傭兵都市ナカザキ――

 そこは、大陸北部の荒野の中にある都市。

 その名が示す通り、傭兵が集う街として有名で、
また、大陸一、治安の悪い街としても有名だったりする。

 なにせ、街にいるのは、金で雇われる荒くれ者ばかり……、

 それ故に、街の至る所で、
騒ぎが起こるのは、もう日常茶飯事なわけで……、

 しかも、噂によると、この街の近辺では、
割と頻繁に、飛翔するドラゴンの姿が見られるらしい。

 その理由は、諸説様々――

 中でも、一番バカバカしいのは、
伝説のドラゴンマスターが街に住んでいる、とか……、

 まあ、ドラゴンが出るとはいえ、
特に被害も出ていないから、ほとんど名物と化しているそうだが……、

 と、それはともかく――

 そんな、噂が飛び交い……、
 かなり危険な匂いのする街に、俺はやって来ていた。

 本当は、こんな物騒な街に来るつもりはなかったのだが……、

 旅の途中で耳にした、とある噂……、
 『その人物』の名を聞いてしまった以上、無視するわけにはいかない。

「……ここか」

 砂と誇りの混ざった風――
 拭き抜ける西風にマントを靡かせ――

 ――俺は、一件の酒場の前に立つ。

 立て付けの悪いドアを押し開け、
店内に入れば、そこは、無法者の集う場所だ。

 雑然と並べられたテーブル――
 息をするだけで喉を焼くアルコールの匂い――

 そして、店内を騒がす、ガラの悪そうな屈強の男達―ー

 そんな空間に現れた、
場違いな少年剣士の姿に、店内の男達の視線が、一気に集る。

 ここは、ガキの来る場所じゅない――
 サッサと、お家に帰って、ママのおっぱいでもしゃぶってな――

 下卑た笑みを浮かべた男達が、口々に、独創性の無い野次を飛ばしてくる。

 それを一切無視して、俺は、店内を見渡し……、
 店の奥に、目指す人物を見つけると、無言のまま、そのテーブルに歩み寄る。

 一人は、赤毛の女剣士――
 もう一人は、青い髪の女盗賊――

 どうやら、食事中だったようだ……、

 彼女達は、フォークを持つ手を止め、
突然、歩み寄ってきた俺を、呆然と見上げている。

 そんな彼女達――
 いや、女剣士を睨みつけ――

 俺は、ゆっくりと剣を抜き、彼女に突き付けると――





「俺と勝負しろ……ティリア=フレイ」

「――はあ?」






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『傭兵都市ナカザキ』







 街外れの荒野――

 岩山に囲まれた大地の上で、
剣を手にした俺とティリアさんが対峙する。

 噂を聞きつけたのだろう……、

 周囲には、俺達の闘いを、
見物しようと、野次馬達の姿が、ちらほらと見て取れた。

 そんな奴等を一瞥し、俺は、軽く溜息をつく。

 荒くれ者達の街だから、
決闘なんて、珍しいモノでもないだろう、と思っていたのだが……、

 どうやら……、
 割と、暇な連中が多いらしい。

「こんな事なら、あんな派手な真似をするんじゃなかったな」

 と、そんな愚痴をこぼしつつ……、

 俺は、ロングソードだけを残し、
それ以外の武器や道具を、脱いだマントで包む。

 ――これは、決闘なのだ。

 攻撃魔術なら、ともかく……、
 魔道具を使って闘うのは、フェアじゃない。

 俺が得意とする戦闘スタイルを放棄する事になるが、それは仕方ないだろう。

「……準備は良い?」

「はい……」

 対峙する俺達の間に、立会人である女保安官が立つ。

 俺は、彼女の言葉に頷くと、
マントで纏めた荷物を、全て預けた。

 『七瀬 留美』――

 保安官でありながら、
事実上、この街のボスというべき人物である。

 なにせ、無法地帯である、この街において、
女子供が、安全に暮らしていられるのは、全て彼女がいるおがけなのだ。

 もちろん、その実力を以って……、
 悪事を働いたアウトロー達に制裁を加える事で、である。

 そんな武闘派な彼女は、
街の人々からは、姐さんと呼ばれ、慕われている。

 もっとも、本人は、あくまで、自分は乙女だと主張しているが……、

 まあ、それはともかく――

「……ねえ、ホントにやるの?」

 どうやら……、
 ティリアさんは、未だに乗り気じゃないようだ。

 俺と同様に、留美さんに、
荷物を預けつつ、やる気無さげに、訊ねてくる。

 もちろん、俺から申し込んだ以上、今更、止めるつもりはない。

 俺は、無言で、首を横に振ると、
一歩下がって距離を取り、剣を構えてみせた。

「私には、あなたに恨まれるような心当たりは無いんだけど?」

 剣を抜いた俺を前にしても、
まだ、ティリアさんは、闘う気を見せない。

 それどころか、物凄く腹の立つ事を言ってくれやがった。

「あんたに無くても、俺にはあるんですよ」

 なので、仕方なく……、
 俺は、決闘を申し込んだ理由を教えることにする。

 ……と言っても、詳しく説明する必要は無い。

 本人だって、自覚はあるのだから……、

 その説明は……、
 たった一言だけで済む……、



「……エリア・ノース」(ぼそ)

「あう……っ!」



 ティリアさんを見据えたまま、呟く。

 それを耳にした途端、
彼女の顔から、一気に血の気が引いた。

「あうあうあう……」

 余程、驚いたのか……、
 ちょっと間抜けな顔で、口をパクパクさせるティリアさん。

 そんな彼女を代弁するかのように、
それまで、楽しげに、成り行きを見守っていた女盗賊の『サラ=フリート』さんが進み出た。

「お前……もしかして、藤井 誠か?」

「――そうです」


 ……。

 …………。

 ………………。


「ぶははははははははっ!!」

 俺の名を知り、全てを理解したようだ。
 サラさんは、馬鹿笑いしながら、ティリアさんの背中をバンバンと叩く。

「なるほど、なるほど!
そいつは、決闘するには、充分な理由だな!」

「そ、そうね……」(笑)

 サラさんの言葉に、ティリアさんが引き攣った笑みを浮かべる。

 ようやく、分かってくれたようだ。

 俺が、ティリアさんと、
闘わなければならない理由を……、

 ――そう。
 その理由は、エリアにある。

 以前、ハクオロさんとリーフ島に帰り……、

 久しぶりに、エリアと再会した俺は、
留守中にあった出来事を、彼女から聞いたのだ。

 アノルの村に、ティリアさんが現れたこと――

 石になってしまった恋人――
 『デューク=ボルト』を救う為、彼女は、世界中を旅しており――

 その為に――
 エリアは、ティリアさんに――

 その件については、
もう、エリアは、ティリアさん事を許している。

 なにせ、理由が理由だ……、
 ティリアさんだって、必死だったのだろうし……、

 だが、しかし……、
 エリアの合意も無しに襲った、というのは許せん。

 そして、それ以上に……、

 エリアの恋人でありながら、
そんな彼女の傍にいてやれなかった自分が許せない。

 ……だから、これはケジメなのだ。

 勝ち負けなんかは、どうでも良い……、

 ティリアさんと闘うことで、
自分が背負った業に、しっかりと決着をつけたいのだ。

 もちろん、エリアは、こんな事を望みはしないだろう。

 でも、こればっかりは、どうしようも無い。

 何故なら……、
 男ってのは、そういうモノだから……、

 ってゆ〜か、もう、そういう理屈抜きで……、

 取り敢えず、一発くらい、ブン殴らないと気が済まん。

 そりゃまあ、何度も機会はあったにも関わらず、
サッサとエリアに手を出さなかった俺にも、責任の一端はあるのだろうけど……、

 ぬう〜……、
 こんな事さえなければ……、

 エリアの慎ましい胸や……、
 滑らかな肌に、最初に触れるのは、俺になる筈だったのに……、

 あっ、ヤバイ……、
 なんか、本気で殺意湧いてきた……、(怒)

「……手加減なんて、しないでくださいよ」

「そんなこと分かってるわ……、
というか、そんな凄い殺気向けられたら、手加減なんてしてる余裕無いし……」

 ようやく、やる気になってくれたようだ。

 ティリアさんは、背中にある、
立派な装飾が施された剣を抜き、油断無く構える。

「…………」

 その剣の美しさ……、
 そして、存在感に、一瞬、見惚れた。

 あれが『魔を滅する神王の剣』フィルスソードか――

 先日、本物の宝具ってヤツを見たばかりだから、良く分かる。

 間違い無く……、
 あれは、宝具レベルの武器だ……、

 ――あんなシロモノを相手に、まともにやり合えるのだろうか?

 と、ティリアさんが持つ剣を、
不安と羨望を込めた眼差しで見つめていると……、

「おいおい、ティリア……、
手加減無用とはいえ、それを使うのは大人気無いだろ?」

「……それもそうね」

 サラさんの指摘に頷き、ティリアさんは、フィルスソードを地面に刺した。

 そして、サラさんが、
野次馬の誰かから借りて来たのだろう……、

 ティリアさんは、俺が持つのと同じ、ロングソードを、改めて構えて見せる。

 それが、始まりの合図――

 立会人の留美さんが……、
 声高らかに、決闘を始める宣言をする。

「一応、言っておくけど……、
あたしが見てる以上、人死には許さないわよ。
お互い、死なない程度に、納得いくまで、全力で闘いなさい」

 ――ちなみに、勝負が着いたと思ったら、問答無用で止めるから。

 最後に、そう付け加え、
留美さんは、腰にある二丁の魔銃を軽く叩いて見せる。

 そして、ポケットから、コインを一枚取り出し、指で弾き上げた。

 回転しながら……、
 コインが、宙に舞い上がる。

 対峙する俺達の、ぶつかり合う視線を遮るように……、

 そして――
 ゆっくりと、コインは落下し――

 地面へと――



「――起動セットアップ!」



 落ちた瞬間――

 俺は、抜き打ちで、
無属性の攻撃魔術を発動させた。

 1工程シングルアクションの攻撃魔術――

 俺の実力では、その威力は、
目晦まし程度にしかならないだろう。

 しかし、無属性魔術は不可視――

 それ故に……、
 隙を作るくらいなら出来るはず……、

 未来予知に近い直感スキルを持つセイバーさんならともかく……、

 この攻撃を――
 そう易々と、かわせる奴なんて――



「嘘だろ……っ!?」



 ――目の前にいやがった。

 見えないはずの魔術……、
 この気配だけで、攻撃の軌跡を読んだというのか……、

 神速の踏み込みと同時に、体を回転させ、俺の魔術をかわすと……、

 目前に迫ってきた、ティリアさんは、
その勢いのまま、振り向きざまに、剣を振るってきた。

 でも、そんな大振りの攻撃なら、俺でも避けられる。

 俺は、一歩後退して、
空振りさせると、一気に斬り込んだ。

 狙うは、剣を振り抜き、ガラ空きになった胴――

「素直なのは、性格だけにしておきなさい」

「……ちっ」

 ――剣と剣がぶつかり、火花が散る。

 信じられない事に、ティリアさんは、
あの体勢から、剣を戻し、俺の斬撃を防いでみせた。

 いや、違う――
 さっきの大振りは、全力じゃなくて――

 ――余力を残した上で、俺の攻撃を誘った!?

「う……わっ!」

 俺の攻撃を受け止めたティリアさん。
 すぐさま、円を描くように剣を振るい、互いの剣を滑らせてきた。

 まるで、流れるような動きに、
俺の剣と、剣を持つ両腕と、体全体が、横へと流される。

 そして、無防備となった腹部に……、

「――グッ!」

 ティリアさんの膝が、容赦無くメリ込んだ。

 その衝撃に、俺は、
思わず、体をくの字に曲げる。

 そんな俺へ、ティリアさんは、さらなる追撃……、

 俺の意識を刈ろうと、
延髄に向かって、剣の柄を振り下ろ――

「まだだ……っ!」

「きゃっ!?」

 ――それよりも、一瞬だけ早く、俺は、魔術を放っていた。

 相手ではなく……、
 自分自身に向かって……、

「む、無茶なことするわね〜」

 ティリアさんから、間合いを離し……、
 腹部を手で抑えて、俺は、何度も咳き込む。

 そんな俺を見て、ティリアさんは、目を白黒させていた。

 確かに、今のは、かなり無茶な真似である。

 何せ、自分に魔術を放ち、
その爆発を推進力にして、強引に、回避不能の攻撃から離脱したのだから……、

 もちろん、それによるダメージはある。
 だが、あのまま気絶してしまうよりは、遥かにマシだ。

 今の攻防で判った事……、

 俺のティリアさんとでは、実力の差は歴然だ。

 ならば、勝てないまでも、
せめて一太刀は、彼女に浴びせてやりたい。

 その為には、アッサリと負けてしまうわけには……、

「次は、こっちからいくわよ!」

「――っ!!」

 俺に休む暇を与えず、
ティリアさんが、凄い勢いで斬り込んできた。

 慌てて、剣を構える俺に、強烈な斬撃が、連続で繰り出される。

 一撃、二撃、三撃、四撃――

 それら全てを、俺は、
かろうじて、剣で受け、さばき、かわす。

 旅立つ前の俺だったら、最初の一撃で終わっていただろう。

 だが、俺だって、短期間とはいえ、
セイバーさんに、稽古をつけて貰ったのだ。

 相手の呼吸を読め――
 殺気と剣気を肌で感じ取れ――
 目線から攻撃箇所を予測しろ――

 あの時、セイバーさんから教わった事を思い出しつつ、俺は、攻撃を防ぎ続ける。

 しかし、ティリアさんは、
そんな俺よりも、さらに数歩、先を行っていた。

「……足元がお留守よ」

「え――っ!?」

 ……気付いた時には、もう遅い。

 剣撃ばかりに捕われていた俺は、
アッサリと、ティリアさんの足払いを受けてしまった。

 完全にバランスを崩した俺に、ティリアさんの剣が振り下ろされる。

「なんとぉーっ!!」

 俺は、咄嗟に、地面に魔術を放ち、
その爆発を利用して、またしても、攻撃を回避した。

 爆風に吹き飛ばされ、俺の体が、軽く宙を舞う。

 空中で、体勢を立て直し、
着地した俺は、再び、ティリアさんへと向き――

「魔術による緊急回避……、
面白い方法だけど、同じ相手に、二度も使わない方が良いわね」

「な……っ!?」

 突然、背後からの声――

 振り向けば、そこには、
先回りした、ティリアさんの姿があり――

 ――俺の体は、思い切り蹴り飛ばされていた。

「が……はっ……」

 痛みを堪え、俺は、無様にも、
地面を転がりながら、ティリアさんの追撃から逃れる。

 そして、砂塗れになりながらも、何とか立ち上がり……、

「……まだ、続けるつもり?」

「当然……っ!」

 訊ねるティリアさんに、
俺は、再び、剣を構える事で答えた。

 ……とはいえ、勝算は全く無い。

 攻撃魔術による緊急回避と、
ティリアさんの蹴りによって、ダメージは、かなり蓄積しているし……、

 無茶な使い方ばかりしたから、魔力も、あまり残っていない。

 それに比べて、相手は無傷……、
 しかも、呼吸すら乱れていないときている。

 これじゃあ、セイバーさんと仕合った時の焼き増しだ。

 手も足も出ずに……、
 ただ、無様な姿を晒して、負けるだけ……、

 ――それは、ダメだ。
 ――そんなことは、許されない。

 勝てなくても良い……、

 それでも、せめて、
一矢だけでも報いて見せなければ……、

 俺を信じて――
 故郷から送り出してくれた――

 ――さくら達に、会わせる顔が無いっ!



「うおおおおおーーーーっ!!」



 雄叫びを上げ、駆ける――

 作戦なんて、ありはしない。
 破れかぶれの、玉砕覚悟の突進。

 それでも、牽制の為に、連続して魔術を放ちながら、俺は、ティリアさんへと肉薄する。

「おおおおおーーーーっ!!」

 そして、ありったけの力を、
両腕に込めて、剣を、袈裟懸けに振り下ろした。

 だが、そんな稚拙な攻撃が、
超一流の剣士であるティリアさんに通用するわけがない。

 俺の一撃は、簡単に受け止められてしまう。

 ――だが、それがどうした。

 そんな事は、最初から分かり切っている。
 未熟な俺の剣が、ティリアさんに当たる可能性など、万に一つ。

 ……ならば、その、万に一つを狙うまで。

 下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる、だ。
 腕が千切れようが、当たるまで、剣を振り続けてやる。

「だあああああーーーーっ!!」

「ちょっ……本気!?」

 ティリアさんの剣によって、受け止められた俺の剣……、

 俺は、それに構わず、
全体重を乗せて、剣を振り抜いた。

 その勢いに押され、ティリアさんが僅かに後退し、剣と剣が滑り、火花を散らす。

 力任せに振り抜いた為、
俺は、前のめりに倒れそうになるが……、

「まだだっ!!」

 俺は、一歩踏み込んで、
それを堪えると、剣を反転させて、今度は、逆袈裟に剣を振り上げる。

 もちろん、それも防がれる。
 だが、やはり、それには構わず、俺は、何度も剣を振り続けた。

「このっ! このっ! このぉぉぉぉーーーっ!!」

「クッ……何よ……こんな無茶苦茶……!?」

 右袈裟、右逆袈裟、右胴、左袈裟、左逆袈裟――

 まるで、振るう剣筋で、
歪な五芒星を描くかのように……、

 単調に、愚直に……、
 無我夢中で、剣撃を繰り返す。

 端から見れば、あまりにも馬鹿みたいな攻撃だ。

 不恰好で――
 技もへったくれもない――

 ただ、剣を振り回しているだけの、稚拙な――

「はあっ、はあっ、はあっ……っ!!」

 でも、今の俺に、そんな事を気にする余裕は無い。

 いや、そもそも、俺なんかが、
そんな事を気にするのが、おこがましい。

 ――剣の英雄セイバーさんは言った。

 藤井 誠に、剣の才能は全く無い、と――

 ならば、そんな剣士が出来る事など……、



 ただ、がむしゃらに……、
 剣を振り続ける事だけではないか。



「はあっ、はあっ……はあああああっ!!」

 攻める、攻める、攻める、攻める――

 無様だろうと……、
 愚直だろうと、構わない。

 何も考えず、ただ、ただ、剣を振り続ける。

 反撃の隙を与えない。
 そんなモノを与えてしまったら終わりだ。

 とにかく、攻めて、攻めて、攻めまくる。

 剣を振るう腕が痛い……、
 呼吸が乱れ、息が苦しい……、

 いや、もう、呼吸をしているのかどうかさえ怪しい……、

 頭の中は真っ白で……、
 もう、火花を散らす剣戟の音しか聞こえない。

「はあ……はあっ……あああっ!」

 いつしか、体は、勝手に動くようになっていた。

 延々と繰り返した斬撃は、
最早、一つの流れとなり、止める事が出来なくなっていた。

 歪だった剣筋は……、
 美しい五芒星を描くようになり……、

 そして、流れ続ける剣撃は……、

 振るわれる度に……、
 その速度を、徐々に加速させていく。

 あたかも、天空を駆ける流星のように……、

「そ、そんな……どんどん、早く……」

 攻撃の受けるティリアさんの顔色が変わっていく。

 余裕を持った表情から……、
 切羽詰った、真剣な表情へと……、

「くっ……あああっ……」

「ああああああーーーーーっ!!」

 止まらない、止められない……、

 加速していく連撃を、
ティリアさんは、必死に受け続ける。

 相変わらず、攻撃は単調……、
 剣筋も、まったく同じ軌跡を描き、受けるのは容易い。

 ……だが、俺は、彼女を押していた。

 止まれない剣の流れ……、
 その加速し続ける剣のスピードだけで……、

「――くっ!?」

 そして、ついに……、

 剣撃について来られなくなった、
ティリアさんの防御に、ほんの僅かの隙が生まれた。

 針の穴を通す程の、小さな隙……、

 それが、剣を受ける度に、
徐々に、徐々に、大きく広がっていく。

 まるで、川の流れが、長い年月を掛けて、大地を削り取っていくかのように……、



「そこだぁぁぁぁーーーーーっ!!」



 そして……、
 ついに、その時が来た……、

 振り下ろした俺の剣……、

 その渾身一撃が、
ティリアさんの剣を泳がせ、完全な隙を作り上げた。

 その瞬間、俺は、決定的な一撃を放つ。

 五芒星を描き続けた剣撃――

 その中心を穿つように――
 彼女の胸に向かって、全力の突きを――





「……惜しかったわね」

「あ――」





 果たして――

 俺の最後の突きは、
ティリアさんの胸当てを、破壊するだけで終わった。

 彼女は、咄嗟に身を捻り、俺の突きを、ギリギリでかわして見せたのだ。

 信じられなかった……、
 かわせる筈など無いと思っていたのに……、

 確かに、あの一瞬、
俺のスピードは、ティリアさんに届いていた。

 さらに、攻撃のパターンを線から点へと一変させたにも関わらず……、

 その奇襲すらも……、
 ティリアさんには、通用しなかった。

 でも、あの時の、俺の攻撃が、彼女よりも劣っていたとは思えない。

 確信がある……、
 間違い無く、俺は、ティリアさんに届いていた……、



 結局のところ――

 潜ってきた修羅場――
 互いの経験の差が、明暗を分けた――



「――せあっ!!」

「あう……っ!」

 ティリアさんが、剣を跳ね上げた。

 片手で振るわれた剣は、
呆気なく、俺が握る剣を砕き、弾き飛ばす。

 そして、空いた左手で拳を握ると……、

「ぐあ……っ!」

 左ストレート――

 ティリアさんの拳が、
モロに、俺の顔面を捕らえた。

 その衝撃で、俺は、またしても、ゴロゴロと地面を転がる。

「はあ……はあ……」

 顔面を殴られ、口の中を切ってしまったようだ。
 口の中に、鉄の味が広がる。

 それを唾と一緒に吐き出しつつ、俺は、ヨロヨロと立ち上がる。

 しかし、完全に、足にきているようだ。
 ガクガクと膝が笑い、体を支える事が出来ない。

 意識が朦朧とする……、
 頭がフラフラして、立っていられない……、

「うっ……うう……」

 俺は、偶然にも近くにあった『何か』に寄り掛かり、倒れそうな体を支えた。

「もう一度、訊くわ……、
誠君、まだ、闘いを続けるつもり?」

 そんな満身創痍の俺に、ティリアさんが、先程と同じ質問をする。

 だが、その口調に、
さっきまであった余裕は、微塵も感じられない。

 それどころか、彼女の言葉は、まるで、俺を叱咤しているよう……、

 これで終わるな……、
 もう一度、向かって来て見せろ、と……、

 それは、ティリアさんが――

 俺を一人前だと――
 自分と同等の剣士だと認めてくれた証――

 それが、無性に嬉しくて……、

 出来る事ならば……、
 彼女の期待に、もっと応えたくなる……、

 とはいえ――

「でも残念ね……、
いくらなんでも、剣無しじゃ、もう闘えないわ」

 ――そう。
 彼女の言う通り、俺の手には、もう武器は無い。

 俺が使っていた剣は……、
 士郎さんに強化して貰った剣は、砕けてしまった。

 剣が無ければ、万に一つも勝ち目が無い。

 何処かに……、
 何処かに、剣は無いか……、

 どんな剣でも良い……、

 もう少しだけ……、
 もう少しだけ、俺に闘う力を貸して……、



「――あ」



 その一瞬……、

 霞掛かっていた意識が、ほんの少しだけ晴れた。

 そして、目の前の……、
 自分を寄り掛かっていた『何か』に気付く。



「お――」



 ああ、あるじゃないか……、

 剣なら、ここに……、
 俺の、すぐ目の前に……、



「おお――」



 俺は、その剣の柄を握る。

 腕に力を込めるが……、
 余程、しっかりと突き立っているのか、剣はビクともしない。



「おおお――」



 と、その瞬間、エリアの顔が脳裏に浮かんだ。

 それは、幻覚だろうか……、
 エリアが、柄を握る俺の手に、自分の手を重ねる。

 そして……、
 俺とエリアは……、



「――おおおおおおおーーーーーっ!!」



 二人で一緒に……、
 大地に突き立つ剣を、抜き放った。

     ・
     ・
     ・










「――で、どうなったんです?」


 街の宿屋の一室――

 そこのベッドに横になったまま、
俺は、傍に座るティリアさんに、話の続きを促す。

 ティリアさんは、短剣を使って、器用に、リンゴを皮を剥き……、

 剥き終わったそれを、俺に渡しながら、話を再開した。

「フィルスソードを振るったキミは、
膨大な魔力を消費して、そのまま気を失っちゃったのよ」

「な、なるほど……」

 ティリアさんの言葉に頷き、
俺は、彼女の傍らに、恐る恐る目を向ける。

 そこには、しっかりと鞘に収められた、フィスルソードが置かれていた。

 あの決闘の最後――

 その結末が、どうなったのか、
俺は、まったく、覚えていなかったりする。

 ティリアさんとサラさんが言うには……、

 俺は、ティリアさんの、
フィルスソードを抜き、それを扱って見せた、らしい。

 確かに、それについては、漠然とした記憶は残っている。

 決闘の最中、剣を失った俺は、
朦朧とする意識の中、大地に突き立った剣を抜いた。

 ただ、闘いを続けるには、剣が必要で……、

 偶然にも、目の前に、剣があったから、
無我夢中で、それを手に取っただけなのだが……、

 まさか、その剣が……、
 フィルスソードだったなんて……、

 と、まあ、そういうわけで――

 担い手でもないクセに、宝具を扱った為だろう……、

 俺は、フィルスソードに、
ごっそりと魔力を持っていかれてしまい……、

 ……こうして、ベッドの上の人になってしまっているわけだ。

「それにしても……、
どうして、誠に、フィルスソードが使えたんだろうな?」

「……さあ?」

 行儀悪く、テーブルに足を乗せて、椅子にもたれていたサラさんが、首を傾げる。

 そんなサラさんに、ティリアさんは、
軽く肩を竦めて見せると、二個目のリンゴの皮を剥き始めた。

「…………」

 二人のやり取りに、半ば呆れる俺。

 サラさんの疑問は、割と重大な事だと思うのだが……、

 なにせ、本来なら、担い手以外が、
宝具を扱えるなんて事は、絶対に有り得ない筈なのだ。

 その事を指摘すると、ティリアさんは、苦笑を浮かべ……、

「多分、エリアが……、
キミに力を貸してくれたんじゃない?」

「……エリアが?」

「だって、この剣の力の何割かは、あの子の力なんだし……」

「そうかも……しれませんね」

 ティリアさんに言われ、
俺は、自分の手に視線を落とす。

 ……その手には、まだ、微かに残っていた。

 エリアと一緒に……、
 剣を抜いた時の、あのぬくもりが……、

「しかし、まあ……派手にやったモンだよな〜」

「う゛っ……」

 真面目な話は、これで終わり、とばかりに……、

 サラさんは、ニヤニヤと笑いながら、
意識的に考えないようにしてきた件を引っ張り出してきた。

 嫌な話題を振られ、俺は、顔を引き攣らせると、ギギギッと、窓の外を見る。

「…………」

 その視線の先にあるのは――
 俺とティリアさんが決闘場として選んだ岩山地帯――

 いや、正確には、あったと言うべきか……、

 何故なら……、
 もう、そこには、岩山なんて無く……、

 ステキなくらいに、見晴らしの良くなった荒野が広がっているだけ……、





「爽快に、フッ飛ばしたよな〜」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」(泣)





 宝具一発、岩をも砕く……、

 うううっ……、
 ワザとやったわけじゃないんだよぉ〜……、(泣)





<おわり>
<戻る>


あとがき

 今回は、純粋に『剣の勝負』に拘ってみました。

 まあ、誠とティリアとでは、
最初から、勝負にならないのですけど……、

 途中、誠が繰り出した攻撃ですが、
イメージとしては、某テンプシーロールの剣技版です。(笑)