火の精霊王『アズエル』――

 この世界を構成する、
八つの魔力属性の『火』を司る存在――

 その猛き力は灼熱の如く……、
 また、その温もりは太陽の如く……、

 彼女の意思と力は、
いつまでも、世界を見守り続ける。

 だが、しかし……、

 先のガディム大戦の際、
闇の魔術師ギースの手により、その身を封印され……、

 今は、ただ……、
 石像となり、火の神殿に安置されていた。





 この物語は……、

 そんなアズエルの、
苦難に満ちた日々の記録である。






Leaf Quest
〜精霊の花嫁〜

『火の精霊王、苦難の日々』







 某月某日 火の日――


 まさに、唐突に……、
 あたしは、意識を取り戻した。

 いや、正確には『意識だけ』と言うべきか……、

 何故なら、あたしの体は、未だ石像のまま……、
 即ち、ガディム大戦中に、ギースに封印された状態のままなのだ。

 あれから、一体、どれだけの年月が流れたのか……、

 精霊王の石像として、火の神殿に、
安置されたあたしは、参拝者から、それらの情報を得る事が出来た。

 どうやら、あの闘いは、
一応、人類の勝利に終わったらしい。

 いや、それとも、引き分け、か……、

 なにせ、あの闘いが原因で、
『グエンディーナ』も、『フィルスノーン』も滅んでしまったわけだし……、

 そういえば……、
 一緒に闘った仲間達はどうなったのだろう?

 聖剣の勇者『アナスタシア』――
 フィルスノーンの騎士王『アルトリア』――
 グエンディーナの王女姉妹『スフィー』と『リアン』――

 数多くの仲間達の顔が、浮かんでは消えていく。

 もちろん、誰一人として、生きてはいないだろう。

 あのガディム大戦から、
もう、何百年以上も、過ぎているのだから……、

 でも、彼女達は……、

 あたしと同様に、ギースに、
封印された、姉妹達は、どうしているのか……、

 気になる、気になる……、

 こうして、あたしの意識が、
目覚めた以上、リズエル姉達だって、覚醒しているに違いない。

 唯一、ギースの魔の手を逃れた、
末っ子のリネットだけは、予想がつかないが……、

 少なくとも、リズエル姉と、
エディフェルだけは、何処かにいる筈だ。

 まあ、おそらくは……、
 あたしと同様に、神殿に安置されているんだろうけど……、

 どうにかして、二人と連絡が取れないだろうか?

 と言っても、石像のままじゃ、
身動き一つとれず、何も出来ないんだけど……、

 はあ〜、仕方ない……、

 しばらくは、参拝者から、
情報を集めつつ、のんびり待つとしますか。

 っと、そういえば……

 すっかり忘れてたけど……、
 何で、今更、あたしは覚醒したのだろう?








 某月某日 氷の日――


 ……とある噂を耳にした。

 どうやら、土の神殿に、
野生の魔物が住み着いてしまったらしい。

 確か、あそこには、
『ヨーク』が眠っているから、ちょっと気になるけど……、

 まあ、野生の魔物程度に、
どうこう出来るようなモンじゃないし、問題は無いだろう。

 それはともかく――

 今日は、街の子供達の集会……、
 神殿に子供達を集めて、勉強会をする日らしい。

 ちょうど良いので、あたしは、
それを聞いて、世界の情勢を教えてもらう事にした。

 『日吉 かおり』――

 この神殿を管理している巫女が、
子供達の前に立ち、丁寧に、講義を始める。

 上手い具合に……、
 講義の内容は、ガディム大戦についてだった。

 しかも、エディフェルと次郎衛門に関する話……、

 まさに、あたし達に……、
 精霊王四姉妹にとっては、ど真ん中ストライクな内容だ。

 なにせ、あの二人の出会いが……、

 あたし達、精霊王四姉妹と、
人間との関係を築く、切っ掛けになったのだから……、

 まあ、ガディムのせいで、
二人の関係は、悲劇的なモノになっちゃったんだけど……、

 人間である次郎衛門――
 風の精霊王であるエディフェル――

 ――それは、許されない恋であった。

 そんな悲恋物語が、かおりによって語られる。

 少女達は、目を輝かせ……、
 少年達は、退屈そうに、話に耳を傾ける。

 そして……、
 物語は、佳境へと向かい……、

 その結末を訊いたあたしは、ホンキで驚いた。

 ――えっ?
 な、何だってぇぇぇ〜〜っ!?

 次郎衛門の奴……、
 リネットと結婚していたのかっ!?

 た、確かに、リネットは、封印を免れたけど……、

 まさか、そのまま、
次郎衛門のお嫁さんになるとは……、

 ということは……、

 もしかしたら……、
 この時代には、二人の子孫がいるかも……、

 機会があれば、是非とも、会ってみたいわね。

 しかし、この話……、
 もし、エディフェルが知ったら、どう思うだろう?

 ……やっぱり、怒るかな?

 あの子……、
 何気に、怒ると怖いからな〜……、








 某月某日 雷の日――


 未だに、土の神殿に、
住み着いた魔物は、倒されていないらしい。

 雇った冒険者も、逃げ帰ってきたそうで……、

 魔物程度と甘く見てたけど、
予想以上に、手強い相手みたいね……、

 ってゆ〜か、この時代の冒険者って、質が落ちてるんじゃない?

 ……それとも、魔物が強くなってる?

 だとしたら……、
 なんか、イヤな予感がする。

 あたしが覚醒した原因も、ハッキリしてないし……、

 と、それはともかく――

 この神殿の巫女……、
 かおりは、仕事熱心で、とても良い子だ。

 神殿に住み込みで働いてるんだけど……、

 毎日、朝早くに起きて、
神殿の管理者としての仕事をこなしている。

 特に、奉られた石像……、
 ようするに、あたしの体の掃除は、一日たりとも欠かさない。

 おかげで、あたしの体は、いつもピカピカだ。

 う〜ん、そうね……、
 あたしの封印が解けたら、何か、お礼をしてあげなきゃね。

 ただ、何て言うか……、
 胸とか、お尻とか、太腿とか……、

 そういう微妙な場所ほど、
熱心に拭いてるが、ちょっと気になるんだけど……、

 まさか、ね……?








 某月某日 水の日――


 ――そのまさか、だった。(泣)

 どうやら、彼女は……、
 いわゆる、ソッチの趣味の子みたい。

 しかも、よりにもよって、石像フェチ……?

 何故なら、今日も、
あたしの体を拭き掃除している時に……、

 物凄く、手付きが妖しかったし――
 ハァハァなんて、思い切り息荒くしてたし――
 なんか、股間のあたりから、水っぽい音させてたし――

 え〜っと……、(汗)

 この子って、あたしが、
覚醒する前から、ずっと、管理者をしてたのよね?

 という事は……、
 あ、あたしってば……、

 ……毎日のように、この子に、体を弄られてたわけ?

 うわぁぁぁ〜〜〜〜っ!!
 想像したら、急に鳥肌が立ってきたぁぁぁ〜〜〜っ!!

 ヤバイよっ!
 この状況、絶対に、ヤバイよっ!!

 あたし、石像だから、逃げられないし……、

 あの子、管理者だから……、
 この神殿に四六時中いても、誰も怪しまないし……、

 このままじゃ、このままじゃ……、

 いやだぁぁぁ〜〜〜っ!!
 誰でも良いから、助けてぇぇぇぇ〜〜〜っ!!








 某月某日 風の日――


 ――覚醒の原因が分かった。

 ほんの一瞬だったけど、
土の神殿から、リネットの力を感じたのだ。

 封印を免れたリネット……、

 どうやら、あの子は、生涯を全うし、
転生をする際に、何らかの施術を残したようだ。

 自分の意思と記憶……、
 そして、その力を解放する為に……、

 その施術の発動条件――

 それは――
 破壊神ガディムの復活――

 つまり、あたしは、リネットが施した術によって、
未曾有の危機を回避する為、再び、目覚めた、というわけだ。

 何百年と経っていれば、
ギースの封印にも、綻びが生じてるだろうし……、

 そこを上手く突いて、意識だけでも覚醒させた、ってわけね。

 でもさ、リネット……、

 どうせなら……、
 もう少し、しっかりと、やって欲しかった。

 こんな中途半端な覚醒のせいで……、

 あたしは……、
 あたしの純潔は〜……、

 ……はっ!?

 ――来た!
 今夜も、あの子が来た!

 満面の笑みを浮かべ……、

 両手を、ワキワキと動かし……、
 口の端から、じゅるりと涎を垂らしながら……、

 ……かおりが、あたしの掃除(?)をしに、やって来た。

 あうあうあう……、
 また、あの地獄の時間が始まるんだ。

 ――って、待てコラ!

 なんで、服を脱ぐっ!?
 そのヌルヌルした液体は何だっ!?

 やめてぇぇぇ〜〜〜っ!!
 あたしには、そ〜ゆ〜趣味は無い〜〜〜っ!!








 某月某日 土の日――


 ――気が付くと、見知らぬ場所にいた。

 どうやら、かおりの手によって、
別棟にある管理者用の部屋に運び込まれたようだ。

 間違いない……、
 この子、あたしを独り占めするつもりだ。

 しかも、周到なことに、
神殿の方には、あたしの偽者を置いてるみたいだし……、

 何と言うか……、
 だんだん、見境が無くなってきたわね。

 まあ、元々、そんなモノは無かったような気もするけど――

 ――って、落ち着いてる場合じゃないっ!

 このままじゃ……、
 マジで、かおりに犯られるっ!!

 ってゆ〜か、もう既に、ベッドに寝かされてるしっ!!

 まあ、体は石像のままだから、
最悪の事態にはならないんだろうけど……、

 それでも、こんなの精神衛生上、よろしくないっ!

 でも、どんなに叫んでも、
誰も、あたしの声には気付いてくれないわけで……、

 うううう……、
 あたし、どうなっちゃうのかな……、








 某月某日 光の日――


 今日は、参拝者が、全く来なかったらしい。

 それに、昨夜、神殿に、
何者かが侵入して、石像を破壊していったそうだ。

 もしかして……、
 タカヤマの街で、何か起こったのだろうか?

 ……起こったのだろう。

 おそらく、神殿の石像……、
 偽者のあたしを破壊したのは、ガディムの配下だ。

 あたしが、封印されている間に、亡き者にしようとしたのだろう。

 まさに、不幸中の幸い……、

 抵抗すら出来ない、
今のあたしでは、アッサリと殺されていたはずだ。

 しかし、あたしは、ここにいる。

 かおり自身に、そんなつもりは、
微塵も無かったのだろうが、あたしは、偽者と、すり替えられていたのだから……、

 ガディムの配下も、まさか、こんな理由で、
あたしが運び出されてるなんて、夢にも思わないだろうし……、

 いっそ、殺された方が楽だったかもしれないけど……、

 ってゆ〜か……、

 あのさ、かおり……、
 こんな危険な状況だっていうのに、逃げようとすらしないの?

 吊り橋効果、って何?
 危機的状況だと萌える、って何?








 某月某日 闇の日――


 ……戦士がやって来た。

 斧を持った戦士――
 その男の名は『柏木 耕一』――

 なんでも、タカヤマの街では、
有名な木こりで、腕利きの戦士でもあるらしい。

 その男を見た瞬間、あたしは確信した。

 間違いない……、
 彼は、あの次郎衛門だ……、

 いや、正確には、彼の転生なのだろう。

 顔なんて、瓜二つだし……、
 何より、彼は『リネットのお守り』を持っているのだ。

 彼の手の中で、淡い輝きを放つ首飾り……、

 それは、彼が、リネットの……、
 土の精霊王の加護を受けている、紛れも無い証拠だ。

 ――というか、この際、そんな事はどうでも良いっ!

 もう、誰でも良いから、
あたしを、この窮地から救って欲しい!

 封印を解いて、かおりの魔の手から、あたしを連れ去って欲しい!

 お願いだよ〜……、
 早く、あたしを自由にして〜っ!!

 と、そんな、あたしの想いが伝わったのか……、

 首飾りから、強烈な光が放たれ、
その光は、あたしの体を優しく包み込んだ。

 そして、ゆっくりと……、
 石化の封印が解けて……、

 ……あたしは、本来の姿を取り戻していく。

 ――って、かおりっ!?

 狂喜乱舞しつつ、あたしに抱きつくなっ!

 あたしは、決して、
あんたの為に、元に戻ったんじゃないっ!

 ちょっと、そこっ!!
 次郎衛も……じゃなくて、耕一っ!!

 ボケ〜ッとしてないで、サッサと助けろっ!!

 あんた、この次は、
リズエル姉がいる氷の神殿に行くんだろ?

 だったら、グスグスしちゃいられないっ!
 こんな危険な場所からは、すぐに、おサラバだっ!!

 ――えっ?
 あたしも、一緒に行くのか、って?

 そんなの当たり前でしょっ!!

 あんた、場所も知らないのに、
どうやって、氷の神殿まで行くつもりだったのさっ!?

 とにかく……、
 何と言われようが、あたしは、ついて行くからねっ!

 ってゆ〜か、連れて行って、お願いっ!

 後生だから……、
 あたしを、ここから連れ出してぇぇぇ〜〜〜っ!(泣)








 ……。

 …………。

 ………………。








 あっ、そういえば……、

 まだ、お互いに、
ちゃんと、自己紹介をしてなかったね。

 あたしの名前は……、

 う〜ん……、
 アズエルだと目立つから、梓って事にしよう。

 で、初音……だっけ?

 リネットの転生の初音が、
あんたの従兄妹だから、あたしも同じ、って事で……、

 そういうわけで……、
 あたしの名前は『柏木 梓』に決定!








 ――今後とも、よろしく、耕一♪








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