これは、俺が、信仰都市フォンティーユに滞在していた頃の――

 ちょっと思い出したくない、危険なバイトの話だ――






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『信仰都市フォンティーユ その2』







 もぐもぐもぐ…


「アンパンまんか……結構、美味しいかも」

 ちなみに、俺が食べているのは、
アンパンをそのまま包んだ「アンパンまん」、という食べ物だ。

 ――え?
 どこかで聞いたことがある、だって?

 う〜ん……、
 他では見ないけど、元々は別の街で流行ってたらしいし。

 俺としては、ちょっと、
量的に物足りない気はするけど……うん、味はいい感じだと思う。

 本当は、あまり無駄遣いをする余裕もないんだけど……、

 やっぱり、旅をしている以上、
こういう新しい食べ物は、しっかりマークしなきゃいけないよな、うん。

 教会からバイト代も貰ったし、それほど懐にもダメージないしな。

 ――よし、論理武装完了。(爆)

「……あれ?」

 大通りから、畑の方へ歩いていた時、あるものを発見した。


『只今、サーリアは材料採集に出掛けてるです。
またのご来店をお待ちしていますです』



「うわ、しまった……」

 俺が、カウジーさんから紹介してもらった、バイト先の1つ。

 この街唯一の、薬屋兼魔術関係のアイテムショップ『ウィネス魔法店』。

 このお店は、店主のサーリアさんが、たった1人で切り盛りしている。
 だから、俺やカウジーさんが、時々、バイトとして手伝っている。

 ちなみに、これは街では有名な話だが、
ウィネス魔法店では、ほぼ1日に1回は爆発が起きているそうだ。

 俺は、まだ巻き込まれたことはないけど……カウジーさんも言ってたな。

「サーリアの所か……気を付けろよ。
誠は頑丈だから、多少は、平気だろうけど……」

 あかね達に、昔から吹っ飛ばされ慣れてりゃ、そりゃ頑丈になるさ。

 話を戻すとして――

 畑仕事とか、酒樽の運搬よりは、
サーリアさんの所の方が楽……ってのは、ある。

 剣も魔法も、人並み以下の俺にとって、やっぱり得られるものはあるし。
 薬草も、買わずに済むならそれに越したことはない。

「……タイミング、悪かったか」

 自生してる薬草とか、
薬の製法とかが解れば、この先の旅でも、役に立つんだけどなぁ。

 ちなみに、セイロガンは知ってるけど、リーフ島以外じゃ見たことない。


 カランコロン♪


「……にゃ? 誠さん、どうかしたですか?」

 しかし、突然、カウベルが鳴ったかと思うと……、

「あれ、サーリアさん? 材料採集に行ったんじゃ……」

 目の前には、いつもの杖に加え、大量のロープと杭を持った……、
 登山にでも行きかねない装備の、サーリアさんがいた。

「……霊峰カノンにでも、行って来るんですか?」

「と、遠すぎるですぅ……」

「あー、でも、あの辺りなら、
氷の魔導石とか、ありそうですよね」

「む〜……安く仕入れられれば、もっと他のアイテムも作りやすくなるです。
誠さん、採って来てくれませんかぁ?」

「いや、さすがに遠いし……」

 ……いつの間にか、話が変な方向に行ってるし。
 修正修正。

「じゃあ、どこに材料取りに行くんです?」

「それは……」

 以下、サーリアさんから聞いた話を、ざっとまとめるとこんな所になる。

 断崖の上にある、信仰都市フォンティーユ――

 その崖の途中には、厳しい環境ながらも、所々で植物が根を張っている。
 で、そんな場所に咲く、薄紫色の花が、今回のターゲット。

 だが、しかし、サーリアさんが必要とするだけあって、ただの花じゃない。

 何とその花、動物の気配を察知すると、
姿を隠して地中を移動し、逃げてしまうそうなのだ。

 本能的に魔力を行使する植物なんて、聞いたことないけど……、
 やっぱり、貴重な材料には変わりない。

「見えるですか? 階段から、少し離れた辺りに咲いてるですよ」

「見えるけど……近付くと、逃げるんですよね。
どうやって、捕まえるんですか?」

 近付くことが出来なければ、流石に無理だろうし……、


 ――ぎゅっ♪


「……って、サーリアさんっ! 何で、俺の足縛ってるんですかっ!?」

「こうやって、バンジージャンプで取って来るです。
サーリアも、フィアちゃんも、カウジーさんもやったですから、絶対大丈夫ですよ」

 そ、そりゃあ手伝う気で着いて来たけど……この高さはちょっとヤバイ。(汗)
 二階からのダイブに慣れてる俺でも、流石にちょっと引くってば。

「そ、それにしても、採った後はどうするんですか?
サーリアさんじゃ、引き揚げられないし……」

「ロープが伸び切ると、付与魔法で元の場所に戻って来るです。
だから、むしろ着地に気をつけた方がいいですよ」

 まあ、フィアさんも、カウジーさんも、無事だったらしいし……、

 そうしている間にも、サーリアさんは、
地面に杭を打ち込んで、ロープの端をしっかりとくくりつけてしまった。

 なんて言うか……退路は絶たれた。(泣)

「服の中に、小物とかあったら、今のうちに出しておくですよ?」

 ご丁寧に、しっかり注意までしてくれるし。

 落ち着け〜、俺。落ち着け〜。
 いくらなんでも、こんな命懸けのバンジーで、あんなお約束が出る訳はないんだ〜!

 読まれていると分かっていながら、お約束を書く作家なんていないんだ〜!!

「カウントダウン、欲しいですか?」

「……お願いします」

 強い風が吹く中、両手を広げ、崖に立つ。

 ――3。

 考えてみれば、このバイト、
単なる魔物退治より危険な気がするんだけど……、

 ――2。

 眼下に広がるのは、新緑の森と、灰色の崖。
 その中に咲く、一輪の花。

 ――1。

 エリアなら、飛んで、
取って来れるんじゃないかな〜、なんてことを考えながら……、

 ――俺は、風に身を任せた。

 最初に感じたのは、自由落下の浮遊感。
 顔に当たる猛烈な風。
 急速に近付いてくる、眼下の風景。

 小さかった薄紫の点が一気に大きくなり、花の形となって――

「せいっ!!」

 おもいっきり手を伸ばす。
 摘み取ったのは、目的の花。


 ――ぷちっ♪


 聞こえたのは、「何か」が切れたような音と――

「にゃにゃっ!?」

 サーリアさんの、短い叫び声だった。(泣)

 え〜と……、
 この街で信仰されてるのは……、

 ……ああ、そうだ、天使だっけ。

 天使様、ちょっとお願いがあるんだけど――





 ――そろそろ、俺、オチのつかない人生が欲しいなー。





「サンダ――

 咄嗟に、懐に入っていたルーンナイフを引き抜く。
 ただ突き立てただけじゃ、岸壁にナイフは刺さらない。

 落ちてたまるかっっ……!

               ――ブレイドぉぉぉっ!!」





 ……その後、サーリアさんが助けを呼んでくれたのか、俺はカウジーさん達に救出された。

 まあ、サーリアさんに、泣いて謝られたのは言うまでもなく。

 ただ、別にケガもしてないし、
この話は、まだマシな方かもしれない。










 この数日後に起きた、あの事件に比べれば……、










 ――樽。

 魔法店の奥。封じられた倉庫の中にあったのは、樽。

「…………」

「…………」

「2人とも、どうしたですかぁ?」

 視界を、樽が埋め尽くしていた。

「こんなに沢山……サーリアさん、酒豪だったんですね」

「違うです〜っ!」

 今日も俺は、ウィネス魔法店でバイトだ。

 暖房薬の買い出しに来たところ、偶然にも、
カウジーさんに会い、二人揃って、サーリアさんに捕まえられた。

 そして、俺達に与えられた仕事は……目の前に広がる、無数の樽の運搬。

「誠、これは酒樽じゃないぞ……、
確かに、アンクルノートでバイトしてれば、間違うのも無理ないけどな」

 カウジーさんは、フォローしつつも、樽を凝視している。

「サーリア、これ、見覚えがあるんだけど……」

「前に作った、消火樽です。
中身は燃えない空気ですから、軽いですよぉ」

 燃えない空気を放射して、火を消す消火樽。
 防災用品ってことは解るけど……、

「……何故に樽?」

「フィアちゃんの所から、使用済みの酒樽を貰うと、安く済むですよ。
漏れも少ないですぅ☆」

「何て言うか……しっかりしてるなぁ」

 と、まあ、そんな具合で、作業開始。

 はたから見れば、フィアさんの所でバイトしてるのと、そう大差はないだろう。
 でも、酒樽と違って、こっちは軽いし、ご丁寧に取っ手まで付いている。

 ただ、脇に付いているレバーは、
噴射用なので、触らないようにしなければならない。

 先日のバンジージャンプじゃないし、
まあ、死にかけるようなことは、今回はないだろな。

「多いな……」

「……多いですよね」

 数時間後、俺達は揃って呟いた。

 次々に運び出してる筈なんだけど……一向に減ってる気がしない。
 いや、まさかな……、

「……お互い、疲れてるんだよな」

「そうですよね……」

 そんなことを言いながら、次の樽を手にし――


 ずしっ!!


「うぉぅっ!?」

 ――腕に伝わる、今までとはケタ違いの重さ。

「誠、どうした?」

「これ、中身違いますよ…」

 多分……液体。
 酒樽と、同じくらいの重さだ。

 でも、消火樽と同じく、取っ手とレバーが。
 そして、何故か、火器厳禁の貼紙が貼られている。

「封印してたんだな……火炎放射樽」

「火炎放射って……サーリアさん、また危ない物を……」

「本人に悪意はないんだけどなぁ…」

 何か、思う所があるのか、カウジーさんは苦い顔だ。

 そういえば、図書館に、爆弾とかに関する本があったけど……、
 サーリアさん、やっぱり読んでるんだろうなぁ。

「じゃあ、ちょっと行って、サーリアに言っておくから、こっちを運んでてくれるか?」

「あ、はい……それじゃ、お願いします」

 カウジーさんは、持っていた樽を俺に預けると、
店番をしている、サーリアさんの所に行ってしまった。

 うん、確かにこっちは軽い……けど、何か違和感があるような。

「ま、いっか。それよりも仕事仕事っと」

 気を取り直して、俺は樽を持ち上げ、工房の方に運ぼうと――


 カツン……


 ――何かが、落ちた。

 足元を見てみる。
 そこには、L字型の金属棒。

 それは、間違いなく、樽から落ちたレバーだった。





 何だか、フォンティーユに来てから……こんな感じのトラブル、多くないか?





 ――ドゴォォォン!!


「誠っ! 大丈夫かっ!?」

 爆音に、いち早く反応したカウジーは、
店頭に行く前に踵を返し、倉庫へ駆け込んだ。

 煙が立ち込める倉庫は、視界ゼロも同然。

「は、はい……何とか……」

 倉庫の入口に立っている彼に、声だけが返って来た。
 取り敢えず、無事らしい。

(煙だけ……? 煙幕とか、煙玉か?)

「カウジーさぁ〜ん、誠さぁ〜ん。大丈夫ですかぁ〜?」

 ぱたぱたと、店の方からサーリアが駆けて来る。

「サーリア、この中って、消火樽だけじゃなかったよ。
火炎放射樽もあったし、これ以外にも、他に何かあったんじゃ……」

「む、む〜……確か、フィアちゃんに商品化の差し止めされた……」

「う〜……やっと出れた……」

 煙の中から出て来た誠は……、

「にゃっ……?」

「サーリアさん、どうかしましたか?」

 まるで、あつらえたように似合っている、

「誠……その服装は……」

「服……ですか?」

 フリフリヒラヒラな、魔法少女の服を装備していた。


「何ですとぉぉぉぉーっ!!??」


 右手には、黄金のハンマー。
 左手には、ハート型の飾りが付いた魔法の杖。

「『にゃう〜ん』って言ったら、似合いそうですぅ☆」

「てか、そんなノンキなこと言わないで下さいっ!
これ、一体何なんですか!?」

 いきなりの展開に、詰め寄る誠。
 何と言っても、女装は彼に取っての鬼門である。

 母のみこと譲りの容姿からか、本人の意思に反して、何でも似合ってしまうのだ。

 リーフ島にいる恋人達や、
芸術都市フォルラータにいる歌姫達とも、昔から女装絡みで、色々あった訳だが……、

「……誠、少し落ち着け。時間が経てば、ちゃんと元に戻るはずだから」

「そ……そうなんですか?」

「女装爆弾なら、俺もくらったしな……」

 ――女装爆弾。

 それは、大昔の魔法使いが発明したアイテムで、
一瞬にして、今回の様に女装が出来る、という代物である。

 ちなみに、たかが女装と侮るなかれ。
 本人は覚えてないが、カウジーは昔、これで窮地を切り抜けたことがあるのだ。

「まあ、誠の場合は事故だし……大目に見てやってくれ」

「まさか、カウジーさんも、さっきのあれで女装してたなんて……」

「実験と称して連れ込まれ……ドレス姿になってたよ」

 ――とまあ、簡単に説明を済ませ、誠を落ち着かせるカウジー。

 ハラヘラズの薬と間違えて、惚れ薬を飲ませられたり、
彼女の料理で気絶(医師によると中毒症状)した件は、さすがに言わなかったが……、

「あ、カウジーさんで実験した、ドレス姿の女装爆弾、まだ予備があったですよ」

「やめて下さいっ!!」

「む〜……似合うと思うですけど……」

「それより……サーリア、お店の方は?」

「……にゃっ!!」

 慌ただしく、店の方に駆けて行くサーリア。

「ここでバイトするの、控えようかなぁ……」

「俺も、そう思ったことあるけど……ほっとけないんだ、これが」










 それから、三時間後――


「あの……まだ…ですか?」

「……おかしいな」

 俺は、未だに魔法少女のままだ。(泣)
 カウジーさんの話によると、1時間かそこらで元に戻るらしいが……、

 ちなみに、今は休憩時間。
 コーヒーを飲みながら、元に戻るのを待っている。

 苦いのがダメな、サーリアさんだけは、浩之みたいにカフェオレだけど。

「まあ、着替えてしまえば、ぱっと見は変わりないんだから……」

 あまり、意識したくはないんだけど、今の俺は、体形も女性に近いみたいだ。

 撫で肩だし、背も少し、低くなってるし……、
 薄いけど、胸も……、

「あの、カウジーさん、ぱっと見は変わりないって……」

 それは、なんと言うか……、
 ちょっと酷い気が……、

「え、えーと……小さな変化には、みんな気付かないから、な?」

 カウジーさん……、
 フォローは、とっても有り難いんですけど……、

「これ……女装より酷いですよ」

「気持ちは分かるけど……下はなんともないんだから、な?」

 俺、本当に戻れるのかなぁ……?


 じ〜……


「……あの」


 じぃ〜〜……


「サーリアさん……どうしたんですか?」

「さ、撮影は……オーケーですかぁ?」

「――止めてくださいっ!!
って言うか、俺なんか撮ってどうしようってんですか!?」

 止めてほしい。
 それだけは止めてほしい。

 記憶の中にならまだしも、
そんな形に残るような真似は、もう本当に勘弁してほしい。

 だというのに、よりによってサーリアさんは、カメラを手に赤面しながら――



「か、可愛いですし……、
トレーディング・ブロマイドに加えたら、きっと……」



 ――こんなことをのたもうた。

「売りさばくつもりですかっ!?」

「じゃ、じゃあ……サーリアのためにも一枚…」

「それもダメです!!」

 なおも食い下がるサーリアさん。
 助けを求めて、カウジーさんに視線を向けると……、

「……俺の時より、受けはいいんだな」

 うわっ、そんな他人事みたいに……、(他人事だけど)

「あーもーカウジーさんっ!
受けとか攻めとか、冷静に何言ってるんですか!」

「ちょ、ちょっと待てって! 俺はそんなことは一言も……」

「いいですから、サーリアさんを止めてください!」

 俺も変なこと口走ってるけど、
にじり寄って来るサーリアさんが恐いんだってば!

 何て言うか、母さん達が追って来る時みたいな……いや、それよりはマシか。

 カウジーさんは、サーリアさんの背後に回り込むと……、

「サーリア……許せ」

「――にゃ?」

 俺に気を取られていたため、
無防備だったにしては、あまりにも鮮やかに……、


 グリグリグリ……


「ぎにゃぁぁぁ〜〜っ!」

 サーリアさんの動きを止めてみせた。
 あーでも、母さんならともかく、はるかさんには、あの手は使えないよな……、

 多分、使ったら最後……、
 母さんと結託して、とんでもない事態になりそうだし。


 カランコロン♪


「あ〜うーっ!」

「サーリアっ、カウジーは!?」

 と、俺が考え込んでいる間に、
カウベルを鳴らして、慌ただしく入って来たお客が……、

 ラスティちゃんと……フィアさんだよな。

 唐突に、カウジーさんの、
グリグリ攻撃から解放されたサーリアさんは、店の方に向かって行った。

「カウジーさん、呼ばれてますけど……何かしたんですか?」

「いや、心辺りはないんだけどなぁ……」

 そんな感じで、首を傾げながら、サーリアさんの後に続こうとした時……、

 ……ちょっと、凄まじい会話が聞こえて来た。

「カウジーさんなら、奥にいるですけど……どうしたですか?」

「ラスティから聞いたんだけど、
サーリアの所に買い物に行ったまま、帰ってこないって……」

「う〜……あう、あーぅっ!」

「いや、あの……ラスティ? それはちょっと、話が極端なんじゃ……、
だったら、いっそ、あたしも……」

「あぅっ!?」

「あ、あはは……」

 えーと、カウジーさんのためにも、
ラスティちゃんが何て言ったかは、敢えて訳さないけどさ……、

 フィアさんが、ああいうことを言い出すってことは……、
 カウジーさん、大変みたいだな。

「……ラスティちゃん、幾つでしたっけ?」

「言いたいことは解るけど……、
あーゆーことを仕込んだのは、俺じゃないからな」

 う〜ん……、
 じゃあ、一体、誰が……?

 まさか――シアリィさんとか?

 母さんも昔から、その手のネタはばらまいてたし……あ、ありうるぞ。
 人妻って……やっぱ最強なのか?

「大丈夫ですよぉ☆
誠さんと一緒に、お手伝いしてもらってただけですぅ」

「え、そうなの? だったら、少し会ってこうかな。
カウジーよりも食べるから、今晩、食べる物、聞いとかないと」

 ちょ、ちょっと待てー!!

 フィアさんに見られたら……、
 間違いなく今晩、酒場の笑い者になるんじゃないか?

 そうじゃなくても、仕事中は酔っ払いの相手で、いっぱいいっぱいなのに……、

「今のうちに、逃げるか?
時間を稼げば、そのうち元に戻るかも……」

「そ、そうですね。でも、逃げるったって、どこから……」

「二階……サーリアの部屋の窓からなら、なんとかなるんじゃないか?」

 サーリアさんの部屋に入るのは、
ちょっと気が引けるけど、この際、手段は選んでられないか。

 俺が、階段に向かおうと立ち上がり、
カウジーさんが、時間を稼ごうと、ドアの前に立ちはだかるが……、



 ――ギャグ属性って、伝染するのか?



「カウジーさ〜ん、誠さ〜ん、フィアちゃん達が来たですよぉ〜♪」


 ごすっっ!!


「ぐはっ!!」

「にゃ?」

 ドアの前に立っていたカウジーさんは、
勢いよく開け放たれたドアの一撃で、鮮やかにKO。

 加えて、運が悪いことに、
ドアと壁の間にいるので、サーリアさん達からは見えない位置に。

 ――そして、逃げ出すタイミングを外し、三人の視線に晒される俺。



「ま……誠なの?」

「うぁーう?」

「誠さんですよぉ♪」



 付き合いの長いフィアさんは、
俺がこうなった理由に、すぐ思い当たったようだ。

「原因は……女装爆弾よね?」

「普通は、頼まれたってこんな格好しませんよっ!」

 無理矢理に……ってケースは、今まで結構あったけど。

「サーリア……またなの?」

「こ、今度のは事故ですぅ……」

 さっきから喋らない、ラスティちゃんはというと、俺の姿を見て戸惑ってる。

 まあ、仕方ないだろう。
 カウジーさんだって、こんな格好にはなってないだろうし……、

 と、サーリアさんを追究していたフィアさんが、俺の方をまじまじと見た。

「ん〜……まぁ、このくらいならいいかも」

「――あぅ?」

「――はい?」

 フィアさんが言うことの意味が解らず、俺とラスティちゃんは、揃って声を上げた。
 どうやらそれは、サーリアさんに向けてのものだったらしい。

「じゃあ、女装爆弾は作ってもいいですかぁ?」

「だって、ねぇ……、
誠がここまで可愛くなっちゃうんだし……」

 言いかけて、その口からは更にトンデモナイことが……、

「あ、そうだっ♪ 今晩は手伝ってくれる?」

「そりゃまあ、いいですけど……」

「やったぁ! これでウェイトレス確保っ☆」

 ――ウェイトレス?
 ――って、まさか、俺か!?

 気付いて、拒否しようとした時には、既に遅し。

 フィアさんとサーリアさんに、
両腕をホールドされ、引きずられながら連れ出される。

「そうと決まれば、早速、服を選びにいかなきゃねっ!
あたしの部屋にいっぱいあるからっ☆」

「そのまんまの格好じゃ、お仕事にならないですよぉ」

「ラ、ラスティちゃんっ! 助けてくれ〜っ!」

 藁にもすがるような思いで、助けを求めるものの……、

「あぅっ☆」


 くいくいくい……


 既に、俺の前に回り込んで、しっかり引っ張ってるし。

     ・
     ・
     ・





 と、まあ、そんなこんなで――

 街の人々の好奇の視線を集めながら、連れ込まれたのはアンクルノート。

 俺の滞在してる宿屋であり、
フィアさんの家であり、貴重なバイト先の1つなんだけど……、

「あっ、アルテさん、来てたんだ」

「こんにちはですぅ☆」

「あうっ」

 中にいたのは、空色の髪の女性――

 俺も、夜にここでバイトすると、
会うことがある、盲目の踊り子、アルテさんだ。

「フィアさんに、サーリアさんに、ラスティちゃん……もう1人、いらっしゃるみたいですね」

 俺の名前が出ないことで、
フィアさんが意地悪い笑みを浮かべる。

 サーリアさんは、相変わらずの笑顔。
 ラスティちゃんは、早速、アルテさんに抱き着いてるし……、

「まこと……です」

「誠さんですか? でも、それにしては声が……」

「アルテさん、実はね……」

 フィアさんとサーリアさんが、
事情を話し終わった後、多少は抑えて貰えるかなー、と思ってたんだけど……、

「あぅっ、あ〜う?」

「ふふっ、そうね、それじゃお言葉に甘えて……、
まことちゃんを、とっても可愛くしちゃいましょうか」

 ラスティちゃん……、
 どうして、そこで、煽るかな?

     ・
     ・
     ・





 そして、俺はフィアさんの部屋に連れ込まれ――

 園村親子に、着せ替えショーを開かれるあかねのごとく――
 女性四人によって、着せ替えショーを開かれた――

 さわさわ……

「このラインなら……、
すっきり、清楚な感じの方が、いいかもしれませんね」

「でも、結構似合うと思うですけど…」

 アルテさんが、大まかな方向性を決め……、

「まあ、この杖とハンマーは置いておくとして……無難な所で、ワンピースとか?」

「うー、あぅっ、あーぅぁ」

「あ、そうね。こっちもいいかも……」

 ラスティちゃんが、クローゼットから次々と服を持って来て、フィアさんが選んでいく。

「フィアさん……、
そういえば、ウタワレの民族衣装とか、持ってませんでした?」

「えっ!? あ、アルテさん、どうしてそれを……」

「いいじゃありませんか。それよりも、ね。
この際、まことちゃんに着せちゃいましょう♪」

 うーわ……、
 アルテさん、凄く楽しそうだし!

 やけにサーリアさんが大人しいのが、救いって言えば救いだけど……、

 しっかし……フィアさん。
 どれだけ、服持ってるのかな。

     ・
     ・
     ・





 え〜、その後……、

 フィアさんのイメージとは、正反対の……、
 簡単に言うと、さくらに似合いそうな服を着せられて……、

 夜のバイト……酒場の手伝いに行ったんだけど……、



「まことさぁ〜ん、オーダーお願いしますです〜」

「あーうっ!」

(あーもー! 絶対みんな楽しんでるだろー!)



 その日、アンクルノートは、連日以上の売り上げを記録した。

 フィアさんに、『流しのウェイトレス・上杉まこと』と紹介され――

 アルテさんと一緒に、ステージ上で踊らされたり――
 途中、何度も着替えさせられたり――



「おかわりっ!!」

「あ、あいかわらずの食欲ねぇ……」

「あぅぅ……」

「食材がなくなるまで、食べ尽くしてやるーっ!!」



 ――その分、しっかり料理で取り返したけどな。

 ちなみに、俺の身体は、
翌朝、目覚めると元に戻っていた。

 ただ、昨日の疲れから、
自分の服に着替えずに、フィアさんの服を来たまま寝てしまって………、

 起こしに来たフィアさんに……、

「――あれ? まだ戻らないの?」

 ……こんなことを言われてしまったのが、流石にこたえた。

「俺は男だぁぁぁぁっ!!」



 願わくば、次にこの街に知り合いが来る時まで――

 『上杉まこと』の話が、忘れられていることを――










 ――あれ?

 そーいえば……カウジーさんは?










「ねぇ、カウジー……、
お笑いの王道って、やっぱり身体を張ることなのかな?」

「いきなり……何の話だ?」

「最近、誠と一緒にいること、多いでしょ?
それに、今も見てて解ると思うけど、あそこまで凄いとね〜」

「でも、本人は、苦労してると思うけどな……、
最近、誠の話が多いけど、そんなに凄いのか?」

「もっちろん! だって、未来のお笑い界の期待の星なんだからっ♪
踊りまで出来るとは思わなかったけど……、
やっぱり、今からスカウトが動いてるし、才能はやっぱりあるよ。
それにしても、まさか、デビュー前に、その活躍を見れるなんて……回廊勤務でよかったぁ〜☆」

(本当は……それだけじゃないんだけどね。
距離は随分離れてるみたいだけど……水の精霊王に似た、暖かくて純粋な波動……、
あの時、里親に指定されたのは、藤井って家だし……)

「あの……サフィ? 俺の身体なんだけど……、
さすがに、頭打って意識不明ってのは……何かとマズイんじゃないか?」

「でも、ラスティは外食みたいだし、お店の方には誰もいないし……、
カウジーは昔から頑丈だから、大丈夫よっ!
それに、たまには、私が独り占めしても……ね?」

     ・
     ・
     ・










 ――そうそう。

 これは、誠がフォンティーユを去ってから、少し後の話なんだけど……、

 あの魔法店から、新商品が出たみたいなの。

 しかも、それが、女装した誠……、
 えっと、芸名は[上杉まこと]だっけ?

 ――そのブロマイドなの!

 道理で、あの子、着せ替えの時に大人しいと思ったら……ちゃっかり、撮ってたみたいね。

 結局、サインは貰えなかったし……、
 今度、ラスティに頼んで、買って来て貰おうっと♪





<おわり>


あとがき

 好きなキャラで話を作ると、限度を無視してノリノリです。

 なるべく、他の物語と矛盾しないように……心がけて書いた『はず』なのですが、

 食い違いとか……ないですよね?
 それと、皆さんの反応が心配で心配で。

 サーリアが持っていたカメラは、スフィーが使うインスタントヴィジョンの応用で、
その映像を、写真として定着させる……という仕組みで、まあ一応。

 イメージの発端は、陣九朗のバイト・ばーじょん47「ふぉと」に出てきた銀術具です。

 でも、あれは記憶を映像化するから……サーリアは思い込みが強いし……、

『上杉まこと トレーディング・ブロマイド』

 その種類は、日々サーリアの妄想によって増え続けている……、

 ――よし、これで決定♪


<コメント>

理奈 「――サーリアちゃん!」( ̄□ ̄)
サーリア 「にゃにゃっ!
       ど、とうしたですか、理奈さんっ!?」Σ(@O@)
理奈 「こ、ここ、このブロマイドなんだけど……」( ̄□ ̄;
サーリア 「ああ、それですか……、
       それは、以前、誠さんが居た時に、色々とあって、ゲットしたですよ」(^▽^)
理奈 「誠君ったら、こんな事まで……、
    私達がお願いしても、あんなに嫌がってたのに……」(−−メ
サーリア 「あ、あの、理奈さん……?」(^_^;
理奈 「女装爆弾だっけ……、
     サーリアちゃん、それ、あるだけ売ってくれない?」(−o−)
サーリア 「は、はいですぅ……、
       で、でも、一体、何に使うつもりなんですぅ?」(・_・?
理奈 「フフフフ……、
    そんなこと、決まってるじゃない……」( ̄ー ̄)
サーリア 「……焼き増しはOKです?」( ̄¬ ̄)
理奈 「OK、任せて……、
    フフフフ、兄さん譲りの宣伝技術、存分に発揮させて貰いましょうか……」( ̄ー ̄)
サーリア 「にゃにゃにゃ、楽しみですぅ〜♪」(*^^*)

 一方、夢の回廊――

サフィ 「――私の名はサフィ。天界から来た。誠は狙われている」(−o−)
カウジー 「はあ? サフィ、何を言ってるんだ?」(−−?
サフィ 「上杉まことを歌姫にしようとしてる人達がいるのよ。
     なんとしてでも、阻止しなくちゃ……」(−−)
カウジー 「優しいんだな、サフィ……」(^_^)
サフィ 「だって、誠はお笑い芸人になるんだから!」( ̄□ ̄)/
カウジー 「をいをい……」(−−;

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