フィルスノーン王国――

 アクアプラス大陸南東に位置し、
ウタワレを向こうに望める山岳地帯を背にする中規模国家。

 その王国の南部の半島に、古代都市『パルメア』はある。

 そもそも、フィルスノーン王国は、
古代グエンディーナの属領に起こった国であるが故に、とても古い歴史を持つ。

 その為、この国の領地には、数多くの遺跡が点在しており……、

 そんな遺跡群の、ほぼ中心に、
俺が目指す、古代都市パルメアはあった。

 聞けば、現在、パルメアでは、古美術品の博覧会が行われているらしい。

 何といっても遺跡の街……、
 さぞかし、珍しい物が沢山あるに違いない。

 そんな好奇心を刺激され――

 再び、故郷を離れた俺は、
パルメアを目指し、森の中を、意気揚々と歩いていたのだが――



「しっかりしてくださいっ!
もうすぐ、パルメアに着きますからっ!」

「……頑張ってね、坊や」

「――ああもうっ!
俺は、天馬なんて操ったこと無いのに〜っ!!」

     ・
     ・
     ・





 一体、何故に……、

 こんな事態になってしまったのか……、






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『古代都市パルメア』







 ――話は、少し遡る。





 パルメア付近の森の中――

 そこで、森林浴を楽しみつつ、
のんびりと、街へと歩いていた俺は、上空を飛来する物体を発見した。

「……何だ?」

 何事かと、それを追い駆け、
目を凝らすと、飛んでいたのは、世にも珍しい天馬の姿……、

 純白の翼を広げ――
 大空を駆ける優美な姿――

 その美しい光景に、俺は、目を奪われる。

 だが、暫くして……、
 何やら、様子がおかしい事に気が付いた。

「追われている……?」

 ――そう。
 天馬は、怪しい黒い影に追われていた。

 蝙蝠のような翼――
 艶の有る、不気味な漆黒の肌――

 まるで、物語にある悪魔のような姿の化け物――

 どうやら、天馬は、
その化け物と、空中戦を繰り広げているらしい。

 いや、違う……、
 闘っているのは、天馬の背に乗る女性だ。

 綺麗な金色の髪が乱れるのも構わず、
女性は、手に持った武器で、魔物に攻撃を加えている。

 だが、その攻撃は、まるで通用していないようだ。

 魔物は、女性の攻撃を一切無視して、片手を前に突き出すと……、

「ヤバイ――!!」

 気が付けば、俺は走り出していた。

 魔物が放った火球……、
 それが、天馬の片翼を掠める。

 バランスを失い、墜落する天馬と、それを追撃する魔物……、

 俺は、剣を抜き放ち、
呪文を詠唱しつつ、墜落地点へと、全力で走る。

「――っ!? こっちか!?」

 森の中に、銃声が二発響いた。

 その音を頼りに、俺は、
邪魔な木の枝を払いながら、現場へと駆け付ける。

 そして……、



「ウインド――


 確か、魔銃と言ったか……、
 苦しげな表情を浮かべ、片手に、それを構えた女性。

 見れば、彼女の腹部からは、大量の血が流れ……、

 満身創痍の彼女に、
鋭い爪を振り上げ、魔物が迫る。

 その光景を目にした瞬間……、


         ――ブレイドォォォォーーーーッ!!」



 俺は、雄叫びを上げ……、
 剣に込めた魔力を、一気に解放していた。

「なに……っ!?」

 完全に不意打ち――
 背後からの、風の魔力を込めた、高速の斬撃――

 魔物は、体を捻って、
それをギリギリでかわすと、俺へと向き直った。

「……ほう、僅かとは言え、我が武装ラスト・リゾートを破るとは、な」

 どうやら、先程の俺の攻撃は、
少しだけ、奴の脇腹を掠めていたようだ。

 傷口から、気味の悪い緑色の体液が流れているのが見える。

「貴様……何者だ?」

 ゆっくりと、俺に歩み寄りながら、魔物が言う。

 だが、奴と対峙した時から……、
 俺には、それに答える余裕なんて無かった。

 ヤバイ……、
 コイツは、ケタ違いだ……、

 剣を構える手が、立ち尽くす足が、ガクガクと震えているのが分かる。

 全身を覆う、禍々しい魔力――
 相対するだけで、圧倒される威圧感――

 見ただけで、断言できる。
 明らかに、コイツの強さは、俺よりも遥かに上だ。

 数値で例えるなら、俺よりも、2ケタは違う。

 逃げろ、にげろ、ニゲロ――

 死の恐怖から、本能が、俺に訴えかける。

 しかし、それすらも出来ない。
 恐怖のあまり、完全に、体が硬直してしまっていた。

「まあ、いい……死ね」

 魔物が、冷たく言い放つと共に、俺へと肉薄する。

 そして……、
 無防備な俺へと、爪が振り下ろされ……、



「何をしてるのっ! 早く逃げなさい!」

「――っ!?」



 目前まで迫った魔物がフッ飛んだ。

 横から飛び込んで来た女性が、
魔物の横っ面にハイキックをお見舞いしたのだ。

「ボサッとしない! 死にたいの、坊や!」

「そんなわけ――」

 俺を守るように、銃を構える女性……、

 彼女の叱咤に、我に返った俺は、
慌てて道具袋に手を突っ込むと、小さな玉を取り出す。

「――ないだろうっ!!」

 そして、立ち上がろうとしている魔物に向かって、それを投げつけた。

「ぬっ……コレは!?」

 見事、俺の投げた玉は、敵に命中した。

 その途端、玉は弾け、
無数の糸となって、魔物の全身に絡みつく。

 『スパイダーネット』――

 大蜘蛛の糸を加工して作られた、
割とポピュラーな、捕縛用のアイテムである。

 あれだの魔力を持った相手……、
 ダメで元々のつもりだったのだが、意外にも、効果があったようだ。

「グッ……こんな玩具で……」

 まさか、自分相手に、
こんなチャチな物を使ってくるとは思わなかったのだろう。

 冷静さを失った魔物は、力任せに、束縛を解こうとする。

 しかし、この道具に対して、それを逆効果だ。
 魔物を拘束する糸は、さらにキツく、奴の体に食い込んでいく。

 ――って、悠長に観察してる場合じゃない!

「逃げますよ……っ!!」

 俺は、女性を促そうと、手を伸ばす。

 だが、その手は、虚しく空を切った。

 何故なら……、
 既に、女性は、倒れ伏していたから……、

「私の事は良いから、坊やは――」

「――却下!!」

 大量の出血により、目は虚ろ……、

 それでも、彼女は、
俺を逃がそうと、微笑んで見せる。

 一応、俺だって男だ。
 そんな彼女を、置き去りに出来るわけがない。

 即座に、その言葉を一蹴すると、俺は、彼女の体を、天馬へと乗せた。

 そして、俺もまた、天馬へと飛び乗り、
火傷を負った翼に、治癒魔術を掛けながら、手綱を握る。

「頼む……行ってくれっ!!」

 手綱を引き、俺は、祈るように叫ぶ。

 本来、天馬は、乗り手を選ぶ生き物である。

 それ故、いかに、マスターである、
この女性を乗せているとは言え、天馬が、俺の言う事を聞いてくれるとは限らない。

 だが……、
 今回は、俺に幸運があったようだ。

「――しっかり捕まっていてください」

 天馬は、そう言うと同時に、
翼を羽ばたかせ、一気に、空へと舞い上がった。

 ――ってゆ〜か、コイツ、喋った?!

 その事に驚く暇も無く、
天馬は、風を切って、空を駆ける。

 そして、あっと言う間に、戦場から離脱した。

     ・
     ・
     ・










 とまあ、そんなわけで――

 ボロボロになりつつも、
何とか、俺達は、パルメアへと到着した。

 街へと入った俺は、喋る天馬『ミルト』に案内され、とある喫茶店へと向かう。

 聞けば、この女性……、
 『リサ=ヴィクセン』は、盗賊ギルドに所属する諜報員とのこと。

 で、目的地である喫茶店――

 『ラディッシュ』という名の店こそが、
街の地下に有る盗賊ギルド本部の入り口らしい。

「リサさん……着きましたよ」

「ええ……肩、貸してくれる?」

 俺の手当てと治癒魔術で、傷は塞がっているとはいえ……、

 大量の出血により、
リサさんは、重度の貧血状態にある。

 そんなリサさんの言葉に、
無言で頷き、俺は、彼女に肩を貸して、店へと入った。

 と、その瞬間……、



「あ、姐さん、どうしたんだよっ!?」

「うわわっ!? 大丈夫、リサさんっ!」

「きゅ、救急箱、救急箱!」



 傷付いたリサさんの姿を見た人達……、

 浅黒い肌の男性を筆頭に、
数人の男女が俺達を囲み、一気に、店の中は慌しくなる。

 リサさん諸共、俺は、ギルドへと引っ張り込まれ……、

 医務室へと運ばれたリサさんは、
女性陣の鮮やかな手際によって、的確な治療が施される。

 そして、気が付けば……、

「さて、ボウズ……、
一体、姐さんに、何があったってんだい?」

 俺は、椅子に座らされ、『エディ』さんという、
先程の黒人男性による、事情徴収を受ける立場になっていた。

 いや、彼だけではない……、

 リサさんの治療を行った、『湯浅 皐月』さんや、
『伏見 ゆかり』さんまでもが、厳しい表情で、俺を見つめている。

 ちなみに、リサさんは、傍のベッドで睡眠中だ。

 鎮静剤が効いているのか、
その寝顔は穏やかだが、輸血の為に、腕に刺された管が痛々しい。

 まあ、それはともかく――

「え、え〜っと……」

 こんなに睨まれると、まるで、
自分が、何か悪い事をしたように思えてくる。

 その雰囲気に圧倒され、口篭もっていると……、

「安心しろって……、
オレッチ達は、別に、ボウズを責めてるわけじゃない」

 俺が戸惑っているのに気付いたのだろう。
 エディさんは、雰囲気を和らげると、俺に、人懐こい笑みを見せた。

「ボウズが、姐さんを助けてくれたってのは、もう、ミルトから聞いてる。
だから、一体、何があったのか……、
お前さんは、それだけを、正確に教えてくれれば良い」

「わ、分かりました……、
でも、その前に、こっちの質問に答えてください」

「ああ、良いぜい……」

 俺の言葉に、心良く頷くエディさん。

 彼の了承を得た俺は、
先程から抱いていた疑問を訊ねる事にした。

 それは、リサさんが襲われていた理由――

 聞けば、リサさんは、
単独で、とある組織のアジトに、潜入していたらしい。

 目的は、盗まれた遺産武器の奪還――

 どうやら、その組織の首領は、
世界各地にある遺産武器を、強引な方法で収集しているとのこと。

 例えば、持ち主を襲って奪ったり……、
 競売場で、品物に破格の値をつけて買い占めたり……、

 ……そして、ここ、パルメアでも、彼の暴挙は行われた。

 なんと、博覧会での展示が予定されていた、
遺産武器を輸送する船が、航海の途中、船ごと強奪されてしまったのだ。

 奪われた遺産武器――
 その名を、『虚構を描く幻想の槍』アズタイムゴーズバイ――

 しかも、さらに聞いてビックリ……、

 その強奪された船ってのが、
どうやら、俺が、ウタワレへと漂着する羽目になった時に乗っていた船だったのだ。

 つまり、嵐の中、海の魔物を撃退し――
 船から放り出された俺を、置き去りにした後に――

 ――船は、件の組織によって襲われた、ということになる。

 皮肉な話だな……、

 あの船に乗っていた者の中で、
生き残っているのが、海の真ん中に取り残された俺だけだったなんて……、

 尤も、皆が死んだなんて、言い切る事は出来ないのだが……、

 せめて、件の組織に、
捕らわれている、と、考えたいところだけど……、

 まあ、それはともかく――

 盗賊ギルドがあるパルメアに対して、
そのような暴挙が行われたとなれば、さすがに黙ってはいられない。

 そこで、盗賊ギルドは、奪われた、
遺産武器を取り戻す為、NO2であるリサさんを任務に当てる。

 だが、見事、潜入はしたものの――
 あと一歩のところで、敵に察知され、彼女はアジトから脱出――

 その追っ手から逃けているところを、俺が目撃し、現在に至る、というわけだ。

「ソーイチがいれば……、
こんな事にはならなかったんだろうけどよ〜」

「こんな時に限って、あいつ、他の仕事で留守なのよね〜」

 盗賊ギルドが誇るNO1エージェント……、
 『NASTYBOY』と呼ばれる『那須 宗一』の名を呟き、エディさん達は溜息をつく。

 そんな彼らに、俺は話の続きを促した。

「……それで、その組織の名は?」

「これ以上は、企業秘密だ。
さあ、今度は、そっちが話す番だぜい」

「はい、それじゃあ――」

 エディさんの言葉に頷き、
俺は、事の経緯を、順番に話して行く。

 パルメアを目指して、旅をしていたこと――
 その途中、例の魔物と交戦中のリサさんに遭遇したこと――

 そして、魔物の隙を突き、何とか、ここまで逃げ延びて来たことを――

「し、信じられねぇ……」

「どんな化け物なのよ……、
リサさんでも勝てないなんて……」

 俺の話を聞き終え、呆然とする一同。

 彼らにとって、リサさんは、
それだけの実力者だったのだろう。

 そんな彼女ですら、勝てない存在が現れた事に、エディさん達の間に、嫌な沈黙が流れる。

 と、そこへ……、
 思わぬ人物が、沈黙を破った。



「――ラルヴァ、と名乗っていたわ」

「リサさん……っ!」



 いつの間に、目を覚ましたのか……、

 体を起こしたリサさんが、
輸血の針を、自ら外しながら、こちらを見ている。

 そして、エディさん達を安心させるかのように、苦笑して見せると……、

「誤解しないでよね……、
確かに、アイツは強かったけど、勝てない相手じゃなかったわ」

「じゃあ、何でまた……?」

「武器による攻撃と、魔術による攻撃……、
ヤツは、それらを無効化する概念武装をしていたのよ」

「概念武装……確かに、そいつは厄介だ……」

 リサさんの話を聞き、エディさんは、難しい顔で唸る。

 そんな彼の後ろで、皐月さんが、
ゆかりさんに、概念武装について訊ねていた。

 概念武装――

 主に、教会に属する司教達が持ち、
文字通り、概念そのものを武装する技術の事である。

 例えば、今、リサさんが言ったような、武器による攻撃の無効化――

 これは、『武器は効かない』という概念を、
その身に纏い、武器に対しては、ほぼ無敵になれる、という事なのだ。

 これだけを聞くと、とても便利な物に思えるが、もちろん、欠点だってある。

 その武装に込められた、
概念以外のモノに対しては、全く効果は現れないのだ。

 武器に対しては無敵でも、魔術に対しては無防備、となるように……、

 また、その武装が強力であればある程、
それを維持する為に消費する魔力も半端じゃない。

 故に、リサさんが言ったような、
二つの概念武装を、同時に扱うなど、無茶も良いところなのだが……、

 それも、ヤツなら……、
 あの、ラルヴァって奴なら、可能だろう。

 まったく……武器も、魔術も効かないなんて、反則にも程が有る。

 俺の攻撃が、多少とはいえ、通用したのは、
多分、武器と魔術による同時攻撃だったから、だろうけど……、

 同じ手が、二度も効くとは思えないし……、

 じゃあ、どうやって……、
 あんな奴と闘えば良いというのか……、

「簡単よ、素手で闘えば良い……、
現に、あの時も、私のハイキックは効いていたわ」

 どうやら、俺が物思いに耽っている間に、誰かが、同じ疑問を口にしたらしい。

 それを耳にしたリサさんが、
軽い口調で、トンデモナイ事をのたもうた。

「おいおい、姐さん……、
まさか、今度は、素手で殺り合おなんて、思ってないよな?」

「ってゆ〜か、まだ動いちゃダメですよ!」

 今にも起き出して、任務に戻りそうな、
リサさんを、エディさんとゆかりさんが押し留める。

 そんな二人に、リサさんは、強い口調で言い放った。

「無茶なのは、充分に分かってるわ!
でも、私が潜入していた事を知った以上、奴等だって、大人しくしているわけがない!」

「確かに、時間は惜しいぜ……、
今頃は、アジトを引き払ってる頃だろうさ。
でも、だからって、姐さんに無茶はさせられねぇよ!」

「――そうそう!
無茶苦茶なのは、宗一だけで充分!」

 三人が、必死になって、リサさんを説得する。

 それで、ようやく、落ち着いたようだ。

 リサさんは、皐月さんから、
紅茶を受け取ると、それを一口啜ってから、妥協案を提示した。

「せめて、誰かに偵察だけでも……、
奴等が、次に向かう場所だけでも分かれば良いんだけど……」

「そうだな〜……、
でも、距離を考えると、ミルトに乗れねぇと……」

「あと、多少でも良いから、ラルヴァを傷付けられる人が良いわね」

「でも、そんな都合の良い人が――っ!」

 と、ゆかりさんが呟いた瞬間……、

「――えっ?」

 一同の目が見開かれ……、
 その視線が、一斉に、俺に集中する。

 そして――
 ここまで関わった以上――

 俺には、、その視線を無視する事など出来ないわけで――

     ・
     ・
     ・










 で、結局――

 俺は、天馬ミルトに乗って、
例の組織のアジトである遺跡へと向かっていたりする。

「……どうして、断らなかったのですか?」

「さあな……」

 俺が、依頼を受けた事を、不思議に思っていたのだろう……、

 夜空を駆けるミルトは、
翼を広げ、正面を見据えたまま、俺に訊ねてきた。

 そんな彼女に、俺は、皐月さん特製のサンドイッチを食べながら、肩を竦めて見せる。

 確かに、ミルトの言う通り、
俺は、盗賊ギルドからの依頼を断る事だって出来た。

 いや、断るべきであった……、

 相手は、あのラルヴァ……、
 この依頼は、あまりにも危険過ぎる……、

 それを分かっていながら、俺は、依頼を受けたのだ。
 ミルトが、不思議に思うのも、仕方が無い。

 だが、どんなに怖くても、俺は、逃げるわけにはいかなかった。

 何故なら……、
 これしきの事で逃げていては、俺の理想には届かない。

 それに――

「いつまでも、リサさんに、『坊や』なんて呼ばれるのは癪だろう?」

「……男の子ですねぇ」

「ほっとけ……」

 照れ隠しに、俺は、サンドイッチを、
口に放り込むと、水筒の紅茶を一気に飲み下す。

 そして……、
 サンドイッチの最後の一つを、ミルトに与えつつ……、

「ところで、俺からも、一つ訊いて良いか?」

「……何でしょう?」

「どうして、俺を乗せてくれたんだ?
確か、天馬ってのは、乗り手を選ぶものなんだろ?」

 訊ねる俺に、ミルトは、ちょっとだけ、俺の方を振り返った。

 その眼差しは……、
 何やら、とても優しげで……、

「貴方は、信頼できます……、
熾天使の祝福を受けているのですから……」

「ああ、なるほど……」

 俺は、腕に巻かれたスカーフを一瞥して、納得する。

 熾天使の祝福を受けた証……、
 それは、ミルトのような幻想種にとっては、何にも勝る身分証明だろう。

「……そろそろ、到着します」

 そんな会話をしている内に、
目的地の近くまでやって来たようだ。

 俺は、敵に発見されるのを防ぐ為、ミルトに高度を下げて貰う。

 何せ、夜の闇に、ミルトの姿は目立ち過ぎる。
 だから、ここから先は、森の中を、慎重に進んでいくしかない。

 だが……、



「――っ!!」

「うわ……っ!?」



 森の中へと、身を潜めようとした瞬間……、

 一体、何を思ったのか……、
 突然、ミルトは、激しく翼を羽ばたかせ、一気に高度を上げた。

「ど、どうした!?」

 ミルトから落ちないよう、彼女の首にしがみ付きながら、俺は訊ねる。

 それに対して、ミルトは、
かなり焦った口調で、端的に答えた。

「見つかりました……奴です」

「――逃げろ、ミルト!!」

 俺の指示に、すぐさま頷き、ミルトは転進する。

 そして、それと同時に、
森の中から飛び出して来たのは――

「フハハハハハッ!!
まさか、こうも早く、お前に会えるとはなっ!!」

 歓喜の声を上げる――
 闇夜の中ですら、鮮明に浮かぶ漆黒の翼――

 ――滅びの使徒、ラルヴァ。

「まさか、あれから、ずっと待ち伏せていやがったのか……?」

 あまりのタイミングの良さに、俺は舌打ちをする。

 どうやら、先の戦闘で、
コケにされた事を、相当、根に持っているみたいだ。

 いくら概念武装があるとはいえ……、
 俺が牽制で放つ魔術を、全く意に介さず、真っ直ぐに、こちらに飛翔してくる。

「……逃げられそうか?」

 俺は、待機しているリサさん達へ、
救難信号を送る魔道具を起動させつつ、ミルトに訊ねた。

 しかし、返ってきたのは、割と絶望的な答え……、

「援護が来る前に、追い付かれますね。
貴方は、アレと闘って、何分、持ち堪えられますか?」

「……何秒だと思う?」

「例の道具は……?」

「同じ手が、二度も通用する相手とは思えないな」

 ミルトが言う『例の道具』とは、スパイダーネットの事だろう。

 確かに、あれが効くのは、
立証済みだけど、当然、ラルヴァだって、警戒はしている筈だ。

 おそらく、もう、アレは使うだけ無駄だろう。

 とはいえ……、
 効果があるのは分かっていて、使わない手は無いわけで……、

「――ようは、使い所か」

 ポツリと呟き、俺は大地を見下ろす。

 目が眩む程の高さ――
 眼下に広がるは、広大な森林――

「……ここから落ちたら、絶対に死ぬだろうな」

 何気なく、そんな事を考えつつ、
俺は、ラルヴァが放つ火球をかわし続けているミルトに声を掛けた。

「このまま逃げ続けて殺られるのと、
イチかバチか、アイツに喧嘩を売ってみるのと、どっちが良い?」

「――ギャンブルは嫌いではありません」

「即答かよ……、
さすがは、NASTYBOYの愛馬……」

「いえいえ、それほどでも……」

 どうやら、お互いに、迫り来る、
死の恐怖から、ヤケクソになっているのかもしれない。

 俺はミルトと、不敵に笑い合うと、手綱を握る手に、力を込めた。



「頼むぞ……!!」

「――了解!」



 俺が手綱を引くと同時に、ミルトが上昇を始める。

 ほとんど垂直に――
 雲を貫き、上へ、上へと――

「無駄な事を……っ!!」

 そんな俺達を追って、ラルヴァもまた、凄い勢いで上昇して来た。

 その姿を確認し、ミルトは旋回……、
 迫り来るラルヴァに向かって、一直線に飛ぶ。

 そして、俺は、道具袋から、光石を掴み出し、
ラルヴァに向かって投げ付けると、攻撃魔術で、それを粉砕した。

「目晦ましのつもりか!? 子供騙しなっ!」

 弾けた光石から、夜の闇に慣れた目を焼く程の閃光が迸る。

 しかし、ラルヴァは、
その光に怯む事無く、爪を振り上げる。

 突進する俺とミルトに、タイミングを合わせ、斬り裂くつもりだ。

 だが……、
 そんな事は、こっちだって予測済み。

「――なにっ!?」

 目前まで迫ったミルトを見て、ラルヴァは、驚愕する。

 何故なら――
 ミルトの背には、誰も乗っておらず――



「うおおおおおおーーーーっ!!」



 ――ミルトが急旋回した。

 そして、その後ろから――

 真っ直ぐに、魔法剣を構え、
一筋の矢となった俺が姿を現し、体ごと、ラルヴァに激突する。

 ――そう。
 これが、俺とミルトの狙い。

 光石を弾けさせた瞬間……、

 俺は、ミルトから飛び降り、
彼女の体に隠れ、ラルヴァに向かって、一直線に落下したのだ。

「ガハァ……ッ!!」

 俺の剣に、胸を貫かれ……、
 激突した勢いのまま、俺とラルヴァは、落下していく。

「ぐっ……うう……」

 腹部に激痛がはしる。
 どうやら、こっちも、ラルヴァの爪で、腹を抉られたようだ。

 だが、剣は離さない……、
 決して、離すわけにはいかない。

 これが、コイツを倒す、唯一のチャンスなのだから……、

「クッ、なんという醜態……、
お前のような雑魚に、ここまで深手を負わされるとは……」

 深々、己の胸に刺さった剣を一瞥し、ラルヴァは憎々しげに呟く。

 だが、その表情は、まだ余裕タップリだ。
 つまり、俺の捨て身の攻撃ですら、コイツには、まるで効いていない。

「確かに、お前は、俺よりも強い……、
まともに殺り合ってたら、俺に勝ち目なんて無かっただろうな」

「その通りだ……、
よく分かっているではないか……」

 俺の言葉に、ニヤリと口元を歪めるラルヴァ。

 なんて、愚かな……、
 コイツは、まだ、気が付いていない。

 ――俺の、本当の狙いに。

「でも、お前は、自分の力と、概念武装を過信しすぎた」

「その結果が、これか……、
だが、この程度では、我を倒す事など叶わぬ!」

「武器も、魔術も、お前には効かないからな……」

「――そうだっ!
すぐにでも、我が体は復元され、お前を八つ裂きにするだろう!」

 コイツの言う通り……、
 既に、ラルヴァの傷は、復元を始めている。

 ……でも、そんな事は関係無い。

 今までのは、ただの布石――

 本命は――
 まだ、俺の手の中にある――



「じゃあ、一つ訊くけど……」



 自分の力を過信した者――
 自分の弱さを自覚する者――

 前者にあって、後者に無いモノ――

 ――それは、油断。



「その、ご自慢の武装の概念には――



 それこそが――
 勝負を決する最大の――

     ・
     ・
     ・










――『墜落死』ってのは含まれてるのか?」










「な……にっ!?」

 俺の言葉を意味を理解し……、

 終始、余裕の笑みを、
浮かべていたラルヴァから、その表情が消えた。

 その瞬間――

 俺は、超至近距離で、
ありったけのスパイダーネットを発動させる。

「ウオオオオオオーーーーーッ!!」

 二重、三重と……、
 夥しい数の糸が、ラルヴァの全身に絡み付く。

 もちろん、糸は、奴の翼をも拘束するわけで……、

 ――これで、もう、コイツは飛ぶ事が出来ない。

「まさか、貴様は……、
最初から、これを狙って……っ!?」

「違うな……単に、お前が間抜けだっただけだよ」

 ワナワナと、怒りに声を震わせるラルヴァ。
 そんな奴に、俺は、先程までのお返しとばかりに、不敵に笑って見せる。

 ――そう。
 本当に、間抜けな話だ。

 ラルヴァが、俺を侮っていたこと――
 概念武装を過信しすぎていたこと――

 そして、ラルヴァが、完全に油断し切っていたこと――

 この勝敗は、それらが、全て重なった結果――

 俺が強かったわけじゃない。
 ラルヴァの運が悪かったわけでもない。

 ――敗北の原因は、全て、ラルヴァ自身にあったのだ。

「じゃあな……」

 自分自身の、あまりの馬鹿さ加減に、ラルヴァは呆然とする。

 そのラルヴァの体を、
思い切り蹴り付け、俺は、敵から身を離した。

 オマケとばかりに、風の魔力を込めた剣を刺したまま……、

「ハ……ハハハ……」

 剣に込めた魔力によって、
落下するラルヴァの体が、一気に加速した。

 乾いた笑みを浮かべるラルヴァが、見る見るうちに小さくなっていく。

 そして……、

 ラルヴァの体は……、
 地面に打ち付けられる事は無かった。

 そそり立つ大樹の頂点に、その身を貫かれ……、

 まるで、溶けて無くなるように……、
 真っ黒な灰となり、風に吹かれ、散っていく。

 ――って、のんびり観察してる場合じゃないっ!

 このまま、墜落したら、
俺も、あいつの二の舞だってのっ!!

「ミルトォォォーーーーッ!!」

 足場を失い、落下し続ける俺……、
 グングンと迫ってくる地表に冷や汗を流しつつ、俺は助けを呼ぶ。

 すると、その声を聞きつけ、
ミルトが俺に向かって、急降下してきた。

 そして――
 俺の服の襟首を口に咥えると――

 落下する俺の体を、しっかりと受け止め――










 ――ビリッ!










 あっ……、

 なんか、凄い既知感デジャヴュ……、










 ……。

 …………。

 ………………。










「うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!」










 ……。

 …………。

 ………………。










「あらあら……完全に目を回しちゃってるわね?」

「そりゃ、あの高さから落ちれば、無理ねぇよ。
まあ、ミルトが、ギリギリで受け止めたから良かったけどな」

「やっぱり、まだまだ、坊やね……、
せっかく、名前で呼んで上げようかと思ってたのに……」

「まあ、素人のボウズにしちゃ、頑張った方さ。
偵察の任務はともかく、厄介な奴を倒しちまったんだし……」

「それもそうね……じゃあ、これは、ご褒美ということで」(ちゅっ☆)

「ウヒョ〜♪ 姐さん、大サービスだねぇ」

「一生懸命な子は嫌いじゃないし……、
でも、このことは、宗一には内緒よ、Mr.エディ?」

「そいつは条件次第だ〜ね〜☆」

「――死にたい?」(ジロッ)

「ハッハッハッ……イエス、マム」(大汗)

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 あう〜……、

 落ちる〜、誰か助けて〜……、(大泣)





<おわり>
<戻る>


あとがき

 ――たまには、カッコイイ誠を書いてみたい。

 でも、結局、オチがつくのは、
やっぱり、お笑いの神に愛されてるからでしょうか?

 そういえば、誠は、サフィに祝福されてるわけで……、
 で、そのサフィは、ギャグが大好きなわけで……、

 ……ああ、納得。(爆)