知識都市コミパ――

 魔術都市から、内海沿いに、
北に進んだ場所に、その都市はある。

 知識の宝庫と呼ばれる街……、

 その理由は、何と言っても、
街中にある図書館が保有する、膨大な書物にある。

 魔術、剣技、帝王学、歴史、娯楽――

 この街にある、数多くの図書館は、
あらゆるジャンルに分けられ、それに属する書物を無数に保管している。

 いや、保管しているだけではない。

 それらの本は、全て、
高度な技術によって写本され、世界各地に流通しているのだ。

 もちろん、門外不出の禁書などもあったりするのだが……、

 例えば、中央図書館の奥底に封印されていると云う――
 あらゆる知識を記録する情報体――

 
『絶対的観測者の眼』アカシックレコードのような――

 とにかく、大陸にある全ての本は、
この街から出回っている、と言っても、過言ではないだろう。

 ――そんな本に囲まれた街に、一つの組織が存在する。





 その名を『コミパ自警団』――

 門外不出とも言える禁断の書物……、
 それを狙う悪党から、コミパを守る正義の集団である。






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『知識都市コミパ』







「――千堂 和樹だな?」

「そうですけど……」

「描いた絵を具現化させる……、
魔法画家の能力を持っていると聞いたが……」

「ええ、まあ……」

「そうか、ならば、間違い無いな」

「――はい?」

「我々は、治安管理局の者だ。
連続爆破事件の容疑者として、同行して貰おう」

「な、なんだってぇぇぇぇぇーーーっ!?」





 事の起こりは、三日前――

 この街へとやって来た俺は、
例によって、路銀を稼ぐ為に、仕事を探していた。

 その時、牛丼屋で、知り合った、
『御影 すばる』さんの紹介で、俺は、コミパ自警団に雇われる事となる。

 そして……、
 それから、暫くして……、

 ……とある事件が、街を騒がせ始めた。

 連続爆破事件――

 一体、何者の仕業なのか……、
 街の至る所で、原因不明の爆発が起こるようになったのだ。

 いや、違う……、
 実を言うと、原因はハッキリしている。

 爆破現場に残された、落書き――

 治安管理局の調べでは、
その落書きこそが、爆発の原因だと言うのだ。

 となれば、容疑者は一人しか存在しない。

 魔法画家『千堂 和樹』――

 描いた絵を媒体として、
あらゆる現象を具現化させる能力者――

 この街に住む者で、彼の能力を知らない者はいない。

 その為、当然の如く、
事件の犯人として、真っ先に、和樹さんの名前は挙げられた。

 だが、自警団の一員という、彼の実績と……、

 事件が起こった際の、
しっかりとしたアリバイがある事から、逮捕に至る事は無かった。

 しかし、容疑者である事に変わりは無い。

 このまま、真犯人が見つからなければ……、
 能力者であるが故に、和樹さんの容疑は、深まってしまうだろう。

 大切な仲間に、無実の罪を負わせるわけにはいかない。

 ましてや、彼らは正義の人……、
 このまま、この街に潜む悪を放ってはいられない。

 そこで、コミパ自警団は……、

 治安管理局とは別に、
独自の調査を開始する事となった。

     ・
     ・
     ・










 とまあ、そういうわけで――

 爆破事件の真犯人を捕まえ、
無実である和樹さんの容疑を晴らす為――

 自警団に雇われた俺も、捜査に参加しているのだが――



「何で、こんな恰好しなきゃいけないんです?」

「――それが、お約束らしいですの」



 捜査は、二人組で行うのが基本――

 その相棒となった、すばるさんと、
夜の巡回をしていた俺は、思わず愚痴をこぼしていた。

 それに対して、あっけらかんと答えるすばるさん。

 そんな彼女の言葉に、溜息を付きつつ、
俺は、自分が着ているワンピースのスカートを軽く掴み上げてみせる。

 ――そう。
 俺が着ているのはワンピース、である。

 即ち、俺は、女装をさせられていた。

 しかも、よりにもよって……、
 一番、フリフリ度の高いすばるさんの服で……、

 これを薦めてきた、大志さん曰く、
オトリ捜査は女装が基本、なのだそうだが……、

「お約束って……それだけの理由で……」

「大丈夫ですの、とっても似合っていますの」

「すばるさん……、
それは、フォローになってません」

 すばるさんにトドメを刺され、俺は涙する。

 その涙を、手で拭いつつ、
彼女より、先立って歩いていた俺は、ふと、曲がり角の手前で足を止めた。

「――ぱぎゅ?」

 突然、立ち止まった俺に、すばるさんが首を傾げる。

 そんな彼女に、静かにするよう、
手で示すと、俺は、無言のまま、曲がり角の先を覗くように促した。

「あ……っ」

 俺に促されるまま、すばるさんは、
建物の塀の影に隠れるように、顔だけを覗かせる。

 そして、自分の手で口を抑えて、思わず、上げてしまいそうになった声を呑み込んだ。

 彼女の肩越しに、俺も、顔を覗かせる。

 中腰のすばるさんの背中に乗っ掛かるような姿勢になるので、
正直、ちょっと恥ずかしいが、今は、そんな事を言っている場合ではない。

「怪しいな……」

「怪しいですの……」

 身を隠したまま……、
 俺と、すばるさんは、二人、同時に呟く。

 その視線の先には、一人の男――

 ゴテゴテした部分鎧――
 顔半分を覆う、大きなゴーグル――

 そして、その手には、淡い光を放つGペン――

 そんな怪しすぎる男が、
下劣な笑みを浮かべ、レンガ造りの壁に、何やら描いている。

 間違い無い……、
 奴が、連続爆破事件の真犯人だ。

「まさか、こうもアッサリ発見できるとはな……」

 と、呟きつつ、俺は、
魔道具を使って、自警団の他メンバーとの連絡を試みる。

 相手が何者か分からない以上、すぐに手を出すわけにはいかない。

 まずは、仲間を集め、
相手を包囲する事で逃げ場を無くす。

 そうして、しっかりと準備を整えた上で、確実に捕獲を――



「――汝は邪悪なり、ですのっ!!」



 しようと思ってたのに――

 何で、ご丁寧にも、
大声で、呼び掛けたりするのかな、この人はっ!?

 しかも、わざわざ、高い所からっ!

 ってゆ〜か、すばるさんっ!
 あんた、いつの間に、人の家の屋根に登ったんだっ!?

「――とうっ!!」

 あまりの事態に、頭を抱える俺を余所に、
すばるさんは、掛け声と共に、屋根から飛び降りた。

 そして、空中で、クルリッと一回転、
華麗に着地を決めると、怪しい男に向かって、指をビシィッと突き付ける。

「さあ、もう逃げられませんの!
大人しく、正義の鉄槌を受けるですのっ!」

 得意げに、口上を述べるすばるさん。

 そんな彼女を見て、
怪しい男は、Gペンを動かす手を止めると……、

「うるせぇな……、
正義の味方ゴッコは余所でやりな」

 そう言って、怪しい男は、不敵な笑みを浮かべる。

「だが、まあ、折角だしな……、
お前達にも、この『神のGペン』の力を見せてやるよ」

 怪しい男が、懐から、スケッチブックを取り出した。
 おもむろに、持っていたGペンを、紙面に走らせ、そのページを破り取る。

 そして、男は、破いたページを丸めて、すばるさんへと――

 ――って、ヤバイ!!

 あのGペン……、
 もしかしなくても、魔道具だっ!!

「避けろっ、すばるさんっ!!」

「ぱ、ぱぎゅっ!?」

 すばるさんが姿を見せてしまった以上、当初のプランは使えない。

 そこで、すばるさんには、
出来るだけ、相手の注意を引きつけてもらい……、

 不意打ちを仕掛けようと、俺は、身を潜めて、隙を伺っていたのだが……、

 そんな事も忘れて、
俺は、呪文を詠唱しつつ、戦場へと飛び出した。

「――起動セットアップ!」

 俺の声に反応し、すばるさんが、その場を飛び退く。

 それと同時に、男が、紙玉を投げ……、
 俺の放った攻撃魔術が、その紙玉に直撃した。

 その瞬間――

 二つの魔力が反応し……、
 さっきまで、すばるさんがいた場所に、大きな爆発が起こる。

 絵を媒体とした現象の具現化――
 魔法画家である和樹さんと同じ能力――

 やっぱり、あの紙には、爆発が描かれていたんだな。

 そして……、
 そんな芸当が出来るという事は……、

「へえ〜……良い勘してるじゃねぇか、嬢ちゃん」

 爆風が収まる様子を眺めつつ、男が感心したように呟く。

 そんな相手を、鋭く睨みつつ、
俺は、スカートの中に隠し持っていたルーンナイフを抜き放った。

「お前が爆弾魔か……、
ってゆ〜か、俺は女じゃないっ!」

「なに……まさか、その恰好は趣味か?」

「――違うわいっ!!」

 何やら哀れみを含んだ言い方をする男に、
怒鳴り返しながら、俺は、ルーンナイフに魔力を叩き込む。

 途端、ナイフの刃が炎に包まれ、闇に紛れた男の姿を浮かび上がらせた。

 さらに、光石を頭上に放り投げ、
夜空で、それを破裂させる事で、仲間達に合図を送る。

「なるほどねぇ……、
勘が良いだけじゃなくて、頭も回るみたいだな」

 形勢不利、と悟ったのだろう……、
 男は、ジリジリと後退し、俺達から距離を取る。

 そして――
 またしても、紙玉を構えると――



「俺様の名は、禁愚ジャッキー……、
よ〜く覚えておきな、正義の味方さんよっ!」

「――ぐっ!?」

「ま、眩しいですの〜っ!」



 紙玉が、地面に叩きつけられた。

 また爆発かと思いきや、
今度は、目を焼く程の強烈な閃光……、

 それが、目晦ましだと気付いた時には、既に遅く……、

 視力が戻ってみれば……、
 もう、禁愚ジャッキーの姿は、何処にも無かった。

     ・
     ・
     ・










 次の日――

 コミパ自警団の事務所には、
リーダーである『立川 郁美』ちゃんを筆頭に――

 ――自警団の全メンバーが集まっていた。

 目的は、もちろん、爆弾魔……、
 禁愚ジャッキーを捕まえる為の対策を練る為である。

「……ゴメンなさい、ですの」

 『塚本 千紗』さんによって、
各々にお茶が配られ、対策会議が開かれる。

 真っ先に口を開いたのは、すばるさんだった。

 昨夜、自分の軽率な行動によって、
犯人を逃がしてしまった事を、皆に謝罪する。

「まあ、しゃ〜ないわな……、
あれが、すの字の持ち味なんやし……」

「次からは、このような失態の無いように頼むぞ」

「……ぱぎゅ〜」

 皆に励まされ、すばるさんは、もう一度、深く頭を下げる。

 どうやら、昨夜の件については、
誰も、すばるさんを責めるつもりは無いようだ。

 聞けば、俺達が、犯人と対峙した時、
他の場所でも、同時多発的に、爆発が起こっており……、

 その騒ぎを治める為に、自警団のメンバーは、誰も援護に行けない状態だったらしい。

「それにしても……、
確か、禁愚ジャッキー、だっけ……?」

「犯人の目的は、一体、何なんだ?」

 首を傾げる『高瀬 瑞希』さんに続き、
和樹さんも、犯行の動機を考え、頭を捻り始める。

 と、そこへ――



「それなんですけど……、
皆さん、これを見て頂けますか?」



 突然、『牧村 南』さんが、
立ち上がり、俺達の前に、大きな紙を広げた。

 それは、この街の見取り図を、大きく拡大したモノだ。

 南さんは、赤いペンを取り出すと、
その地図に、いくつかの丸印を描いて見せる。

「この印が、今まで、爆破事件が起こった場所を示します」

 南さんの言葉に、頷く一同。

 確かに、丸印が示す場所は、全て、事件現場だ。

 昨夜、俺とすばるさんが、
禁愚ジャッキーと遭遇した場所も含まれている。

 ……でも、それが何だと言うのだろう?

「皆さん……これを見て、何か気付きませんか?」

「――えっ?」

 思わぬ、南さんの指摘に、
俺達は、食い入るように、地図を凝視した。

 しかし、そうしたからと言って、彼女の言葉の意図が、すぐに分かるわけが無い。

「ふみゅみゅ〜っ!
分かってるなら、サッサと教えなさいよ〜!」

 真っ先に、『大庭 詠美』さんが根を上げた。

 知恵熱でも出たのか……、
 詠美さんは、机に突っ伏すと、頭から煙を上げ始める。

 だが、そんな彼女を無視して、俺達は、考え続ける。

 もしかして、現場に、何か共通点があるのか?
 それとも、現場を線で結ぶと、何か図形になるのか?

 色々と考えを巡らせるが、どれもこれも、当てはまらない。

 丸印が示す位置は、全くのデタラメ……、

 よくもまあ、ここまで、
不規則に、出来たモンだと感心するくらい……、

 いや……、
 ちょっと待てよ……、

 いい加減、考えるネタも尽き、
ぼんやりと地図を眺めていた俺は、妙な違和感を覚えた。

 そして、その違和感から、一つの答えが浮かび上がり――

「南女史よ、一体、何があると言うのだ?
我輩には、何の法則性も、必然性も感じられないのだが?」

「――でも、それが逆に、作為的なモノを感じさせる」

「ぬっ……?」

 ついに、自警団一の知将(恥将?)である、
『九品仏 大志』さんも、降参したように、首を大きく横に振る。

 そんな大志さんの言葉に続くように、俺が呟くと、全員が、こちらに注目した。

「……どういう事だ、同志・誠よ?」

「この配置、わざとらし過ぎるんですよ」

 訊ねる大志さんに答えつつ、
俺は、南さんから青いペンを借りると、地図に幾つかの丸印を書き込んだ。

 それは、この街に点在する図書館の位置を示すモノ……、

 こうすると、良く分かる……、
 青い印と赤い印が、不自然なくらい、離れている事に……、

「何か目的があるにしても、ただの愉快犯にしても、
この街で、一番目立つ図書館を狙わないのは、明らかに不自然です」

 二つの印を交互に指差しながら、俺は説明を続ける。

 だが、皆まで言わなくとも、
俺が言いたい事は、全員に伝わったようだ。

「にも関わらず……、
爆破事件は、意図的に図書館から離れているわね」

「それって、つまり――」



 ――禁愚ジャッキーは、ただのオトリ。



 導き出された答えに、皆が息を呑む。

 そして、禁愚ジャッキーの……、
 いや、犯行グループの目的に気付き、悔しげに歯噛みした。

 ――そう。
 犯行は、複数犯だったのだ。

 禁愚ジャッキーが爆破事件を起こす事でオトリとなり……、

 自警団と治安管理局が、
その対応に追われている隙に、別働隊が、本来の目的を果たす。

 これが、犯行グループの計画だったのだ。

「やられてもうた……、
犯人を捕まえる事ばかり考えとったわ」

 和樹さんの容疑を晴らす――
 自分達は、その事に捕われ過ぎていた――

 己の不甲斐無さに、『猪名川 由宇』さんが、苛立ち紛れにテーブルを叩く。

 そんな由宇さんを諌めつつ、
『長谷部 彩』さんが、南さんに静かに訊ねた。

「犯行グループの目的は図書館……、
何か、持ち出された禁書はあったんですか?」

「はい、それも、かなりの数が――」

 その質問に、南3さんは、哀しげに頷くと……、

 いつの間にか、各図書館から持ち出され、
行方不明となっている書物の名前を、一つ一つ挙げていく。

 不老不死の木――
 魔法法王国の遺産――
 グエンディーナの魔女――etc

 歴史書から、絵本に至るまで……、

 図書館から盗まれた書物の種類は様々だ。
 もちろん、その中には、門外不出の禁書もある。

 そして、それらの本にある共通点は――

 不老不死の仙命樹――
 古代魔法王国グエンディーナ――

「一体、何のつもりかしら……、
こんな御伽噺みたいなモノばかり……」

 挙げられた書名に、瑞希さんが飽きれたように呟く。

 どうやら、皆も同意見らしい。
 犯人達の意図が掴めず、首を傾げる一同。

 まあ、和樹さん達が、そう思うのも無理はない。

 古代魔法王国と仙命樹――

 この二つは、過去、確かに存在したとされている。
 各地にある数々の遺跡が、その存在を、決定的に裏付けている。

 だが、その所在に関する手掛かりは、一切無し。

 その為、魔法王国も、仙命樹も、
一般的には、ほとんど御伽噺のような存在でしかないのだ。

 ちなみに、俺は、その二つに関しては、実在を確信している。

 なにせ、知り合いに、何人か生き証人がいるし……、

 例えば、魔界のルミラ先生達とか――
 フォンティーユにいる楽士のカウジーさんとか――

 とまあ、それはともかく――

「そんな事は、犯人達を、
とっ捕まえてから、ゆっくり聞けば良いだろ?」

「そうやな……、
奴等の目的は分かったんやしな」

 俺の言葉に、真っ先に我に返った、
由宇さんが、愛用のハリセンで、パシッと手を叩く。

 その音で、他の皆も顔を上げ、リーダーである郁美ちゃんに視線を集めた。

「……団長として、皆さんに指令です」

 小柄な体に、皆の視線を一身に受け……、

 立ち上がった郁美ちゃんは、
雄蔵さんから漆黒のマントを受け取り、それを身に纏う。

「禁愚ジャッキー及び犯行グループの目的は、各図書館の禁書です。
自警団各員を、全ての図書館に配置。
例え、何が起こっても、持ち場を離れず、防衛に専念してください」

 そこまで言って、郁美ちゃんは、一旦、言葉を切り、軽く皆を見渡す。

 そして――
 颯爽と、マントを翻すと――



「――コミパ自警団、出動コミパレンジャー、スクランブルっ!!」

『――了解ラジャーっ!』



 う〜む……、

 いつも思うが……、
 このノリだけは、なかなか慣れないよな。

 まあ、楽しいから良いんだけど……、










 コミパ中央図書館――

 知識都市最大を誇る図書館……、
 その周囲を回るように、俺は、夜の警備をしていた。

 ちなみに、今回のチームは、俺、和樹さん、すばるさんの三人だ。

 本来、チーム分けは、二人ずつが基本なのだが……、

 なにせ、中央図書館は、
とにかく大きくて、警備するには、三人でも少ないくらいなのだ。

 というわけで、今回は、この持ち場に限り、
員数外である俺を加える事で、三人でチームを組んでいる。

 もちろん、治安管理局の局員達も、何人か配置されている。

 しかし、正直、あまり期待は出来ない。

 ぶっちゃけ、治安管理局の局員よりも、
自警団の構成員の方が、戦力的には優秀だったりするのだ。

 ハッキリ言って、情けない事、この上無い。

 まあ、治安管理局の副局長である、
南さんが、自警団に入り浸っている所為もあるのだろうが……、

 ちなみに、その理由だが……、
 そのへんは、想像にお任せする、という事で……、

 閑話休題――

「確か、昨夜も、このくらいの時間だったよな?」」

 図書館の周囲を巡回しつつ、俺は、腕時計を見た。

 時計の針は、既に、昨夜、
禁愚ジャッキーを発見した時間を過ぎている。

 また、今までの事件発生時刻も……、

 奴等の活動時間が、何時ぐらいなのかは分からないが、
今までのパターンからして、もう、何時、何が起こってもおかしくない時間だ。

 それとも……、
 今夜は、俺達を警戒して、犯行を見送ったか……?

 そんな事を考えてしまい、
俺は、抜けそうになる緊張を取り戻そうと、気を引き締める。

 と、その時――



「――来たかっ!?」



 突然、街中から、爆発音が聞こえてきた。

 それと同時に、図書館の、
正門前あたりの上空で、弾けた光石の閃光が、一瞬だけ、夜空を染める。

 あれは、おそらく、和樹さんからの合図だ。

「――魔法剣、起動セットアップ! 火 属 性 付 与ファイヤーモード・インストール!」

 魔術都市で購入した剣――
 士郎さんが観立て、『強化』まで施してくれた剣――

 その剣を抜き、呪文を詠唱しながら、俺は、現場へと駆ける。

 唱える呪文は、俺のオリジナルだ。

 そもそも、魔術師にとって、
呪文は暗示のようなものなので、各々が独自のモノとなる。

 魔術師ギルドに所属するなど、
誰かに師事していたりすれば、師匠の呪文と同じになってしまう事もあるが……、

 大抵は、それを自分なりにアレンジするので、同じ呪文というのは存在しないのだ。

 ちなみに、俺の場合、呪文は、完全な自己流だ。

 なにせ、一応、師匠である、
ルミラ先生には、呪文なんて必要無いし……、

「――誠君っ!」

 和樹さんの合図を見たのだろう。
 別ルートの巡回をしていたすばるさんが、俺に追い付いて来た。

 合流した俺達は、正門前へと急ぐ。

 なにせ、魔法画家とはいえ、
和樹さん本人の、戦闘能力は、それ程、高いわけではないのだ。

 俺達みたいな、前衛を務める者がいないと……、

「先に行っていますのっ!」

 和樹さんが敵と交戦しているのだろう。
 目指す正門前の方から、派手な閃光と共に、爆発音が聞こえてくる。

 それを耳にした途端、すばるさんの走る速度が上がった。

 既に、その姿は戦闘モード……、
 いつもの、ヒラヒラの服を脱ぎ捨て、白衣と蒼袴だ。

 昨夜の名誉挽回とばかりに、気合は充分、と言ったところか……、

 それとも……、
 何か別の理由なのか……、

「和樹さんっ! 無事ですのっ!?」

 と、そんな事を考えている内に、現場に到着したようだ。

 戦場に駆け込んだ、すばるさんが、
和樹さんを守るように、対峙する敵と和樹さんの間に立つ。

 少し遅れて、俺も現場に立ち――

 その光景を前に、一瞬だけ、その場に立ち尽くしてしまった。

 何故なら、俺の予想に反して……、
 優位に立っていたのは、和樹さんの方だったのだ。

 まあ、それも、相手が禁愚ジャッキーなら、何となく納得出来るのだが……、

 ってゆ〜か……、
 何で、オトリ役のあいつが、ここにいるんだ?

「くそっ……これなら、どうだっ!!」

 この場に、禁愚ジャッキーがいる事に、
疑問を抱く俺を余所に、禁愚ジャッキーと和樹さんの戦闘は続く。

「無駄だっ! その程度の画力でっ!」

 禁愚ジャッキーが、スケッチブックを破り、
連続して放った紙玉が、幾つもの、大きな火球へと変わる。

 それに対して、和樹さんもまた、
スケッチブックから、一枚の絵を取り出すと、それを投げ放った。

 その紙が弾けたかと思うと、凄まじい吹雪が巻き起こり……、

 なんと、その吹雪が巨大な氷の竜へと変貌し、
禁愚ジャッキーが放った火球を全て飲み込んでしまう。

 さらに――

「くっ……おああっ!?」

 敵の攻撃を食らった氷竜は、その勢いを失わず、
禁愚ジャッキーへと迫り、一瞬にして、奴の体を氷漬けにしてしまった。

 その攻防を見て、俺は、二人の実力の差を悟る。

 魔法画家の能力――

 その力は、絵に込められた魔力以上に、
描かれる現象を表現する描写力に左右される。

 その描写力が、和樹さんと禁愚ジャッキーでは、雲泥の差があるのだ。

 ましてや、禁愚ジャッキーの力は、
所詮、魔道具に頼っただけの、借り物の力……、

 そんな偽者が、本物の魔法画家に敵うわけも無く――

 ――その結果が、コレである。

 俺とすばるさんが手を出すまでもなく、決着はついた。

 氷漬けにされてしまっては、
禁愚ジャッキーには、もう、これ以上の抵抗は出来まい。

「これにて、一件落着……、
ってわけでも無いけど、あとは、治安管理局に任せよう」

 禁愚ジャッキーを倒し、スケッチブックを閉じる和樹さんの言葉に、俺は頷く。

 犯行グループの目的――
 禁愚ジャッキーの仲間達の所在――
 街中の図書館から、盗まれた書物の行方――

 ハッキリしていない事は、まだまだ沢山あるが……、

 和樹さんの疑惑を晴らす、という、
自警団の、本来の目的は達成できたも同然だ。

 ここから先は、治安管理局の仕事……、

 禁愚ジャッキーを尋問すれば、
今回の事件の全容は、明らかになるだろう。

「――取り敢えず、コイツは没収だな」

 氷漬けになった禁愚ジャッキーに、和樹さんが歩み寄る。

 和樹さんの攻撃を受けた際に、
落としたのか、その足元には、例のGペンが転がっていた。

 それを拾おうと、和樹さんが手を伸ば――



「――和樹さん、危ないですのっ!」

「えっ……!?」



 突然、すばるさんが、和樹さんに体当たりした。

 その衝撃に、和樹さんは弾き飛ばされ、
ぶつかって来たすばるさんと一緒に、地面を転がる。

 次の瞬間――

「うっ……ぱぎゅ〜」

「すばるっ!?」

 先程まで、和樹さんが、
立っていた場所に、鋭い氷塊の槍が、突き刺さった。

 和樹さんを助けた際に、それが掠ったのだろう。
 足から血を流し、酷い凍傷を負ったすばるさんが、苦しげに呻く。

「す、少しは……お役に立てましたの?」

「何を言ってるんだ! 早く、傷の手当てを――」

「だ、大丈夫ですの……それより……」

 慌てて、和樹さんが、すばるさんを抱き起こした。
 そんな彼に、すばるさんは、弱々しく微笑み、上空に目を向ける。

「あ、あれは……」

「そんな……まさか……」

 彼女の視線を追い、俺達は、目を見開く。



 ――そこには、悪魔がいた。



 夜空にいて、なお映える漆黒の羽根――
 圧倒的な魔力と、禍々しい存在感を持つ死神――

「ラル……ヴァ……?」

 その姿を前に、俺の全身から冷や汗が浮かぶ。

 和樹さん達を守ろうと、間に立ち塞がるが、
構えた剣の切っ先の振るえは、どんなに気を張っても、止まってはくれない。

 冗談じゃない……、
 まさか、こんな奴と、二度も対峙する羽目になるなんて……、

「そう身構えるな……、
今回は、お前達と遊んでやるつもりは無い」

 どうやら、先程の攻撃の主は、ラルヴァだったようだ。

 ラルヴァは、いつでも、
俺達に放てるように、二発目の氷の槍を構えたまま……、

 ゆっくりと地面に降り立ち、禁愚ジャッキーが持っていたGペンを拾い上げた。

「情報収集のついでに、
試作品の実験をしてみたのだが――」

 この混乱に紛れて盗み出したのだろう……、

 ラルヴァの手には、一冊の本……、
 それを小脇に抱え、空いた手で、Gペンを弄びながら、ラルヴァは呟く。

「――なかなか、面白いモノを見せて貰った」

「な……に……?」

 一体、何を思ったのか……、
 ラルヴァは、何やら意味有りげに、和樹さんを一瞥する。

 そして、羽根を広げ、再び、空に舞い上がると――

「これは余興の礼だ……有り難く受け取れ」

 構えていた氷の槍を、
さらに、一回り大きく強化し、俺達に向かって放ってきた。

「――なっ!?」

 まるで、事のついで、とばかりに――
 あまりにも無造作に放たれた、悪魔の氷槍――

 だが、その威力は、すばるさんを傷付けたモノとは、比べモノにならない程の――



「――ファイヤーブレイド!!」



 迫り来る、極寒の死――

 最早、それは槍ではなく――
 ほぼ真上から落とされた、氷の鉄槌――

 それを前に、俺は、
無我夢中で、魔法剣を振るっていた。

 剣に付与された火の属性と、ラルヴァが放った氷の属性がぶつかり合う。

 相反する属性による相殺――

 本来なら、俺の魔法剣で、
ラルヴァの氷槍は、消滅するはずだった。

 しかし――

「ぐっ……そ、そんな……」

 俺とラルヴァでは、あまりにも魔力に差があり過ぎた。

 ケタ外れの魔力で構成された氷槍は、その力を落とす事無く……、

 激しく吹雪を纏いながら、
俺の火の魔法剣を、易々と打ち消していく。

 ま、まずい……、
 このままじゃ、数秒も堪えられない……、

 圧倒的な力を前に、俺の魔力は、ドンドン削られていく。

 剣を握る手は、氷槍から発せられる、
強烈な冷気で、既に凍り付き始め、感覚が鈍くなっていた。

 ――だが、引くわけにはいかない。

 ここで、俺が逃げたら、
後ろにいる和樹さん達に、氷槍が直撃してしまう。

 いや、違うな……、
 俺には、もう、引くことすら出来ないのだ。

 何故なら、俺の足は、もう、とっくに氷漬けに――



「――誠っ! 持ち堪えろよっ!!」



 和樹さん達だけでも逃げろ、と……、

 俺が、後ろにいる二人に、
呼び掛けるよりも早く、和樹さんが、行動を起こした。

 和樹さんは、一歩、前に踏み出すと、スケッチブックを開き、両手で構える。

 すると、スケッチブックから、
燃え盛る炎を身に纏った巨鳥が現れ、その灼熱の翼で氷槍を包み込んだ。

「うっ……おおおおっ!!」

 その途端、俺に掛かる負荷が軽くなった。

 和樹さんの力を借り、これを好機と見た俺は、
氷槍を押し戻そうと、ありったけの魔力を剣に叩き込む。

 でも、これで、ようやく互角――

 ラルヴァを攻撃を打ち破るには、まだ足りない。

 なら、足りない分を、何処から持ってくる?

 和樹さんは、ここで限界――
 すばるさんは、魔術が使えない――

 そして、俺は――


 ……。

 …………。

 ………………。


 あっ……、
 思い付いちゃったよ。

 まだ、方法は残っている……、

 残っているけど……、
 これ、無茶苦茶キツイかも……、

 それに、今まで、こんな無茶な真似したこと無いし――

「――って、やらないわけにもいかないよな!」

 俺は、やけっぱちに叫ぶと、
剣を片手で持ち、空いた左手で、腰のルーンナイフを抜いた。

 そして……、

「――魔法剣、起動セットアップ!」

 腕が燃えるのも構わず……、
 俺は、和樹さんが生み出した火鳥に、ナイフを突っ込む。



「――火 属 性ファイヤーコード――付 与インストール――」



 その瞬間――

 俺の頭を、激しい頭痛が襲った。

 目の前が真っ赤になり、
脳の神経が焼き切れるのでは、と不安になる程の熱を持ち始める。

 止めろ、やめろ、ヤメロ――

 それは無茶だ……、
 お前には、そんな真似は無理だ……、

 シニタクナケレバイマスグニヤメロ――

 頭痛と共に、頭の中で、警告が鳴り響く。

 理性が――
 全神経が――
 魔術回路が――

 死にたくないと……、
 無謀な真似は止めろと、悲鳴を上げる。

 ――だが、そんなのは関係無い。

 俺は、意志の力だけで、
それを捻じ伏せ、自分の体に、強引に言う事をきかせる。

 ――うるさい! 黙れ!
 死にたくないなら、俺に逆らうなっ!

 命を賭けろっ! 全てを賭けろっ!

 凡人でしかない俺には、
そのくらいしか、上乗せするチップは無いだろうっ!!



「おおおおおーーーーーーーっ!!」



 ――吼える。

 左手には、炎に包まれたルーンナイフ。

 逆手に持ったそれを、
交差させるように、剣に打ち付け――

 唱えるは――
 即興で編んだ呪文――





「――接 続アクセスっ!」





 それは……、
 ほんの一瞬の出来事だった。

 魔法剣の同時発動――

 それによって、瞬間的に増幅された、
火属性の力が、僅かに、ラルヴァの攻撃を押し戻したのだ。

 そして、均衡が崩れた途端、氷槍に、小さな亀裂が走り……、

 徐々に、徐々に……、
 その亀裂は、氷槍全体に広がっていく。

 もう少し……、
 あと少しで、この攻撃を防ぎ切れる。

 ……でも、これじゃあ、間に合わない。

 氷槍を破壊する前に、こっちの魔力が尽きてしまう。

「クッ……ここまで、なのか……」

 今にも焼き付いてしまいそうな魔術回路――

 その過負荷に、血を吐きながらも、俺は歯を食い縛り、堪え続ける。

 だが、もう、これ以上は……、
 どんなに頑張っても、火の出力が上がってくれない。

「ちくしょう……ちくしょう……っ!!」

 ここまで、死力を尽くしても、
ラルヴァの氷槍を破壊するには至らないと言うのか……、

 あと一つで良いんだ……、

 もう、あと一つ……、
 何か力を加えてやれば、コイツを破壊できるのに……、

 何か……何か無いのか?

 あと、一つ――
 何でも良いから、あと一つ――

     ・
     ・
     ・



「大影流最終奥義――


 俺と和樹さんの間を、『何か』が駆け抜けた。

 荒れ狂う爆炎の中へと――
 恐れる事無く、その身を躍らせ――


              ――地竜走波ぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」



 ――弾けた。

 すばるさんの決死の一撃……、
 高振動を放つ奥義が、最後の決め手となった。

 人間の固有振動を放ち、
周囲の『人間のみ』を倒す大影流奥義――

 本来ならば、ラルヴァの氷槍には、一切、通用する筈のない技である。

 だが、しかし、固有振動とはいえ、
その衝撃が皆無というわけではないのだ。

 ならば、その衝撃を……、
 全体に亀裂の入った氷槍に、直接、叩き込めば、一体どうなるか……、

 すばるさんの掌底から放たれた振動は、亀裂を伝い、氷槍の全体に行き渡る。

 そして、その振動が――
 亀裂の広がる速度を加速させ――

「はあ、はあ……」

「や、やりました……の……」

 ――氷槍が、砕け散る。

 細かな結晶なった氷槍が、
まるで、雨の様に俺達に降り注ぎ……、

 無数の結晶は、瞬時に、
俺達が放っていた爆炎の熱に解け、周囲を濃い霧で満たした。

「なんとか……凌いだ、か……」

 ――そう。
 俺達は、凌いだのだ。

 ラルヴァの攻撃を、見事に防いでみせたのだ。

「ほう……」

 その光景を前に、
ラルヴァは、感心したように声をもらす。

 その視線の先にあるのは、ボロボロになった俺達の姿……、

 両手足が使いモノにならなくなった俺――
 魔力を使い果たし、苦しげに膝を付く和樹さん――
 目のやり場に困るくらい、焼け焦げた姿のすばるさん――

「なるほど……、
さすがは、我が同胞を倒しただけはあるな」

「…………」

 俺の事を言っているのだろう……、

 向けられた視線を、
俺は、肩で息をしながら、睨み返す。

 両腕は、ダラリと垂れたまま……、

 魔術回路を酷使し過ぎた為だろう。
 俺の両腕の神経は、完全にイカレてしまっていた。

 それでも、剣は離さない――

 いざとなれば、腕に魔力をブチ込んで、無理矢理にでも動かしてやる。

 だが……、
 そんな、俺の覚悟とは裏腹に……、

「――では、さらばだ」

「待てっ! 何処へ行くつものりだっ!?」

「……言っただろう?
今回は、お前達と遊んでやるつもりは無い、と」

「くっ……」

また会おう・・・・・……センドーカズキ、フジイマコト」

 まるで、俺達を嘲笑うかのように……、
 隙だらけの背を向けて、ラルヴァは、悠々と飛び去っていく。

 そんなラルヴァを、俺達は、ただ、見送る事しか出来ない。

 このまま、奴を見逃してはいけない――
 放っておけば、いずれ、必ず、大きな災いとなる――

 それを感じていながら、俺達は、手を出す事が出来なかった。

 分かるのだ……、
 圧倒的な実力の差が……、

 もし闘えば、その先にあるのは、一方的な死のみ……、

 なにせ、俺達は、奴の放った、
たった一度の攻撃を防いだだけで、もう、満身創痍……、

 闘えるわけがない……、
 悔しいけど、もう、闘えない……、

 負けると判りきった闘い――
 勝つ見込みなど、微塵も無い闘い――

 そんな事をするのは、勇気でも、無謀ですらも無い。

 ――なんて、無様。
 ――なんて、屈辱。

 俺達は――



 ――ラルヴァに見逃されたのだ。



「悔しいですの……っ!!」

 夜空の向こうに、ラルヴァの姿が消えて行く……、

 それまで、気丈にも、身構え続けていた、
すばるさんは、ガクッと膝を付くと、心底、悔しそうに、地面に拳をぶつけた。

 そんな彼女の体に、和樹さんは、自分の上着を被せる。

「うっ、うう……」

「すばる……」

 和樹さんの上着を掴み、
すばるさんは、ポロポロと涙をこぼす

 泣き続ける彼女に、何て声を掛けて良いか分からず……、

 和樹さんは、彼女の背を、
そっと抱きしめてあげる事しか出来ない。

 この敗北は、すばるさんにとって……、
 正義の味方を目指す彼女にとって、あまりにも酷な現実……、

 何故なら――
 正義は、悪に屈してはいけないのだから――

「誠……動けるか?」

「……無理っぽいです」

 ラルヴァがいなくなり、気を抜けたようだ。

 手から、剣とナイフが落ち、
俺は、その場に、崩れ落ちるように倒れる。

 そんな俺を見て、和樹さんは無言で頷くと、瑞希さん達を呼ぶ為に、空に光石を投げた。

 これで、すぐにでも、
自警団の皆が、救援に駆けつけてくれるだろう。

 敗北の夜空に――
 寂しげに輝く光石の輝き――

 それを、ぼんやりと眺め……、


 ――もっと、強くなりたい。


 そんな想いを胸に……、

 俺の意識は……、
 闇の中へと落ちていった……、

     ・
     ・
     ・










 結局――

 今回の事件は、未解決のまま、迷宮入りとなった。

 捕まえた禁愚ジャッキーからは、
ラルヴァに関する情報は、一切、入手出来なかったのだ。

 曰く、Gペンを使い、適当に暴れろ、と命令されただけだった、とのこと……、

 つまり、禁愚ジャッキーは、
ラルヴァにとっては、ただの捨て駒でしかなかった、というわけだ。

 ラルヴァの正体も――
 盗まれた書物の行方も――

 そして、奴らの目的も――

 ――全ては、謎に包まれたまま、終わってしまった。

 ただ、一つだけ……、
 ハッキリと分かっているのは……、

 俺達の知らないところで……、
 想像もつかないような、大きな『何か』が蠢いている。

 それが、一体、何なのか……、

 いずれ、分かる時が来るだろう……、
 いずれ、その『何か』に巻き込まれる事になるだろう……、


 ――また会おう。


 ラルヴァは……、
 去り際に、そう言っていたのだから……、

 ならば、それまでに出来る事をしなければ……、





 やれやれ……、
 随分と、面倒な事になっちまったな。

 気楽な一人旅のつもりだったのに……、





<おわり>
<戻る>


あとがき

 実は、話の構成は、パルメア編と同じだったり……、

 今回の戦闘シーンは、完全に、
力押しになっちゃたので、ちょっと反省です。

 シナリオ的には、この事件がきっかけで、
和樹の能力が、ガディム側に目を付けられた、ということで……、