「るん、るるん♪ るん、るるん♪」

「…………」(汗)

「うっれし〜な♪ たっのし〜な♪」

「…………」(汗)

「ふんふん、ふふ〜ん♪」

「…………」(汗)





「――えへへ〜♪
祐クンとの、初めての旅行だよ〜♪」

「沙織ちゃん……少し、落ち着こうね」(嘆息)






Leaf Quest
〜遥かなる妖精郷〜

『はじめてのぼうけんりょこう』







 魔術都市タイプムーン――

 魔術の総本山である、魔術師ギルド、
『時計塔』がある街から、僕と沙織ちゃんは旅立った。

 目的地は、北西にあるという『初音島』――

 宗一さんから得た情報では、
そこに、夢見の能力を持つ者がいるらしい。

 世界NO1のエージェントが言うのだから、その情報に疑う余地は無い。

 と言っても……、
 その情報を調べ上げたのは、リサさんとゆかりさんなんだけど……、

 まあ、それはともかく――

 今、僕と沙織ちゃんは、
太田さんを救う手立てを求め、旅の空の下にいる。

 まず、向かうは、タイプムーンの北にある、知識都市コミパだ。

 そこで、連絡船に乗り、
内海を渡って、芸術都市フォルラータへ……、

 後は、初音島までは、専ら徒歩……、
 しかも、途中、砂漠越えまでしなきゃならない。

 商業都市マジアンから船で行く、って手段もあるけど、
外海には、商船目当ての海賊が出るらしいので、出来れば航路は避けたい。

 だいたい、航路を使うなら、最初から、東の山を越える道を選んでいる。

 フィルスノーン王国の領土に入り、
古代都市パルメアからの船で、初音島に向かえば良いのだから……、

 とにかく、海賊なんて物騒な連中に関わるのはゴメンだ。

 そういうわけで、僕達は、
多少、面倒だけれど、安全な道順を選んだのだが……、

「……失敗だったかな?」

 出発してからというもの、
妙にテンションの高い、沙織ちゃんの様子を見て、僕は小さく呟く。

 さっきも言ったけど……、
 この旅は、途中、砂漠越えがあるくらい、困難な行程だ。

 ならば、出来るだけ、体力の消耗を防ぎ、
ちゃんと、ペース配分を考えて、進まなければならない。

 間違っても……、



「る〜んたった♪ るんたった♪」

「…………」(汗)



 初日から、元気一杯に……、

 スキップ踏みながら、
ルンルン気分で歩いて良いわけがない。

 まあ、沙織ちゃんは、僕なんかと違って、
充分に体力はあるから、それでも大丈夫なのかもしれないけど……、

 今の沙織ちゃんは、ちょっと油断し過ぎだと思う。

 やっぱり、パートナーとしては、
こういう時は、ちゃんと注意してあげなきゃ、ダメだよね。

「ねえ、沙織ちゃん……?」

「んっ? な〜に、祐クン?」

 僕は意を決し、先立って歩いていた、沙織ちゃんを呼び止めた。

 すると、沙織ちゃんは、
満面の笑みを浮かべ、クルリと、こちらを振り向く。

 うわっ……、
 そんなに楽しそうにされたら、何も言えなくなっちゃうよ……、

 と、一瞬、躊躇したが……、
 僕は、心を鬼にして、沙織ちゃんを戒める。

「あのね、少し落ち着こうよ……」

「落ち着いてなんていられないよ!
だって、祐クンとの、初めての冒険旅行なんだもん!」

「それは……まあ、そうだけど……」

 沙織ちゃんの言葉に、僕はちょっと口篭もる。
 すると、そんな僕の様子を見た、沙織ちゃんの表情が曇った。

「祐クン……もしかして、あたしと一緒じゃ、楽しくない?」

「そんな事ないよ……、
でも、この旅は遊びじゃないんだ。
それを楽しむって言うのは、ちょっと不謹慎かな」

「あ……うん、そうだったね」

 僕に言われ、この冒険の、
本来の目的を思い出し、沙織ちゃんは、申し訳無さそうに俯いてしまう。

 何者かに呪いを掛けられ、眠りについてしまった太田さん……、

 この旅は、その太田さんの、
呪いを解く手段を探すのが、目的なのだ。

 決して、旅行気分で、臨んで良い事では無い……、

「それに、あんまり離れちゃダメだよ。
いつ、魔物が襲い掛かって来るか、分からないんだから」

「魔物なんて、あたしと祐クンの魔術で――」

「この間、宗一君達が来てくれなかったら、僕達は死んでたよ」

「うっ……」

 僕の指摘に、言葉を詰まらせる沙織ちゃん。

 ――そう。
 確かに、あの時は危なかった。

 夢魔が居るという遠野家を訊ねた、その帰り道……、

 僕達は、謎の黒ずくめに襲われる、
湯浅さんを目撃し、それに巻き込まれる羽目になった。

 それでも、最初は、何とかなる、と思った。

 僕は、雷属性の攻撃魔術と、多少の回復魔術が扱えるし……、

 沙織ちゃんは、魔術師見習いとはいえ、
火属性攻撃魔術の威力だけなら、おそらく時計塔でNO1だ。

 なにせ、魔術そのものの力は弱くても、
撃ち込む威力でそれを補う、という変わり種の魔術使い……、

 もし、今後、魔術の力をつけていけば、世界一になれるだろう。

 だから、例え、人数で劣っていても、勝てると判断したのだが……、

 ……その考えは、あまりにも甘かった。

 複数人数同士の戦闘をする場合、
魔術師ばかりのパーティーというのは、バランスが悪すぎたのだ。

 そして、それ以上に……、
 僕も沙織ちゃんも、実戦経験が乏しかった。

 魔術の行使には、かならず、呪文の詠唱を要する。
 そして、その詠唱時間は、行使する魔術の威力と比例する。

 もちろん、技術が上がれば、呪文詠唱を省略し、
1行程(シングルアクション)で、魔術を行使する事も出来るようになるんだけど……、

 ようするに……、
 どんなに強い魔術師も、呪文が詠唱できなければ、ただの役立たずでしたかない。

 そういう場合、誰かが前衛として立ち、魔術師を守らなければならない。

 しかし、唯一、前衛として闘える湯浅さんも、
呪文を詠唱する僕達を守りながら闘える程の実力は無かった。

 いや、違う……、
 湯浅さんに、責任は無い。

 全ては、僕の力不足……、

 僕には……、
 沙織ちゃんを守れるだけの、力が無かったのだ。

 もし、あの時……、
 宗一君とリサさんが現れなかったら……、

 そう考えるだけで、今も、背筋が凍る。

 そして……、
 僕達二人だけ、という、今の状況は、あの時の同じなのだ。

 もちろん、それなりの対応策は用意して来たんだけど……、

 はあ〜……、
 やっぱり、栗原さん達みたいに傭兵を雇うべきだったかも……、

 っと、そういえば……、

 あの時、どうして、沙織ちゃんは、
あんなにも頑なに、傭兵を雇うのを拒んだんだろう?

 と、その時の様子を思い出し、僕は首を傾げる。

 すると……、



「ゴメン……あたし、ちょっと浮かれてたみたい」



 時計塔での成績は悪くても……、

 決して、沙織ちゃんは、頭の悪い子じゃない。
 それどころか、人の気持ちには、とても敏感な子だ。

 だから、僕の言いたい事を理解してくれたのだろう。

 沙織ちゃんは、先程までの、
軽率な自分を反省し、力無く頭を垂れる。

 その姿に、さっきまでの元気さは、欠片も無かった。

 肩を落とし、トボトボと歩く姿は、あまりにも彼女らしくない。
 あんな姿は、沙織ちゃんには、似合わない。

 いけない、いけない……、
 ちょっと言い過ぎちゃったみたいだ。

「沙織ちゃん……」

「――祐クン?」

 僕は、先を歩く沙織ちゃんに、
急いで駆け寄ると、彼女の隣に立つ。

 そして……

「あっ……♪」

 そっと……、
 沙織ちゃんの手を握った。

 すると、ほんの少しだけ、沙織ちゃんの顔がほころぶ。

「沙織ちゃんが、謝る事は無いよ……、
実を言うと、僕も、この冒険を楽しんでいたから。
なにせ、こんなに遠出をするのは、初めてだし……」

「祐クン……」

「それに……沙織ちゃんと二人きり、だしね」

「――うんっ♪」

 僕の正直な気持ち……、
 それを伝え、強く手を握ると、沙織ちゃんの表情に明るさが戻った。

 そして、嬉しそうに、僕の腕に抱きついてくる。

 うん、これで良い……、
 やっぱり、沙織ちゃんは、こうでなくちゃね。

 彼女は、なにも心配する必要は無い……、

 そういうのは、僕の役目だ。
 僕が、沙織ちゃんを守れるくらいに、強くなれば良い。

「沙織ちゃん……、
僕、この冒険の間に、強くなってみせる」

「…………」

「キミを守れるくらいに、強くなってみせるから……」

 恥ずかしいから、顔は見ない。
 真っ直ぐに、前を見据えたまま、僕は、誓いをたてる。

 しかし……、



「……あたしは、イヤだよ」

「――えっ?」



 ポツリと呟いた、沙織ちゃんの言葉……、

 僕の想い、誓いを否定され、
僕は、驚きのあまり、思わず、彼女を凝視した。

 そんな僕に、沙織ちゃんは、ちょっと悲しそうな笑顔で――

「あたしは、守られてばっかりはイヤだよ。
いつまでも、祐クンの後ろに隠れてるなんてイヤだよ。
あたしは……祐クンの隣に立ちたい。
何があっても、祐クンの隣で、一緒に闘いたいよ」 

「沙織ちゃん……でも……」

「あたし、いつも祐クンに甘えてばかりだもん。
たまには、祐クンにも、あたしに甘えてもらいたいな」

「…………」

 ああ、そうか……、
 僕は、なんて身勝手な事を……、

 僕が守る、だなんて……、

 そんな言葉は、沙織ちゃんに、
寂しい想いをさせるだけじゃないか。

 だって、それは……、
 パートナーとして、沙織ちゃんを信用して無い、という事になる……、

「ゴメン……」

「いいよ……嬉しかったから……」

 謝罪する僕を慰めるように、
沙織ちゃんは、瞳を閉じると、僕の腕に頬を寄せてくる。

 そんな沙織ちゃんの想いに応える為……、

 僕は、いつものように……、
 彼女の綺麗な髪を梳こうと手を伸ばし……、



「「――っ!?」」



 『それ』に気付いた僕達は、カッと目を見開き……、

 次の瞬間には、お互いの背中を、
合わせるように立つと、周囲に警戒を向けていた。

「……いるよね?」

「うん……囲まれちゃったかな」

 言葉少なく、意思を交わし……、
 僕と沙織ちゃんは、呪文の詠唱をしつつ、杖を構える。

 姿は見えないけど……分かる。

 草陰に身を潜めた――
 隠しようもない強い殺気――

 禍々しい、飢えた魔物達の気配――

「そっち側は、任せちゃっても大丈夫だよね?」

「もろちん、お任せっ♪」

 そう言って、頷く沙織ちゃんの声を合図に、魔物達が姿を現した。

 数匹の犬型の魔物が、
低い唸り声を上げながら、ジリジリと、包囲を狭めてくる。

「それじゃあ……いくよっ!!」

「――うんっ!! 戦闘開始!!」





 そして……、

 僕と沙織ちゃんの、
初めての冒険の旅が始まった。





<おわり>
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