「よ、ようやく着いたね、祐クン……」

「そうだね……、
もう、すっかり暗くなっちゃったよ」

「……で、これから、どうするの?」

「取り敢えず、宿を取らないと……、
ああ、でも、薬草も補充しないといけないね」

「じゃあ、あたしは道具屋に行って来るから……」

「うん、わかった……、
僕は、宿屋に行って、チェックインを済ませておくよ」

「……何処の宿屋に泊まるの?

「そこに、それっぽいのが建ってるけど……」





「――維納夜曲? 変わった名前だね」

「そうだね……」






Leaf Quest
〜遥かなる妖精郷〜

『はじめてのおとまり』







 知識都市『コミパ』――

 魔術都市タイプムーンから、
北上した位置にある知識を司る街――

 香奈子ちゃんの呪いを解く手掛かりを得るため……、

 夢見の能力者がいるという、初音島を目指し、
冒険の旅に出た僕と沙織ちゃんは、連絡船に乗る為、この街へとやって来た。

 とはいえ、生まれて初めての冒険――

 ここに来るまでに、
何度も、予想外のトラブルが起こった。

 途中、魔物に襲われたのは、言うに及ばず……、

 食料が足りなくなってしまったり……、
 それを補充しようと、森に入れば、迷ってしまったり……、

 そんなこんなで、コミパに、
到着するのが、予定よりも、大幅に遅れてしまった。

 まあ、無事、街に着いたのだから、問題は無いんだけど……、

「次からは、もう少し余裕を持って、準備しよう」

 そう呟き、軽く溜息を付きつつ……、

 僕は、近くにあった宿屋……、
 その名を『維納夜曲』へと、足を踏み入れた。

「……?」

 店内に入った途端、妙な違和感を覚える。

 その正体が、店内に、
充満する甘い香りだと気付き、僕は首を傾げた。

 これって……、
 もしかして、ケーキの匂い……、

 宿屋という雰囲気には、あまりにもそぐわない、その香り……、

 見れば、店内には、
ガラス製のショーケースが鎮座しており……、

 その中には、紛れも無い、沢山のケーキが並べられていた。

「ここって……宿屋だよね?」

 と、疑問を抱きつつも、
僕は、取り敢えず、カウンターへと向かう。

「須磨寺、今、手が離せん! 接客を頼む」

「はい……」

 カウンターの奥にある、
厨房から、店主らしき人の声が聞こえてきた。

 その言葉に頷き、ウェイトレス姿の女性が、奥から出てくる。

「……いらっしゃいませ」

 物静かで、落ち着いた雰囲気の、ツインテールの少女……、

 店主から、『須磨寺』と呼ばれた、
ウェイトレスは、最低限の愛想で、僕の前に立った。

「えっと……ここって、宿屋ですよね?」

 彼女の雰囲気に、何となく、
気後れしながらも、僕は、先程の疑問を訊ねる。

 すると、須磨寺さんは、淡々とした口調で……、

「ええ、ここは、ケーキ屋兼宿屋ですから……」

「ケーキ屋……」

 その言葉に、僕は唖然とする。

 酒場と宿屋が兼業なのは、良く聞く話だけど……、
 まさか、酒とは、あまりに対照的なケーキを持ってくるとは……、

 しかも、ケーキの方がメインっぽいし……、

 改めて見れば……、
 店内にいるのは、女性客ばかり……、

 まあ、中には、恋人同士もいるようで……、
 同じテーブルに座り、談笑している男女の姿も見られるが……、

 この雰囲気じゃ、普通に、
宿を求めて来た男性客は、即行で、回れ右するだろうな。

「……ご宿泊ですか?」

「えっ? あ、はい……」

 訊ねる須磨寺さんの声に、僕は我に返り、慌てて頷いた。

 そして、彼女が差し出した、
名簿に、僕と、沙織ちゃんの名前を記入する。

 それを見て、須磨寺さんは、ちょっと思案した後――

「部屋は、二階の201号室です。
ご案内しますので、こちらへどうぞ」

 ――と言って、部屋へと促そうと、僕の荷物に手を伸ばした。

 それを手で制し、僕は、
来客用のテーブルへと目を向ける。

「連れが後で来るから、ここで待ってるよ」

「……では、これが部屋の鍵になります」

 僕の言葉に頷き、須磨寺さんが鍵を差し出す。

 それを受け取り、
僕は、空いた席に腰を下ろした。

 ただ、待つのも何なので、折角だから、ケーキセットを二つ注文する。

 もちろん、その内の一つは、
買い物に行っている、沙織ちゃんの分だ。

「ふう……」

 慣れない旅で疲れ、棒の様になった、
両足を投げ出し、椅子にもたれた僕は、大きく息を吐く。

 そして、チラリと、腕時計を見て――

「遅いな、沙織ちゃん……」

 街の入り口で分かれてから、もう随分と経つ。

 道具屋は、すぐ近くにあったから、
もう、買い物を済ませていても良い筈なんだけど……、

「まさか、道に迷ってる、とか……?」

 沙織ちゃんって、
結構、おっちょこちょいだからな〜……、

 と、そんな事を考えつつ、僕は、沙織ちゃんが現れるのを待つ。

 テーブルに頬杖をつき――
 ボ〜ッと、店の出入り口を眺め――

 周りの女性客の話し声を、聞き流しながら――

「……居心地が悪い」

 ついに、場の雰囲気に、
耐え切れなくなり、僕は、テーブルに突っ伏した。

 ケーキ屋という空間は、男一人では場違いだ。

 せめて、相方が……、
 沙織ちゃんが一緒なら、気にならないんだけど……、

「はあ〜……」

 沙織ちゃん、早く戻って来ないかな〜……、

 未だ、現れる様子が無い、
沙織ちゃんを待ちながら、僕は、深々と溜息をつく。

 と、そこへ――

「――はい、お待たせ♪」

「あっ、どうも……」

 目の前に、注文した、
ケーキと紅茶が置かれ、僕は、慌てて体を起こした。

 見れば、さっきの須磨寺さんとは違う……、
 もっと、大人の女性が、テーブルの上に品物を並べている。

 この人も、この店のウェイトレスのようだ……、

 『麻生 明日奈』――

 制服の胸にある名札を見て、納得しつつ、
僕は、早速、ケーキを食べようと、フォークに手を伸ばす。

 だが――

「遅いね〜、キミの彼女」

「そうですね……って、うわ!?」

 いつの間に、そこに座ったのか――

 仕事中であるにも関わらず、
麻生さんは、僕の隣に座ると、馴れ馴れしくも話し掛けてきた。

 それに驚き、僕は、
フォークに伸ばした、手を止めて、彼女を見る。

「な、何をしてるんですか……っ!」

「ん〜、それはね〜……♪」

 いきなりの態度に、ちょっとドギマギしながら、僕は、麻生さんに訊ねる。

 すると、何を思ったのか、
麻生さんは、僕の方へと身を寄せると……、

「アタシは、キミを助けてあげてるの。
こんなトコで、男の子が、一人でケーキ食べてる姿って微妙よ〜?」

「うっ、確かに……」

「だから、こうして、アタシが、
一緒にいれば、ヘンな目で見られなくて済むでしょ?」

「……仕事中じゃないんですか?」

「気にしない気にしない♪
どうせ、こんなの、いつもの事だし〜」

「いつもの、って……」(汗)

 ヒラヒラと手を振り、
麻生さんは、僕の指摘を軽く受け流した。

 そんな彼女に、何処からツッコめば良いのか分からず……、

「…………」

 取り敢えず、僕は、
紅茶でも飲んで、気持ちを落ち着かせる事にする。

 しかし――



「ところで、キミ……、
恋人とのお泊まりは初めてかな?」

「ぶふ……っ!?」



 ――麻生さんは、それすら許してくれなかった。

 彼女の次なる言葉を聞き、
その、あまりの内容に、僕は、思わず紅茶を吹き出してしまう。

「あ〜あ〜、もう、汚いな〜」

「な、ななな、何で……!?」

 慌てず騒がず、麻生さんは、
僕が溢した紅茶を、慣れた手付きで拭いていく。

 そんな彼女とは逆に、僕は、すっかり、冷静さを失ってた。

 何故なら……、
 完全に図星だったから……、

「店に入って来た時から、挙動不審だったからね〜。
そんなキミを見て、お姉さんは、ピーンと来ちゃったわけよん♪」

「あうう……」(真っ赤)

 さらに、麻生の追い討ちにより、僕の顔が真っ赤に染まる。

 実際には、店に入って、
戸惑っていたのは、別の理由なのだが……、

 言われて見れば……、

 確かに、端から見たら
あの時の僕は、そ〜ゆ〜風に見えたかも……、

「あらあら、照れちゃって……初々しいわね〜」

 自分の置かれた状況を理解し、僕は、ますます、赤くなってしまう。

 そんな僕の様子を見て、
麻生さんは、楽しそうに、僕の頬を突付いてくる。

 それに対して、僕は、何も言い返す事が出来なかった。

 正直なところ……、

 僕と沙織ちゃんは、
いわゆる『そ〜ゆ〜こと』をした事が無いわけじゃない。

 もう、付き合い始めて、随分と経つし……、

 お互いに照れ屋な所為か、
あまり、そ〜ゆ〜雰囲気にはなり難いんだけど……、

 それでも、僕の部屋で、何度か、その……、

 ただ、まあ、何と言うか……、

 一緒の宿に泊まる、という、
『いかにも』なシチュエーションは、今までに無かったわけで……、

 ああああ……

 なんか、意識したら、
急に恥ずかしくなってきちゃったよ……、

「そういえば、部屋は何号室だっけ?」

「……201です」

「ほほ〜う……、
雪緒チャンも、なかなか気が利くじゃない」

 何やら、意味深な事を呟き、ウンウンと頷く麻生さん。

 それに、上の空で応えながら、
僕は、ついつい、沙織ちゃんとの『今夜のこと』を考えてしまう。

 うううう……、
 妄想が、妄想が、ドンドン広がっていく。

 こんな時、沙織ちゃんと、
知り合う前に培った妄想癖が恨めしい。

「ううっ、ど、どうしよう……」

 恥ずかしさのあまり、僕は、頭を抱えてしまう。

 自分でも、顔が真っ赤になっているのが分かる。
 こんな顔、とても、人には見せられない。

 もちろん、僕の隣に座り、
こちらを覗き込んでくる明日奈さんにも……、

 まだ、会って間も無いけど……、

 この人の性格からして、
それを悟られたら、絶対にからかわれるのが目に見えてる。

 だが、当然……、
 彼女が、それを見逃してくれるわけもなく……、



「あ〜ん、もうっ!!
真っ赤になっちゃって、かわい〜っ!!」

「――むぎゅっ!?」



 あろうことか――

 からかうどころか、
こちらに、両腕を伸ばしてきたかと思うと……、

 なんと、僕の頭に、その豊満な胸を押し付けてきた。

 しかも……、
 それだけに飽き足らず……、



「ああ〜ん、キミってば可愛すぎ〜♪」

「むぐぐぐ……!」

「ねえねえ、今夜、部屋に行って良い?
アタシも、混ぜて貰っちゃったりしても良い?
お姉さん、タ〜ップリとサービスしてあげるから〜♪」

「んむむむむむ〜〜〜〜っ!!」



 胸の谷間に顔を挟まれ――

 僕が、抵抗どころか、
呼吸すら出来ないのを良い事に――

 何やら、物凄い問題発言を、爆弾の如く投下する。

「んむむっ! ん〜ん〜っ!!」

 このまま、この人を、
野放しにしたら、トンデモナイことになる。

 そう直感した僕は、何とか、
この状況を打破しようと、必死にもがくが……、

 男の哀しい性、と言いますか……、

 なかなか、どうしても、
この甘美な感触から逃れる事が出来ない。

 ってゆ〜か、混ざるって、何?
 タップリとサービスって、どういうこと?

 も、ももも、もしかして……、

 麻生さんって、大きな街の宿屋には、
必ず一人くらいはいるって噂の、『その手』の人だったりするの!?

 だ、だとすると……、

 危険――
 あぶない――
 デンジャラス――

 まずい、まずい、まずいよっ!

 こんなところを、
沙織ちゃんに見られでもしたら――

     ・
     ・
     ・










「ああああーーーーっ!
あたしの祐クンに、
何してるのぉぉぉーーーっ!!」











 ――グイッ!

 ――ガバッ!!

 ――むぎゅぅぅぅ〜〜〜っ!!










 ……。

 …………。

 ………………。










 ――うん。

 沙織ちゃんの勝ち、かな。(爆)










「――って、そうじゃなくてっ!」

 ようやく、買い物を終え……、

 待ち合わせ場所である、
維納夜曲へとやって来た沙織ちゃん。

 そこで、僕が襲われている(?)現場を、
目撃した彼女は、物凄い勢いで、麻生さんから、僕を奪い取った。

 そして、狙っているのか、いないのか……、

 麻生さんに対抗するかのように、
沙織ちゃんは、僕の頭を、自分の胸へと引き寄せ――

 その、あまりの居心地の良さに……、

 思わず、トリップしそうになっていた僕は、
名残惜しさを感じつつも、慌てて、沙織ちゃんから身を離した。

 さすがに……、
 こんな公衆の面前では、恥ずかしいし……、

 もう、手遅れかもしれないけど……、

 さっきから、周囲の人達の、
生暖かい視線が痛いのなんのって……、

 だが、そんな僕の思いにも構わず――

「むむむむっ!
絶対に、祐クンは渡さないんだからっ!」

 沙織ちゃんは、再び、
僕を抱き寄せると、キッと、麻生さんを睨みつける。

 そんな沙織ちゃんの鋭い視線を……、
 麻生さんは、大人の余裕で、アッサリと受け流し……、

「あらら、もう、彼女さんが来ちゃったの?
お姉さんとしては、もうちょっと、遊びたかったんだけどな〜」

「……へっ?」

「それじゃあ、
後は、お二人で、ごゆっくり〜♪」

 終始、軽いノリのまま……、

 麻生さんは、クルリと踵を返し、
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、僕達の前から去っていった。

「…………」

「…………」

 そんな彼女の態度に、すっかり、毒気を抜かれ……、

 僕と沙織ちゃんは……、
 思わず、お互いの顔を見合わせる。

 そして……、

「これを食べたら……もう、部屋に行こうか」

「……そだね」

 二人して、疲れた溜息をつくと……、

 黙々と、ケーキを食べた後……、
 妙に重い足取りで、二階へと向かうのだった。










 で、部屋の中に入り――

 僕は、麻生さんの、
先程の言葉の意味を知ることになる。










 だって……、

 201号室って、ダブルだったし……、(ポッ☆)










 翌朝――

 チェックアウトする際に――



「昨夜は、お楽しみでしたね♪」

「「あうあうあうあう……」」(真っ赤)



 満面の笑みを浮かべた、
麻生さんに、思い切り、からかわれたのは……、

 ……まあ、言うまでも無いだろう。(泣)





<おわり>
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