バシッ！
ドスッ！
バーーーーーーーンッ！！
「ぐふうっ！」
これでもう、何回目なのだろうか……、
壁に叩きたつけられた衝撃に、わずかにうめき声をあげると、
浩之は、数ｍ先に立っている、自分を幾度も叩きのめし、
気を失わせた小柄な女性を見上げる。
『くそっ、手も足も出ないってもんじゃねえ！ 何もかもが全て桁が違う』
「…………」
女性は無言で浩之を見つめたまま、
「今日はこれまで」とも「まだ続けますか？」とも、止めもしないが催促もしない。
どうするかは、浩之の判断次第ということなのだろう。
「――くっ！」
ここで立ち上がったからといって、何が変わるわけでもないのに、
浩之は、また同じように立ち上がり、竹刀を構える。
「ま、まだまだあっ！」
そう叫ぶと、浩之は竹刀を振り上げ、
目の前の『セイバ−』と名乗る女性に打ちかかっていった。
Ｌｅａｆ Ｑｕｅｓｔ
〜剣と鞘と弓と呪われし聖杯〜
『勇者はつらいよ』
浩之とセイバーが出会ったのは、ほんの数時間前――
精励の箱舟ヨークを巡って、
魔物の軍勢とセイバー達が戦っている最中であった。
ヨークを追ってタイプムーンに着いたばかりの浩之は、
聖剣を振るいセイバー達を援護し魔物達との戦いに勝利した。
しかし、勝利の余韻に浸る間もなく、浩之に近づいたセイバーは、
自分の名の名乗るや否や有無を言わさずタイプムーンにある衛宮家の道場へと浩之を連れて行ったのだ。
「貴方の剣……勇者の剣としては、まだ未完成」
道場に入ってのセイバーの開口一番がそれだった。
無論、浩之もそれは充分承知の上だった。
『聖剣と己を一にして、その持てる力の全てを引き出す』
その修行をしながら諸国巡りをしていたのだが、
ようやく端緒が掴めただけで、果たして「剣人一致」の境地は未だに不明なままだった。
ヨークにおける攻防戦で振るった聖剣の力も、実の所は、
猛り狂う剣のエネルギーを無理やり力でもって抑えつけていたにすぎなかった。
「一介の剣士としてなら、あれで充分でしょう。しかし、貴方は聖剣を担う勇者だ」
そう言ってセイバーは竹刀を浩之に、
すっと差し出し、浩之にそれを拒む選択肢はなかった。
誠から聞いた話では、セイバーは『究極の剣士』であるという。
ならば、立ち会う事によって何かがつかめるはずだった。
「貴方には、早く勇者の剣を完成させて貰いたいのです」
セイバーはもう一方の手に持っていた竹刀を構える。
つまりは「自分と立ち合う事で剣を完成させよ」ということだ。
『随分な自信だな……』
一瞬、浩之は傲慢とも自信過剰とも言えなくも無いその態度に呆れた。
しかし、竹刀を構えたセイバーを見るや否や、その呆れは瞬く間に霧散していた。
『できる……！ い、いや、できるとか言ったもんじゃねえっ！』
眼前に竹刀を構えた小柄な女性は、
今まで戦ってきた、どの敵をも超える圧倒的な強さを感じさせていた。
彼女の前では、浩之が死寸前にまで、
追い込まれた黒騎士でさえ子供にしか思えなかった。
『こ、これが誠の言っていた、究極の剣士セイバー……！』
何時だっただろうか、旅の土産話に聞いた時は、
せいぜい興味本位に一度会ってみたい、ぐらいにしか思っていなかったが、とんでもない認識だった。
まだ打ち合ってもいないのに、セイバーの出す圧力が浩之の全身に冷や汗を流させている。
この女性に勝てるのか？
いや、勝つとかどうこうではない、
果たしてまともに立ち合いにすらなるのだろうか？
「――ぐっ！」
迷い、恐れを無理やり振り払うように、浩之は首をぶんぶんと横に振る。
そして、間断なく襲い掛かる圧力から、
一時でも早く逃れんがごとく、絶叫を上げてセイバーに突進した。
バシーーーーーーンッ！！
「げ、げぼぁ……っ！」
またも、繰り出す打ちは悉く打ち払われ、振りかかってくる打ちは、
容赦なく浩之の頭を腕を胴に痛撃を与え、壁に叩きつけ、意識を奪う。
もう、これで何度目かと考える事もできなくなっていた。
「う、ううっ……」
叩きつけられた際に頭を強打したのか、意識が朦朧としはじめた。
しかし、朦朧とした視線の先に立っているセイバーは尚も無言で自分を見つめている。
『か、勘弁してくれよ……』
泣けるものなら泣きたかったが、もう泣く気力すらない。
自分の出来る事は全てやったはずだった。
あらん限りの力と技を尽くしてセイバーに向かったつもりだった。
しかし、それら全てがまさに「無慈悲」なまでに跳ね除けられていた。
『い、一体、今までオレがやってきた事って何なんだったんだ？』
決して自惚れていたわけではないが……、
勇者としての力を身につける為に、怠ることなく、
日々の研鑚を積み重ね、着実に力を身につけていると思っていた。
しかし、それらが全く彼女の前では無意味という答えしか出てなかった。
これが、黒騎士と戦った時のように、
相手が強力な武器を持っていた、というのならまだ自分を納得させる事ができた。
しかし、目の前にいる、自分を叩きのめしている女性は、
自分と同じ一振りの竹刀しか持っていなかった。
『やってらんねーよ……反則じゃねーかよ……』
何でこんなに桁外れに強い者がいるのか。
どうして、ここまで力の差が開きすぎているのか。
浩之は、思わず、この世を司ると言われる女神を呪いたくなった。
「あ、あの……セイバーちゃん……、
今日は、ここまでにした方が……」
「そ、そうよ。このままだとマジ、あいつ死んじゃうって！」
「セイバー、誠の時より容赦なさ過ぎっ！」
朦朧とした頭に、聖剣みねこと、
後から入ってきたのだろう、女の子達の声が聞こえる。
『そうだ、言ってやってくれよ。オレもうダメだって……』
彼女達の言葉に、セイバーが止めを告げるのを期待するも……、
「止めるかどうかは、彼が決める事です」
と、ぴしゃりと撥ね付ける。
『ううっ……いい加減にしてくれ……』
期待をあっさりと潰され、浩之はがっくりする。
『いいじゃねーかよ、あんた無茶苦茶強いじゃねーかよぉ……、
あんたが勇者やってくれれば、それでいいじゃねえかよぉ……』
そうだ、セイバーが自分に代わって聖剣を担う勇者になればいいのだ。
こんなボロ雑巾のように叩きのめされて戦線離脱を乞う、
無様な男よりもずっと「勇気ある者」にふさわしいではないか。
『どうせ、オレダメなんだからさ、もうほっといてくれ……』
浩之は、このまま、
ずっと気を失った振りをしようと決めかけていた。
『すまねえ、あかり、オレ、ダメだったわ……』
『そうかな？』
『……っ！』
脳裏に響くあかりの声にハッとするも、
今は、まだ夕暮れ近く、あかりとの「逢瀬」の時間ではない。
それに、あかりと「こころを通わす」には聖剣みねこが傍らにいなければ不可能なのだ。
それでも、浩之の目の前にはあかりが微笑んでいる。
おそらく幻覚であろうが、その幻覚の発する一言に、浩之は逃避を踏みとどまる。
『浩之ちゃんは、やれば何だってできるんだよ？』
何度も何度も聞いた、あかりのその一言……、
それを聞く度に、浩之は、
様々な困難に挑み、そして事を成していた。
『しかしよー……今回はさすがにダメだ。
出来る事は全てやったん……だ……？』
『全て……やった……のか？』
果たして、本当に出来る事全てやったのだろうか？
あかりは微笑むだけで、何も答えない。
浩之は、もう一度自分に問い掛ける。
『果たして、全てやったのか……？』
やってるような、やってないような、答えは曖昧なまま。
しかし、曖昧であるという事は、
まだまだ、やり足りない事が残っているという意味ではないだろうか？
『しかし、やり残している事をやったとしても、それで出来るというのだろうか？』
出来るかもしれないし、やはり出来ないのかもしれない。
いずれにしても再び挑まねば、答えが出るはずも無い問いである。
『だったら……』
浩之は目をかっと開き、ふらつく頭を抑えながら前を見る。
「やるしかねえっ！」
道場一杯にその叫びを響かせ、浩之は力強く立ち上がった。
『オレのバカ野郎がっ！
何、蹴躓いたからって、ヤケ起こしてやがったんだ！』
つい先ほどまでの、情けない自分に叱咤を入れる。
あかりが愛する浩之はかっこ良く事を成す男ではない。
あかりが愛する浩之は、例え無様な姿であろうと、果敢に挑む男なのだ。
『あの先に何が見えるかどうかじゃねえんだよ。
ぶっ倒れてもぶっ倒れても、意地でも見るもんなんだよ。
失敗した時の事なんか考えていられるかっ！』
浩之はきっとセイバーを見据えると……、
「もう一丁！」
と叫ぶ、セイバーは相変わらず無言でこくりと頷いた。
「―─と、その前に」
割り込むように、先ほどセイバーに声をかけていたであろう、
ツインテールの少女が、浩之の目の前に青色の液体の入ったコップを突きつける
「な、なんだ？」
「回復薬、特別製のものだから効き目は早いわよ。
どうせまたボロボロになるんでしょ？」
「……ほっとけ」
憮然としながらも、浩之は、
少女の出した回復薬を受け取ると一気に飲み干した。
『相変わらず、剣の動きは同じ……しかし……』
打ちかかる浩之の竹刀を、
確実に一つも漏らす事無く捌くセイバー。
だが、浩之の動きに僅かながら、先ほどまでとは違ったものが感じられていた。
浩之の攻撃を捌いて、返すように、
竹刀の雨嵐を浴びせるも、臆する事無く、それを真正面から浩之は受ける。
もちろん、雨嵐の全てが浩之の体を容赦なく撃ち付けるのだが……、
浩之は、それが何物であるかを探っているような様子だった。
『―─ようやく、自分が何をすべきなのか分かったようですね』
セイバーは口元をぎゅっとと引き締める。
『ならば─―っ！』
そう内心叫ぶと、先ほどよりも、更に、
数段力と速さを込めて、セイバーは浩之を打ち据えはじめる。
誰の目から見ても、本気で浩之を叩きのめしにかかっているのは明らかだった。
セイバーの一撃一撃が当たる度に、浩之は、
重い呻きをあげ、倒れ、血反吐を吐き、叩きつけられ、のた打ち回る。
それは、もはや立ち合いと言える状況ではなく、一方的な凄惨なリンチにしか見えなかった。
しかも、一度で終わるものではなく、
浩之が回復薬を飲んで立ち上がる度に、同じように繰り返されるのであった。
「いやぁーーーっ！ セイバーちゃん、やめてえぇっ！」
あまりの凄惨さに耐えかねたみねこが悲鳴をあげる。
しかし、セイバーは攻撃の手を緩めない。
無慈悲に叩きのめす事によって、我が剣の力と技を全て見せる。
それが今のセイバーにできる、浩之の「勇気」への答えだった。
『聖剣ミネコ、よく見るのです。これが貴女が選んだ勇者！
どんな逆境にも果敢に挑み、決して諦めない勇気ある者っ！！』
衛宮の者達……士郎、凛、桜、イリヤは、
息を飲みながらも、最後まで見届けようと、そこに座していた。
士郎は当然に、そして三人も、ようやく分かったから。
セイバーがどんな気持ちで、
この一方的な立ち合いを続けているのかを。
「か、回復薬……」
「……はい」
震える手で、呆れ顔の凛から手渡された、
回復薬を飲み干し、ふうっと一息つくと、浩之はまた……、
「もう一丁っ！」
……と、セイバーの前に立った。
『もう何回目だろう……？』
ボロボロになる度に回復薬を使い、またボロボロになる。
さすがに、セイバーも驚きとも、
呆れともつかない感情を目の前の勇者に抱き始めていた。
『まったく、こっちの気も知らずに突き進みすぎというか、
貪欲と言うか、諦めが悪いというか……、
いやはや、これはマコト以上に厄介な男ですね……』
そこまで内心呟いて、セイバーはふっと軽くため息をついた。
そう、誠が目指す『理想』が、
この男と言うのなら、これだけ諦めが悪いのも当然なのだ。
「せやああああっ！」
そんなセイバーの心の隙を狙いすましたかのように、
防戦というより打ちのめされる一方だった浩之が攻撃の一振りを浴びせてきた。
「――っ！！」
咄嗟にセイバーは竹刀でそれを受けるも、
ずしりと、今までになかった重みをその攻撃に感じ取った。
『まさか─―っ！？』
目の前の浩之は、足元もおぼつかない状態で、目も時折、白目を剥きかけている。
いくら回復薬を使用しても、ダメージは着実に積み重なっていた。
それでも、浩之はセイバーを動揺させる一撃を放ったのだ。
『余計な力が抜けて、それであの一撃を放つ事ができたというのなら─―！』
一瞬の動揺から立ち直り、
セイバーは、また浩之に一撃を振り下ろす。
会得したのならそれでいい。
ただ、今一度、確かめて見たかった。
パシイッ！
今度はセイバーの攻撃を払いのける。
セイバーの竹刀は、まるで浩之の竹刀に引き寄せられるように……、
それは、先ほどまで、セイバーが浩之の攻撃にしていたのと全く同じ現象だった。
「――うっ！」
思った以上に強く払いのけられ、セイバーの体が僅かにぐらつく。
そこへ─―！
「せえええええっ！」
気合一閃、浩之が間合いを詰めて、まさに必殺の一撃を放とうとしていた。
浩之の竹刀はセイバーの頭上にあり、
次の瞬間にはセイバーの脳天に打ち下ろされるのはほぼ確実だった。
『受けられない！ しかし、後ろに下がれば─―っ！』
バランスが崩れた、がら空きの状態では、
浩之の第二撃で止めを刺されるのは明らかだった
『ならばっ！』
セイバーは、体を思いっきり前傾させる。
「はああああああああああああっ！」
バシィィィィィン！
スパァァァァァァァァン！
浩之の打ち下ろしと、セイバーの横薙ぎの軌道が、
十字を描き、道場に双方の竹刀の音を響かせて、一瞬道場の時間が止まる。
二人の立ち合いを見ていたもの全てが、息を止めて時の止まった二人を見つめる。
何時間にも思える瞬間が、再び動きはじめたと同時に、
浩之の体は、ゆっくりと前のめりに崩れるように倒れた。
ドウッ……
「ひ、ひろゆきくぅぅぅぅんっ！！」
重い音を響かせて、浩之が崩れ落ちたと同時に、
聖剣みねこは悲鳴をあげてぴょんぴょんと飛び跳ねて浩之に寄る。
凛もイリヤも桜も、遅れて駆け寄った。
「セイバー！」
みねこと同じように、剣となった、
自分の体を跳ねさせて、士郎はセイバーの傍に立つ。
その声は最後の最後まで容赦なく浩之を打ち倒した事を責めるのではなく、
過酷な試練を課せざるを得なかった、愛する者を気遣うものであるのは言うまでも無かった。
「大丈夫です、シロウ……」
士郎を愛しげに抱きしめながら、
冷や汗が浮かび上がった頬をすりよせ囁くように応えるセイバー。
「セイバー……？」
頬の冷や汗に、訝しげにもう一度士郎は彼女の名を呼ぶ。
セイバーは士郎の、
問いかけの意味をすぐに理解し――
「紙一重でした……」
――とだけ呟く。
士郎は、それ以上は何も聞かず――
「……うん」
――と、返しただけだった。
そして、セイバーは倒れたままの浩之に歩み寄る。
「セ、セイバーちゃん……セイバーちゃんの……」
恨みがましい声をセイバーに向けるみねこだが、その後が続かない。
彼女も分かってはいるのだ。
ここまでやらなければならなかった事、浩之はここまでやるであろうこと。
ただ、それが分かっていても、どうにも割り切れない、
その気持ちが中途半端な恨みがましい声となって出ていた。
「すみません、みねこ……」
セイバーはそれだけ言うと、みねこに、そして浩之に深々と頭を下げる。
その表情には苦しみを懸命に抑え込んでいる様子が伺えた。
みねこも、そんなセイバーの態度に、心を和らげ……、
「うん、いいよ･･･」
と、少し哀しげに、それでも、
明るさを失わない声でセイバーの心を受け止めた。
「う、うう……」
腹の痛みに浩之が目を覚まし、
自分が布団の中にいる事に気付く。
きょろきょと辺りを見回すと、どうも衛宮家の和室のようだった。
「わ、目が覚めたんだね！」
元気一杯な声と同時に、みねこが浩之の枕もとに跳び寄る。
「み、みねちゃん……あの、そのオレ……？」
「うん……セイバーちゃんの一撃が、
お腹に当たっちゃって、そのまま浩之君、倒れちゃったの」
「そっか……」
会心の一撃を放ったと思ったのだが、やはり甘くは無かったようだ。
結局、セイバーから一本も取れなかった。
だからといって、今の浩之に自虐的とも自棄ともつく感情は一切湧かなかった。
確かに彼女は自分のいる所の遥か先に立っているのかも知れない。
だが、それに焦る事は無い。
自分は自分であれば良い。
自分が目指すのは究極の剣士ではない。
自分が目指すのは『勇者』――
そして、あかりとマルチのヒーローである事なのだから……、
そこに至る道が、はっきりと掴めた。
それだけで充分だった。
剣の技量は圧倒的にセイバーが上だろう。
しかし、目の前の聖剣を担う者に求められるものは、
それだけではなく、多分、それは浩之でなければならない「何か」。
それが何であるかは、まだ霧の向こう側ではあったが、
確かにある事だけは直感的に分かっていた、いや分かった。
「よろしいですか？」
襖の向こうからセイバーの声が聞こえる。
浩之が目覚めるまで其処にいたのか、
それとも、たまたまの偶然だったのかは分からない。
「どうぞ……」
断る理由もなく、浩之は促す。
襖が静かに開き、士郎を抱きかかえて、
入ってきたセイバーが浩之の枕もとに静かに座る。
「勇者の剣を会得させるが故とはいえ、
酷な試練を課してしまった事、どうかご容赦を……」
セイバーはそう言って頭を下げる。
さすがに究極の剣士のその態度には、浩之も慌てふためいてしまう。
「い、いや、それは……こっちも同意の上の事でやった事だし。
その勇者の剣だっけ？ それも、なんか掴めたような気がするから、
あんまりその、あんたが気にしなくても……あだだだだっ！」
手をばたつかせた際に、
腹に痛みがビシリと走り、浩之は思わず悲鳴をあげる。
そんな浩之に思わずセイバーはくすりと笑う。
「すまないな、回復薬が在庫切れになっちゃって。
とりあえず、今日明日は安静にしていてくれないか？」
申し訳なさそうな士郎の言葉に……、
「う、うっす……ちょっとご厄介になります」
痛みに顔をしかめて浩之は頷いた。
「で、貴方が掴んだという勇者の剣、その理（ことわり）をお聞きしたい。
あの立ち合いで貴方が果敢に挑んで掴んだものを……」
浩之は、少し間を置いて口を開いた。
「自分の体を剣の一部と化す事で、剣と一体化する」
セイバーは穏やかに目を細めて頷いた。
「はい、剣を己が一部とするのではなく、己を剣の一部とする。
己が手足は剣を生かすもの。それこそが、
剣の境地、聖剣を担う為に必要な『剣人一致』なのです」
浩之は何も口を挟まずにセイバーの話を聞く。
「立ち合いを行った直後の貴方と私の決定的だった差は、まさにここにありました。
剣を己が一部と化す貴方の剣は、どうしても最後まで力に頼らざるを得ない。
しかし、その先を超えるには、己が力だけではどうにも進めないです」
そう、セイバーの重く吸い込まれるような剣の動きは、
己を剣の一部と化させる事によって可能ならしめる「力を超えた力」から成るものであった。
「しかし、それをいくら口で伝えようとも、
頭では理解できても、体がその理解を拒んでしまう。
だから、その身に我が剣を受ける事によって、体による理解を得て欲しかったのです。
そして、勇者ヒロユキ、貴方はその勇気と果敢さによって、それを会得する事が出来た。
私が求めていた事は、貴方が私に勝つ事ではなく、どんな困難や屈辱にも負ける事無く、
勇気と知恵で勇者の剣を会得する事だったのです。
そして、貴方は傷だらけになりながらも、それを果たした……」
「い、いやあ、それほどでも……はっはっはー♪」
「……（ひくひくっ！）」
セイバーの思わず背中がむず痒くなるような賞賛に、
照れ隠しにわざとおどけた態度で応えた浩之であったが……、
それが、どうも、セイバーの逆鱗に触れたようだった。
「とまあ、勇者ヒロユキが、
聖剣の担い手に、相応しいものである事が分かったのは良しとして……」
先程とは声音ががらりと一転して、
顔をふせながら呟くセイバーに、背中に冷たいものを走らせる浩之。
「あ、あの……何か？」
セイバーの態度豹変に恐る恐る口を開くも、
心は既に退避の必要ありと警告を盛んに発している。
『し、しかし……逃げられねえっ！』
やがて、顔を上げるセイバー。
しかし、その顔は道場で向かい合った時以上の、
威圧感を伴った静かなる、そして難攻不落の恐怖を露にしていた。
「どうして、貴方は、ああも無茶するわけですかっ！！」
「――ひいいいいっ！」
セイバーの憤怒の声に、
浩之は悲鳴を上げて布団で顔を隠そうとする。
しかし、布団はがっちりとセイバーの左手に押さえつけられていて、動かす事は全くの不可能。
「話は最後までしっかり聞いてもらいます」
にっこりと笑うセイバーだが、その目は、
その場にいる『３人』には、はっきりと『笑ってない』事が分かっていた。
「確かに、痛い目にあって剣を会得しなければならなかった事は、私も貴方も承知だった。
しかしっ！ 回復薬を十数回も飲んで、尚且つ体をボロボロにしてまで挑み、
こんな状態で寝込んでしまうのは、それはもう勇気と無茶の境界線ギリギリです！
いや、無茶無謀に片足突っ込んでるようなものですっ！！」
「だ、だけど……セイバーだってそれを止めなかっ……」
「当たり前です！！ 相手が引かない限り、
とことんまで付き合うのが剣士として、騎士としての礼儀！
しかし、時には引く事も勇気の一つである事を理解しなさいっ！
もし、今この時点で魔物が来たらどうするのですかっ！？」
『り、理不尽だぁ〜〜〜〜〜っ！』
確かに、セイバーの言う事には理がある。
しかし、浩之の無茶に付き合ったセイバーも同罪なわけだ。
だが、それを言う事はセイバーの憤怒の表情、
何だかんだ言っても、共に戦う仲間を気遣う斜め上の気持ちの前では叶わなかった。
セイバーはセイバーで、浩之を痛めつけてしまった事に苦しんでいた。
だが、それに気付くのが致命的に遅すぎた。
尚もセイバーのガミガミお説教は続く。
正直、剣で叩きのめされた以上に、
精神的にダメージがくるのだが、それに立ち向かう術が全く掴めない。
みねこと士郎に助けを求める視線を送っても……、
『ごめん、ひろゆき君……、
みねには何の手助けもできません……』
『すまない、これも勇者の試練だと思って諦めてくれ……』
と、無条件降伏を促す返事しかなく……、
「とほほ……勇者ってつらいよ……」
目に少し涙を浮かべて、
この荒ぶる試練の理不尽さにぼやく他無かった。
「何か言いましたかっ！？（ぎろっ）」
「い、いえ、何にもっ！！」（びくうっ！）
どうやら、初対面で……、
両者の上下関係は決定づけられたようである。
＜おわり＞
＜コメント＞
浩之 「あ〜、ひでぇ目にあった」（Ｔ＿Ｔ）
誠 「ははは、ご苦労さん……、
セイバーさんは、剣に関しては容赦ないからな〜。
いや、剣以外にも、あるにはあるが……」（＾＿＾；
浩之 「お前が言ってた通り、流石は、究極の剣士だな。
大変だったが、まあ、それ相応のものは得られたと思うぞ」（￣ー￣）
誠 「そっか……それじゃあ、頑張れよ。
お前と一緒に闘えないのは、残念だけとさ」（＾＿＾）ｂ
浩之 「おう、お前こそな……、
留守番、しっかり頼むぜ、相棒」（＾＿＾）ｂ