窓の外から聞こえる小鳥のさえずりと、
カーテンの隙間から差し込む日の光に、浩之はゆっくりと目を開けた。

 泊り込みで魔物を相手にしていた時とは、天と地以上の差がある清々しい朝だ。

「うーん……」

 軽く唸って体を伸ばそうとした浩之だったが、
傍らに絡みつく柔らかい感触に動きを止め、その感触の主に目を向ける。

「すー……すー……」

 可愛らしい寝息をたてたながら、柔らかい感触の主……、

 あかりは一糸まとわぬ姿で、白い手足を浩之の体に、
しっかりと絡みつかせ、寝顔を胸に擦り付けながら幸せな夢の中にいた。

「まったく……」

 何時になっても小さい子供のような……、

 いや、実際には「小さい子供の」レベルなど、
遥かに超越したあかりの甘えっぷりに浩之は苦笑を漏らさざるをえない。

 それでも、浩之はジッとして、
体を動かしもせずに、あかりに絡みつかれるがままでいた。

「まあ、こうしていられるのも、
ある意味、あかりのおかげだからな。好きなようにさせてやるさ」

 そう呟いて、愛しげにあかりの寝顔を見つめる。

「うにゃ……浩之ちゃん……」

 どんな夢をみているのか……、
 あかりは満面に幸福そうな笑みを浮かべて寝言を呟き、浩之の胸に頬をすりつけた。






Leaf Quest
〜導かれし妻達〜

『未知への旅立ち』







 黒騎士に腹をぶちぬかれ、荷車に叩きつけられた浩之は、
もはや数分後に訪れる死をただ待つだけの無力な存在でしかなかった。

 腹と口からはおびただしい血が流れ、
わずかに漏れる息は「ひゅーひゅー」と不気味な死の音色を奏でている。

 両手足は痺れを通り越して全く感覚というものがなく、
わずかに疑念とも観念ともつかない間近に迫った死に対する意識のみが、
無惨に横たわる肉の塊をわずかに人間たらしめているに過ぎなかった。

『死ぬのか……? オレは死ぬのか……?』

 ただただ、薄れ掛けていく意識の中で、
それだけを呟く浩之に、黒騎士に斬られた誠のうめき声が届く。

 しかし、声は届けど、体が全く反応しない。

『す、すまねえ……ちくしょう……』

 悔しさと絶望のあまり、
両目から血まじりの涙を流し、ひゅーひゅーと息を漏らしながらやっと呟いた。

 その時――


『我を手にせよ……』


 意識が遠のく中で、その声ははっきりと浩之の脳内に響き渡った。

『だ、誰だ……?』

 救いの主か、それとも死神か?

 この際どちらでもよく、意識を鮮明にする為に、
浩之はひゅーひゅーと息を漏らしながら、その声に反応する。

『我が主よ……我は目の前にある、我を手にせよ……!』

 浩之は苦しみながらも顔を少し上げ、
その焦点の定まらない視線の先に金色の鞘に入った大剣を見つけた。

『早く……手にせよ、我が主よ……!』

 急かすように声は脳裏に響く。
 どうやら、声の主はあの大剣と考えて間違いない。

 剣が語りかける事の奇妙さは、この際どうでもいいことにした。

「ぐっ……!!」

 浩之は右手の感覚を取り戻そうと意識を集中させる。

 あの大剣を手にした所でどうなるか、形成が逆転でもするのかは分からない。

 しかし、今の浩之には、眼前にある大剣が最後の希望だった。

 あれを掴みさえすれば、
きっと、今の絶望的状況を打開することができる……、

 ……そう感じさせる何かが眼前の大剣にはあった。

『う、動かねえ……っ』

 しかし、意識を集中させても、右腕はぴくりとも動かない。

 大剣との距離は、僅かに三十センチ程だというのに、
今の浩之には、一千万里にも思える絶望的な距離だった。

『く、くそ……っ、動け・・動け動け動け動け!!』

 脳裏で怒鳴り散らしながら、右手に意識を送る。

 あの大剣を手にしなければ自分は死ぬ。
 そして誠も、旅の二人も無惨に殺されるだろう。

 しかし、そんな事が許されるのか?
 最後の希望を手にする事無く、無惨に大地に屍を晒す事などできようか?

『死ねるかよ……死んでたまるかよ……!!』

 浩之には親友が、そして帰りを待っている者達がいる。
 その人達の為にも、今、死ぬわけにはいかない。

 浩之の脳裏に誠、街の仲間、居候先の神岸夫婦とマルチ――

 ――様々な人達の姿が映っては消えていった。

 そして……、



『浩之ちゃん……!』



 最愛の幼馴染であり、恋人であるあかりの姿が浮かんだ時――

「――あ、あかりっ!」

 思わず浩之は叫び、
その瞬間、ほんの僅かではあるが、右手の感覚が戻った。

「ぐっ、ぐあああああああ……」

 残った僅かの力を全て右腕に注ぎ込み、
浩之はぶるぶると震える右腕を投げ出すように剣の柄の上に置く。

 途端に柄から右腕を通して気とも魔力ともつかない「何か」が体中に流れ込み、
浩之の体から苦しみ痛みがゆっくりと薄れていく。

 浩之は自由に動かせるようになった左手を鞘にかけると、勢いよく柄を引っ張る。
 金属の擦れる音と共に、まばゆいばかりに金色に輝く刀身が現れる。

 その金色の光は、外の世界にその身をさらす事で、益々輝きを増していった。

『よくぞ手にしてくれた……我が主よ』

「わ、我が主……って、何の事だよ?」

『我が主は我が主である、この世の危機を救う勇者……それが我が主であり、そして貴方だ』

「――ゆ、勇者ってなあ?
ま、いい、オレが勇者だろうが主だろうが構やしねえ。
とりあえず、今の大ピンチを救う事に協力してくれるんだろーな?」

『承知するまでもない、それでは我の言うとおりに動いてくれ……、
我を天に掲げるのだ……』

「お、おう……」

 どうやら剣の力で体に負った致命傷は、
治癒されているようだが、それでもまだ傷は深い。

 しかし、浩之はふらつきながらも両手で剣を握り、荷車の残骸の中に立ち上がった。










『――確かに、剣を手にした事で、オレは絶望の淵から救い出された。
しかし、剣を手にする事ができたのは、あかりのおかげだ……』

 あの時、あかりの姿が浮かんだから……、

 生きて最愛の恋人の元に帰る事を強く願ったから、
自分は最後の力を振り絞る事が出来たのだと、浩之は信じている。

 浩之はあかりの頬をそっと撫でて、「サンキュな……」と囁いた。
 
「しかし……」

 浩之は、先ほどまでの優しげな表情とは打って変わって、憮然としたそれを浮かべる。

「それであのザマはねえよなぁ……」

 自分の事ながら、いや、自分の事だからこそ、情けなさこれ極まりないと感じる。

 健太郎やスフィーは「仕方の無い事」だと言ってはくれるが、
それにしても「この世の危機を救う勇者」としては、あの「醜態」は許しがたいものがあった。










「まさか、抜いたのか……っ!?」

 浩之の眼前で、黒騎士ががたがたと震えながら驚愕の声をあげる。

 先ほどまでの、一方的な暴力を楽しむ傲慢な声とは、
一転した狼狽ぶりだったが、浩之は黒騎士のそんな態度をまったく気にも留めない。
 
『とにもかくにも、こいつをぶちのめす』
 
 まだ焦点の定まらない目を、
黒騎士に向け、浩之は黄金の大剣を振り上げる。

 剣からほとばしる光は瞬く間数メートルの光の刃をを形成した。

 呆然と見ているだけだった黒騎士も、
事態が、ただならぬ状態になっているのに気付いたか……、

「さ……させるかぁぁぁぁぁっ!!」

 絶叫をあげて浩之に突進をかける。

 しかし、黒騎士は、
次に剣に起こった異変を見てまたも立ち尽くす事となった。

 黄金の大剣からほとばしる光の刃は、
ぐんぐんと高さを増し、天に届かんばかりにそびえ立つ。

 それは黒騎士の一人ぐらい簡単に虫けらのごとく押し潰すであろう程の威容だった。





『唱えよ、勇者の聖なる剣の名を……世界を担う勇者の聖剣ブランニューハート

「……世界を担う勇者の聖剣ブランニューハート





 剣に合わせて浩之は呟くと、光の刃を黒騎士めがけて真っ向に振り下ろす。

 恐怖に立ち尽くす黒騎士に、
それをよける術はなく、このまま光の刃に消滅させられる――

 ――その場にいた誰もが、当の黒騎士さえもそう思った。

 しかし、光の刃は黒騎士の頭上数メートルで、
突然、横にふらつき、黒騎士の肩をわずかにかすめただけに終わった。

 直後に巨大な地響きが鳴り、砂煙が勢いよく舞い上がる。

 そのもうもうとわき立つ砂煙に吸い込まれるように、金色の光は消滅していく。

 何事が起こったのかと、
健太郎もスフィーも黒騎士も、砂煙の先にいる光の刃の主に視線を向けた。





 やがて、砂煙がおさまり視界を遮るものが無くなると、そこには……、





 地面に顔を突っ込むように、前のめりに……、





 浩之が……、










 ……コケていた。










「…………」

「…………」

「…………」

 意識を失っている誠と、コケている浩之を除いた、その場にいる者全てが……、

 まるで蛙の轢死体のような滑稽かつ無様な姿、をしばしの間……、
 数時間にも思える数秒間、呪縛をうけたかのように目を点にして眺めていた。

 ――その「呪縛」から最初に解き放たれたのは黒騎士だった。
 
 絶望を超えた諦念の境地から一転して、
呆然の状態へと目まぐるしく心境を変化させていた黒騎士は、
ようやく自分本来の心を取り戻し、今、現在、自分が成すべき行動を即座に実行に移した。

「くっ、今日のところはこれまでだっ!!」

 逃亡する悪役定番の台詞を吐き出しながら、
黒騎士はわき目もふらずにその場を一目散に駆け出し離れていく。

 このまま反撃に移ったとしても、
聖剣を手にした浩之に返り討ちに合うだけ、ならば撤退以外に他はない。

 一番の難敵が無様に地面に転がり、他の二人は、
それを呆然と眺めているだけの空白状態は、それができる唯一のチャンスだった。

「――くそっ、待て!」

 慌てて立ち上がった浩之は、
黒騎士の後を追おうとしたものの、すぐ手前でうめいている誠を見て追跡を諦める。

『とにもかくにも、危機はしのいだ、今は相棒を救うのが先だ』

 浩之は自分の服を破いて、誠の止血処置を行って瀕死の体を背負う。

 誠の家は、ここからさほど遠くはない。
 急げば、何とか治療が間に合うはずだ。

「すいません、オレ達の荷物をお願いします……」

 浩之の声に、健太郎もスフィーも我に返り、散らばった荷物をまとめる。
 
「彼をどうする? 薬は切れたし、このままじゃ悪化する一方だぞ……」

 健太郎が心配そうに誠を見る。

「このまままっすぐ行けば、こいつの家があります。
治療薬はふんだんにあるから、先ず大丈夫……」

「……わかった」

 こうして瀕死の重傷者を含めた四名は、
戦闘で受けた負傷も忘れ、瀕死の重傷者の安住の場所に駆けていった。 

 十数分の後、浩之達は、誠を無事に家に運び込み……、

 そこで、浩之は健太郎とスフィーに、
聖剣と勇者、そしてガディムの話を聞くこととなる。

 それは今まで平凡な人生を送っていた浩之にとっては、雲を掴む以上に突拍子も無い話だった。

 しかし、現実に聖剣は浩之の手元にあり、
その聖剣でもって、先ほど黒騎士と戦ったとくれば、
否が応でも、現実離れした話を事実として受け止めなければならなかった。

 そして、自分が聖剣を担う勇者として、まだまだ未熟であることも……、










『あの時は傷が完全に回復していなかった。
しかし、あそこで無様を晒したのはそれだけが理由じゃねえ……、
オレが剣の力に完全に振り回されていたんだ……』

 黒騎士に痛烈な一撃を与えようとした瞬間、
巨大な光の刃の勢いを抑えきれず足元がふらつきスッ転んだ。

 しかし、それは、単に負傷だけが原因ではない。

 スフィーの話では、聖剣と心技一体となれば、
光の刃は自分の体の一部となり、決してその威力に振り回される事は無いという。

 例えて言うなら、10キロの鉄球を手にとれば重さを感じるが、
10キロの筋肉が体についた所で<それほど体に違和感は感じない。

 今の浩之にとって光の刃は、10キロの鉄球であった。

『剣を持つだけなら、既にオレの体の一部みたいなもんなんだがなぁ……』

 浩之は部屋の壁に立てかけてある、
聖剣に目を向けると、ゆっくりと、あかりの腕を……、

 ……あかりを起こさないように離してベッドから降り、聖剣を鞘から引き抜く。

 ヒュンヒュンと軽く空気を裂く音を立てて、二、三度聖剣を振る。

 まだ「出会って」間もないというのに、
10年以上使い込んだ物のようにしっくりと手になじんでいる。

 重さもその大きさに見合わず竹の棒程度ぐらいしか感じない。
 まるで自分の為だけに作られた特注の中の特注品のようだった。

 しかし、ただ振り回して斬るだけなら、
この剣はせいぜいが「他と比べて扱い易いやたら頑丈な剣」でしかない。

 鉱山にいるモンスターや先日の黒騎士ならそれでも充分だろうが……、

 浩之が相手としなければならないのは、
光の刃をもってしても倒せるかどうか分からない魔神なのだ。

 本来の「力」である光の刃を己の体の一部として使いこなせないようではどうしようもない。

「ったく、めんどくせーこと押し付けやがって」

 聖剣を鞘に戻し軽く柄を指先で弾いて浩之は苦笑を浮かべる。

 魔神ガディムとやらを倒すには、浩之が持たねばならない光の刃の力だけでは足りず、
世界各地にいるであろうガディムと戦える力を持った者達の協力が必要だという。

 共に戦う仲間達を探しながら暴れ馬な聖剣を使いこなせるようにしなければならない。
 今まで請け負った仕事を遥かに上回る厄介さだ。

 しかも失敗は自分の死だけではなく、あかりやマルチ、そして、誠達の死……、
 いや、皆が生きている世界の死なのだ、失敗は絶対に許されない。

「しかし、結局、誰かがやんなきゃなんねーだよな。
それが、たまたまオレにお鉢が回ってきたってこった」

 「何でも屋」の稼ぎが貯まったら、ゴーレムの修理屋を開いて、
あかりとマルチの三人で静かに暮らす事が、一先ずの人生の目標だったのだが、
世界が消滅してしまったらそれも適わない。

 浩之に逃げる選択は無く、逃げる考えもなかった。

「ふにゃ……」

 浩之の後ろから可愛らしい声が聞こえた。

「おっ、お目覚めか? お姫様」

 そう言って浩之は、まだ寝起きでぼーっとしているが、
それでも彼に微笑みを向けている愛しい少女に歩み寄り、包み込むように抱きしめた。

「あっ……ひろゆき……ちゃ……ん?」

 あかりは戸惑いと恥じらいが入り混じった声をあげ、
そのまま浩之の背中に自分の両腕を絡みつかせるように回す。

 浩之は、あかりの髪を梳くように撫で上げ、囁きかけた。

「ほんと、お前はかわいいな」

「えっ? えっ? どうしたの? いきなり?」

「どうしたんだろうな……なんか改めて惚れ直しちまった」

 そう言って浩之は、ゆっくりと、
あかりを押し倒し、じっとしばらくその状態でいた。

『この女の子の幸せの為、この女の子と幸せになる為にオレは戦う!』

 あかりの小さく柔らかい体を、
自分の体全体で感じながら、浩之は「勇者」としての誓いを新たにする。

 先はどうなるか分からない……、
 まだ、世界を担うという実感が湧かない……、

 それでも浩之は勇者として、
自分を心のそこから愛してくれている少女を守る戦いに赴くつもりだった。

 やがて浩之は顔を起こし、じっとあかりを見つめる。

 あかりは瞬時に浩之が何を求めているかを分かったようで、
それを迎え入れようと、大きな瞳を潤ませ、唇を半ば開けていた。

「出発までまだ時間がある……だから……な?」

 照れ隠しに視線を逸らしがちに話す浩之に、あかりは「くすっ」と軽く笑う。

「うん……わたしも……」

 溢れんばかりの愛情を瞳に浮かべ、
あかりは恥じらいに顔を赤く染めながら浩之に甘い囁きで返した。










 それから、数時間後――

 身支度を整えた浩之は、居候先である神岸家を後にした。
 
「怪我のないようにな……、
金が無くなったらすぐに知らせるんだぞー」

「あかりとマルチちゃんが寂しがるから、あんまりだらだらしてちゃだめよー」

「浩之さーん、早く……ご無事で帰ってきてくださーい」

 あかりの父あきら、母ひかり……、

 そして、浩之の妹のような存在である、
ゴーレムのマルチの言葉に手を振りながら応え、
浩之は、あかりと共に町外れの森に向けて歩き出す。

 せめて町外れまでは二人っきりにしてあげよう、という三人の心遣いだった。

 互いの腕を絡ませながら、
二人はとりとめもない会話を交わしてゆっくりと道を行く。
 
「大陸に行ったら水に気をつけてね。生水は絶対に飲んじゃダメ、必ず飲む前に沸騰させる事」

「ああ……」

「薬草はまめに補充しておかなきゃダメだよ?
もし怪我した時に薬草が無かったら、ちゃんとお医者さんに見てもらうこと。
ほったらかしはいけないよ?」

「ああ……」

「あっ、後、毒消し草もちゃんと確認しておいてね、
今回は、浩之ちゃん一人で、全部やらなくちゃダメなんだからね」

「ああ……」

 細々としたあかりの言葉に、気の無いような返事をしつつも、
浩之はあかりの言葉を一語一句しっかりと頭の中に刻み込んでいた。

 遠出の仕事に出る時は、何時も言われている事だが、
大体が、自分が忘れがちだから聞き流しもできない。

 それに自分を想うが故の恋人の注意を無碍にできるわけがなかった。

 そんなやりとりをしながら、やがて二人は町外れの森の前に来た。

 ここから先は、どんなモンスターや、
猛獣に出会うか分からない危険地帯となる。

 きちんとした装備をしているのならともかく、無防備の女の子が一人で歩ける所ではない。

「それじゃあ聖剣ちゃん、浩之ちゃんをお願いね」

 そう言って、あかりは、
浩之の腰に差してある聖剣の柄をそっと撫でた。

「おいおい、何だ? その『聖剣ちゃん』ってのは?」

 世界を救う勇者の剣に対して、
あんまりと言えばあんまりな呼び方に、浩之は呆れる。

「えー? なんか、聖剣ちゃんって感じがしない? この子」

「こ、この子ときましたか……」

 浩之の呆れ顔に更に冷や汗が加わる。

『一応、剣自体に意思はある事は言ったが、
よりにもよってそう呼ぶかよ。変な呼び方されたらへそ曲げられるかもしんねーぞ……』

 その時、浩之の脳裏にまた聖剣の声が響いた。

『構わぬ、勇者の想い人が、そう名付けたのならそれに従うまで。
それに別に悪い感じはしない』

『あ、あっそ……』

 ふう、と浩之は息をついて、聖剣を鞘の上から軽くぺしぺしと叩く

「まあ、それでもいいかもな。
変に仰々しい呼び方も間抜けといえば間抜けだし、
よし、こいつは聖剣ちゃんに決まりだ」

「――うんっ」

 あかりは自分の呼び方が、
受け入れられてか、嬉しさを満面に出した笑顔で答える。

 その笑顔に愛しさと、わずかながらの未練……、

 この場を去り難い気持ちを感じながらも、
後者を振り捨てるように浩之はあかりをじっと見つめた。

「……それじゃあ、行ってくる」

「うん、気をつけてね」

 あっさりとしたあかりの返事に、浩之は次の言葉を発せずにいた。

「――ど、どうしたの?」

「いやな、世界の命運がかかってる旅なのに、何かいつもと変わらねーからよ……」

 その言葉にあかりはにっこりと笑みを返して答える。

「ふふっ、そうだよ、いつもと変わらず浩之ちゃんは、
お仕事を終えてわたし達の所に帰ってくると思ってるから。
だから、いつもと同じ」

「……ああ、そうだな。
いつもと同じように、ちゃっちゃっちゃーと終わらして帰ってくるか」

 あかりは笑みを浮かべたまま頷くと、浩之の首に両手を回し唇を重ねる。
 これも、いつもの浩之が出かける前のやりとりだった。

 しばらく二つの影は重なり合い、やがて影は二つに離れ、
片一方の影が森の奥に消えるまでもう一方はその場を離れずじっと見送っていた。










 ――浩之が森の中に入って3時間程たった。

『あ、主よ……』

 浩之の脳裏に、何処か苦しげな聖剣の声が響いてきた。

「一体、どうしたんだ?」

 その声に尋常ならぬものを感じ、
浩之は鞘ごと聖剣を目の前に持って話し掛ける。

『わ、我を抜いてくれないか……そ、その……気分が苦しい……』

「お、おう……」

 剣が「気分が苦しい」というのもおかしい話だが、
浩之は、それは気に留めずに、すぐさま聖剣を鞘から抜いた。

 刀身は初めて抜いた時のよう……、
 いや、それ以上に金色の輝きを放っている。

「お、おい、こりゃなんだぁ?」

 聖剣の輝きにただならぬものを感じて、浩之は呆れたような声をあげる。
 しかし、大騒動はその直後に起こった。

「ど、どわああああああああああっ!?」

 いきなり金色の光が勢い良く伸び上がり、
それはとどまる事を知らずにぐんぐんとその長さを増していく。

 浩之は懸命に足をふんばって、勢いに振り回されないようにするが、
それでも足のふらつきを抑えるのが精一杯だ。

『う……うえぇぇぇ……』

 吐き出すような、聖剣のうめき声が頭に響いてくる。
 どうやら聖剣自身が光の刃の発生を抑えきれないらしい。

「そ、そりゃねーだろーが!!
おいっ、おいっ、何とかならねーのかっ!? って、おわああっ!!」

 光の刃は数百メートルで、
その伸びを止めたのだが、今度は右に左にと激しく振り乱れだす。

 当然、浩之は暴れる聖剣を離さないようにするのがやっとで、
光の刃が大きくふらつく度にその方向にある木々はなぎ倒されいく。

 前に後ろに右に左に、浩之と聖剣は千鳥足で森の木々をなぎ倒していった。










 光の剣が発動する数分前――

 森の中を進む浩之の百メートル後ろに彼を追う影が一つあった。

 それは木々に巧みに身を隠して、
浩之をその視界から外さないよう追跡していた。

「浩之……ようやく二人っきりになれたね……」

 荒い息を交えながらその影、雅史は呟く。

 ようやく巡りに巡ってきた最大のチャンスに、
興奮を必死に抑えながら雅史は浩之を追う。

 今まで全く二人っきりになる機会がなく、
悶々とした日々を過ごしていた雅史であったが、
ここにきてようやく浩之が一人で旅に出るという情報を掴んだ。

 誠の時は出遅れてしまったが、今度は上手く浩之の後を追う事に成功した。
 後は、自分も偶然同じ所に行くという事で無理やり同行すれば良い。

 問題はどのタイミングで浩之に声を掛けるかだ。

「焦っちゃダメだよ、焦っちゃ……、
なるべく怪しまれないよう、森を出てからまでは我慢我慢」

 早く浩之と同行したいという、気持ちを必死に抑えて、雅史は足音を忍ばせて進む。

 それでも雅史の脳裏には、甲斐甲斐しく浩之の世話をして、
それに感激した浩之が自分を抱きしめてあんな事こんな事をするという、
浩之から見れば、反吐を吐くだけでは足りない妄想劇が繰り広げられていた。

「――んっ?」

 突然、浩之が足を止めた。
 雅史は木の陰に隠れ、じっと息を殺して様子を伺う。

『もしかして、気配に気付いた?』

 不安にかられてながらも、雅史は浩之から目を離さない。

 もしかしたら自分の勘違いかも知れない。
 それを見極めるまでは軽挙はできなかった。

『ええええええええっ!?』

 浩之は剣を掲げて、何やら、
ぶつぶつと呟いたかと思うと、突然、剣を引き抜いた。

 雅史の心に絶対絶命の焦りが広がる。

『や、やっぱり……気付いたんだっ!?』

 雅史は反対方向に足を向けて、
この場を逃げ出そうとしたが、その時、周囲にまばゆいばかりの金色の閃光が走った。

『わ、わわわわわわわわわわわわわっ!?』

 その閃光に、雅史は思わず目をつぶり、
次の瞬間には、猛烈な衝撃波に、その小柄な体は舞い上げられていた。

「そ、そんなああああああああああああああっ!!」

 誰に聞こえるわけでもない悲鳴をあげて、
雅史は空高く天を舞い、森の入り口付近でようやく重力に従って降下していく。

 地面に、普通の人間なら、とうに体が、
ばらばらになっているくらいの勢いで雅史は叩きつけられた。

 しかし、その身はきちんと、
原型を保ったまま、草生い茂る大地に横たわっていた。

 限度を知らない図々しい心は、体までも図々しくしていたようだ。

「むぎゅう……」

 それでも、落下のダメージは激しかったのか、
かすかにうめきをあげたまま雅史はぴくりとも動かない。

 そこへ――

「あらぁっ? 雅史さんたら、
こんな所で、お休みしてたら風邪引きますよー?」

 雅史に歩み寄った少女、田沢圭子は、
つんつんと雅史を軽くつついて声をかけたが、雅史は何の反応も示さない。

 それに圭子は、驚くのでも悲しむのでも怒りを見せるわけでもなく、
にやりと満面に不敵な笑みを浮かべる。

「こんな所でお休みしてたらいけませんから、あたしのお家でお休みしましょーねー」

 そう言って圭子は雅史をずるずると引きずっていった。

 その引きずる勢いは、どんな事があっても、
絶対に逃さないという強烈な意思表示にも見えた。










 こうして――

 勇者の修行の旅に出た浩之を襲った、
最初にして、おそらく「最悪の危機」は……、

 ……浩之も聖剣も知らぬ間に、呆気なく切り抜けられてしまった。










 実際には数十秒――

 しかし、浩之にとっては、
数時間に思えた聖剣の暴走はようやく収まり……、

 浩之の目の前には周囲1キロにも渡って木々がなぎ倒された光景が広がっていた。

 そのあまりにも派手な荒れ果て方に、
滅多な事では動じない浩之も、さすがに言葉を失っている。

 呆然と立ち尽くす浩之の頭に、ようやく落ち着きを取り戻した聖剣の声が響く。

『ええと……我が主よ……』

 気まずそうな声に浩之は思わず苦笑を漏らす。

「これまた、派手にやっちまったもんだな」

『わ、我が力を抑えきれなかったのが悪いのだ。
あ、あかり様の『想い』があんまりにも強すぎて……、
一体、あの『想い』の力は何なのだ!?
我に直接力を注いだわけでもないのに、むむむ……まだ少しくらくらする』

「ま、まあ……あかりの想いはなぁ」

 浩之は顔を真っ赤にして目を逸らすように空を見上げる。

 あかりの「想い」の強さは浩之自身が一番よく知っている。

 ふわっと包みこむような、受けるものに負担を感じさせない、
それでいて、体中が満たされるような、不思議で強烈な「想い」……、

 聖剣が、それを抑えきれないのは仕方の無い事かもしれなかった。

「ただな、いくら『想い』が強すぎるからといって、
それを力に変えて抑えるのがお前の役目なんじゃねーのか?」

 仕方が無いと言っても、
それでは済まない、済んではいけない問題なのだ。

 浩之は「もうちょっとしっかりしてくれよ」と、苦笑を浮かべたまま聖剣を軽く叩いた。

『も、申し訳ない。我も長い眠りから覚めたばかりで、
まだ力を抑えるこつが完全に取り戻せていないようだ……』

「まったく、オレも未熟なら、剣も未熟なわけか」

『そういう事になるな……、
まあ、未熟なもの同士、一心同体になるようお互い努力していこうではないか』
 
 浩之はその言葉にふうっとため息をつく

「一心同体ねぇ……野郎同士で、その言葉はちょっと引くなぁ」

 思わず、同性愛志向が玉に瑕の、
幼馴染の友人を思い出した浩之は、少し顔をひきつらせて呟いた。





『――失礼な、我は女だ』

「な、なにいいいいいいいいいいいいいいっ!?」





 いきなりな聖剣の言葉に、浩之は驚愕の叫びをあげた。

「お、女って……?」

『こんな喋り方だが、我は雌の属性を持っている。
どうして我が女として生まれさせられたのか知らぬが、
まあ、戦う男のそばには、女性の方が華があるだろう?』

「そ、そういう考え方もあるけどな……」

 敢えて、そこは肯定せずに、浩之は言葉を濁す。

 あかりの事だから剣が女性だからといって、
ヒステリーを起こしはしないだろうが、それでも何かひっかかるものを感じざるを得ない。
 
『心配するな、我が主とあかり様の邪魔などせん』

 浩之の心を読み取ったのか、聖剣はからかうような感じで話す。

『我が主とその想い人の心の繋がりが我の力の源……、
それを強固にするのならともかく、壊してしまう愚かな事を我がするはずなかろう』

「それはそうなんだが……」

 そう呟いて、浩之は頭を軽く振った。

 これ以上深刻に考える問題でもなく、結局のところ、自分の気持ちなのだ。

 自分があかりを愛している……、
 その想いさえ崩れなければ誰も文句は言う事ではない。

 浩之はすぐに気持ちを切り替えた。

「ま、何にしてもよろしく頼むぜ……相棒」

 浩之は金色の刀身を抜いて言った。

 ――そう。
 この聖剣は相棒なのだ。

 これから起こる未知の戦いを共にする新しい相棒だ。

 その時、浩之の脳裏に誠の姿が浮かんだ。

 今は重傷を負って動くこともままならない大事な相棒……、

 おそらく、今回の戦いの旅に、
同行できない事を、身を切られる思いで口惜しがってるであろう。

 正直、誠を置いて、一人で旅立つ事には、少なからぬ引け目を感じた。

「しかし、少しでも早く戦う力を身につけなきゃなんねーんだ……すまねえ」

 浩之は、誠の住む家のある方角に頭を下げ、聖剣を鞘に収めた。

 おそらく誠は傷が癒え次第あの街を守る戦いに身を投じるだろう。
、その時、自分が誠の足を引っ張るような事があってはならない。

『我が主……』

 浩之から戸惑いが消えたのを聖剣は察した。

「あいつらの所に戻って来た時に、みっともねえ姿は晒せねーよな。
ぐだぐだとしょーもない事で悩むくらいならさっさと前にいかなきゃな」

『――うむ』

「それと、お前の力をオレのものとする方法が何となく分かった。
お前がオレの相棒なら、『一心同体』となるのも、そんな遅い話ではなさそうだ」

『そうか……期待しているぞ』

「期待だけじゃなくて、おめーも努力するんだよ」
 
 浩之は笑いながら聖剣をこつんと叩き、また足を踏み出した。

 これから起こるであろう、
激しい戦いが、如何なるものなのかは、闇の中にある。

 しかし、浩之に迷いは無かった。

 信頼する相棒、友人がいるから――
 限りない力を持つ相棒がいるから――

 そして、自分の力の源である最愛の人がいるから──










「この戦い……必ず勝つ!!」










 ――はっきりと確信を込めて、力強く浩之は叫んだ。





<おわり>


<コメント>

浩之 「ふう〜……」(−−;
美音子 「――どうしたの、浩之君?」(・_・?
浩之 「いや、あの頃のみねちゃんは、まともな性格だったよな〜、と……」(−−ゞ
美音子 「むむむ! それじゃあ、
      今の私は、まともじゃない、とでも言うわけ?」(−−メ
浩之 「少なくとも、前の性格のままなら……、
    余計なトラブルは、増えたりしなかっただろうな……」(−o−)
美音子 「でも、退屈はしないでしょ?」(^_^)v
浩之 「何故だろう……、
    今、凄く、誠の気持ちが分かるような気がする」(T_T)
美音子 「うわ、マジ泣きだし……」Σ( ̄□ ̄)
浩之 「ったく、いつから、こんな性格になったのやら……」(−−;
美音子 「そりゃ〜ね〜……、
      毎晩、あんなモノ見せられたら、性格も崩れるってものよ?」ヽ( ´ー`)ノ
浩之 「――ぐはっ!」(T□T)

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