信仰都市フォンティーユ――
この天使を奉る聖なる街は、
今、かつて無い、未曾有の危機に瀕していた。
悪の秘密結社――
『ネオベランニード』――
『熾天使の羽根』を狙う彼女達が、
街中に、次々と、怪人を放ち、悪の限りを尽くしているのだ。
構成員は五人……、
総統『レディ・シアリィ』――
最高幹部『ビューティ・アルテ』――
特攻隊長『ダイナマイト・フィア』――
蜂起少女『まじかるアンバー』
洗脳怪人『メカヒスイ』――
これは――
そんな悪役チックな彼女達の、
邪悪に満ちた一日を描いたお話である。
Leaf Quest
〜 タイプムーンの姉妹 〜
『ネオベランニードの一日』
「いきますっ、必殺〜っ!!
ほのぼのホワイトヒートパニッシャーッ!!」
「や〜ら〜れ〜た〜、ダス〜!!」
ある日のこと――
今日も今日とて、
シアリィ達は、ラビィとの戦闘に負けていた。
用意したのは、ゴミバケツ怪人『ダストン』……、
体内から大量のゴミを吐き出し、
清らかな街並を汚してしまう、という恐ろしい怪人である。
「……本当に、恐ろしいのかしら?」
「あの、フィアさん……、
一体、何が言いたいのですか?」
街の東にある公共図書館――
ネオベランニードの秘密本部でもある、
その場所で、本日も、定例作戦会議が行われていた。
その会議の最中、フィアが、ポツリと洩らした、
呟きを耳にし、アルテは、ちょっと険の込もった眼差しを彼女に向ける。
「別に〜、何でもないわよ〜」
だが、フィアは、その視線を、
受け流すように、椅子にもたれて、話をはぐらかした。
そして、チラリッと、本部の奥を一瞥し……、
「ただ、あたしはね〜……、
アレって、本当に役に立ってるのかな、って……」
「もちろんですとも」
不信げなフィアの言葉に、アルテは、
自信タップリに即答し、本部の奥へと向かう。
「ワラキアの宝珠……、
これがあるからこそ、怪人が生み出せるのです」
秘密本部の最奥――
そこには、装飾が施された椅子で、
眠ったように座る、チャイナ服を着たの少女の姿があった。
……タイプムーンで誘拐された『有馬 都古』である。
そして、彼女の膝の上には、
禍々しい光を放つ、手の平ほどの大きさの玉が……、
『ワラキアの宝珠』(――
この魔道具こそが……、
ネオベランニードの秘密兵器……、
かつて、人類の破滅を、
回避する方法を探す錬金術師がいた。
その名を『ズェピア・エルトナム・オベローン』――
現在では、二十七祖の一祖とされている彼は、
その大願を果たす過程において、不死を探求した結果、死徒となり……、
存在から情報体という現象となって、その身を宝珠に宿らせた。
……その錬金術師の成れの果てが、この宝珠である。
その効果は、宝珠との共鳴者の深層意識下にある願望、
あるいは周囲の噂を読み取り、それを基に、現象を具現化させる事……、
そして、具現化したモノの中からどれか一つを器とし……、
満月の夜の間のみ、『ワラキアの夜(タタリ)』という二十七祖を、現世に復活させる事である。
つまり、ネオベランニードは、
この宝珠と、宝珠の共鳴者である都古を利用して……、
……次々と、怪人を生み出しているのだ。
「それは理解してるけど……、
な〜んか、生まれる怪人がチャチなのよね〜」
「そ、それは……」
ここぞとばかりに、日頃の不満をぶちまけるフィア……、
なにせ、ラビィに敗北する度に、
フィアだけが、シアリィにお仕置きされているのだ。
しかも、その敗北の原因は、
自分ではなく、怪人が弱すぎるからで……、
そんな事が、何度も続けば、機嫌が悪くなるのも当然であろう。
「それは、まあ……、
共鳴者が子供なのだから、仕方の無い事です」
フィアの指摘に、後ずさりつつも、
アルテは、それを感じさせない涼しい顔で、話を続ける。
「噂を具現化する宝珠……、
その効果は、主に、不安や恐怖といった、マイナス要素に反応します」
「ええ……そうよね」
「ですが、共鳴者が子供であるが故に、
そのマイナス要素のイメージは、あまりに具体性が無いのです」
「だったら、もう少しマシな共鳴者を探せば……っ!」
「そういうわけにもいかないでしょ?
ガディム様の再降臨まで、もう時間が無いのだから……」
あくまで、自分のペースを、
崩さないアルテに、イライラし始めたのか……、
徐々に、フィアの口調に熱が込もっていく。
と、そこへ、先程から、お茶の用意をしながら、
黙って話を聞いていたシアリィが、二人の間に割って入った。
淹れたばかりの紅茶を、勧めながら、やんわりと、フィアをたしなめる。
「確かに、都古ちゃんが抱く、
マイナス要素では、弱い怪人しか生まれないわ」
「だったら――」
「でも、子供だからこそ……、
時に、その恐怖は、想像を超える事もある」
「はい、仰る通りで……、
過去に実例もありますし……」
「うっ……」
シアリィの言葉に、アルテが同意する。
そして、フィアもまた、以前、宝珠より具現化した、
あの怪人の壮絶な恐ろしさを思い出し、その身を震わせた。
「――『七夜 志貴』」
確かに、あの怪人は危険であった。
ただの現象であるにも関わらず、
自分達でも、御する事が出来なかった殺人鬼……、
幸いにも、ラビィに味方する『遠野 志貴』によって倒されたが……、
もし、あのまま野放しにしていたら、
ラビィ達だけでなく、自分達もコロされていただろう。
「ちょっと待ってよ……、
また、あんなのが出てきたら、手がつけられないじゃない」
死の具現と対峙した時の事を思い出し、フィアは苦悶する。
だが、そんなフィアの様子に、
アルテは、自信ありげに、不敵な笑みを浮かべると……、
「それについては問題ありません。
既に、タタリの制御方法の目処は立っています」
そう言って、彼女が取り出したのは、一本の細い糸――
いや、それは――
シオンが持つ擬似神経『エーテライト』――
対象に接続する事で、思考を読み取り、
情報得るだけでなく、遠隔操作すらも可能とする魔具……、
おそらく、先の戦闘で、運良く、シオンから奪うことが出来たのだろう。
それを利用して、自我の強い強力なタタリ……、
即ち、『ワラキアの夜』を、
完全に支配化に置こう、と言うのだ。
「なるほど、それなら安心か……」
制御方法があると知り、フィアは、ホッと胸を撫で下ろす。
それで、ようやく、気持ちに余裕が出てきたようだ。
フィアは、シアリィが淹れた紅茶を、
一口啜り、すっかり冷めてしまっている事に顔を顰める。
と、そこへ――
「……ドウゾ」
ずっと、彼女達の後ろに控えていたのだろう。
ティーポットを持った、メカヒスイが、
音も無く進み出て、フィアのカップに、新しい紅茶を注いだ。
さらに、何処から持って来たのか……、
まじかるアンバーが、テーブルの上に、大きな皿を置く。
「クッキーを焼いてみました。
よろしかったら、ご賞味くださいな」
「わあっ、おいしそ〜♪」
「アンバーさんも、メカヒスイさんも、ご苦労様」
クッキーの香ばしい匂いに、皆の頬が弛む。
用意をした召使い二人を労いつつ、
三人は、アンバーが焼いたクッキーに手を伸ばした。
美味しい紅茶と、美味しいお菓子――
それらの効果か……、
自然と、会話は弾み始める。
そして――
「そういえば……、
今頃、ラビィは、何をしてるんでしょうね?」
「どうせ、カウジーと、よろしくやってるんでしょ」
「う〜ん、そうねぇ……、
私が、家を空けてしまっていますから……」
「あは〜、今頃、ファースン家は、二人の愛の巣ですねぇ」
先程までの、重苦しい……、
悪役チックな雰囲気は何処へやら……、
次第に、作戦会議は、雑談モードへと移行していく。
と、そこへ……、
シアリィが、思い出したように、アルテに訊ねた。
「ところで……、
次のタタリは、いつ現れるのかしら?」
「――強力な方の、ですか?」
「ええ……」
「宝珠の特性上、満月の夜でないと……」
「もう少し、早く出来ないかしら?
さっきも言ったけど、私達には、あまり時間が無いのよ」
「お気持ちは分かりますが、
急いては事を仕損じる、とも言いますし……」
「そう……」
冷静なアルテの言葉に、
シアリィは、残念そうに溜息をつく。
と、そんな二人に……、
クッキーを咥えたフィアが、お気楽な声を……、
「あらら〜……、
総統も『相当』焦ってるみたいね〜」
「「「「…………」」」」(沈黙)
――寒い空気が満ちた。
そんな中で、真っ先に、
我に返ったシアリィが、冷たく言い放った。
「ネオベランニードに、下品な人は必要ありません」
「どうやら、フィアさんには、
ちょっとお仕置きが必要みたいですね」
「……アナタニ、オ仕置キデス」
「えっ、えっ、えっ?」
シアリィの決定に、他一同が賛同し……、
皆の反応に、フィアは戸惑い、冷たい汗を流す。
そして……、
「あは〜、クイッとな♪」
それはもう、楽しそうに……、
まじかるアンバーが、
躊躇無く、天井から吊り下げられた縄を引いた。
と、同時に……、
――ぱかっ!
「いゃぁぁぁぁ〜〜〜っ!!」
フィアの足元に穴が開き……、
彼女の体は、あっという間に、
その穴の底へと、吸い込まれてしまった。
「…………」
一同が見守る中、何事も無かったように、静かに、床が閉まる。
それを見届けた後、アルテが、
ちょっと不安げに、まじかるアンバーに訊ねた。
「……フィアさん、大丈夫でしょうか?」
「ええっ、もちろんですとも♪
地下には、タコモドキさん達が待機していますから〜♪」
「タコモドキさん……達?」
「はい〜、取り敢えず、
五匹ほど、ご用意させて頂きました〜♪」
「そ、そう……」(汗)
あっけらかんと答える彼女に、さすがのアルテも、顔を引きつらせる。
今頃、地下で行われているあろう、
地獄絵図を想像し、ちょっとだけ、フィアに同情したようだ。
ちなみに、『タコモドキ』というのは、
アルテが、ワラキアの宝珠を利用して作ったタコ怪人のことである。
その能力は、人体の凝っている場所を、念入りに揉み解す、というもので……、
主に、ラビィとの戦闘に負けた、
フィアへの『愛のお仕置き』の為に使われている。
その『お仕置き』とは――
タコの吸盤による、全身健康マッサージ――
たった一体でも、強力であった『それ』……、
それが五体ともなれば……、
フィアの運命は、推して知るべし……、
「あらあら、フィアさん……、
本当に“お仕置き無し”じゃいられなくなるかも♪」
「と言いますか、いつの間に地下室なんて……」
まじかるアンバー、恐るべし――
と、内心で呟きつつ、
アルテは、地下で悶え苦しむフィアに……、
……静かに、合掌するのであった。
・
・
・
……。
…………。
………………。
一方、その頃――
ファースン家にいる、
ラスティとカウジーは、というと……、
「――あ〜う♪」
「えっ、なに……、
まるで新婚みたいだ、って?」
「あ、あう〜……」(ポッ☆)
「あはははっ、確かに……、
でも、この戦争が終わったら“みたい”じゃなくなるよ」
「あう、あ〜う♪」
「皆で、頑張らないとね」
「――あうっ!」
フィアが言っていた通り……、
邪魔者がいないのを良い事に、
しっかりと、二人きりの生活を楽しんでいたそうな。
――ちゃんちゃん♪
<おわり>
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設定・原案:日高一樹