「うっ……あ……?」

「――気が付きましたか?」(パタパタ)

「こ、ここ……は……?」

「ここは、トゥスクル……、
あなたは、海岸で倒れていたんですよ」(パタパタ)

「トゥ……スクル?」

「あっ、まだ起きちゃダメです!
まだ、熱は下がっていないんですから!」(パタパタ)

「あ……うん?」

「もう安心ですから……、
今は、ゆっくりと、休んでくださいね」(パタパタ)





「……尻尾?」(ぎゅっ)

「――はわっ!?」(驚)






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『極東の国ウタワレ』







 アクアプラス大陸の東部――

 ワン共和国から、海を越えた場所に、
浮かぶ孤島を、人は、極東の国『ウタワレ』と呼ぶ。

 この国は、大陸とは、全く異なる文化を持った未開拓地である。

 何故なら、ウタワレは、閉じた国……、

 いわゆる、鎖国体制を執っており、
大陸との交友は、ほとんど行われていないのだ。

 ……と言っても、完全に、というわけでもない。

 なにせ、大陸には、ウタワレ製の剣である、
サムライソードが、当たり前の様に、出回っていたりするのだ。

 おそらく、密輸でも行われているのだろう。

 まあ、それはともかく――

 アクアプラス大陸と、
極東の国ウタワレとの、決定的な違い……、

 それを、最も如実に表しているのは、ウタワレに住む人々の姿である。

 獣人、とでも呼べば良いのか……、

 なんと、ウタワレに住む人々は、
その種類こそ違うが、動物のような耳と尻尾を持っており……、

 しかも、見た目だけではなく、身体能力すらも、
動物のように高く、大陸の人間を、遥かに凌駕しているのだ。

 独自の文化――
 全く異なる種族――

 閉じられた、神秘の国ウタワレ――

 そんな、数々の謎に満ちた国に、俺は、辿り着いていた。

 冒険者でも……、
 密入国者でもなく……、

 ただの遭難者として……、










「なるほど……それは、災難だったな」

「……はい」


 ウタワレ南部にある皇都『トゥスクル』――

 その國の皇宮で目覚めた俺は、
皇である『ハクオロ』さんに、ウタワレへとやって来た経緯を話していた。

 初音島の港から船に乗り、
俺は、外海を経て、遺跡都市『パルメア』へと向かう。

 だが、不運にも、その船旅の途中で、嵐に見舞われてしまった。

 もちろん、外海を航行する船は、大きく頑丈だ、
 多少の嵐で、どうこうなるわけがない。

 ならば、何故、俺は、遭難者などになってしまったのか……、

 その理由は、さらに、
二つの不運が重なった事にある。

 一つ目の不運は、嵐の中、船が魔物に襲われたこと……、

 まあ、その魔物は、俺を含め、
同乗していた冒険者達によって、退治されたのだが……、

 問題は、二つ目の不運にあって……、

 魔物との闘いが終わった直後、
その一瞬の油断を突くように、強い波が、船を大きく揺らしたのだ。

 それにより、俺一人だけが、船の外へと放り出され――

 荒れ狂う海の中、何度、叫んでも、
豪雨の音によって、俺の声は掻き消され――

 そのまま、俺が海に落ちた事に、
誰も気付く事無く、船は、ドンドン遠ざかって行き――

     ・
     ・
     ・

 ――気が付けば、俺は、皇宮の一室で寝かされていた。

 ちなみに、波打ち際で倒れていた俺を、
ここまで運んでくれたのは、クロウという人らしい。

 騎馬部隊の訓練の最中に、偶然にも、瀕死の俺を発見したのだそうな。

「まあ、無事で何よりだ……、
体調が良くなるまで、ここに滞在していくと良い」

「――はい?」

 俺の話を聞き終え、ハクオロさんは、俺を労ってくれる。

 奇怪な仮面をつけていて、
最初は、ちょっと怖い人なのかと思ったけど……、

 彼の浮かべる微笑みに、何故か、俺は心が安らぐのを感じた。

 ――そう。
 まるで、日向ぼっこでもしている時のような……、

 だが、ハクオロさんが、
次に口にした言葉に、俺は、思わず目を丸くする。

「ゆっくりしていきなさい……、
キミの事は、皇宮の客人として迎えよう」

「い、いいんですか……?」

「――もちろんだ」

 ハクオロさんの太っ腹な発言に、俺は驚く。

 確かに、その申し出は有り難いけど……、

 でも、見ず知らずの俺を、
皇宮なんかに滞在させて良いのだろうか?

 そりゃまあ、皇であるハクオロさんが言うのだから、問題は無いのかもしれないが……、

「だいたい、病人を放り出すわけにもいかんだろう?」

「……俺、もう大丈夫ですよ」

「おいおい、マコト……、
そういう事を言っていると、エルルゥに怒られるぞ」

「――何のお話ですか?」

 と、噂をすれば何とやら……、

 俺とハクオロさんが話をしているところへ、
ウタワレ独特の民族衣装を着た、犬耳犬尻尾の女性がやって来た。

 彼女が『エルルゥ』さん……、
 皇妃であり、薬師であり、俺を看病してくれた人だ。

 彼女の手には御盆があり、
その上にある椀からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。

「気分の方は。どうですか?」

「あっ、はい……もうすっかり……」

 先程の件もあり、俺は、まともに彼女の顔を見る事が出来ない。

 そんな俺に構わず、エルルゥさんは、
ハクオロさんの隣に座ると、湯気を上げる椀を、俺に差し出した。

「これは、薬草粥です……、
熱いですから、気を付けて食べてくださいね」

「ご馳走様でした♪」

「「――早っ!?」」

 空になった椀を返す俺に、唖然とする二人。

 そして、何度か、俺と椀を、
交互に見比べると、エルルゥさんは、クスッと微笑んだ。

「それだけ食欲があれば、もう大丈夫ですね。
でも、念の為、今日一日は、安静にしていてくださいね」

「はい……その、さっきは、すみませんでした」

 俺から、空の椀を受け取るエルルゥさん。

 そんな彼女に、俺は、
良い機会だと、先程の無礼を詫びる事にする。

 それを見て、首を傾げるハクオロさん。
 もちろん、この件については、彼にも謝っておく必要がある。

「……何かあったのか?」

「いや、その、すみません……、
実は、目を覚ました時に、つい、奥さんの尻尾を掴んじゃって……」

「「――はっ?」」

 俺の言葉に、またしても、二人は固まる。

 そして、エルルゥさんの顔が、
見る見るうちに真っ赤になっていき……、

「ヤ、ヤダ、もう……、
私が、ハクオロさんの奥さん、だなんてっ!!」(照)

「――ぐえっ!?」

 照れ隠しのつもりだったのだろう……、
 エルルゥさんは、赤くなった顔を、背けながら、持っていた御盆で俺を叩く。

 普通なら、どうって事は無い一撃……、

 だが、不幸にも、その一撃は、
俺の顎先へと、イイ感じにクーリンヒットして……、



「きゅ〜……」(バタッ)

「ああっ!? ご、ごめんなさい!!」

「し、しっかりしろ、マコト!!」



 トゥスクルに滞在する事が決まった初日に……、

 俺は、辺境の女は強い、という格言を、
その身を以って、知る羽目になったのであった。










 次の日――

 いくら病み上がりとはいえ、
寝てばかりいるのも、さすがに退屈である。

 それに堪え切れなくなった俺は、リハビリも兼ねて、皇宮内を散歩する事にした。

 ちなみに、俺の事は、
既に、皇宮に住む人々には紹介済みである。

 まさか、謁見の間で、ハクオロさん直々に紹介して貰えるとは思わなかったが……、

 とまあ、そういうわけで、
俺が、皇宮内を歩き回るのには、特に支障は無い。

 で、その散歩の途中――

「おい、お前……確か、マコトだったか?」

「――はい?」

 俺に、何か用でもあるのか……、

 俺は、ハクオロさんの弟分である、
『オボロ』さんに、バッタリと出くわし、彼に呼び止められた。

 何事かと訊けば、もし暇なら、彼の妹の『ユズハ』ちゃんの話し相手になって欲しい、とのこと。

 重い病の為、目が見えず……、
 彼女は、ほぼ毎日、床に臥している、という……、

 そんな彼女に、大陸の話を聞かせてあげて欲しい、と……、

 そういう事ならと、俺は快諾し、ユズハちゃんの部屋へと向かう。

 そして、一応、ノックをして、
了解を得てから、部屋へと入ると……、

 そこには――



「いらっしゃいませ、マコトさま」

「――お話する」

「えへへ、楽しみだね〜」

「うむ……待ち侘びたぞ」

「まだ体調が優れないところ、申し訳ありません、マコトさん……」



 一体、何処で聞きつけたのか……、

 『アルルゥ』ちゃんを筆頭とする、
トゥスクル年少組が、期待に満ちた眼差しで、俺の来訪を待ち構えていた。

「やれやれ……」

「む? 何が、やれやれなのだ?」

「何気に、皆、暇なんだな、ってさ……」

「仕方ないだろう……、
ハクオロは、仕事ばかりで、余達に構ってくれんのだ」

「なるほど……」

 不機嫌そうな『クーヤ』ちゃんの言葉に、
大いに納得しつつ、俺は、彼女の隣に腰を下ろす。

「マコトさん、どうぞ」

「あっ、どうも……、
さてと、それじゃあ、何から話そうか……」

「リーフ島……だっけ?
マコト君の生まれ故郷の事から話してよ」

「じゃあ、まずは、リーフ島の話をしようかな……」

 クーヤちゃんの側に控えていた『サクヤ』さんから、
お茶を受け取り、それを啜りながら、どんな話をするか、俺は思案する。

 そんな俺を、『カミュ』ちゃんが急かし……、

 それに促されるまま、
俺は、ゆっくりと言葉を選びながら、大陸の事を語り始めた。

 生まれ故郷のリーフ島――
 マジアンで見た、賑やかな骨董市――
 信仰都市で聴いた、可愛い天使の歌声――
 狂ったように咲き乱れる、初音島の桜の木々――

 もちろん、俺が、今までに経験してきた、色々な冒険談も話した。

 俺は、吟遊詩人ではないので、
何処まで、上手く話せているのかは分からないが……、

 そんな俺の話を、ユズハちゃん達は、楽しそうに聞き入っている。

「まあ、桜の花が、そんなにも……」

「それを肴に、一杯飲みたいものですわね」

 さらに、いつの間に現れたのか……、
 聞き手に、『カルラ』さんや『ウルトリィ』さんまで加わり……、

 ……いつしか、部屋の中は、すっかり賑やかになっていた。

 そして――

「ユズっち……大丈夫?」

「はい、平気です……、
なんだか、寝てしまうのが勿体無くて……」

 楽しい時間は、過ぎるのが早いもの……、

 軽い暇潰しのつもりが、
随分と長く話し込んでしまっていた。

 ユズハちゃんの体調を気遣うカミュちゃんを見て、俺は話を中断した。

 窓の外を見れば、
もう既に、空が赤くなり始めている。

 ……そろそろ、潮時かな?

 そう考えた俺は、
続きは後日にしようと、ユズハちゃん達に向き直る。

 と、そこへ――



「マコト殿……少々、宜しいか?」

「あっ、はい……」



 扉の向こうから、俺を呼ぶ声が……、

 それに返事をすると、
扉を開けて、『トウカ』さんが中に入ってきた。

「……どうしました?」

「聖上がお呼びです……、
至急、書斎まで、ご足労願いたい」

「わかりました……、
じゃあ、この続きは、また明日ってことで」

「はい、ありがとうございました」

「うむ……有意義な時であったぞ」

 トウカさんの言葉に頷き、俺は、
話を切り上げると、ユズハちゃん達に見送られ、部屋を出た。

「書斎に行けば良いんですよね?」

「はい、それでは、こちらへ――」

「――あ、ちょっと待った」

 一緒に部屋から出たトウカさん……、
 俺を書斎へと案内しようと、先立った彼女を呼び止める。

 そして、何事かと首を傾げるトウカさんに、俺は、道具袋から取り出した薬草を一房を渡した。

「書斎へは、俺一人で行きます。
トウカさんは、これをエルルゥさんに渡して貰えませんか?」

「……これは?」

「エリクサーという薬の原料です……、
分からなければ、チキナロさんにでも訊いてください」

「――承知した。では、お先に」

 俺から薬草を受け取り、
トウカさんは、軽く一礼すると、足早に去って行く。

 それを見送った後、俺は、書斎へと向かった。

 さてと……、
 一体、俺に何の用があるんだろう?

     ・
     ・
     ・










 その日の夜――

 何故か、寝付く事が出来ず、
俺は、水でも飲もうと、水汲み場へとやって来た。

 と、そこで、ちょっと意外な人物の姿を見る。

「ユズハ……ちゃん?」

 まるで祈るように……、
 夜空に浮かぶ月を見上げるユズハちゃん。

 いや、彼女は、目が見えないのだから、その表現は適切では無いのかもしれないが……、

 まあ、それはともかく――

 そんな姿を発見し、
俺は、ユズハちゃんへと歩み寄る。

「――その声は、マコトさまですか?」

 俺の声に気が付いたのだろう。
 ユズハちゃんは、閉じたままの瞳を、こちらに向けた。

「もしかして……眠れないのか?」

「はい、昼間のお話が、とても楽しかったので……」

 彼女の隣に立ちつつ、
訊ねる俺に、ユズハちゃんはコクリと頷く。

 そして、もう一度、月を見上げると……、



「……わたしは、マコトさまが羨ましいです」



 そう言う彼女に、悲壮感は無かった。

 彼女にあるもの――
 それは、純粋な憧れ――

「貴方には、翼があるんですね……、
何処へでも、自由に飛んで行ける翼が……」

「まあ、冒険者だし……」

「マコトさまのお話を聞いて、思いました。
わたしも、マコトさまのように、世界中を見てみたい、と……」

「ユズハちゃん……」

「でも、無理ですよね……、
わたしは、こんなにも体が弱いから……」

「…………」

 自分の細い体を抱きしめながらも……、
 その事実を、まるで他人事のように微笑むユズハちゃん。

 その姿は――
 何だか、とても儚くて――

 今にも、目の前から消えてしまいそうで――

 でも、俺は、そんな彼女に、何て言葉を掛けて良いか分からず……、

「夜風は体に良くない……、
そろそろ、部屋に戻った方が良いよ」

 彼女の肩に、自分の上着を掛けて……、
 そんな、ありきたりのセリフしか、言う事が出来なかった。

「お優しいのですね、マコトさまは……」

「まさか、それはないよ……、
恋人を残して、世界を遊び歩いてる男だぞ」

「でも、恋人さんの事を忘れた事はないのでしょう?」

「うっ、それは、まあ……」(照れ)

「ふふっ、やっぱり、貴方はお優しい方です」

「ああ、もうっ……、
そんな事より、サッサと部屋に戻れっての」

「はい……それでは、おやすみなさいませ」

「……おやすみ」

 静かな足取りで、ユズハちゃんは、部屋へと戻って行く。

「……ちっ」

 そんな彼女の後姿を見送りつつ、
俺は、自分の不甲斐無さに、腹を立てていた。

「……何やってるんだ、俺は」

 井戸から水を汲むと、苛立ち紛れに、水を一気に煽る。

 そして、さっきまで、
彼女が見つめていた月を見上げると、俺は、必死で考えた。

 ユズハちゃんの為に……、
 俺には、何が出来るのだろう、と……、

     ・
     ・
     ・










 数日後――

 俺は再び、船上の人となっていた。

 行き先は、リーフ島……、
 つまり、俺の生まれ故郷である。

「まさか、こんな事になるとはな〜……」

 穏やかな波に揺られ……、
 ウタワレより出航した船は、順調な船旅を続ける。

 そんな船の甲板に寝転がり、晴れた空を、
ぼんやりと見上げていた俺は、ふと、先日の書斎での一件を思い出していた。

 あの日……、
 書斎へと顔を出した俺は……、

 ……ハクオロさんとベナウィさんに、とある相談を持ち掛けられた。

 何でも、ハクオロさんは、ウタワレの、
鎖国体制を解き、今後は、大陸とも、交友を深めていきたい、とのこと。

 だが、大陸との繋がりを持とうにも、対象となる国の情報は皆無。

 もちろん、密輸経路を辿れば、
情報も集まるのだろうが、信用できるものではない。

 ――そこで、俺に白羽の矢が立った。

 大陸を渡り歩く冒険者なら、
交友を結ぶに、信頼できる国を知っているだろう、と……、

 そう問われれば、俺が答える国は、一つしかない。

 故郷のリーフ島――
 ハートトゥハートの城――

 位置的にも、ウタワレの南東と近いし……、

 そして、何よりも……、
 あの国を治めるのは、はるかさんなのだ。

 身内というのを差し引いても、俺は、あの人程、信用出来る王族を知らない。

 はるかさんなら、きっと、
ハクオロさんの友好の申し出を、心良く承諾してくれるだろう。

 それどころか、色々と便宜を図ってくれるに違いない。

 ハクオロさん達の話を聞き、
そう考えた俺は、自分の故郷を紹介し――

 今、こうして、船に乗って……、
 ハクオロさん達と共に、リーフ島に向かっている、というわけだ。

 ちなみに、友好を結ぶ為の使者として、船に乗っているのは……、

 トゥスクル皇のハクオロさん――
 その皇妃であるエルルゥさん――
 彼らの護衛役としてトウカさん――
 おまけで皇女のアルルゥちゃん――

 ――この四人の他、外航船を調達したチキナロさんである。

 もちろん、他のメンツも……、
 特に、クーヤちゃんが、付いて行きたがったようだが……、

 さすがに、皇が出張る以上、
主要メンバー全員で行くわけにもいかない。

 よって、國の事は、ベナウィさんとゲンジマルさんに任せ、他のメンツはお留守番だ。

「可哀想に、ハクオロさん……、
きっと、帰ったら、フォローするのが大変だろうな〜」

 出航する時の、ハクオロさんを見送る女性陣の表情を思い出し……、

 ご愁傷様、と、俺は、内心で、
ハクオロさんの未来に合掌しつつ、大きく欠伸をする。

 そして、このまま、昼寝でもしようかと、俺は目を閉じ――



「マコトさん……?」



 閉じようとしたが――

 こちらに寄ってくる気配に、
俺は、体を起こし、そちらへと目を向けた。

 そこには、慣れない船旅で、やや足元の覚束ないエルルゥさんの姿が……、

「……何です?」

「はい、ちょっとお話があって……」

 そう言って、エルルゥさんは、揺れる船に、
足を取られつつも、上手に尻尾でバランスを取って、俺の傍へとやって来た。

 そして、俺の隣に腰を下ろすと……、

「ユズハちゃんの為に……、
貴重な薬草を、どうも有難うございました」

 エルルゥさんは、俺なんかには、
勿体無いくらいに、それはもう、深々と、丁寧に頭を下げた。

「……役に立てましたか?」

「はい、それはもう……、
きっと、ユズハちゃんの病気も、すぐに良くな――」

「――正直なところは?」

「…………」

 訊ねる俺に、ニッコリと微笑むエルルゥさん。

 そんな彼女の瞳を、真っ直ぐに、
見つめ返し、俺は、もう一度、真実を訊ねる。

 それで、エルルゥさんは、
誤魔化すのは無駄だと悟ったのだろう……、

 軽く溜息をつくと、事実のみを語り始める。

「紫琥珀と同じです……、
精々、症状を抑えるのがやっとです」

「そうですか……」

 エルルゥさんの言葉を聞き、俺は、服の上から、懐に入れた物を握る。

 それは……、
 小さな木掘りの人形……、

 出航の際、ユズハちゃんから渡された……、

 上手とは言えないが……、
 とても暖かな、手作りの……、

 ……俺に似せた御守り人形。

「エルルゥさん……、
トゥスクルに帰ったら、彼女に伝えてください」

「――はい」

「俺には、まだ、行った事が無い国が、たくさんある。
次に会った時には、その国で、見た事、聞いた事を話すから……」

「…………」

「だから、それまで……」



 ――生きていて欲しい。



「……少し寝ます」

「はい……島が見えたら、呼びますね」

 最後まで言う事が出来ず、俺は、再び寝転がる。

 そして、エルルゥさんから、
顔を隠すように、寝返りを打つと、目を閉じた。

 ――言えない。
 ――言えるわけがない。

 それは、とても無責任な言葉だ。
 それは、とても残酷な言葉だ。

 次に、いつ会えるかもわからない。

 そんな俺に……、
 それを言う資格なんか無い。

 それは、彼女にとっては茨の道――
 いつまでも、苦しみ続けろ、という過酷な言葉――

 それでも……、
 それでも、俺は……、

 いつか、また、ユズハちゃんに会いたいと……、

「う……くっ……」

 溢れそうになる嗚咽を、俺は、必死に堪える。

 彼女から貰った……、
 木彫りの人形を、強く、強く握り締めて……、

「おやすみなさい、マコトさん……」

 そんな俺の頭を、エルルゥさんは、何度も、優しく撫でてくれた。

 そして……、
 彼女の唇が旋律を紡ぐ。

 その大地にひっそりと咲く花の匂いのような歌声は……、





 まるで……、

 母さんの子守唄ユカウラのようだった。





<おわり>
<戻る>


あとがき

 ――ああ!
 盛り上がりも、ネタも、何も無いっ!

 終始、しんみりなままのSSなんて久しぶりだ!(笑)

 本当は、ウタワレ滞在中には、
色々とあったんだろうけど、それを書いてると、やたら長くなるので断念しました。

 次回は、古代都市パルメアの予定〜。
 登場するのは宗一達だから、出来れば痛快なアクションがやりたい。

 でも、誠って、間違い無く、フロントに出るタイプじゃないんだよな〜。