は、もう帰りたいのに、次から次へと……、



「……いつ、城に行くんです?」

「そうだな……明日にでも行くか」

「王女陛下に会うんだし……、
一応、最低限の礼儀作法は覚えないと……」

「ふっ、任せろ……俺が、しっかりと教えてやる」

「祐一じゃ、ダメだぉ〜」

「なんだとっ! 失礼な奴だな!
俺は、近衛騎士だぞ! この腕章が、目に入らぬかっ!」

「く〜……」

「寝るなぁぁぁぁーーーっ!!」

     ・
     ・
     ・



 当人そっちのけで……、

 妙に楽しそうに、
掛け合い漫才を始める、祐一さんと名雪さん。

 そして、そんな二人を、微笑ましく眺める秋子さん。

「はあ〜、やれやれ……」

 その様子に、再び、溜息をつくと……、

 俺は、もう一度、
白竜の親娘が飛び去った方を眺める。

 なあ、ミレイユ……、

 どうやら、俺の旅は、
まだまだ、終わりそうにないみたいだ。

 この調子だと、お前とも、すぐに再会出来るかもしれないな。

 どうせ、お前の事だから……、

 退屈に堪えられずに、
また、山を抜け出して、街に下りてくるだろうし……、

 だったら、その時は……、



「あう〜、ただいま〜!」

「ねこ〜! 猫さんだぉ〜!」

「あ、あう〜! ぴ、ぴろ〜〜〜〜っ!」

「だあああーーーっ!
落ち着け、名雪ぃぃぃぃ〜〜〜〜っ!!」

「あらあら……」

     ・
     ・
     ・





 取り敢えず……、

 名雪さんにだけは、気を付けような。(汗)










 ……。

 …………。

 ………………。










 それから、十数日後――

 俺は、旅の最中で得た、
たくさんの思い出を胸に抱えて、故郷へと帰る。

 家族との再会――
 俺を出迎えてくれた友人達――


 そして、恋人との逢瀬――


 波瀾に満ちた旅を終え――

 時折、世界中にいる、
友人達の事を思い出しながら、俺は、平穏な日々を送る。

 相棒である浩之との仕事も再開し……、

 その帰り道で……、
 俺と浩之は、出会ってしまった。

 この平和な世界を――
 闇で覆わんとする黒き存在に――

     ・
     ・
     ・










 そして――

 俺達の、世界の命運を賭けた闘いが始まる。





<おわり>
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あとがき

 おわった〜〜〜〜!
 ようやく、漫遊記が終わりました!

 読者に、LQの世界観を理解して頂く、というコンセプトで始めた、このシリーズ……、

 毎回、別の街へと舞台を変え、
物語を展開していったわけですが、少しでも、世界観を分かって貰えたでしょうか?

 これを機会に、今後は、投稿が増えると嬉しいな〜、と思っています。(笑)

 ちなみに、今回、出てきた、
ドラゴンの設定ですが、言うまでも無く、.hackメンバーです。

 この世界にいるドラゴンは、大別すると八種類……、
 火、氷、風、地、水、雷、光、闇の八つの属性と同じだけいます。

 ミストラル以外、誰を、
どの属性竜にするかは、まだ、決め手いませんが、そのへんは、また、いずれ……、