「……あのさ、誠?」

「はい? 何です、冬弥兄さん?」

「お前さ……遺跡探索は得意か?」

「得意って程でもないけど……、
まあ、これでも、一応、冒険者だし、経験はあるぞ」

「そうか……じゃあ、頼みがあるんだ」

「――何です?」





「お願いだ、誠……、
遺跡探索を手伝ってくれっ!!」

「――ええっ?」






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『芸術都市フォルラータ』







 芸術都市フォルラータ――

 その名の通り、アクアプラス大陸で、
最も芸術文化が栄えており、世界中から、楽士や画家が集まる街である。

 特に、活気が見られるのが音楽面……、

 毎年、この街では、大規模なコンクールが開催されており、
それに優勝する事が出来れば、一流の音楽家としての道が拓けるのだ。

 その為、街の至る所に、
歌い手の為の洋服屋や、楽器屋が建ち並び……、

 街中に、音楽家を目指す者達の奏でる曲や、歌声が響き渡る。

 これらの事から、この街は、
『音楽の街』と呼んでも、過言ではないだろう。

 また、この街は、その外観からしても、芸術都市の名に相応しい。

 街の中央には、美しい城――
 荘厳な装飾が施された美術館――
 多くの音楽家を生んだ緒方音楽学院――
 コンクール用の、大きなコンサートホール――

 だが、中でも、一番目立つのは、風の魔術を利用して作られた空中庭園である。

 空中庭園は、城の周囲を囲うように、
設置されており、先に述べた施設は、それらの上に建てられているのだ。

 その神秘的で、雄大な姿は、まさに、この街のシンボルとも言えるだろう。

 まあ、見慣れない者にしてみれば、
そんなデカいモンが頭の上にあったりしたら、怖くて仕方ないのかもしれないが……、

 ちなみに――

 この空中庭園……、
 作られてから、まだ、一度も落ちた事が無いそうな。

 巨大な風の魔石の力によって、半永久的に、庭園は浮遊し続ける構造らしい。

 とまあ、それはともかく――

 美しさでは大陸一を誇る――
 大陸西部では、最も大きな街に――

 ――俺は、冬弥兄さん達を訪ねて、やって来た。










 街の中央広場――

 旅の音楽家が集まり、毎日のように、
その演奏や歌声を、ミニコンサートとして披露している場所――

 そこで、俺は、楽士の冬弥兄さんと、
そのパートナーである、由綺姉と理奈さんに再会した。



「久しぶりだな、誠!」

「あっ、誠君だっ!
ねえねえ、私達の歌、聴いてくれた?」

「こんにちわ、誠君♪」

「お久しぶりです、冬弥兄さん……、
それに、由綺姉と理奈さんも、元気そうだな」

「…………」(ジト〜)

「……理奈姉」(汗)

「――よろしい」



 と、そんなやり取りをしつつ……、

 立ち話しするのも何なので、俺達は、
冬弥兄さん達が滞在拠点としている宿屋へと向かう。

 そこで、近況報告や雑談をしながら、夕飯を食べ……、

 夜も更けてきたところで、
俺達は、各々がチェックインした部屋へと戻る。

 だが、その途中――

「……あのさ、誠?」

「はい? 何です、冬弥兄さん?」

 何やら、決意をした様子の、
冬弥兄さんに、俺は呼び止められた。

 ――ここで、話は、冒頭へと繋がる。

「お願いだ、誠……、
遺跡探索を手伝ってくれっ!!」

 冬弥兄さんの部屋へと引きずり込まれ……、

 ドアを閉めた途端、冬弥兄さんは、
深々と頭を下げて、俺に懇願してきた。

 そんな彼を前に、俺は、どうしたものか、と、困り果ててしまう。

「と、取り敢えず、事情を聞かせて欲しいんだけど……」

「あ、ああ、実は――」

 訊ねる俺に、冬弥兄さんは、
頭を上げると、荷物から地図を取り出しつつ、話を始める。

 その内容は、実に簡単だった。

 数日前、冬弥兄さんは、
宿屋の一階にある酒場で、とある噂を耳にした。

 なんでも、この街の近くにある遺跡に、魔法のアイテムがあるらしい、と……、

 その名を――
 『ローレライの呼び声』――

 風と魅了の魔術を応用した、一種の拡声器マイクで、
それを使って唄えば、歌い手の声は、より一層、美しく聞こえるようになるのだそうだ。。

 まさに、歌い手にとっては、最高のアイテム――

 で、冬弥兄さんは、由綺姉達の為に、
どうしても、そのアイテムを手に入れたい、と言うのだ。

「う、う〜ん……」

 話を聞き終え、ますます困った俺は、思わず呻いてしまう。

 価値のあるアイテムを求めて、
遺跡に向かう、というのは、別に問題ではない。

 そんな事は、冒険者にとっては、当たり前の仕事なのだ。

 だから、俺には、この話を断る理由は無い。
 由綺姉達の為だと言うのなら、清算度外視でも良いくらいだ。

 しかし……、
 問題は、冬弥兄さん自身……、

 冬弥兄さんの事だから、
きっと、遺跡に付いて来るだろう。

 ってゆ〜か、手伝って欲しい、と言ってる時点で、付いて来る気満々だ。

 多少、弓の心得があるとはいえ、
所詮、冬弥兄さんは、冒険者としては素人である。

 そんな人が、いきなり、遺跡探索なんて、出来るわけがない。

 ぶっちゃけた言い方すると、足手纏い……、
 冬弥兄さんを連れて行くくらいなら、俺一人で行った方が良い。

 ――これは、決して、自惚れでは無い。

 遺跡での行動は、常に慎重でなければならない。

 そんな場所で、足手纏いが一人いれば、
誰かが、そのフォローをしなければならなくなる。

 となれば、当然、その分、注意力も散漫になるわけで……、

「どうしても……一緒に行くんですか?」

「ああ、ただの自己満足なのは分かってる。
でも、俺の力で手に入れなきゃ、意味が無いんだ」

 素人が遺跡に挑む事の危険性を、多少、オーバーにして話し、俺は、説得を試みる。

 だが、彼の意志は固く……、
 冬弥兄さんは、もう一度、俺に頭を下げて見せた。

 兄貴分としてのプライドを捨て、冬弥兄さんは、俺に懇願する。

 そんな兄貴分の頼みを、
弟分としては、無下に断れるわけも無く――



「分かったよ、冬弥兄さん……、
その変わり、危険だと思ったら、すぐに止めるぞ?」

「ありがとう、誠……」



 こうして――

 俺は、冬弥兄さんと一緒に、
魔法のアイテムを求め、遺跡探索に向かう事となった。










 出発は早朝――

 まだ、日も昇らぬ内から、俺達は、宿屋を出た。

 素人の冬弥兄さんが、
遺跡に向かうなど、由綺姉達が許すわけがない。

 だから、彼女達には、内緒で、遺跡へと向かうのだ。

 もちろん、俺達が不在である事で、
由綺姉達に心配を掛けない為、ちゃんと、置き手紙はしてきてある。

 尤も、帰って来たら、お説教は確実だろうけど……、

 それはともかく――
 フォルラータを出発して小一時間――

 日が昇り、空が明るくなり始めた頃、
俺達は、山岳の麓にある、件の遺跡へと到着した。

「それじゃあ……行きますよ?」

「あ、ああ……」

 俺の言葉に、冬弥兄さんは、
緊張の面持ちで、愛用の弓を握り締める。

 俺もまた、火とを灯したカンテラを片手に持つと、慎重に、遺跡内部へと、足を踏み入れた。

「遺跡……というよりは、洞窟だな」

「そうですね……」

 冬弥兄さんの呟きに、
先行する俺は、言葉少なに答える。

 確かに、彼の言う通り、ここは、遺跡と言うよりは、洞窟に近い。

 入り口にこそ、立派な門がありはしたが……、

 剥き出しの岩肌――
 苔生した湿った空気――
 徐々に地下へと下りていく道筋――

 でも、足元には、しっかりと、
床石が敷き詰められている事を考えると、天然の洞窟ってわけでもなさそうだ。

 おそらく……、
 天然洞窟を利用した遺跡、と言ったところか……、

 と、そんな事を考えつつ、進んでいると……、

「別れ道、か……」

 最初の分岐点へと辿り着き、俺達は足を止めた。

 どちらに行こうか、と、後ろを振り返ると、
冬弥兄さんは、方眼紙と鉛筆を持ち、カンテラの光を頼りに、道筋を書き込んでいる。

 遺跡に入る際に、冬弥兄さんには、マッピングを頼んでおいたのだ。

 相棒である浩之と遺跡探索する時は、
専ら、これは俺の役目だったのだが、今回は、そういうわけにもいかないからな。

「まずは、右……かな?」

「――分かった」

 俺は、腰のナイフを抜くと、
分岐点の岩壁の目立つ場所に、目印を付ける。

 まさか、迷うとは思えないが、念の為だ。

 俺の言葉に頷き、冬弥兄さんが、地図を書き足す。

 そして、俺達は……、
 右の道へと歩を進め……、

「――ストップ!」

 ある事に気付いた俺は、
後ろにいる冬弥兄さんを、慌てて、手で静止した。

「どうしたんだ?」

「……落とし穴です」

 訊ねる冬弥兄さんに、
俺は、すぐ目の前にある穴を示す。

 そこには、直径2メートル程の穴が、ぽっかりと、足元に口を開けていた。

 どうやら、先に、この遺跡へと来た者が、
うっかりと、発動させてしまった罠の一つのようだ。

 恐る恐る、中を覗けば、その穴の底には、無数の突き出た刺が見える。

 もし、落ちたなら……、
 間違い無く、全身串刺しにされて、即死だな。

「くわばら、くわばら……」

 自分が、この罠に引っ掛かった姿を想像し、背筋に悪寒が走る。

 まあ、幸いと言うか、何と言うか……、
 見たら気分の悪くなる様なモノは無かったが……、

「――?」

 と、そこまで考えて……、

 俺は、ふと、頭の片隅に、引っ掛かりを覚える。

 確信は持てないが……、
 この遺跡は、もしかしたら……、

「どうする、誠……戻るか?」

 冬弥兄さんに訊ねられ、考え込んでいた俺は、我に返る。

 そして、彼の言葉に、
首を横に振り、奥に続く道を見据えると……、

「……いや、このまま進もう」

「穴を跳び越えて行くのか?」

「罠があるって事は、
この先には、行って欲しくない、って事だろ?」

「――なるほど」

 俺の説明に、納得する冬弥兄さんを促し、俺は、穴を跳び越える。

 そして、冬弥兄さんが、無事に、
付いて来たのを確認すると、俺は、再び、遺跡の奥へと、足を進めた。










 暗い遺跡の中を――

 俺達は、カンテラの光を頼りに、奥へ奥へと進んでいく。

 当然だが、その行程の途中では、
何度も、厄介なアクシデントに見舞われた。

 幾つもの罠――
 幾つもの分岐――

 それらを乗り越え……、
 途中、道に迷ったりもしたものの……、

 ……俺達は、順調に、先へと進んでいく。

 所々、発動していたり、
解除されていた罠があったのが、ちょっと気になりはしたが……、

 もちろん、遺跡に住みついた魔物にも、何度も遭遇した。

 だが、思っていたよりも、
強力な魔物はおらず、そのほとんどは、俺の剣で……、

 時には、冬弥兄さんが放った矢によって、撃退していく。

 多少の心得、なんて言っておきなから、
冬弥兄さんの弓の腕前は、なかなかのものだった。

 おそらく、由綺姉達を守る為に、必死に鍛錬したのだろう。

 もっと実戦経験を得れば、
冬弥兄さんは、きっと、腕利きの弓士になれると思う。

 今は、場数を踏んでる俺の方が強いけど……、
 でも、そんな俺なんか、あっと言う間に追い越して……、

 尤も、冬弥兄さんには、
弓なかよりも、楽器の方が、ずっと似合うんだけどさ。

 と、そんな事を考えていると……、

「――誠?」

「あ、うん……」

 どうやら……、
 それっぽい場所に到着したようだ。

 洞窟には、あまりにもそぐわない、鉄製の大きな扉……、

 その扉を前に立った俺達は、
無言で頷き合うと、まずは、少しだけ、扉を開けて、中の様子を見る。

「真っ暗だな……」

「ちょっと待っててください」

 当然だが、扉の向こうは、真っ暗闇……、

 俺は、道具袋から、光石を、
一つ取り出すと、扉の隙間から、その中へと放り込んだ。

 カツンカツンと、光石が床を転がり、
その石から発せられる淡い光が、周囲を照らし出す。

「――ビンゴ」

 どうやら、ここで間違いなさそうだ。

 光石に照らし出されたのは、約20メートル四方の広い石室――

 その最奥にある祭壇の上……、
 わざとらしいまでに、立派な宝箱が鎮座している。

「――やったな!」

「喜ぶのは、目的の物を、
手に入れて、無事に、街まで戻ってからですよ」

「そ、そうだな……、
こういう時こそ、油断しちゃダメだよな」

 喜ぶ冬弥兄さんに、釘を刺しつつ、俺は、慎重に扉を開く。

 と、その瞬間――



「――どぅわっ!?」

「ぐはっ……!?」



 部屋に踏み入れた、
俺達の左右真横から、突然、槍が突き出された。

 それを、前のめりに転がり、ギリギリで回避する。

「あ、危なかった〜……」

「悪い、冬弥兄さん……、
扉に罠が無いか、調べるの忘れてた」

 ドッと吹き出てきた、冷や汗を拭いながら、
俺は、自分達が入ってきたばかりの入り口の方へと目を向ける。

 すると、先程、俺達を襲った槍が、ゆっくりと、壁の中へと引っ込んでいくのが見えた。

 なるほど……、
 扉に罠が仕掛けてあったわけじゃなくて……、

「……床にスイッチがあったのか?」

「そうみたいです……」

 部屋に足を踏み入れた時、何か堅い物を、
踏み込んだような感触があったのを思い出し、俺達は、安堵の溜息をつく。

 そして、お互いに、ケガが無い事を確認すると、静かに立ち上がった。

「もう、罠なんて無いよな?」

「さあ……」

 新たな罠が発動しないよう、
周囲を警戒しつつ、俺達は、一歩一歩、慎重に、祭壇へと近付く。

 たったの20メートル……、
 その距離が、物凄く長く感じる……、

 あそこに辿り着くまで、緊張感が保てば良いが……、

 ジワリと滲み出る汗の、
不快感も忘れ、周囲の変化に、俺は意識を集中させる。

 だが、その心配は杞憂だったようだ。

 それ以降、罠は存在せず……、
 俺達は、祭壇の上の宝箱へと到着する事が出来た。

「罠は無さそうか……?」

「はい……それじゃあ、開けますよ」

 罠が無さそうなのを確認し、
俺は、ゆっくりと、宝箱の蓋を開ける。

 そして、中を覗き込み……、



「――やっぱり、な」



 落胆した俺は……、
 少し乱暴に、宝箱を閉めた。

 その俺の様子に、冬弥兄さんが首を傾げる。

「お、おい……どういう事なんだ?」

「カラッポだったんです……、
ようするに、もう、誰かに持っていかれた後だったんだよ」

「そ、そんな……」

 俺の言葉を聞き、ガクッと膝を付く冬弥兄さん。

 そんな彼に、軽く肩を竦めつつ、
俺は、取り敢えず、一息つく為に、腰を下ろした。

 冬弥兄さんの気持ちは、良く分かる。

 さんざん苦労して、辿り着いた、と言うのに、
とっくの昔に、その遺跡は、何者かに荒らされた後だった……、

 つまり、それまでの苦労は、全て無駄になってしまったのだから……、

 正直、俺も力が抜けた。
 だが、慣れている分、冬弥兄さんよりは、ショクは小さい。

 なにせ、冒険者をしている以上、こんな事は良くある事だし……、

 それに――
 実を言うと――

 ――何となく、こうなる予感はしていた。

 それに気付いたのは、
遺跡に入って、最初に見た落とし穴を見た時だ。

 既に、発動している幾つもの罠……、
 それは、自分達よりも先に、誰かが、遺跡に入った事を示す。

 そして、それらの場所に……、
 先行する者の死体が見当たらなければ……、

 ……その遺跡は、枯れた遺跡である可能性が高い、というわけだ。

「帰ろうか……」

「……はい」

 すっかり、意気消沈した冬弥兄さんは、
もう、こんな所に用は無いと、力無く立ち上がる。

 それに頷き、俺もまた、のんびりと立ち――



「――っ!?」

「な、何だ……っ!?」



 突然、床一面に出現する魔方陣――

 その只ならぬ事態を前に、
俺は、跳び上がるように、身構えた。

 俺と冬弥兄さんは、己の武器を持ち、魔方陣を凝視する。

 そして……、
 魔方陣から強烈な光が放たれ……、

 まるで、浮かび上がるように、一体の獣型の魔物が姿を現した。

「――召喚陣!?」

 なるほど……、
 これが、最後のトラップってわけか……、

 宝を持ち帰ろうとした瞬間、発動する仕組みみたいだけど……、

 ったく、こっちは宝なんて手に入れてないってのに……、
 どうして、こ〜ゆ〜のは、キッチリと発動しやがるんだか……、

「冬弥兄さん、下がれっ!」

 そう叫びつつ、俺は、
部屋の光源を増やす為、四方に、光石を投げる。

 そして、迫り来る魔物を迎撃する為、剣に魔力を込め始めた。

「グァァァァーーーーッ!!」

 獣型の魔物は、その四肢を活かし、
物凄いスピードで、こちらに向かってくる。

「クッ……素早い!」

 冬弥兄さんが矢を放つが、
魔獣は、左右に跳んで、それを悉くかわしてみせる。

 そして……、

「うおおおおおおおっ!!」

 肉薄する魔獣……、
 そいつの顔面に向かって、俺は剣を振り下ろす。

 だが、その剣は、魔獣の鋭い牙に受け止められ――

「――なっ!?」

 アッサリと……、
 噛み砕かれてしまった。

「か、勘弁してくれよっ!!」

 武器を失い、俺は、慌てて、転がるように横に跳ぶ。

 魔獣の牙が、俺の腕をかすり、
血飛沫が上がるが、それに構っている余裕は無い。

「こ、この……っ!?」

 床を転がりながら、呪文を詠唱……、
 牽制の為に、魔獣の顔面に、攻撃魔術を連発する。

「――誠っ!!」

 冬弥兄さんもまた、少し離れた位置から、矢継ぎ早に、矢を放つ。

 魔獣の顔面に炸裂する爆発――
 全身の至る所に、矢が突き刺さる――

 だが、魔獣には、まるで堪えた様子は見られない。

「グルルルルル……」

 低い唸り声を上げながら、
獲物を狙う足取りで、ゆっくりと、俺の方へと向かってくる。

 くそっ……、
 一体、どうすれば良い……、

 俺は、腰のナイフを抜きながら考える。

 陣九朗から貰ったルーンナイフ――

 このナイフには、『影縛り』の魔術が付与されている。

 それを使えば、間違い無く、
この危機的状況を打開出来るのだが……、

 『影縛り』を行使するには、相手の影に、このナイフを突き立てる必要がある。

 しかし、ここでは、場所が悪すぎだ。

 なにせ、ここは石室……、
 いくら、特別製のナイフとはいえ、床石に刺さるとは思えない。

「何か、何か方法は……」

 武器としては、あまりに頼りないナイフを片手に……、
 俺は、魔獣から視線を離さぬまま、空いた片手で、道具袋の中を漁る。

 だが、この状況で、役に立ちそうな道具は……無い。

「焦るな、焦るな……、
状況を良く見て、そして、考えろ……」

 次に、俺は周囲に意識を向ける。

 何か、役に立つものは……、
 魔獣を倒す為に、利用できそうなもの……、

 いや、そんな物は無くてもいい……、

 この石室から……、
 魔獣から、逃げ出す手段さえあれば……、

 と、ついつい、そんな弱気な考えが浮かんでしまう。

 そして……、
 魔獣の背後に……、

 遥か向こうある、石室の出入り口に目を向け――



「「――そうだっ!!」」



 まったくの同時に……、

 合図も目配せも無しに、
俺と冬弥兄さんが、行動を起こした。

 冬弥兄さんが、石室の扉の方へと走り……、

 それを邪魔させない為、
俺は、全力で、攻撃魔術を連射する。

 そして、冬弥兄さんは、扉を背にする位置に立ち、弓を構えると……、

「こっちだ……来いっ!!」

 まるで、魔獣を挑発するのかように……、

 鋭い一矢で……、
 魔獣の目を射抜いた。

「グァァァァァァーーーーーッ!!」

 片目を潰され、悲鳴を上げる魔獣。

 だが、怯んだのも一瞬のこと……、
 すぐさま、己の目を潰した、冬弥兄さんへと向き直った。

「グォォォォーーーッ!!」

 怒り狂った様子で、魔獣は、一直線に、冬弥兄さんへと向かう。

 そんな魔獣に対し、冬弥兄さんは、
逃げようともせず、むしろ、掛かって来い、とばかりに、両腕を広げて見せる。

 そして……、

「――ガアッ!!」

「ぐっ……ああっ!!」

 魔獣が、冬弥兄さんに襲い掛かった。

 前肢を、彼の肩に、
ガッチリと食い込ませ、喉を食い破ろうと、押し倒す。

 端から見れば、絶体絶命――

 だが、これこそが――
 俺達に残された、唯一の勝機――





「ギャアアアアアアーーーーーーッ!!」





 果たして――
 悲鳴を上げたのは、魔獣の方であった。

 魔獣を体を貫くのは、二本の槍……、

 ――そう。
 扉の付近に仕掛けたられたトラップである。

 押し倒された冬弥兄さんと、
魔獣の重さにとって、床のスイッチが押され、罠が作動したのだ。

 これこそが……、
 俺と冬弥兄さんの狙い……、

「――今だっ、誠っ!!」

「うおおおおおおーーーーっ!!」

 二本の槍に串刺しにされ、
身動きの取れない魔獣に、俺は跳び乗った。

 逆手に持ったルーンナイフに、ありったけの魔力を込めて、高く振り上げる。

 そして――



「サンダー――


 暴れる魔獣の眉間に、
深々とルーンナイフを突き立て――


         ――ブレイドォォォォーーーーーッ!!」



 ――俺は、敵の体内で、一気に魔力を解放した。

     ・
     ・
     ・










「――で、こんな傷だらけで帰って来た、と?」

「「ゴメンなさい……」」


 ここは、フォルラータの宿屋――

 傷だらけになりながらも、
何とか、無事に帰った、俺達を待っていたのは……、

 ……とっても、ご機嫌斜めな、二人の歌姫だった。

 言い訳する暇なんて、ありはしない。

 まず、由綺姉に泣かれた。
 その後、理奈さんに、しこたま説教された。

 しかも、床に正座で……、
 傷の治療もさせて貰えないまま……、

 まあ、確かに……、
 二人を心配させた俺達が、全面的に悪いんだけどさ……、

 で、今は、事情を説明しつつ、二人に、傷の手当てをしてもらっていたりする。

「それにしても、間抜けよね〜……、
さんざん苦労したのに、宝箱はカラッポだったなんて……」

 俺の傷の手当てをしつつ、
理奈さんが、やれやれと呆れ口調で溜息をつく。

 だが、口調は軽いものの、その手の動きは的確だ。

 乾燥させ、磨り潰した薬草を、
濡らした清潔な布に染み込ませ、傷口の上に張る。

 そして、それを固定するように、綺麗に包帯を巻いていく。

 その意外に慣れた手つき、俺は感嘆する。

 ちなみに……、
 冬弥兄さんの手当ては、もちろん、由綺姉の役目だ。

 血だらけの上着を引ん剥き、
未だに瞳を潤ませながら、真剣な表情で、冬弥兄さんの肩に包帯を巻いている。

「ううっ……冬弥君……」

 ……なんか、薬が無かったりしたら、舐めてでも治しそうな雰囲気だな。

 うわっ……、
 想像したら、ちょっと羨ましくなってきた。

「だいたい、遺跡探索する時って、
もっと綿密に情報収集してからするものじゃないの?」

「「……ごもっともです」」

 理奈さんの指摘に、反論の余地も無い俺達。

 うううう……、
 冒険者としては、俺の方が先輩の筈なのに〜……、

「そんな事、どうでも良いよ……、
冬弥君達が無事で、本当に良かった……」

 そう言って、由綺姉は、冬弥兄さんに、そっと身を寄せる。

 そんな由綺姉の頭を、
冬弥兄さんは、優しく撫でて……、

「…………」

 むう……、
 吹っ切ったつもりだが……、

 こうも目の前で、イチャつかれると、少し面白くない。

 面白くないので……、
 ちょいっと、イジワルしてみる事にする。

「しかし、まあ……、
結局、骨折り損のくたびれ儲けだったな……」

「そういうわけでもないですよ」

「――なに?」

「ほい……っと」

 俺の言葉に、訝しげに首を傾げる冬弥兄さん。

 そんな彼に向かって、俺は、
遺跡の最深部の部屋で見つけた物を投げて渡す。

「――指輪?」

「召喚陣の中心にあった床石に埋め込まれてたんだ」

 おそらく……、
 あの召喚陣を発動させる為の触媒……、

 ……すなわち、魔力の源だったのだろう。

 恒久的に存在し、発動する召喚陣――
 そんなモノが、何の寄り代も無しに存在し続けていられるなんておかしい――

 そう思って、ダメで元々、調べてみたのだが……、

 そうしたら、案の定……、
 触媒として、あの指輪が使われているのを発見し……、

 ……せっかくだから、と、遺跡から持ち帰ったのだ。

 ようするに……、
 あの指輪が、唯一の戦利品、というわけだ。

 まあ、本来の目的である、
『ローレライの呼び声』には、遠く及ばない価値しかないんだけど……、

「俺には必要無いから、冬弥兄さんにあげるよ」

「……良いのか?」

「もちろん……でも、その変わり……」

「その変わり……?」

「由綺姉か理奈さん……、
どっちに、その指輪をあげるのかは、冬弥兄さんが決めろよな」

「――んなっ!?」

 俺の言葉に、指輪片手に絶句する冬弥兄さん。

 そんな彼に、由綺姉達は、
にこやかに微笑みながら、詰め寄って行く。



「あ、あのね、冬弥君……」(ポッ☆)

「冬弥君、その指輪……、
どっちに、プレゼントしてくれるのかしら〜?」(ニコニコ)



 こうして――

 冬弥兄さんは、傷が癒える余裕も無いまま……、

 由綺姉と理奈さんに、
さんざん、いぢめ倒されるのであった。

 めでたし、めでたし――










「めでたくなぁぁぁぁーーーーいっ!!
誠ぉぉぉぉーーっ! 助けてプリ〜ズ!!」











 ――やなこった。




















 おまけ――


「あっ、そうそう、誠君……、
私達を心配させた以上、ちゃ〜んと、お仕置きするからね♪」

「お、お仕置きって……?」(汗)

「取り敢えず……、
この街に滞在してる間は、私と由綺の玩具ね♪」

「しくしくしくしく……」(泣)





 よしっ、決めた……、

 この街からは、サッサと出発する事にしよう。(爆)





<おわり>
<戻る>


あとがき

 今回は、冒険モノのお約束であるダンジョンシナリオ〜♪

 使い捨てネタの『ローレライの呼び声』――

 その名が表す通り、
なんとなく、呪われてるっぽいですね。

 そのへんを利用して、もう1シナリオ作れそうではありますが……、

 さてと……、
 次ぎは、何処に行ってみましょうかね〜。