温泉都市タカヤマ――

 アクアプラス大陸西部の独立都市群にある風光明媚な観光地。

 大陸西部のほぼ中央……、
 内海に面した半島に位置する街である。

 近隣には、火の精霊王と地の精霊王の神殿があり……、

 その加護によってか、良質な温泉が、
湧き出る為、大陸中からやって来た観光客や湯治客で、年中、賑わっている。

 そんな、のんびりとした、
あたたかい雰囲気に包まれた街に、俺はやって来た。

 目的は、御多分に漏れず、湯治である。

 実は、コミパでの一件で、傷付いた体……、
 特に、酷使した両腕の神経が、未だに完治しておらず……、

 それを癒す為に、様々な効能を持つ温泉が湧く事で名高い、この街へと足を伸ばしたのだ。

 で、例の一件で得た報酬で、懐も温かくなったし……、

 長い旅の疲れを取るのも兼ねて、
しばらく、ここで、のんびりするつもりだったのだが……、



「温泉都市なのに……、
温泉に入れないってのは、どういう事だ?」



 ――そう。

 俺を含めた観光客は……、
 皆、温泉を求めてやって来ているというのに……、

 どういう訳か、何処の温泉にも、使用禁止の看板が立てられていたのだ。

 訊けば、数日前から、
街にある全ての温泉から、湯が湧かなくなってしまったらしい。

 温泉都市にとって、温泉の枯渇は死活問題――

 街が始まって以来の一大事に、
街の責任者達は、必死で、原因究明に当たった。

 で、その結果――

 温泉枯渇の原因は、
エルフの森の奥にある源泉にある、とのこと

 と言っても、詳細が判明しているわけではない。

 なにせ、エルフの森は、本来、人間は入る事が許されない聖なる場所……、

 いくら調査の為とはいえ、
街の人間が、無断で、足を踏み入れて良い場所では無いのだ。

 それを理由に、街では、良くない噂も耳にする。

 即ち、不可侵なのを良い事に、
エルフ達は、源泉を塞き止め、人間に嫌がらせをしている、と――

 正直、馬鹿げた話だと思う。

 俺の故郷のリーフ島では、人間もエルフも、ごく普通に、共存していた。

 大陸での、人間とエルフの関係が、
どんなモノなのかは知らないが、大差があるとは考え難い。

 だいたい、そんな事をして、エルフ達に、一体、何の得があるというのか……、

 もし、仮に、そうだったとしても、
エルフ達に、そんなj真似をさせた原因は、人間側にあるのでは?

 例えば、この街は、木材資源が豊富だから……、

 街の周りの森の木々を、
乱伐して、それで、エルフ達に怒りをかった、とか……、

 ……いかにも、ありそうな話だ。

 まあ、それはともかく――

 このまま、街の最大の収入源である、
温泉が枯渇したままでは、街の人々の疑心暗鬼は強まる一方である。

 そこで、俺は、街の責任者に掛け合い……、

 真相を突き止める為、
直接、エルフの森に出向く事にした。

 だが、さすがは、エルフの森――

 そう簡単に、人間風情が、
彼等の集落に、辿り着けるわけもなく――





「――迷った」(泣)





 物の見事に――

 俺は、地図とコンパスを手に、
樹海の中を、さまよい歩く羽目になってしまった。






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『温泉都市タカヤマ』







「――危ないっ!!」

「え……っ!!」





 ――完全な油断であった。

 樹海に入って、早数時間――

 役に立たない地図とコンパスと、
睨めっこしつつ、俺は、樹海の中をさまよい続けていた。

 普通、それだけ迷えば、
絶望感を抱き始めても、おかしくは無いのだが……、

 ……不思議と、気分は落ち着いていた。

 それも、全ては、この森が持つ、
温かくて、優しい雰囲気のおかげだろう。

 その奥深くには、何者をも寄せ付けない森――

 精霊によって守られた――
 生命と自然に満ちた清らかな聖域――

 そんな場所にいるからこそ、
俺は、何とかなる、と、楽観的に考えてしまっていた。

 ……それが、いけなかったのだろう。

 俺は、聖域を信頼するあまり……、
 すっかり、周囲への警戒を怠ってしまっていたのだ。

 そして――
 それが現れたのは――

 ――偶然にも辿り着いた、大きな湖の美しさに、目を奪われていた時だった。

「うおわ……っ!?」

 突然、耳に飛び込んで来た叫び――

 その声に反応し、
俺は、咄嗟に、その場を跳び退いた。

 それと同時に、さっきまで、俺が立っていた場所に、黒い影が通り過ぎる。

 ――見れば、それは狼だった。

 低い唸り声を上げながら、
今にも飛び掛って来そうに、低い態勢で、こちらを睨んでいる。

 しまった――

 確かに、ここには、魔物はいないが、
野生の獣ならば、当たり前のように生息しているだろう。

 今更ながらに、その事に気付き、自分の迂闊さに、俺は舌打ちをする。

 さて、どうする……、

 間合いは、完全に相手の領域――
 それに対し、こちらは、剣すら抜けていない――

 おそらく、こちらが剣を抜く素振りを見せれば、
狼は、それ以上のスピードで、俺に襲い掛かってくるだろう。

 となれば、剣は抜けない……、

 残る手段は……、
 攻撃魔術だけなのだが……、

「出来れば、穏便に済ませたいんだけどな……」

 相手が魔物ならともかく……、
 ただの獣では、攻撃魔術は、殺傷能力が高過ぎるのだ。

 ここは、エルフ達の聖域なのだ。
 俺が部外者である以上、無駄な殺生は避けたい。

 足元に炸裂させて、怯えさせる、という手もあるが……、

 それで逃げてくれなかったら、
もう、後には引けなくなっちまうしな〜……、

「――ガアッ!!」

「ちっ……起動セットアップ!」

 そんな俺の逡巡を、絶好の隙と見たのだろう。
 狼が、鋭い牙を剥き出しにして、俺に襲い掛かってきた。

 こうなっては、背に腹は変えられない。

 俺は、攻撃魔術を放つ為……、
 それでも、手加減する為に、1工程の魔術を編む。

 だが、それが発動するよりも早く――



「うおりゃあああーーーーっ!!」

「な――っ!?」



 凄まじい早さで回転する『何か』が飛来し――

 魔術を放とうとする俺と、
襲い掛かる狼との間を、文字通り斬り裂いた。

 ――今のは、斧かっ!?

 もしかして……、
 さっきの声の主が投げたのかっ!?

 目の前を過ぎて行った物の正体を知り、
俺は、飛来した斧の軌道から、投擲した主がいる方へと目を向ける。

 すると、そこには……、

 斧を投げた姿勢のまま……、
 短髪の、ガタイの良い男性が……、

「……大丈夫か?」

「は、はい……」

 頼り甲斐のある笑みを浮かべ、男が俺に訊ねる。

 それに頷きつつ、
俺は構成していた魔術を霧散させた。

 見れば、既に、狼の姿は無い。
 当たらなかったとは言え、彼の攻撃に、恐れを成したのだろう。

 もっとも、彼自身は、わざと外したようだが……、

「……キミは、冒険者か?」

「ま、まあ、一応は……」

 どうやら、狼が戻ってる気配は無さそうだ。
 取り敢えずは、ひと安心と、俺達は、その場に座り、ひと息つく事にする。

 そして……、
 まずは、彼の方から、名乗りを上げた。

 彼の名前は『柏木 耕一』――

 温泉都市に住む木こりで、
従兄妹の『初音』という少女と、一緒に暮らしているらしい。

 で、今日も今日とて、仕事に精を出していたところ、
偶然にも、狼と対峙する俺を発見し、慌てて、斧を投げ付けたそうな。

 俺は、その件については、
改めて、お礼を言い、自分が、ここに来た事情を話し始める。

 街の温泉が枯渇してしまったこと――
 その原因が、エルフの集落に有る源泉にあること――

 そして、その調査の為、俺が、エルフの集落を目指していること――

「なるほど、そういう事か……」

 地元民だけあって、事情は知っていたようだ。
 耕一さんは、俺の話に納得すると、事の難儀さに、顔を顰める。

「しかしな〜……、
エルフの集落は、普通の人間には……」

「それは、知ってます……」

 耕一さんの言葉に、頷きつつ、
俺は、腕に巻かれたスカーフを、チラリと見る。

 天使のスカーフ――
 熾天使の祝福を受けた証――

 これがあれば、何とかなると思っていたのだが……、

 どうやら、世の中は……、
 そうそう甘くは無いようで……、

「……取り敢えず、俺の家に来るか?」

 完全に、充てが無くなり、俺は途方に暮れる。

 そんな俺を見兼ねたのか……、
 耕一さんは、努めて軽い口調で、俺を促した。

 確かに、このまま、
森をさまよい続けるのは得策ではないな……、

 そう考えた俺は、彼の厚意に甘える事にし、ゆっくりと立ち上がる。

 そして……、
 ふと、湖に視線を向けて……、

「そういえば……斧、沈んじゃいましたね」

 先程、耕一さんが投げた斧――

 わざと外された斧は、当然の如く、
そのまま、彼方へと飛んで行き、湖に落ちてしまっている。

 おそらく、回収は不可能だろう。

 その事を、もう一度、謝ると、
耕一さんは、気にするな、と、軽く手を振って答えてくれた。

「家に帰れば、まだ、予備は幾つかあるからな」

「そうですか……」

 気前の良い、耕一さんの言葉……、
 そんな彼に、苦笑を浮かべつつ、俺は、湖に背を向ける。

 と、その時――



「うわ……っ!?」

「な、何だ……!?」



 ――突然、湖が光を放った。

 一体、何事かと、俺達は、
慌てて身構え、黄金色に輝く湖面を凝視する。

 そして、警戒する俺達の視線に晒される中……、

 静かに波打つ湖面から――
 まるで、澄んだ水のような色の髪の女性が――

 ――ゆっくりと、浮かび上がってきた。

「…………」

「…………」

 あまりに、唐突な……、
 神秘的な出来事を前に、俺達は、呆然と立ち尽くす。

 そんな俺達に、湖から現れた女性は、ニッコリと微笑むと――

「あたしは、水の精霊王……、
貴方が落としたのは、金の斧――あら?」

 何を言おうとしていたのか……、

 水の精霊王と名乗った女性は、
何故か、言葉の途中で、口を噤んでしまった。

 まるで、予想外の出来事に驚いているかのように、軽く目を見開いている。

 その視線の先にあるのは――俺?

「……ん?」

 彼女の視線の意味が分からず、俺は首を傾げる。

 そんな俺を見て、我に返ったのか……、
 水の精霊王は、軽く咳払いをすると、口上の続きを言い直した。

「コホン……貴方が落としたのは、金の斧? それとも、銀の斧?」

 両手に、それぞれ、
金の斧と銀の斧を持ち、水の精霊王は俺達に訊ねる。

 その問い掛けに、俺と耕一さんは、顔を見合わせると……、

「斧が落ちてから……、
随分と、タイムラグがあったような……」

「多分、出てくるタイミングを見計らっていたんじゃないか?」

「そういうツッコミは止めなさい」

 図星だったのだろう……、
 俺達の指摘に、水の精霊王は、ちょっとむくれる。

 そして、手に持つ二振りの斧を差し出しながら、もう一度、俺達に問い掛けた。

「そんな事より、金か銀か、どっちの斧なの?」

 もう既に、その態度には、
現れた時に感じた、神秘性は皆無である。

 それはもう、相手が精霊王だと言うことを忘れてしまいそうなくらいに……、

「耕一さん……」

「……ああ」

 俺達は、再度、顔を見合わせ、頷き合う。

 そして――
 水の精霊王に向き直ると――



「金でも銀でもない……、
俺が落としたのは、普通の手斧だ」



 ――ハッキリと、その問いに答えた。

「うんうん、正直なのは良いことよ♪」

 俺達の答えに満足したのだろう。

 水の精霊王は、嬉しそうに、
何度も頷くと、湖の中から、耕一さんの手斧を取り出した。

「これは、ご褒美よ……、
金の斧と銀の斧も、持っていきなさい」

 そして、金、銀、鉄の三つの斧を、俺達に差し出す。

 だが、俺達は、耕一さんの手斧だけを受け取り――

「褒美はいりません……、
その代わり、一つ、お願いしても良いですか?」

 ――と、話を切り出した。

 なにせ、彼女は精霊王……、
 事情を話せば、エルフの集落への道を示してくれるかもしれない。

 そう思い、俺達は、彼女に協力して貰おうと考えたのだが……、

 一体、何を思ったのか……、
 水の精霊王は、俺の頬に手を添えると……、

「な〜に? もしかして、筆下しして欲しいの?
貴方が、どうしても、って言うなら、吝かでもないけど♪」

 ……と、のたもうた。

「――はい?」

 一瞬、その言葉の意味が、
分からず、俺は、間の抜けた声を上げる。

 だが、何度も、頭の中で、その言葉を繰り返すうちに……、

「な、ななななな……っ!?」

 状況を理解した俺は、ズザザッと後ずさる。

 ふ、筆下しって……、

 それって、つまり……、
 俺と、彼女が、アレでナニな事をするわけで……、

 だあああーーーーっ!!
 何を考えてやがるんだ、この人はぁぁぁーーーっ!!

「じょ、冗談は止めてくださいっ!」

 彼女の誘いに、俺は、
思わず、想像力を豊かにしてしまう。

 そんな危険な妄想を、
振り払いつつ、俺は、可能な限りの抵抗を試みた。

 すると、水の精霊王は、案外、アッサリと引き下がる。

「そういう言い方は無いんじゃない?
まあ、確かに、半分くらいは冗談だったけど……」

「じゃあ、半分はマジだったのか?」

「……それで、お願いって、何なのかしら?」

 耕一さんのツッコミをスルーして、水の精霊王は話を進める。

 そんな彼女の様子に、
軽い疲れを覚えつつ、俺は、掻い摘んで、事情を説明した。

「あらら〜……、
確かに、妙な事になってるみたいね〜」

 それを聞き終え、水の精霊王は、
何やら、真剣な表情で、湖面を覗き込みながら、ポツリと呟く。

 さすがは、水の精霊王……、
 ここからでも、源泉の様子が分かるらしい。

「事情は分かったわ……、
エルフの集落の場所を教えて上げる」

 湖面から目を離し、水の精霊王は心良く頷く。

 だが、勿論、タダというわけにはいかない。

 彼女が、精霊王である以上、
必要以上に、人間に干渉するのは、あまり良い事では無いのだ。

 つまり、何か、等価値のモノを差し出さなければないらないわけで……、

「それで……条件は?」

 ちょっと不安げに訊ねる俺に、
水の精霊王は、無言で手招きをする。

 言われるまま、俺は、水の精霊王へと歩み寄り……、

 そして、次の瞬間――





 んちゅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ♪





 ……。

 …………。

 ………………。





「――エルフの集落の場所は、この子が案内してくれるわ♪」

「は、はあ……」(汗)

「どうも、源泉の近くに、
良くない気配も感じたから、気を付けてね♪」

「あ、ありがとうございました……」(汗)

「それじゃあね……誠君♪」

 お肌をツヤツヤさせて……、
 満足げな表情で、水の精霊王は、湖の中へと帰って行く。

 ニコニコと微笑み、手を振りながら、
水の精霊王は、ゆっくりと、身を沈めていく。

 その姿が見えなくなるまで、俺は、彼女を見送った。

 グッタリと力尽き……、
 耕一さんに背負われたまま……、

 ――えっ?
 等価交換の内容?

 まあ、何だ……、
 吸われたんだよ、色々と……、

「……あれ?」

 水の精霊王も去り……、
 エルフの集落を目指そうと、耕一さんが踵を返す。

 その時、ふと、俺は、彼女の去り際の言葉を思い出し、首を傾げた。

 おかしいな……、
 俺、彼女に名前を教えたっけ?

 それに、何故だろう……、

 あの人……、
 誰かに似ているような気がする……、

     ・
     ・
     ・










 エルフの集落――

 特殊な結界に覆われており、
エルフ以外の者には、決して発見できない場所――

 水の精霊王が用意してくれた案内役に導かれ……、

 ようやく、俺と耕一さんは、
温泉枯渇事件の発端である場所に辿り着いた。

 ちなみに、俺達を案内してくれたのは、俺を襲った例の狼である。

「……ありがとな」

 案内を終え、去っていく狼に、
お礼を言い、俺は、エルフの集落に向き直った。

「さて、どうする……?」

 先の一件で手元に戻った手斧……、
 それの背で、肩をトントンと叩きながら、耕一さんが訊ねる。

 それに対して、俺は、ちょっと考え……、

「そうですね……、
取り敢えず、エルフ達の長に――」

 ……何気なく、一歩、前に踏み出した。

 と、その瞬間――



「――おわっ!!」



 突如、一筋の矢が、俺の足元に突き立った。

 俺は、慌てて足を引っ込め、
剣を抜き放つと、周囲へと警戒をはしらせる。

 見れば、いつの間にか、俺達は囲まれていた。

 草陰に――
 木の枝の上に――

 弓を構えた、エルフ達の姿が――

 どうやら、俺達は、
あまり歓迎されていないらしい。

 まあ、結界に守られたエルフの集落に、
現れる筈の無い人間が、ひょっこりと姿を見せたのだ。

 警戒するのも、当たり前、というところか……、

 それに、源泉の件の所為で、
余計に、疑心暗鬼になってしまっているのだろう。

「……どういうつもりだ?」

 斧を肩に担いだまま……、
 この状況において、尚、余裕の笑みを浮かべる耕一さん。

 いや、それどころか――
 俺よりも、さらに一歩、前に踏み出し――

「――おっと」

 エルフの一人が、矢を放った。
 その鋭い一矢を、耕一さんは、軽く胸を逸らすだけでかわしてみせる。

 だが、完全には、かわしきれなかったのか……、

 掠った矢が、耕一さんの服を裂き……、
 その下に隠されていた、小さなペンダントが毀れ出た。

「お――おおっ!?」

 淡い蒼光を放つ―― 
 牙の形をした不思議なペンダント――

 それを見た途端、俺達を包囲するエルフ達から、驚愕の声が上がる。

 と、そこへ――

「――皆、武器を納めなさい」

 そんな彼らの輪を輪って――

 紫色のローブを纏い……、
 目深にフードを被った女性が、進み出てきた。

「あんたは……?」

 油断の無い目つきで、突然の乱入者を見据える耕一さん。

 そんな彼の視線を平然と受け流し、
ローブを着た女性は、俺達の前まで歩み出ると……、

「私の名は『キャスター』……、
一応、ここ、エルフの隠れ里の責任者よ」

 そう言って、長としての尊厳を保ちつつも、軽く頭を下げてみせた。

「精霊王の使者とは知らず……、
同朋が、無礼を働いた事を許してちょうだい」

「「――はあ?」」

 ローブの女性……、
 キャスターさんの言葉に、俺達は首を傾げる。

 ……精霊王の使者?

 もしかして、俺達が、
水の精霊王に案内されて来た事を言っているのか?

 そう考えれば、確かに、俺達は、精霊王の使者とも言えるのだろうけど……、

 でも、周囲のエルフ達は、
耕一さんのペンダントに反応していたような……、

「あの、キャスターさん、実は――」

 まあ、何にしても、話が早くて助かる。

 俺は、詳しい事情を話し、
件の源泉に、連れて行って貰おうと、話を切り出す。

 だが、それよりも早く……、
 キャスターさんは、クルリと踵を返すと……、

「――こっちよ」

 どうやら、説明の必要は無いらしい。

 キャスターさんは、言葉少なげに、
俺達を促すと、スタスタと、集落へと戻って行く。

 そんな無愛想な彼女を、俺達は、慌てて追い駆ける。

 ちなみに、さっきまで、
俺達を包囲していたエルフ達は、もう姿を消していた。

 おそらく、俺達の事を信用してくれたのだろう。
 すでに、俺達に向けられていた警戒心は、微塵にも感じられない。

「キャスターさん……一体、何が起こっているんですか?」

「付いて来れば分かるわ」

 訊ねる俺に、簡潔に答え、
キャスターさんは、集落の奥へ奥へと……、

 そのまま、集落を抜け、裏手の森の中へと、俺達を連れて行く。

「…………」

 この森は、エルフ達にとっても、特に重要な聖域のようだ。

 さっきまでいた樹海よりも……、
 より強く、穏やかな、聖なる力に満ちている……、

 その森の中を進みながら……、

 俺は、黙々と、奥へと進む、
エルフの長、キャスターさんの事を考えていた。

 魔術師キャスター、か――

 本名とは思えないから、
多分、愛称みたいなものなのだろう。

 そんな名前を冠する以上、実力は、相当なモノに違いない。

 実際、彼女はエルフの長……、
 つまり、魔術に長けたエルフの中でも、一番の使い手ということだ。

 衛宮邸にいた剣士セイバーさんも、その名に相応しい人だったし……、

 でも、彼女といい、セイバーさんといい……、

 何故、そんな名前を名乗っているのだろう?
 本名を知られると、何か、マズイことでもあるのだろうか?

 そういえば……、
 コミパで読んだ本に、興味深い記述があったな。

 古代魔法王国時代の英雄達は、
皆、己の技能に特化したクラス名を与えられていた、と……、

 そのクラス名の中には、『セイバー』や『キャスター』の名前もあったけど……、

 まさか、な……、
 いくらなんでも、そんな……、

「――着いたわよ」

「んっ……?」

 キャスターさんの声に、俺は、我に返った。

 どうやら、考え込んでいるうちに、目的地である源泉にに到着したらしい。

 清浄な樹海の奥深く……、
 そこには、見上げる程の、大きな崖が聳えていた。

 まるで、圧し掛かってくるような、巨大な獣の顎を連想させる迫力……、

 その圧倒的な光景に、俺は、言葉を失い、
ポカ〜ンと、間抜けに口を開けたまま、それに見入ってしまう。

「何処を見ているの? もっと下よ」

「あ、はい……」

 キャスターさんに言われ、俺は視線を落とす。

 見れば、その崖のふもとには、小さな泉があった。

 透き通る程に美しい――
 一切の穢れを知らぬ清水を湛えた泉――

 そんな泉の中央――
 その上空に、鎮座するかのように――

 ――禍々しい、血のような紅い光を放つ宝珠が浮かんでいた。

「原因は、アレですか?」

 宝珠を見据えたまま、
俺は、キャスターさんに訊ねる。

 すると、彼女は、軽く首を横に振り……、

「正確には、そうじゃないわ――」

 と、前置きをしてから、
俺達に、今回の事件の、詳しい経緯を話し始めた。

 宝珠の名は『水霊の宝珠セフィラ』――

 この宝珠は、エルフの宝物の一つで、
半永久的に、清らかな水を生み出す力を持つらしい。

 で、その宝珠が、温泉と、何の関係があるのか、と言うと……、

 なんと、この宝珠こそが、
温泉都市タカヤマにある温泉全ての源泉なのだそうだ。

 つまり、この泉と温泉は、地中の水脈で繋がっており……、

 宝珠から生み出された水が、
地熱で暖められ、温泉として湧き出ている、というわけだ。

 しかし、今、宝珠からは、一滴の水も零れていない。

 その原因を作ったのが――ラルヴァ。

 数日前、エルフの隠れ里は、ラルヴァの襲撃を受けた。

 その際、ラルヴァは、宝珠を持ち去ろうとしたのだが、
キャスターが施した防御結界と、エルフ達の必死の抵抗によって、撤退を余儀無くされる。

 だが、ラルヴァは、宝珠に、厄介な呪いを残していき……、

 その呪いの所為で、宝珠は、
清水を生み出す事が出来なくなってしまったのだ。

「なるほど……、
つまり、その呪いを解く事が出来れば……」

「……万事、全て解決するわけだ」

 分かり易くて助かるな、と、
耕一さんは、納得顔で、ウンウンと頷く。

 だが、問題点は、すぐに出てきた。

「――で、どうやって?」

「あ……」

 首を傾げて唸る俺の言葉に、耕一さんが硬直する。

 ――そう。
 事件の原因は分かった。

 またしても、ラルヴァが関わっていた事には驚いたが……、

 それはともかく……、
 事件の全容は、意外にも単純で、分かり易いモノで……、

 ……ただ、解決方法が判らない。

 なにせ、俺も、耕一さんも、
呪いの解呪なんてした事無いし、出来ないし……、

 いや、初音島での一件は、デキレースと言うか、インチキと言うか……、

 とにかく、俺達では、
こういう事態には、完全にお手上げだ。

 となると、この場で、頼りになるのは、一人しかいないわけで……、

「……方法なら、あるわ」

 俺と耕一さんの視線が、キャスターさんに集る。

 すると、彼女は、懐から、
不可思議な光沢を放つ短剣を取り出した。

 おそらく、それは魔道具の類なのだろう。

 武器としては機能しそうもない――
 ギザギザの刀身が、なんとも怪しい短剣――

 ――その名を『破戒すべき全ての符ルールブレイカー』。

 魔術による、あらゆる契約や、
呪い、効果を無効化する、対魔術武器である。

 訂正しよう……、
 これは、魔道具なんてシロモノじゃない。

 ――『宝具ノウブル・ファンタズム』。

 かつての英雄が所持していた――
 人間の幻想を骨子として創られた固定化した神秘――

 ――いわば、究極の武具だ。

 それを片手に、キャスターさんは言う。

 この剣を宝珠に突き立てれば、
ラルヴァの呪いのみを消し去る事が出来る、と……、

 確かに、宝具の力ならば、
いくら、ラルヴァの呪いといえど、簡単に打ち破る事が出来るだろう。

 でも、こんな物を持っているのなら、何故――

「――だったら、サッサとやれば良いだろう?」

 俺と同じ疑問を、耕一さんが訊ねる。

 キャスターさんは、
肩を竦めながら、足元の小石を拾い上げ……、

「そういうわけにもいかないのよ……」

 そう言うと、拾った石を、宝珠に向かって投げ付けた。

 すると――



「見ての通りよ……、
未だに、私の結界が生きてるのよ」

「「…………」」



 目の前で起こった現象――

 それを見て、俺と耕一さんの背筋に、戦慄がはしる。

 投げ入れられた石……、
 それが、泉の領域に入った瞬間……、

 泉の水が、まるで、触手の様に湧き上がり……、

 五本の水の触手は、一気に、
標的へと群がると、鋭く回転する先端で、石を粉々に砕いてしまったのだ。

「……あの結界がある限り、五体満足で宝珠には近付けないわ」

 ましてや、私は魔術師……、
 あの攻撃をかわすなんて、とても無理ね。

 と、言葉を続けて、キャスターさんは、肩を竦めて見せる。

「あんたが作った結界なんだから、
それを解除しちまえば済むことだろう?」

「あの結界は、宝珠の力を利用しているの。
だから、結界の方にも、ラルヴァの呪いが作用してしまっているのよ」

「そりゃまた、難儀な……」

 キャスターさんの説明に、俺は、思わず頭を抱える。

 それと同時に……、
 彼女が言おうとしている事が、何となく予想出来た。

 ようするに、俺か耕一さんのどちらかが、
結界による攻撃のかわしながら、宝珠のところまで行き、宝具を使え、というわけだ。

「……いくつか質問して良いですか?」

「良いわよ……」

 諦めたように、大きく溜息をつき……、
 俺は、軽く準備運動をしながら、キャスターさんに訊ねる。

「その宝具、誰にでも扱えるんですか?」

「完全には無理ね……、
でも、武器に魔力が込められるボウヤなら可能よ」

 問題点、一つ解決――

 耕一さんは、魔力を扱えないから、
宝具を使う役目は、魔法剣士である俺に決まった。

「宝珠までは、どうやって行くんです?」

「私が水面を凍らせて、足場を作ってあげるわ」

 問題点、二つ解決――

 氷の上を動くわけだから、
足を滑らせて、バランスを崩さないように気を付けないとな。

「……あの攻撃を、全部、かわす自信ないんだけど?」

「俺が守ってやる……、
お前には、掠り傷一つ負わせやしない」

 問題点、三つ解決――

 知り合って間も無いけど、耕一さんは信用出来る。
 この人なら、絶対に、俺を守ってくれるだろう。

「それじゃあ……行きますか」

「おう……」

 方針も決まり、俺は、キャスターさんから宝具を預かる。

 そして、耕一さんの並んで、一歩、前に進み出た。

「――いくわよ」

 キャスターさんが、呪文を詠唱し、魔力を解放……、

 瞬く間に、泉の水は凍り付き、
水面全体が、厚い氷の足場へと姿を変える。

「巻き込んで悪いな、誠……、
本当なら、これは、街の人間の問題だってのに……」

「俺は冒険者ですよ……、
依頼を受けた以上、もう他人事じゃありません」

「……そうか」

 たった、それだけ言葉を交わし……、
 俺と耕一さんは、無言で、互いの拳を打ち合わせる。

 そして……、



「――行きますっ!!」

「防御は任せろ、誠っ!!」



 俺の手には、宝具――
 耕一さんの手には、愛用の手斧――

 それぞれの武器を構え、俺達は駆け出した。

「来る……っ!」

 結果内に踏み込んだ途端、
分厚い氷を突き破り、水の触手が鎌首をもたげる。

 それが狙うのは――
 もちろん、一直線に、宝珠へと向かう俺――

「おおおおおおーーーーっ!!」

 ――耕一さんが吼えた。

 信じられない速度で、
斧が振るわれ、水の触手を粉砕していく。

「今だ……誠っ!!」

「――『破戒すべき全ての符ルールブレイカー』!」

 耕一さんが開いた道……、

 そこを一気に駆け抜け、
宝具に魔力をブチ込み、その真名を唱える。

 そして、宝珠に向かって、振り下ろ――



「な……なにっ!?」



 ――弾かれた。

 やはり、担い手ではない俺では、ダメなのか……、

 不完全な力しか発揮出来ない宝具は、
アッサリと、呪いの力によって、防がれてしまった。

 だが、ここまで来た以上、諦めるわけにはいかない。

 俺の後ろでは、耕一さんが、
傷を負いながらも、無数の触手を相手に、闘っているのだ。

 俺を信じて――
 俺を守るために――

「もう一度……っ!!」

 効かないのなら、何度でもやるまで……、

 俺は、覚悟を決め、
再び、宝具に魔力を込め、振り上げる。

 と、そこへ――

「読めたわ……、
ボウヤ、その呪いは雷属性よっ!」

 キャスターさんの助言が、俺の耳に飛び込んで来た。

 ……それを聞き、すぐに理解する。

 なるほど……、
 ラルヴァの奴、手の込んだ真似を……、

 水属性の宝珠に対して、
それと相対する雷属性の呪いを掛けた、ってわけか。

 ならば、それに対抗する術は、ただ一つ――

 そして――
 それが出来るのは、世界で、ただ一人――



「――魔法剣、起動セットアップ!」



 呪文を唱える――

 必要なのは、雷に対する属性……、
 しかし、俺には、その属性を生み出す術が無い。

 だったら、無いモノは、余所から持ってくれば良い。

 そして――
 今、俺に必要なモノは――





 ――すぐ目の前にあるっ!





「――耕一さん、どいてくれっ!!」

「無茶だ、誠……っ!!」

 耕一さんの斧を掻い潜った触手――

 それすらも、体を張って止めようと、
耕一さんは、両腕を広げ、俺と触手の間に立ち塞がる。

 それを押し退け、俺は、向かってくる触手に手を伸ばした。

「グッ……!!」

 ――鮮血が飛び散る。

 触手の先端が、俺の掌を抉る。
 さらに、激しく回転する水流が、肉と骨を削っていく。

 だああああーーーっ!
 どちくしょぉぉぉぉーーーーーーっ!!

 まだ、腕は完治してないってのに、こんな無茶やらせやがって……、

 温泉に入れるようになったら、
絶対に、完治するまで、ダラダラと過ごしてやるからなっ!!

 当然、費用はタカヤマ持ち!
 そのくらいの権利はあるばずだぁぁぁぁーーーっ!!

水 属 性 付 与アクアコード・インストール――」

 口から飛び出そうになる悲鳴を堪え、俺は、さらに呪文を唱える。

 ――そう。
 これが、俺に必要なモノだ。

 宝珠の力を利用して作られた結界なら、その結界の力も水属性……、

 その属性を……、
 宝具に付与して、呪いを討つ!

「ぐっ……あああ……」

 だが、間に合うか……、

 魔法剣が完成するか……、
 それとも、触手が、俺の手を貫くか……、

 防御にも魔力を回してるから、その分、魔法剣の発動が遅い……、

「や、やば……!?」

 果たして……、
 後者の方が、僅かに早かった。

 触手は、俺の掌を貫き……、

 その鋭利な先端を――
 俺の顔面へと、一直線に――





『無茶ばかりして……、
もっと、自分を大切にしなきゃダメでしょ?』





「え……っ!?」

 ――聞き覚えのある声がした。

 その声を耳にした瞬間……、
 目前まで迫っていた水の触手が弾け飛ぶ。

『あたしが出来るのは、ここまで……、
あとは、自分の力で、頑張って、何とかしなさい』

 水の精霊王――
 彼女が、俺を助けてくれた――

 ――彼女の力が、優しさが、俺を癒していく。



「アクアブレイド――」



 全快した体力と魔力――

 彼女から与えられた、
ありったけの力を込めて、魔法剣を発動させる。

 そして――





破戒すべきルール――


 今、一度――

 かつての英雄の武器――
 その真の名に、全てを託して―ー


           ――全ての符ブレイカーァァァァァ!!」










 ……。

 …………。

 ………………。










 ――事件は解決した。

 宝具によって、呪いは消去され、
本来の力を取り戻した宝珠は、再び、清水を生み出すようになり……、

 もちろん、枯渇していた街の温泉も、全て元通りである。

 そういうわけで……、
 エルフの集落を後にした俺達は、タカヤマへと戻ってきた。

 ちなみに、どういうわけか、
キャスターさんも、途中までは一緒だったり……、

 訊けば、彼女が帰るべき場所は、タイプムーンにあるそうな。

 エルフの長のクセに、
自宅が魔術都市にあるなんて、随分とおかしな話しだが――

「ああ、宗一郎様〜♪
今すぐ、貴方のメディアが参りますわ〜♪」

 ――去り際の、この台詞が、全てを物語っているのだろう。

 まあ、それはもかく――

 タカヤマへと戻った俺は、
耕一さんと別れ、早速、温泉宿へと直行する。

 なにせ、ようやく、この街に来た、本来の目的が果たせるのだ。

 俺は、鼻歌交じりに、
スキップを踏みながら、適当な温泉宿の門を潜る。

 と、その時……、

「――んっ?」

 『あるもの』を見て、俺は、ピタッと足を止める。

 視線の先には――
 予約客を記す看板――

 そこに書かれていたのは――



 ――HtH王家御一行様。



 そ、そういえば……、

 前に、ハクオロさん達と一緒に、
リーフ島に帰った時に、はるかさん達が温泉旅行の話をしてたっけ……、

 ま、まさか……、
 このタイミングで鉢合わせるとは……、

「……逃げよう」

 この宿はヤバイ――
 この宿だけは危険だ――

 本能が訴える警告に、素直に従い、俺は、クルッと回れ右……、

 別に、さくら達に会うのが嫌ってわけじゃない。
 むしろ、久しぶりに会うのだから、凄く嬉しい。

 ただ、この場所が……、
 温泉宿という『いかにも』なシチュエーションがヤバイのだ。

 もし、こんな所で、さくら達に出会ったら……、

 絶対に――
 間違い無く、襲われる――

 それに――

「こんなズタボロな姿を見られたら、
あいつらに、余計な心配掛けちまうし、な……」

 包帯だらけの両腕――
 ズタズタになった魔術回路――

 いくら修行の旅とはいえ……、

 こんな姿を……、
 あいつらには見せられない……、

「ゴメンな……」

 小さく謝罪し、俺は、その場を後にする。

 温泉に入れないのは残念だけど、
この街からは、今すぐ、出発した方が良さそうだ。

 長居したら、あいつらと、バッタリ出くわすかも知れないし――





「うみゃあああああーっ!!」

「あんな所に、まーくんがっ!!」

「ま、誠様!? なんて酷いお姿に……」

「一体、どんな無茶をしたんですかっ!?」

     ・
     ・
     ・





 おお、神よ――

 どうして、俺は……、
 こんなにも、お約束に愛されているのですか?(泣)





<おわり>
<戻る>


あとがき

 元ネタは『救えかつての大親友』&『金の斧、銀の斧』。(笑)

 なんとなく……、
 LQのテキストを読み返し……、

 ――そういえば、LQの誠って、クォーターエルフって設定だっけ。

 という事を思い出し、
折角なので、エルフを絡めたシナリオにしてみました。

 それにしても、このシリーズの誠は、無茶ばっかりしてるな〜。