「ようっ、誠じゃないかっ! 久しぶりだな!」
「耕一さん……どうして、ここに?」
「ああ、実は、アノルの村……、
風の精霊王の神殿に、ちょっと用があってな」
「アノルの村に……」
「――どうした? そんな、浮かない顔して?」
「耕一さん……落ち着いて聞いてください」
「あ、ああ……」
「――アノルの村は、魔物の軍勢に占拠されました」
「な、なんだってぇっ!?」
Leaf Quest
〜精霊の花嫁〜
『リーフ島決戦 前哨戦 〜アノル奪還 前編〜』
「アノルの村は、壊滅しました……、
魔物の大群と、それを指揮する黒騎士の手によって……」
リーフ島――
大陸西部の商業都市マジアンから、
船に乗り、外海を南西へと渡った場所に浮かぶ島――
風の精霊王の神殿を目指し、俺達は、その島へとやって来た。
目的は、もちろん、
そこに封印されている風の精霊王を解放する為だ。
ここまで、同行していた、魔術師のリアンと別れ、俺達は、リーフ島の大地を踏む。
聞けば、目的地は、
島の北西にある『アノルの村』にあるらしい。
その村を目指し、まずは、トゥーハートの城へと、俺達は、HtHの城下街を出発した。
と、そこで……、
俺は、懐かしい人物との再会を果たす。
藤井 誠――
以前、我が故郷である、
温泉都市タカヤマの温泉枯渇事件を解決した冒険者だ。
思わぬ再会を喜ぶ、俺と誠……、
だが、俺達が、アノルの村に……、
風の精霊王の神殿に向かっている事を知り、誠は、衝撃の事実を教えてくれた。
――アノル壊滅。
誠の話に、俺達は、
我が耳を疑い、さらに詳しい情報を求める。
で、誠は、今は、自分の家にいる……、
アノルの村の生き残りである、エリアを紹介してくれたのだが……、
「……すまない、エリア」
「何故、耕一さん達が謝るんです?」
トゥーハートの城下街――
その街の一角にある、藤井家で、
俺達は、被害者のエリアから、事の顛末を聞いた。
その話を聞き終え、俺達は、深く頭を下げる。
何故なら、ガディム軍が、
アノルを襲った原因は、俺達にあるかもしれないからだ。
いや、『かも』じゃない……、
間違いなく、原因は、俺達にあるのだろう。
俺達は、封印された精霊王の封印を解いて回っている。
そして、それは、ガディム軍にとっては、邪魔な事だ。
だから、ガディム軍は、
それを阻止する為に、風の精霊王の神殿を――
――アノルの村を襲撃したのだ。
「耕一さん……それは違います」
俺達の言いたい事が分かったのだろう……、
エリアは、涙を拭いながら、
気丈にも、ゆっくりと、大きく、首を横に振った。
「貴方達は、間違っていません……、
私が恨むべき相手は、破壊神ガディムのみです」
強い意志の篭った表情で、エリアは、手に持つ杖を、ギュッと握る。
そんな彼女の肩に、
隣に座る誠が、ポンッと優しく手を置いた。
そして――
「――俺達で、アノルを奪還する」
まるで、宣言するように――
アノル奪還を誓い、
誠は、恋人の肩を抱き寄せる。
ほほ〜う……、
世界中を旅して回った、とは言っていたが……、
その旅の中で、随分と成長したみたいだな。
まさか、誠の口から……、
あんな強気の発言が出て来るとは……、
「……勝算はあるんですか?」
「かなり無茶な方法ですけどね」
訊ねる千鶴さんに、誠は、
苦笑を浮かべながら、アノル奪還作戦の説明を始めた。
まあ、作戦と言っても、その内容は、至ってシンプル……、
誠が言うには、アノルを襲った魔物の軍勢――
あれは、自然発生したのでも、
何者かが、大量に召喚したわけでもなく……、
……島中の魔物が、アノルに集結しているそうな。
現に、島を調査した結果、
ほとんどの場所で、魔物の数が激減しているらしい。
しかし、本来、魔物は、
集団行動を取る程の知識は持ち合わせていないはず……、
という事は、魔物達を統率している存在がいるに違いない。
ならば、奴等を従えている、
リーダー各を倒せば、アノルを解放出来るのでは……、
……とまあ、そういうわけだ。
確かに、説明するのは簡単だが、かなり無茶な作戦である。
なにせ、敵のリーダーを倒すには、
当然、魔物の群れの中に突っ込まなければならないのだから……、
とはいえ……、
「なるほど、それしか手は無いか……、
で、その作戦のメンツには、当然、俺達も入っているんだろうな?」
「……良いんですか?」
「あのな、良いも何も、俺達には、
風の精霊王の神殿に行く、っていう理由があるからな」
「すみません……」
「気にするなよ……、
それに、お前には、デカい借りがあるからな」
頭を下げる誠とエリアに、
俺、千鶴さん、梓の三人は、心良く頷いて見せる。
そして、俺と誠は……、
いつかの様に……、
お互いの拳を撃ち合わせ……、
・
・
・
こうして――
俺達は、誠とエリアの協力の元……、
アノルの村奪還作戦に、参加する事となった。
「さて、相手は大群……、
我等が軍師殿は、どう攻めるつもりなんだ?」
「誰が、軍師ですか……」
アノルの村――
風の精霊王の神殿があり……、
それ以外には、大きな特徴の無い、平凡な村……、
だが、今、その小さな村は、夥しい数の魔物に溢れていた。
つい先日まで、村人達が、
住んでいた家は、無残にも、焼き崩れ……、
丹精込めて育てていた作物は、滅茶苦茶に食い荒らされ……、
いや、もしかしたら……、
今もなお、魔物達に貪られているのは、作物ではなく……、
「くっ……」
村から少し離れた森の中――
そこに身を隠し、俺達は、
双眼鏡で、占拠された村の様子を観察していた。
あまりにも、悲惨な光景……、
変わり果てた村の姿を見て、
つい、嫌な事を考えてしまい、俺は、すぐに、それを振り払う。
そして……、
「――どうする?」
村周辺の、詳細な地図を片手に持ち……、
険しい表情で、それを睨む誠に、
双眼鏡を返しつつ、俺は、今後のプランを訊ねた。
こちらの戦力は五人――
それに対して――
ガディム軍の数は、ざっと百倍――
いくら、相手が、有象無象の、
下級魔物とはいえ、この圧倒的な数の差は脅威だ。
ならば、何とかして、その差を埋める方法を考えなければ……、
「トゥーハートの騎士団が協力してくれれば、
戦力的な問題は、ほとんど無かったってのに……」
恨めし気な顔で、梓が吐き捨てるように言う。
確かに、コイツの言う通り……、
トゥーハートの騎士団が、戦力として、
加わっていれば、話は、もっと簡単だっただろう。
そして、こんな時こそ、騎士団の出番の筈なのだが……、
「トゥーハートの騎士団は動かない……、
まったく、ウチの王様は、臆病なのか、賢明なのか……」
梓の言葉に、誠は、やれやれと肩を竦めてみせた。
その理由を訊ねると、どうやら、トゥーハート王は、
アノル壊滅の報を耳にして、騎士団に、城の守りを徹底させたらしい。
それは、ハッキリ言って、ヘタレ以外、何者でもないと思うのだが……、
誠が言うには、トゥーハート王が、
臆病風に吹かれただけ、というわけでもないそうな。
「アノルに……戦略的な価値は無いんですよ」
エリアのことを気にしているのだろう……、
誠は、声を潜めて、こっそりと、俺にだけ教えてくれた。
風の精霊王の神殿があるとはいえ、アノルは、所詮は、ただの村……、
壊滅する前ならともかく、
そうなってしまった後で、わざわざ、騎士団を派遣するだけの価値は無い。
さらに言えば、城のすぐ傍で、魔物の大群がいるような状態で、
そんな真似をするのは、あまりにも、リスクが大き過ぎる。
故に、トゥーハート王は、被害を最小限に抑える為、城の防衛を優先させたのだ。
「もっとも、あの王様が、
そこまで考えているのかは、正直、疑問ですけどね」
そう言って、誠は、肩を竦めると、
俺達にも見易いように、地面に地図を広げた。
そして、地図に描かれた、村の奥にある、風の神殿を指差す。
「まず、目的をハッキリさせておこう。
最優先するべき事は、神殿に、耕一さんを送り届ける事だ」
「おい……どういうつもりだ?」
誠の提案に、俺は、異を唱えた。
俺達の目的は、アノルの奪還である。
ならば、魔物達を率いているであろう、
あの黒騎士とかいう奴を倒すのが、最も優先するべき目的のはず……、
……なのに、何故、神殿を目指す?
風の精霊王の封印を解く、という、
俺達の、本来の目的を優先させると言うんだ?
「――黒騎士は強い」
そう訊ねると、誠は、魔物達……、
いや、その中にいるであろう、
黒騎士の姿を見据え、キッパリと言い切った。
「一度、闘った事があるんです。
多分、俺達が総出で闘っても、あいつには勝てない」
――だから、極力、黒騎士との戦闘は避ける。
と、誠は、握った拳を、
怒りで振るわせながら、悔しげに言う。
つまり、アノルの奪還と、風の精霊王の解放……、
成功する可能性が、
少しでも高い方を優先させる、というわけだ。
それに、風の精霊王が加われば、こちらの戦力も上がる。
そうすれば……、
黒騎士を倒す事も可能なもしれない……、
「……お前、意外とクールだな」
「それが、俺の役目でしたからね」
あいつは、すぐに熱くなって、突っ走ってましたから……、
と、何やら、遠くを見るように呟きつつ、
誠は、話を戻す為、広げた地図へと視線を落とした。
そして、作戦の、具体的な内容を話し始める。
「――まず、五人を二つのチームに分けます」
誠が、色の違う五つの小石を、地図の上に置いた。
その内の三つの石を、
村の正面に置き、淡々と、説明を続ける。
「これは、囮になるチーム……、
俺、千鶴さん、梓さんの三人で、なるべく派手に、魔物軍を迎え撃ちます」
次に、誠は、残った二つの小石を握ると……、
村を大きく迂回する軌跡を、
描きながら、それを、風の精霊王の神殿に置く。
「その隙に、耕一さんとエリアは、迂回して神殿に――」
「――待ってください!」
突然、エリアが、話の途中で、割って入った。
おそらく、恋人である自分が、
誠と別行動なのが、納得出来ないのだろう。
「誠さん、私も一緒に――」
「――エリア、反論は却下だ」
食って掛かるエリアに、
誠は、厳しい顔で、冷静に言い放った。
だが、すぐに表情を和らげると、諭すように、彼女を説得する。
「この作戦は、スピードが命だ。
俺達が時間を稼いでいる間に、精霊王を解放しなきゃならない」
「それは分かっています……でも……」
「この中で、一番、素早く動けるのは、
地理に詳しくて、転移魔術が使えるエリアだけなんだ」
「…………」
「だから……頼む」
「……はい」
真剣な眼差しで、エリアを見つめる誠……、
負けを認めたのだろう……、
エリアは、顔を伏せつつも、小さく頷いた。
尤も、理解は出来ても、
これっぽっちも、納得は出来ていないのだろうが……、
「誠さん、すぐに戻りますから……どうか、必ず……」
「ああ、待ってるから……」
エリアの必死の願いに、誠は、抱擁で応える。
お互いの無事を祈り……、
強く抱きしめ合う、恋人達……、
それはとても、美しい光景ではあるのだが……、
「…………」(汗)
まあ、何だ……、
人目も憚らず、堂々と、
そういう事をされると、目のやり場に困ると言うか……、
「こ、耕一さん……」(ポッ☆)
「耕一……」(ポポッ☆)
何か、よく分からんが……、
千鶴さんと梓が、二人して、
妙に期待に満ちた眼差しで、こっち見てるし……、
――いかん、いかんぞ!
俺には、柳川に攫われた、
初音ちゃんを助け出す、という目的があるんだ。
今は、そんな真似をしている場合じゃないっ!
――そう!
――今は、『まだ』なっ!!
「……もう良いか?」
「あ、はい……」(真っ赤)
「す、すみません……」(真っ赤)
未来の酒池肉林を妄想し……、
だが、それを表情には出さず、
俺は、努めて冷静に、誠達にツッコミを入れる。
それで我に返ったのか……、
二人は、慌てて、体を離すと、
顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「――と、とにかく、作戦の説明は以上です」
気を取りなおすように……、
誠は、コホンッと、咳払いをすると、話を戻す。
そして、何か質問は、とでも言いだけに、俺達を見回し――
「……それじゃあ、始めよう」
無言で頷く俺達――
そんな俺達の姿に、
誠は地図をカバンの中にしまい、剣を抜き放った。
それに合わせ、俺もまた、斧を構え……、
エリア、千鶴さん、梓も……、
それぞれが、呪文の詠唱を始める。
準備は万端、覚悟も充分――
あと、必要なのは――
絶望的に闘いを前にしても――
その恐怖に怯む事無く、一歩踏み出す『勇気』――
そして――
その『勇気』は――
――今、俺達の目の前にいる。
「耕一さん、先に出ますっ!!」
剣を構え、少年が飛び出して行く。
今、ここにいる者の中で、一番弱く――
でも、今、ここにいる者の中で、誰よりも強い少年――
――そう。
誠は、とても弱くて、とても強い。
剣も、魔術も、どちらも並以下だけれど……、
それでも、誠は、常に考えている。
どんなに劣勢でも、勝つ方法を……、
何があろうと、生き残る手段を模索している。
例え、可能性が低くても、その『勇気』で、奇跡を手繰り寄せる。
だから、大丈夫――
コイツは、誰よりも信頼できる――
そして――
誠も、俺を信頼してくれているからこそ、囮役に名乗り出たのだ。
ならば……、
その信頼に、応えなければ……、
「……エリア、頼む」
「はい……っ!」
先陣を切る誠に続き、
千鶴さんと梓も、戦場へと飛び出して行く。
それを見送った後、残った俺達もまた、行動を開始した。
「――風よ」
俺の言葉に頷き、エリアが魔力を解放する。
転移魔術『シュイン』――
術者を風の結界で包み、
高速移動する、風属性の高位魔術だ。
これならば、数分と掛からずに、神殿まで辿り着けるはず……、
「――行きます!」
「うお……っ!?」
エリアが、魔術を展開する同時に、
結界に覆われた俺達は、瞬時に、上空へと飛翔した。
突然の事に驚き、俺は、思わず声を上げる。
そんな俺に構わず、
エリアは、魔術を制御し、最大出力で、飛行を開始した。
魔物達に発見されないよう……、
大きく迂回して……、
風の精霊王の神殿を目指す。
「誠……」
誠達の様子が気になり、俺は、眼下を見下ろした。
地表を埋め尽くすのは、黒一色……、
その中で、たった三つの光が、命の炎を燃やしている。
荒れ狂う炎が、魔物達を焼き払い――
鋭い氷刃の雨が、闇の軍勢を斬り裂き――
燃え盛る炎の剣を持つ少年が、敵を斬り捨て――
だが、闘いは、明らかに劣勢……、
魔物達は、数を頼りに、
誠達の包囲網を狭め、ジワジワと追い込んでいく。
「――急げ、エリア!!」
「分かっていますっ!」
急かす俺に、エリアは、速度を上げて応えた。
そのスピードは、既に、
彼女の制御の限界を超えているのだろう。
エリアは、額に汗が浮かべ、苦しげに表情を歪めながらも、魔術を維持し続ける。
後の事を考えれば、
体力と魔力は温存するべきなのだろう。
しかし、そんな事を考えている余裕は無い。
常に、全力を以って挑まなければ、
この闘いに、俺達の勝利を見出す事は出来ないのだ。
今は、ただ、早く……、
一刻も早く、神殿に辿り着く事だけを……、
「……見えました!」
時間にして、およそ数秒――
しかし、永遠にも思える時を経て――
行く先に、風の精霊王の神殿が見えてきた。
それを確認するや否や、
エリアは、さらに、魔力を解放し、術を加速させる。
そして……、
そのまま一気に、神殿の中へと……、
「くっ……うう……」
無理が祟ったのだろう……、
神殿の中に入った瞬間、
術の効果は解け、エリアは、その場に倒れ込んでしまった。
「エリア――っ!?」
「私なら……少し休めば、平気です」
真っ青な顔で、冷や汗を浮かべながらも、エリアは、俺に微笑んで見せる。
そんな彼女を抱き上げ、俺は、
神殿の柱の影まで連れて行くと、そっと、そこに座らせた。
そして、ありったけの治療薬を、
エリアに渡すと、愛用の斧を肩に担ぎ上げる。
「ここで待ってろ……ここから先は、一人で充分だ」
「はい……それまでに、回復しておきます」
そう言って、目を閉じるエリア。
眠ったわけではない……、
ただ、体力と魔力の回復に専念する為、緊張を解いたのだ。
こんな状態のエリアを、
一人で残して行くのは心配だが……、
とはいえ、彼女を背負って行くだけの時間の猶予は無い。
幸い、風の精霊王の神殿には、
結界でも張られているのか、魔物は入って来られないようだ。
これなら、エリア一人でも、大丈夫だろう。
「この奥に……」
静寂に包まれた聖域――
薄暗い神殿の奥を見据え、
俺は、初音ちゃんから預かった御守りを握った。
御守りの光が、俺を、精霊王への道を示してくれる。
感じる、感じるぞ……、
間違いなく、この先に、風の精霊王がいる。
「すぐに行くからな……っ!」
そして……、
俺は、神殿の奥へと走り出す。
御守りの光に導かれ――
友を救う為――
ほんの小さな希望を求めて――
待ってろよ、誠……、
俺達が戻るまで……、
それまでは、絶対に死ぬんじゃないぞっ!!
<続く>
<戻る>