「まこりん……やっぱり、行くの?」

「せめて、妖精の塔に行っている、
さくら様とあかね様のお帰りを待たれた方が……」

「無茶は承知だ……、
でも、グズグズしている時間が無い」

「それでは、ワタシもご一緒に――」

「いや、ダメだ……、
フランには、先生達を呼んで来て貰いたい」

「で、ですが……」

「頼むよ、フラン……それが、一番、勝率が高いんだ」

「まこりんってば、分かってないよね〜……」

「……何がだよ?」

「ううん、別に〜……、
それより、もう一度訊くけど、どうしても行くのね?」

「あ、ああ……」





「それじゃあ……これを持っていきなさい」

「――これは?」






Leaf Quest
〜精霊の花嫁〜

『リーフ島決戦 前哨戦 〜アノル奪還 後編〜』







「氷の力よ……斬り裂け!」

「燃えろぉぉぉぉーーーーっ!!」





 炎と氷の大魔術――

 千鶴さんと梓さんが放った、
広範囲攻撃魔術が、戦闘開始の合図となった。

 初っ端から、大魔術とは、ちょっと派手過ぎるような気もするが……、

 とはいえ、数百という、
馬鹿げた数の相手に対して、こちらは、たったの三人だ。

 こういう場合、接敵する前に、
可能な限り、敵の数を減らしておきたい。

「そらっ! もういっちょっ!!」

「ー―砕け散りなさい!」

 先の攻撃で、俺達の存在に気付いたのだろう。

 もの凄い勢いで、魔物達が、
地響きを立てながら、こちらに向かってくる。

 その軍勢に、千鶴さん達は、再び、無造作に大魔術を放った。

 燃え盛る業火と……、
 荒れ狂う極寒の吹雪が……、

 次々と、魔物達を消し飛ばしていく。

「ひ、ひえ〜……」

 その凄まじい光景に、俺は、思わず唖然としてしまった。

 さすがは、精霊王――

 封印が解けたばかりで、
本調子ではないとはいえ、その実力は、一流の魔術師に匹敵する。

「俺も、負けていられないな……っ!」

 二人の魔術の凄まじさに、
言葉を失っていた俺は、慌てて我に返ると、頬を叩いて、気合を入れなおす。

 そして、一旦、剣を鞘に収めると、
梓さんに預かって貰っていた槍を受け取った。

「先手必勝! 一撃必殺!」

 走りながら、手にした槍を、槍投げの要領で、大きく振りかぶる。

 相手は大群……、
 イチイチ、雑魚に構ってなんかいられない。

 だから、狙うは親玉――

 魔物達の遥か後方で、
油断しきっているところを、一気に叩く。

「――魔法剣、起動セットアップ!」

 視覚を魔力で増幅――
 目標を補足――
 距離、約120メートル――

 右腕を強化――
 対象の一部に魔力充填――
 属性は風――

 投擲と同時に魔力解放、推進力に――



「いっ――


 全体重を乗せて、踏み込む――

 振り抜く腕と、体全体で螺旋を描き――
 投擲後の槍の軌跡のイメージは、直線を固持――


                   ――けぇぇぇぇぇっ!!」



 ――ありったけの力で、槍を放つ。

 それは弾丸のように突き進み、
魔物の軍勢のド真ん中へと、見事に命中した。

 魔物達を抉り、貫き、吹き飛ばし……、

 俺が投げ放った槍は、
勢いを失う事無く、侵攻する魔物軍に風穴を空けていく。


 『鉄甲作用』――

 それは、聖堂教会に属する、
代行者と呼ばれる対吸血種集団に伝わる投擲技法。

 以前、タイプムーンに滞在していた時に、シエルさんに教わった技だ。

 尤も、俺が教わったのは、基本動作と、
投擲時のイメージだけだから、ほとんど見様見真似である。

 当然、それだけで、代行者の技を扱えるわけがない。

 だから、俺は、槍に風の魔力を込め、
それを推進力とする事で、その技術を再現してみせたのだ。

 まあ、それでも、本物の代行者の技よりも、威力は数段落ちるのだが……、


「……殺ったか?」

「さあ……」

 俺の狙いを察していたのか……、
 次の呪文詠唱をしながら、梓さんが訊ねてきた

 しかし、それに対して、俺は、首を傾げる事しか出来ない。

 なにせ、俺が狙っていた、
黒騎士は、魔物達の遥か後方にいるのだ。

 さすがに、着弾の確認をする余裕は無い。

 まあ、俺如きの攻撃が、
あの黒騎士に、通用したとは思えないし……、

 とにかく、今の攻撃で、多少は、敵の数を減らす事が出来たのは確かだ。

 俺は、さらに次の手を実行する為、
背負っていた弓矢を構え、道具袋から、『それ』を掴み出す。

「げっ……」

 俺が取り出した、『それ』を見て、
梓さんが、ちょっと女性らしからぬ呻き声を上げた。

 まあ、無理もないだろう……、

 なにせ、俺が取り出したのは、
小型とはいえ、破壊力充分の爆弾なのだから……、

「ム、ムチャクチャですね……」

「相手は大群ですよ?
形振りなんて、構っていられません」

「いやまあ、そりゃそうだけど……」

「ちなみに……、
この他にも、色々と用意してきました」

「……お前だけは、敵に回したくない、って、今、心底、思ったよ」

 大魔術の第二弾を、
盛大に放ちつつ、呆れ顔の千鶴さんと梓さん。」

 並の魔術師なら、一発撃てば、魔力不足で昏倒するような大魔術……、

 そんなシロモノを、平然と、
連発しながら言われても、説得力無いんだけど……、

 と、ちょっと、釈然としないモノを感じつつ、
俺は、爆弾の導火線に火を点火し、それを、矢の先端に括り付ける。

 そして、弓に番えると、ロクに狙いも付けずに、矢を放った。

 大きく弧を描いて……、
 魔物の群れ目掛けて、矢が飛んでいく。

 そのまま、魔物軍の中へと吸い込まれていき――

「――よしっ、次っ!」

 その結果を見もせず、俺は、次弾を放った。

 俺が、爆弾の矢を放つ度に、
魔物達の中で、次々と爆発が巻き起こり……、

 大地が弾け、魔物達が断末魔の叫びを上げる。

 う〜む、ちょっとやり過ぎたか……、
 この闘いが終わったら、地形が変わっちゃってるかもしれないな。

 ……まあ、そのへんは、大目に見て貰おう。

「これで……少しは楽になるかな?」

 爆弾を全て使い終え、俺は、弓矢を投げ捨てる。

 そして、再び、剣を抜くと、
相変わらずの勢いで迫ってくる魔物達を睨み据えた。

 あれだけ、派手に、広範囲攻撃を、
ブチかましたにも関わらず、魔物達の進軍は、衰える気配が無い。

 いや、衰えるどころか……、
 爆発の興奮と、怒りに我を忘れ、より勢いを増しているようにも……、

「……ここからが、本番ですね」

「死ぬなよ、誠……」

「そっちこそ……」

 俺達は、それぞの武器を手に持ち、
迫り来る魔物の群れを前に、油断無く身構える。

 そんな俺達の退路を断つ為、包囲網を展開する魔物達……、

 余程、しっかりと調教されているのか……、
 それとも、野生の狩猟本能によるものか……、

 興奮している割には、
魔物達は、確実に獲物を狩る為、的確な動きを見せた。

 牙を剥き出し、低い唸り声を上げ……、

 ポタリポタリと、涎を垂らしながら、
醜い獣達は、徐々に、包囲を狭めてくる。

 まるで、ジワジワと、嬲り殺しにするのを楽しんでいるかのように……、

「逃げ場は無し、か……」

「こうなったら、とことんやってやるよ」

 完全に囲まれた俺達は、
お互いの背中を合わせ、魔物達を警戒する。

 ついでに、俺は、手持ちの護符……、
 以前、芹香さんに作ってもらったヤツを、適当に周囲にバラ撒いた。

 踏めば発動する、いわゆる地雷の代わり……、

 気休め程度でしかないが、少しは、牽制になるだろう。

「――さあ、誰からだ?
死にたい奴から、順番に前に出な!」

「あなた達を、殺します……」

 千鶴さんは、鋭い氷の爪を……、
 梓さんは、燃え盛る紅蓮の拳を構え、敵を挑発する。

 どうやら、アレが、彼女達の戦闘スタイルのようだ。

 属性魔力を固定化しての格闘戦術――

 俺の魔法剣に近いモノがあるが……、
 あれは、間違い無く、俺よりも数段上の技法だ。

 なにせ、武器という媒体無しで、自分の肉体に属性を付与しているのだ。

 いやはや、 さすがは、精霊王……、
 自身が、属性の象徴だからこそ、出来る芸当、と言ったところか……、

「しかも、特に負担があるわけでも無さそうだし……」

 属性付与を維持し続ける、二人を、俺は、少し羨ましく思う。

 俺の場合、魔法剣を、
発動させられるのは、基本的に、攻撃の一瞬のみ……、

 長時間、それを維持しようとすると、魔術回路への負担が大きいのだ。

 やはり、凡人と精霊王との差は歴然……、

 この闘い……、
 長引けば、俺は足手纏いだな……、

 とはいえ、ペース配分なんて考えてる余裕は無いし……、

「やれるトコまで、やるしかないか……」

 自分の弱さと、不甲斐無さを、
痛感しつつ、俺は、さらに気を引き締める。

 と、そこへ――

「グアアァァァァーーーッ!!」

「――ちっ!?」

 やはり、魔物達は、
俺が一番、弱いと判断したようだ。

 数匹の魔物が飛び出ると、真っ先に、俺へと襲い掛かってきた。

 魔物のクセに、なかなか、正しい見立てである。

 確かに、精霊王である千鶴さん達とは違い、俺は、ただの人間だ。

 しかも、戦闘の主体は剣であり、
範囲攻撃魔術が使えないので、数で押される事に弱い。

 つまり、複数で、同時に襲われたら、俺に勝ち目は無いわけで……、

「――甘いんだよ!」

 だが、しかし――

 切り札というモノは――
 常に、用意しておくのモノ――

「いらえ……っ!!」

 俺は、腰のホルスターから、『それ』を抜いた。

 そして――
 襲い掛かる魔物達に向け――

     ・
     ・
     ・










「それじゃあ……これを持っていきなさい」

「――これは?」



 トゥーハートの城下街――

 アノルの村へと出発する際、
俺は、母さんから、あるモノを手渡された。

 それは、ナカザキで見た『魔銃』に似た……、

 いや、アレよりも、少し大きく、
スマートなフォルムをした、見たことも無い道具だ。

 ――『魔神銃マシンガン』。

 黒光りする銃身を、母さんは、そう呼んだ。

 訊けば、親父と母さんが、
俺の為に作ってくれた、特別製の武器らしい。

 ナカザキの魔銃を基礎とし、フルオート連射を可能とした最新式――

 しかも、俺の魔法剣の能力を活かし、
充填した魔力を、増幅、弾丸化するという、リロード不要の優れモノだ。

「こんな事もおろうかと、ってね……」

 得意げに微笑むと、母さんは、
ホルスターに納まった銃を、自らの手で、俺の腰に装備させる。

「母さん……ありがとう」

 ガンベルトの位置を調節して貰いながら、俺は、母さんに礼を言う。

 すると、母さんは、今度は、
ニンマリと意地の悪い笑みを浮かべ……、

「もちろん、タダじゃないよ?
お風呂と添い寝一週間で、手を打ってあげる♪」

「をい……」

「だから……必ず帰って来なさい」

「……分かった」

     ・
     ・
     ・










「うおおおぉぉぉぉぉーーーーっ!!」

 ――銃爪を引いた。

 その瞬間、目前まで迫っていた魔物に、
銃から発射された無数の弾丸が、雨霰と降り注ぐ。

「ギャアアァァァーーーッ!!」

 全身を弾丸に貫かれ、魔物は、
地面をのた打ち回り、やがて、動かなくなる。

 ――その断末魔叫びが、合図となった。

「ガァァァーーーッ!」」

「キシャアアァァァッ!!」

 俺達を取り囲んでいた魔物達が、一斉に、襲い掛かる。

 そして……、
 壮絶な乱戦が始まった。

 牙と爪を剥き出し、俺達へと殺到する魔物達……、

 次から次へと、向かってくる魔物を、
俺達は、武器と魔術を駆使して、片っ端から、滅ぼしていく。

 千鶴さんの氷の爪が、魔物の喉を抉る――
 梓さんの炎の拳が、敵の腹部を貫く――
 俺の剣と銃が、獣の頭蓋を砕く――

 もちろん、俺達も、無傷では済まない。

 数を頼りにした、絶え間無い攻撃によって、
大なり小なり、体の至る所に、傷を負ってしまっている。

 それほ癒すのは、専ら、俺の役目だ。

 属性の相性の悪さ故か、
千鶴さんも、梓さんも、回復魔術が使えないのだ。

 となれば、初歩とはいえ、回復魔術が使える俺が、回復役になるしかない。

 しかし、当然の如く、
底が浅い俺の魔力は、限界が来るのも早い

 回復魔術の多用は、あっという間に、俺の魔力を消耗させてしまう。

 それでも、魔力回復剤を、
使用する事で、なんとか対応していたが……、

 やはり、それにも限界はあるわけで……、

「う……クッ……」

 魔法剣、魔神銃、回復魔術……、
 度重なる、それらの使用に、俺は、一瞬、眩暈を覚えた。

 特に、キツイのが、魔力回復剤の副作用……、

 本来、充分な休養によって回復する魔力を、
薬を使うことで、強制的に回復させ、搾り出しているのだ。

 それ相応に、体への負担は大きい……、

 だが、しかし……、

 薬の副作用とは言え、
この状況で、隙を見せるのは命取り……、

「――かはっ!?」

 気が付けば、俺は、
魔獣に押し倒され、組み伏せられていた。

 鋭利な爪が、肩に食い込み、両腕を動かす事が出来ない。

「ぐっ……おおおっ!!」

 俺の喉を食い破ろうと、獣の牙が迫る。

 それを跳ね除けようと、俺は、
敵の腹部を蹴り上げ、巴投げの要領で投げ飛ばした。

 強かに、地面に体を打ちつける魔獣……、

 剣を手放した俺は、転がるように、
そいつに近付くと、ルーンナイフを喉に突き立て、トドメを刺す。

 だが、安心するのは、まだ早い。

 未だ、倒れたままの俺に向かって、
今度は、熊に似た魔物が、俺を殺そうと、爪を振り上げていた。

「――このっ!」

 俺は、地面に魔術を放った。

 その爆発の反動を利用して、
起き上がり、敵の口に銃身を突っ込むと、銃爪を引く。

 零距離からの射撃で、魔物の頭部が爆ぜた。

「はあ、はあ……」

 それを確認すらせず、
俺は、最後の魔力回復剤を口に放り込み……、

 錠剤を噛み砕きながら、先程、手放した剣を拾い上げる。

 もちろん、魔神銃を連射して、周囲の魔物達への牽制も忘れない。

 俺が張る弾幕に、
魔物達を近付いて来れないようだ。

 その様子を見つつ、俺は、
呼吸を整えながら、肩の傷を癒すため、回復魔術を――



「……っ!!」



 ――悪寒がはしる。

 俺は、慌てて、後ろを振り向くと、
その予感が命ずるままに、剣を振るった。

 キィンッと、鉄と鉄がぶつかり合う音がし……、

 俺を狙って飛来した一振りの槍が、
振るった剣によって弾かれ、クルクルと回りながら、空を舞う。

 ――って、あの槍は、さっき、俺が投げた槍だ。

 ということは……、
 まさか、これを投げてきたのは……、

「雑魚の割には、健闘しているな」

「……ついに、お出ましかよ」

 槍が飛んできた方を見れば、
俺達の囲む魔物達が、左右に割れ、一本の道を開いている。

 そして、その道を、悠々と歩いてくるのは……、

「あれが……」

「……黒騎士って奴か」

 その姿を見て、千鶴さんと梓さんに、緊張がはしった。

 ひと目で、相手の実力を見抜いたのだろう……、
 先程までは、まだ残っていた余裕が、二人の表情から消える。

 ――そう。
 ついに、俺達の前に、黒騎士が現れたのだ。

 視認出来る程の禍々しい魔力――
 闇の如く漆黒に輝く、不気味な全身鎧――

 以前、浩之と一緒に闘った時と、全く同じ姿……、

 いや、どういうつもりか、鎧の胸部に、
大きく『S』と描かれているのが、ちょっと気になるが……、

「お前が、フジイマコトか……、
先日は、我が同胞が世話になったらしいな」

「……なに?」

「次は、ワタシの相手をして貰おうか……」

 対峙した黒騎士の言葉に、俺は、当惑する。

 そんな俺に構わず、黒騎士は、
スラリと、暗黒の剣を抜き、戦闘態勢に入った。

 それを見て、俺も、慌てて身構えるが……、
 どうしても、先程の、黒騎士の言葉が気になり、集中できない。

 一体、どういう事だ……、

 あいつは、以前、闘った……、
 浩之の聖剣に破れた黒騎士とは。別の奴なのか?

 それとも……、
 まさか……まさか……、

「お前達は、その二人の相手をしていろ!」

 どうやら、黒騎士は、俺との一騎打ちを望んでいるようだ。

 この闘いには手を出すな、と、
魔物達に、千鶴さん達の相手を任せ――

 ――黒騎士は、剣を振り上げ、俺へと肉薄する。

「くっ……」

 戦闘中にも関わらず、
思考に没頭していた俺は、反応が遅れてしまった。

 横っ飛びに地面を転がり、
攻撃から逃れた俺は、すぐさま、黒騎士に向かって、銃を放つ。

 しかし、魔神銃の弾丸は、悉く、奴の鎧に弾かれてしまった。

「――チッ」

 黒騎士には、魔神銃の攻撃は効かないようだ。

 その現実に、舌打ちをしつつ、
俺は、身体に残った、ありったけの魔力を、剣に込める。

「どうした、フジイマコト……?
ラルヴァを倒したという、お前の力を見せてみろ」

 ラルヴァ――

 黒騎士の口から出た、
悪魔の名を耳にし、俺は目を見開く。

 やはり、そうか……、

 黒騎士、ラルヴァ、ガディム……、
 これらは、全て、一本の線で繋がっていたのだ。

「……さあ、本気で掛かって来い」

 暗黒の剣を油断無く構え、黒騎士が俺を誘う。

 そんな敵の様子を見て、
俺は、黒騎士が、『何か』を警戒している事を悟った。

 そして、その『何か』とは……俺の力。

 コイツは、誤解しているのだ。
 俺が、その実力で以って、ラルヴァを倒したのだ、と……、

 ……だが、それは間違いだ。

 あの勝利は、ただの偶然でしかない。
 俺の実力では、ラルヴァに掠り傷を負わせるのが、精一杯なのだ。

 とはいえ、その誤解を、イチイチ、訂正してやる事は無い。

 俺の役目は、時間稼ぎ……、
 耕一さんが、風の精霊王を解放するまで、生き残る事だ。

 ならば、奴の誤解は、好都合……、

 黒騎士が、ありもしない力を、
警戒しているのなら、それを利用しない手は無い。

「ああ、見せてやるよ……俺の本気を」

 たった一人で、俺は、黒騎士と対峙する。

 その恐怖に震えそうになる足を、
意志の力で、強引に抑え、俺は、余裕の笑みさえ浮かべて見せた。

 魔神銃をホルスターに納め、代わりに、ルーンナイフを構える。

 精一杯のハッタリ……、
 なれど、俺の最大の力で、奴を迎え撃つ。

「はあ……っ!!」

 ――黒騎士が動いた。

 目にも止まらぬスピードで、
一瞬にして、俺へと迫り、剣を振り下ろす。

 浩之にも匹敵する剛剣――

 本来なら、俺程度の実力では、例え、受け止めても、
その圧倒的な力を前に、体ごと、吹き飛ばされてしまうだろう。

 だが、俺は、剣を握る右腕を魔力で強化し、その攻撃を防いだ。

 それでも、強烈な衝撃が、腕を襲う。
 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げ、神経が痺れ、腕の感覚が無くなる。

 それを堪え、俺は、剣を合わせたまま、一歩踏み込んだ。

 そして、黒騎士の首を……、
 全身鎧と兜との隙間を狙って、左手のナイフを振るう。

「――フンッ」

「ぐあっ……!!」

 しかし、それは、アッサリとかわされてしまった。

 攻撃を空振りさせられ、
隙だらけになったところを、黒騎士の斬撃が、容赦無く繰り出される。

 なんとか、その場を飛び退き、
直撃は避けたが、俺の左の太股は、深く斬り裂かれてしまった。

「ぐっ……うう……」

 歯を食い縛り、俺は悲鳴を押し殺す。

 回復する魔力と手間すら惜しい……、

 俺は、負った傷をそのままに、
両足に魔力を込めて、一気に、黒騎士の懐に飛び込んだ。

 そして……、

「――ファイヤーブレイド!!」

 炎の魔法剣を、大上段に振り下ろす。

 見え見えの、大振りの攻撃……、
 当然の如く、黒騎士は、その攻撃を、難なく、剣で受け止める。

 だが……、
 俺の攻撃は、これで終わりじゃない。

「――火 属 性 付 与ファイヤーコード・インストール!」

 ナイフを逆手に持ち、魔法剣を発動――

 同時に発動させた、
二つの魔法剣を、一つに融合させる。

 これが、俺の全力――
 あのラルヴァの攻撃すら打ち破った――

 ――今の俺が持つ、最大の力だ!



「――接続アクセス!!」



 二振りの炎の剣――

 その力が一つとなり、
灼熱の刃となって、黒騎士を襲う。

 まさに、岩をも溶かす業火……、、

 俺の魔法剣から発せられた、
赤く燃え上がる炎に、黒騎士の全tが包まれる。

 そして……、
 ダラリと剣を下し……、

 呆然と、こちらに目を向けると……、










「……これで、終わりなのか?」










 そこにあったのは、失望――

 兜に隠れ、表情は見えないが……、
 まるで、拍子抜け、といった様子で、俺に目を向ける。

 そして、軽く剣を薙ぎ……、

 黒騎士を包む炎は……、
 俺の全力の一撃は、呆気なく、振り払われてしまった。

「ウソ……だろ?」

 その光景に、俺は、自分の目を疑う。

 確かに、倒せるとは思っていなかった。
 いくら、ラルヴァを倒した経験があるとはいえ、そこまで、自分の力を過信しちゃいない。

 とはいえ……、
 まさか、無傷だなんて……、

「つまらんな……、
あの情報は、偽りであったか……」

 力の差を見せつけられ、呆然とする俺。

 そんな俺を、興味無さげに一瞥すると、
黒騎士は、軽く魔力を込めた剣を、無造作に振るう。

「がっ……!?」

 その瞬間、俺の体は、宙を舞った。

 暗黒の剣から放たれた、
強烈な魔弾が、俺の右肩に直撃したのだ。

 無様に地面を転がり、俺は、慌てて起き上がろうとするが、腕に力が入らない。

 その代わり……、
 直撃を受けた右肩から激痛が……、

「く……そ……」

 ――肩をやられた。

 攻撃を受けた時に、剣は落としてしまったようだ。

 俺に残された武器は、
左腕が持つ、ルーンナイフのみ……、

 それを握ったまま、俺は、残った左腕で、なんとか立ち上がる。

 だが、それを嘲笑うかのように、黒騎士は、再び、魔弾を放った。

「あ……あああああっ!!」

 立て続けに放たれた魔弾が、俺の左膝を砕く。

 足も殺されてしまい、立つことすら、
出来なくなった、俺は、またしても、地面に転がった。

「興が冷めた……もう、逝け」

 トドメは、直接、下すつもりか……、

 ゆっくりと……、
 黒騎士は、俺へと歩み寄って来る。

「誠君……っ!!」

「誠っ! クソッ、邪魔なんだよ!」

 俺の危機を救おうと、千鶴さん達が駆ける。
 だが、殺到する魔物達に阻まれ、二人は、迂闊に動く事が出来ない。

 ――救出は、間に合わない。

「来るな……来るなぁぁぁっ!!」

 迫り来る死の恐怖に、顔を引き攣らせ……、

 俺は、奇声を上げ、
滅茶苦茶に、ナイフを振り回しながら、後ずさる。

 死にたくない……、
 まだ、死にたくない……、

 その一心で、少しでも、生き長らえようと、黒騎士から逃げる。

「やれやれ……所詮は、その程度か」

 俺の惨めな姿を、鼻で笑う黒騎士。

 そして、俺にトドメの一撃を放つため――

 大きく剣を振り上げ――
 最後の一歩を――










「……ビンゴ」










 瞬間――

 突然、足元から吹き上がった、
冷気によって、黒騎士の両足が、氷漬けになった。

「な、なに……っ!?」

 予想外の出来事に、黒騎士は狼狽する。

 氷の戒めを解こうと、
力を込めるが、なかなか、氷を砕く事が出来ない。

 無理もない……、
 なにせ、その護符は、芹香さんが作ったモノ……、

 そこいらの店で売っている、
安物の護符とは、込められた魔力の量も質も違う。

 ――そう。
 黒騎士を襲ったのは、護符の力。

 魔物達に囲まれた時……、
 あの時、俺がバラ撒いた護符の一枚……、

 その一枚を、黒騎士が踏み、護符の力を発動させたのだ。

 最初の攻防の後――
 この護符が残っていた事を知った俺は――

 ――奴に、それを踏ませる為に、無様に逃げてみせたのだ。

「この……忌々しい!」

 とはいえ、護符は使い捨ての道具……、

 その効果は、永続的に続くわけも無く、
氷の呪縛は、黒騎士の魔力によって、砕け散る。

 時間にして、ほんの数秒――
 だが、今の俺にとっては、それで充分――

「うおおおおおーーーーーっ!!」

 無事な右足に魔力をブチ込み……、
 俺は、倒れるように、黒騎士の足元へと飛び込んだ。

 左手には、ルーンナイフ――

 以前、陣九朗から貰ったそれを、
黒騎士の影へと、渾身の力で突き立てる。

 『影 縛 り』シャドウスナップ――

 相手の影に干渉し、
本体の動きを封じる初歩の魔術――

 ナイフに込められた、
その効果が、再び、黒騎士を拘束した。

「ぐっ……こんな、子供騙しの術で……」

 俺の策にハマり、悔しげに呻く黒騎士。
 それでも、強引に体を動かし、もう一度、剣を振り上げて見せた。

 所詮、この技は初歩の術……、

 黒騎士の動きを、
完全に封じる事は出来ないようだが……、

 ナイフに込められた力が、
余程、強力だったのか、黒騎士の動きは、酷く緩慢だ。

「こんな真似をしてどうする?
我に戒めを施そうが、もう、お前に勝ち目は無い」

 俺の頭を踏み付けつつ、苛立った口調で、黒騎士が訊ねる。

 そんな黒騎士に、俺は、
不敵な笑みを浮かべながら、静かに答えてやった。

「良いんだよ……俺の役目は、もう終わった」

「何だと……?」



「――お前の負けだ」



 次の瞬間――

 傷付いた俺の体は、
何者かに抱き上げられ、宙を舞っていた。

「遅れて申し訳ありません、誠様」

「助かったよ……フラン」

 戦場には場違いなメイド服――

 とても戦闘向きとは思えない、
それを身に纏い、乱入したフランによって、俺は、窮地を脱していた。

 いや……、
 現れたのは、フランだけじゃない。

「私の教え子を可愛がってくれた御礼……倍にして返してあげる」

「やれやれ……、
ようやく、借りが返せそうだな」

 静かに着地したフランの前には、ルミラ先生と陣九朗の姿が……、

「ここで待ってろ……」

 俺に軽く会釈をした二人は、
千鶴さん達を襲う、魔物の群れへと飛び込んだ。

 一騎当千の二人が加わり、戦局のバランスが、一気に、こちらへ傾く。

 さらに――

「「――ウィルドバーン!!」」

 巻き上がる二つの竜巻……、

 それを放ったのは、風の魔術師『エリア・ノース』――
 そして、ついに解放された、風の精霊王『柏木 楓』――

「ウオオオオォォォォォーーーーッ!!」

 風属性最上位の攻撃魔術によって、
黒騎士の体が、遥か上空へと持ち上げられる。

 本来の黒騎士なら、かわす事も出来たであろう。

 しかし、影縛りによって、
動きを制限された黒騎士には、それが出来なかった。

「こんな……こんな筈では……っ!!」

 二つの竜巻……、

 逆回転を描く風の力の間に挟まれ、
今度こそ、黒騎士の体は、完全に動きを封じられた。

 凄まじい風の力に翻弄され、黒騎士の鎧と体が、軋みを上げる。

 そんな黒騎士に――
 戦場に駆け付けた、最後の一人が――



精霊が鍛えしエレメンタル――


 七色に輝く戦斧――

 四つ属性の力を宿し――
 耕一さんが振るう宝具は――

 見事、黒騎士を、真っ二つに――


                   ――王者の斧アクス!!」










 ……。

 …………。

 ………………。










 その後――

 俺達は、アノルの村から撤退する。

 最大の敵である、黒騎士を倒したのなら、
このメンバーであれば、アノル奪還も可能であっただろう。

 しかし、風の神殿の地下で、耕一さんが発見した魔界への門――

 魔界より、無限に魔物を呼び寄せる、
破滅の道の存在が、俺達を撤退へと追い込んだ。

 いや、それ以上に、俺の容態が危険だった所為もあったのだろう。

 トゥーハートの城下街へと戻り、
あかねとエリアの治療によって、すぐに全快はしたものの……、

 ……酷使した体は、ボロボロだったらしい。

 あと少し、治療が遅ければ、
二度と、闘えない体になっていたそうな。

 まあ、無理もないか……、

 右肩と、左膝の骨は砕け……、
 薬の多用と、魔法剣の同時発動で、魔術回路も、焼き切れ寸前……、

 ……これで、生きてる方が不思議なくらいだ。

 おかげで、さくら達には、
散々、泣かれるし、怒られるし、キスされるし……、

 ついでに、母さん達まで、それに加わってくるし……、

 この調子では、当分は、
冒険どころか、外出すらさせて貰えないだろう。

 まあ、恋人達に囲まれて、看病される生活も悪くは無いが……、

 それはともかく――

 風の精霊王の封印は解けたものの……、

 結果としては……、
 アノル奪還作戦は、失敗に終わった。

 相変わらず、村には、魔物が蔓延っており……、

 魔界の門によって、
今もなお、魔物の数は、無限に増え続けている。

 いずれ、その魔の手は、このトゥーハートにも伸びてくるに違いない。

 そして……、
 いつかは、世界中にも……、

 この闘いは、ただの前哨戦でしかないのだ。

 破壊神ガディムとの――
 俺達、人類の存亡を賭けた戦いの――

     ・
     ・
     ・










 ――そう。

 闘いは、まだ、始まったばかり……、





<おわり>
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