「誠君ってさ……」
「――どうした、芳乃さん?」
「誠君って、剣士なのに、
随分と、色々な武器を持ってるよね?」
「俺は、弱いから……、
状況に合わせて、武器を持ち替えてるんだよ」
「うわ、弓矢まで……?」
「あまり、上手くはないけどな」
「それにしても……、
やけに、可愛らしい弓矢だね?」
「あっ、それは、一昨日、手に入れたんだよ」
「一昨日、と言うと……、
暦先生の依頼で、遺跡探索に行った時の?」
「もう、鑑定も終わってて……、
実は、ちょっと面白い魔術具なんだ」
「と、言うと……?」
「――その名も『恋 文 矢(』!」
「確かに……面白いね」
Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜
『自然都市カザミ その2』
「ねえねえ、誠君……、
ちょっとだけで良いから、キミの荷物を見せてよ」
「……はあ?」
ある日のこと――
一応、冒険者である、
俺の荷物に、興味でも持ったのか……、
突然、芳乃さんが、俺の道具袋を見せて欲しい、と言ってきた。
一瞬、どうしたものか、と考えたが……、
まあ、断る理由も無いし……、
見られて困る物の無いので、俺は、彼女に道具袋を渡す。
「別に良いけど……、
危ない武器とかもあるから、気をつけてな」
「オッケ〜、オッケ〜♪」
道具袋を受け取り、
芳乃さんは、嬉々として、中身を漁り始める。
薬草、毒消し草、魔力回復薬――
魔術護符、結界薬、光石、暖房薬――
地図、方位磁石、カンテラ、携帯食料――
芳乃さんの手によって、
様々な道具が、床の上に並べられていく。
こうして見ると……、
我ながら、物凄い数と種類だ。
……よくもまあ、こんなにも持ち歩いてるよな。
でも、全部、必要な物ばかりだし……
特に、携帯食料は、多めに持っておかないと、困るし……、
なんて事を考えつつ……、
俺は、魔法瓶を弄る芳乃さんを、
間違って発動させやしないかと、ハラハラしながら眺める。
「うにゃ〜、色々とあるんだね〜」
「まあ、冒険中には、
何が起こるか分からないからさ」
『魔除けの銀鈴』を、珍しげに鳴らす芳乃さん。
まるで、新しい玩具でも、
得たかのように、彼女の瞳は、キラキラと輝いている。
……随分と、熱心に見ているな。
芳乃さんも、魔術師らしいから、
そんなに珍しい物は無いと思うのだが……、
しかも、意外と言うか、やっぱりと言うか……、
特に、彼女が興味を示したのは、
剣を始めとした、俺が持つ武器の数々だった。
ロングソードに、ルーンナイフ――
投擲用のショートスピアや、ブーメラン――
そして――
「……はにゃ?」
――『それ』を見て、目を丸くする芳乃さん。
まあ、無理もないだろう。
俺だって、『それ』を見た時は、思わず笑いそうになったからな。
「何、これ……?」
「見ての通り、弓矢だよ」
――そう。
確かに、それは弓矢だ。
ただ、普通のモノとは違い……、
そのデザインは、とてもファンシーだったりする。
細かな装飾が施された弓――
弾く度に、綺麗な音を響かせる弦――
極めつけは、矢の先端がピンクのハート型――
まるで、幼女の玩具のような弓矢なのだ。
そんな物が、冒険者の、
荷物から出てくれば、驚くのも当然である。
と言っても、この弓矢は、俺の持ち物ではない。
いくら、道具持ちの俺でも、
こんな物を、わざわざ持ち歩いたりはしない。
実は、この弓矢は、
先日の遺跡探索の依頼の最中に、発見した物なのだ。
外見の可愛らしさはともかく……、
鑑定の結果、この弓矢は、
ちょっと面白い魔術が付与された魔術具であった。
その名を『恋 文 矢(』――
名前を聞いて分かる通り、
この弓矢には、魅了の魔術が付与されており……、
射抜いた相手を、射手の虜にしてしまう、という物らしい。
とまあ、これだけを聞くと、
便利であり、危険でもある道具に思えるのだが……、
どうやら、付与されている力が弱く、
相手の意志や、想いが強ければ、簡単に抵抗できてしまうそうな。
ようするに、それほど価値のある物ではない、という事である。
「ふ〜ん……、
それは、面白いアイテムだね」
興味深げに、恋文矢を弄り回す芳乃さん。
そんな彼女の様子を見て、
妙な予感を覚えた俺は、一応、忠告しておく。
「……純一さんに使うなよ」
「にゃ、ははは……」(汗)
「…………」
――こいつ、やる気だったな。
引きつった笑みを浮かべて、
誤魔化す芳乃さんに、俺は、疑惑の眼差しを向ける。
すると、芳乃さんは、拗ねた様に頬を膨らませると……、
「も、もう、やだな〜……、
音夢ちゃんじゃあるまいし、そんな事しないよ〜」(汗)
「……音夢さんって、そ〜ゆ〜人なのか?」
「抜け駆けと、腹黒は、
音夢ちゃんの専売特許だよ」(キッパリ)
うわっ、言い切ったよ……、
音夢さんと、芳乃さん……、
もしかして、何気に仲が悪かったりするのか?
まあ、恋敵であろう事は、
初めて会った時から、何となく分かってはいたが……、
「しかし、腹黒とはな……」
芳乃さんの言葉に、俺は小首を傾げる。
そんな黒い単語……、
音夢の性格からは、とても考えられないが……、
でも、俺なんかよりも、
彼女と親しい芳乃さんが言ってるわけだし……、
「もしかして、俺って、騙されてる?」
「そうだよ〜、音夢ちゃんなら、
ボクから、お兄ちゃんを寝取るくらい、平気でやるんだから」
「おいおい、『寝取る』って……」(汗)
それは、女の子が言うような言葉じゃないだろうに……、
まったく、音夢さん本人が、
買い物に行ってて、留守だからって、言いたい放題だな。
と、芳乃さんの様子に苦笑していると――
「――何の話ですか?」
「こんにちは、です〜!」
「「うわ……っ!?」」
――まさに、不意打ちだった。
いつの間に、そこに現れたのか……、
音夢さんと美春ちゃんが、リビングの入り口に立っていたのだ。
どうやら、知らぬ間に、買い物から帰っていたようだ。
何故か、美春ちゃんも一緒だが……、
多分、帰り道の途中で、バッタリ出会ったのだろう。
と、それはともかく――
「お、お帰り、音夢ちゃん……」
「は、早かったですね……、
買い物は、もう、終わったんですか?」
冷や汗を浮かべつつ……、
何とか誤魔化そうと、俺達は話題を逸らそうと試みる。
事の真偽は、ともかく……、
『腹黒』とか言っていた事を、
音夢さんに、知られるわけにはいかない。
「……?」
そんな俺達の様子に、首を傾げる音夢さん。
さすがに、ツッコまれるか……、
彼女の表情を見て、内心、俺は、覚悟を決める。
と、そこへ――
「おやおや〜?
これは、一体、何でしょうか〜?」
良いタイミングで……、
美春ちゃんが、俺達の間に入ってきた。
その視線の先にあるのは、例の弓矢――
それを、美春ちゃんは、
興味深々といった様子で見つめている。
「ああ、これは……」
これ幸いと、俺は、そちらに話題を持っていく。
最初は、訝しげな表情を浮かべていた音夢さんだったが……、
弓矢の効果の説明が進むにつれ、
だんだんと、それに、興味を持ち始めたようだ。
「それって……本当に効果があるの?」
「間違いなく、あると思いますよ。
なにせ、グエンディーナ時代の遺物ですから」
「ふ〜ん……」
音夢さんは、俺の話を聞き、
弓を構えたりしつつ、何度も頷いている。
そして、その手が……、
さり気なく、つがえられた矢へと……、
「あ〜、音夢ちゃん……、
お兄ちゃんに使うつもりだな?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「それにしちゃ、随分と、熱心に話を聞いてたよね〜」
「それを言うなら、さくらちゃんだって……、
とにかく、私は、こんな妖しげな物を使ったりはしませんっ!」
「あっ、そうですか?
それでは、美春が使わせて――」
「「――美春(ちゃん)っ!!」」
「はうううう〜……、
藤井さん、お二人が怖いですぅ〜」
「あ〜、はいはい……」
漁夫の利でも得ようとしたのか……、
言い争う二人の隙を突くように、
美春ちゃんが、音夢さんが持つ弓矢に、手を伸ばす。
だが、すぐに見咎められてしまい……、
音夢さん達に睨まれ、
美春ちゃんは、逃げるように、俺の後ろに隠れてしまった。
やれやれ……、
まさか、こんな事態になるとは……、
こんな事になるなら、サッサと売ってしまえば良かったな。
確か、暦先生の妹の……、
『白河 ことり』って人が、欲しそうにしてたし……、
「まあ、そんな真似したら、
それこそ、大変な事になってたかもしれんが……」
と、そんな事を考えつつ……、
俺は、怯える美春ちゃんの、
頭を撫でながら、口論を続ける二人を傍観する。
「うにゃにゃ〜!
音夢ちゃん、早く返してよ〜っ!」
「――ダメですっ!
こんな危険な物は、即刻、処分します!」
「とか言って、後で、こっそり、お兄ちゃんに使うんだ〜!」
「だから、それは、さくらちゃんでしょう!」
「ふふ〜んだ♪
ボクは、そんな物はいらないも〜ん♪」
「その余裕は、一体、何処から来るんですか?」
――いや、最早、口論ではない。
すでに、事態は、
弓矢の奪い合いへと展開している。
今は、まだ、口喧嘩レベルだが……、
このまま、放っておいたら、
冗談抜きで、実力行使に発展しそうな勢いだ。
「ふ、藤井さん……どうしましょう?」
「うう〜む……」
さすがに、これ以上は、
傍観に徹しているわけにもいかない。
俺と美春ちゃんは、奪い合いを続ける二人を前に、頭を捻る。
さて、どうしたものか……、
こんな時、純一さんがいれば、
二人とも、すぐに大人しくなるんだろうけど……、
でも、留守の人に、頼るわけにもいかないし……、
ああ、もしかして……、
二人の怒りの沸点が、
妙に高いのは、それが原因なのかもしれないな。
なにせ、頼子さんと、一緒に出掛けてるわけだし……、
ついでに言うと、外出恐怖症の頼子さんが、
純一さんと一緒なら平気、という事実も、その要因の一つに……、
「藤井さ〜ん……、
考え込んでないで、何とかしてくださいよ〜」
「と、言われてもな〜……」
美春ちゃんに体を揺すられ、俺は我に返る。
とはいえ、音夢さん達に、俺の言葉が、
届くとは思えないし、ましてや、手荒な真似が出来るわけもない。
「取り敢えず……水でもブッかけてみるか?」
「――了解しました〜!
では、後の責任は、全て、藤井さん、ということで!」
「うわっ、それは卑怯だぞっ!?」
何気ない、俺の呟き……、
それを耳にした瞬間、美春ちゃんは、即、行動を起した。
台所へ向かい、早速、鍋に水を入れ始める。
「おい、ちょっと待っ――」
それを止めようと……、
俺は、慌てて、美春ちゃんを追う。
と、その時――
「あっ……!?」
「はにゃにゃっ?!」
突然、音夢さん達の手から――
桃色に輝く……、
一筋の光の矢が放たれた。
どうやら、奪い合う拍子に、
偶然にも、矢が飛び出してしまったようだ。
そして、その矢は――
一直線に、俺へと向かって――
――って、ちょっと待てっ!?
「なんとぉぉぉーーーっ!!」
迫り来る矢に、
俺は、必死の思いで、身を伏せた。
何とか、直撃は免れ、矢は、俺の頭上スレスレを、飛び過ぎていく。
しかし、こういう時――
偶然というものは重なるもので――
「――音夢〜、帰ったぞ〜」
「ただいま戻りました〜」
間の悪い事に――
帰って来た純一さん達が、
ひよっこりと、リビングに姿を現した。
そして……、
「お前ら、一体、何を騒いで――?」
ストンッ、と……、
魔力矢は、純一さんの胸へと……、
「――に、兄さんっ!?」
「きゃああああっ、純一さん?!」
純一さんを射抜いた魔力矢は、
桃色の光の粒子となり、彼の胸へと吸い込まれていく。
その光景を見て、
真っ青な顔で、純一さんに駆け寄る女性陣。
特に、事情を知らない頼子さんは、今にも泣きそうだ。
「あ……う……」
突然の事で、混乱しているのだろう。
魔力矢を受けた純一さんは、
光が吸い込まれていった、自分の胸を見て、呆然としている。
そんな彼を前に、不安げな音夢さんと芳乃さん。
だが、その眼差しには、
何処か、期待が込められているのも事実だ。
なにせ、純一さんに刺さったのは、魅了の矢……、
奪い合う状況であった為、
誰が矢を放ったのか、ハッキリしないが……、
少なくとも、この二人の、どちらかであるのは確かなのだ。
「兄さん……」(ポッ☆)
「お、お兄ちゃん……」(ポポッ☆)
ほんのりと頬を赤く染め……、
想い人の反応を待つ、音夢さんと芳乃さん。
そんな二人に見守られ……、
純一さんが……、
最初に呼んだ者の名は……、
「――音夢?」
「は、はい……!」
純一さんに見つめられ、
音夢さんが、ビクンッと体を震わせる。
どうやら、魅了の矢は、音夢さんによって放たれたようだ。
つまり、今の純一さんは……、
矢の効果によって、音夢さんの虜……、
「兄さん……」(真っ赤)
その事実を知り、
音夢さんの顔が、耳まで真っ赤になる。
純一さんは、そんな音夢さんの頬に、そっと両手を添えると……、
「お兄ちゃん、そんな……」
「あわわわ……、
朝倉先輩ってば、大胆ですぅ〜」
人目も憚らず……、
ゆっくりと、音夢さんに顔を近付けて……
「……んっ」
何をされるのか理解したのか……、
音夢さんは、キュッと瞳を閉じて、純一さんに身を任せる。
そして……、
「顔が赤いと思ったら……、
やっぱり、少し熱があるみたいだな」
「――へっ?」
予想外の言葉……、
それを耳にした音夢さんは、
目を見開き、間の抜けた声を上げてしまう。
いや……音夢さんだけじゃない。
その場にいた誰もが、
拍子抜けした表情を浮かべていた。
純一さんは、音夢さんに、キスをしようとしたのではなく……、
互いの額を当てて……、
音夢さんの熱を測っただけ……、
魅了の矢が刺さったのに、純一さんが、
音夢さんに取った行動は、たったそれだけだったのだ。
まあ、普通なら、それでも、充分に恥ずかしい行為なのだが……、
音夢さんが、体が弱い為に……、
この兄妹にとっては、割と日常的な行為でしかない。
ようするに……、
それが何を意味するのか、と言うと……、
「効いて……ない?」
「何がだ……?」
「いいえっ、何でもありませんっ!」
「なら良いけど……、
あまり無理はするんじゃないぞ」
――そう。
効果が発揮されていない。
間違いなく、命中したのに、
純一さんには、何の変化も見られないのだ。
「…………」(わなわな)
「んっ……?」
不慮の事故とはいえ……、
やはり、多少の期待はあったのだろう。
落胆する音夢さんは、
俯いたまま、ふるふると肩を震わせている。
そんな妹の様子を見て……、
「兄さんの……」
「どうした、音夢?」
純一さんは……、
音夢さんの顔を覗き込み……、
「兄さんの、バカァァァァ〜〜〜ッ!!」
「――うわらばっ!?」
一体、何処から取り出しのか……、
音夢さんの手から放たれた、
百科事典が、見事、純一さんの顔面に命中した。
「な、何で……?」(ガクッ)
「だ、大丈夫ですか、純一さんっ!?」
訳が分からぬまま、バタッと倒れ伏す純一さん。
そして、未だ、事情が掴めていない、
頼子さんが、倒れた純一さんを介抱し始める。
「気持ちは分かるけど……、
音夢ちゃん、八つ当たりは良くないよ」
「い、良いんですっ!
全部、兄さんが悪いんですからっ!!」
「もう、無茶苦茶だな……」
「ですねぇ……」
その光景を、呆然と眺めながら……、
俺達は、深々と……、
疲れ切ったように溜息を吐く。
と、そこへ――
「それにしても、どうして、
朝倉先輩に、矢が効かなかったんでしょう?」
ふと、思い出したように……、
美春ちゃんが、不思議げに小首を傾げた。
……確かに、彼女の言う通りである。
あの弓矢は、グエンディーナ時代の遺物だ。
失敗作であったり、使用期限が切れていたとは、考え難い。
となると、あと、考えられる理由は……、
「多分、純一さんの想いが、
矢の魔力に勝ったからだと思うけど……」
「ということは……、
朝倉先輩には、音夢先輩以外に、好きな人がいる、と?」
「ああ、もしくは――」
最初から……、
魅了する必要なんてなかった。
ようするに、純一さんは、音夢さんを……、
「――もしくは?」
「いや、これ以上は……、
言わぬが花、ってやつかもしれないな」
「……?」
言葉を濁す俺に、
美春ちゃんは、ハテナ顔で、頭を捻る。
そんな彼女に、俺は肩を竦めて見せると……、
「どうでも良いけど……、
いつまで、鍋を持ってるつもりだ?」
と、苦笑しつつも、未だ、美春ちゃんが持つ鍋を示す。
すると、美春ちゃんは、
少し思案した後、にぱっと微笑み……、
「折角ですから、お鍋でも食べますか?」
「そんな、萌さんじゃあるまいし……」
「あらら……、
藤井さんは、お鍋は嫌いですか?」
「……キムチ鍋、希望」
「――了解しました〜♪」
・
・
・
で、結局――
その日は、キムチ鍋を、
美味しく、ご馳走になったわけだが……、
良く考えたら、あの弓矢って……、
遺跡探索の報酬として、
俺が、暦先生から、貰った物だったりするんだよな。
でも、一発こっきりの矢は、もう無くて……、
遺物としての価値は無く……、
残ったのは、ガラクタ同然の弓だけ……、
つまり――
「――タダ働き、か」
「藤井さん、どうしました?」
「いや、何でも無い……」
「そうですか……、
ところで、おかわりはいります?
「……うん」
まあ、いいか……、
キムチ鍋が美味しいし……、
<おわり>
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