「耕一は、木を〜切る〜♪
ヘイヘイホ〜♪ ヘイヘイホ〜♪」
――カツ〜ン! カツ〜ン!
「女房は、メシ〜作る〜♪
ヘイヘイホ〜♪ ヘイヘイホ〜♪」
――カツ〜ン! カツ〜ン!
ギギギィ〜……
――バッタ〜ンッ!!
「ふぅ……今日は、こんなトコかな」
Leaf Quest
〜精霊の花嫁〜
『帰る場所』
「あっ、おかえりなさい!
耕一お兄ちゃん、今日も、お疲れ様♪」
「あ、うん……ただいま」(ポッ☆)
温泉都市タカヤマ――
その街で、木こりを生業としている俺は、
今日の仕事を終え、愛する家族が待つ我が家へと帰宅した。
まあ、家族とは言っても……、
「……どうしたの?」
「い、いや……何でも無いよ」(汗)
我が家で暮らしているのは……、
この俺と、従兄妹の初音ちゃんだけ、なんだけどな。
「でも、お顔が真っ赤だよ?
もしかして、風邪でもひいちゃったんじゃ――」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
「……そう?」
帰って来るなり、顔を赤くした、
俺の様子を見て、俺の体調を心配したのだろう。
台所に立って、夕飯の準備をしていた初音ちゃんは、トテトテと玄関から駆けて来る。
小首を傾げて、俺の顔を覗き込む初音ちゃん。
いきなり、急接近され、ますます緊張してしまった俺は、
それを悟られまいと、慌てて、首に掛けていたタオルで、汗を拭く仕草をした。
それを見て、暑くて汗をかいただけ、と解釈してくれたようだ。
初音ちゃんは、何度か、
俺を振り返りつつも、台所へと戻って行く。
ふう〜……、
危ない、危ない……、
料理を再開する初音ちゃんの後姿を眺めつつ、俺は、安堵の溜息をついた。
まさか……、
言えるわけがない。
夕飯を作ってる初音ちゃんの姿を見て――
さっきまで、自分が唄っていた、歌の内容を思い出し――
思わず、初音ちゃんを意識してしまった、なんて――
「やれやれ……」
そんな見境無い自分に呆れ、俺は、ポリポリと頭を掻く。
まったく……、
何を、今更、こんな事を……、
相手は従兄妹だってのに……、
一緒に暮らすようになって、随分経つっていうのに……、
「――あっ、お兄ちゃん?」
「な、なに、初音ちゃん?」
「お夕飯、もう少し時間かかるから、
お兄ちゃん、先に、お風呂に入っちゃって良いよ」
「あ、ああ……」(ポッ☆)
そう言って、おたまを片手に、こちらを振り向く初音ちゃん。
そんな彼女の仕草に、
またしても、俺は、顔を朱に染めてしまった。
いや、だって……、
その姿は、もう、幼妻そのもので……、
そういえば、以前、街に行った時に、
『結婚は秒読み』なんて噂が立っていたような……、
結婚か……
つまり、初音ちゃんが、俺の嫁さんに……、
「ああ、そういうのも良いかもな〜……」
自分と初音ちゃんとで築く、幸せな未来――
俺がいて――
その隣に、初音ちゃんがいて――
そして、二人の間には、子供が――
そんな未来を夢想して、ついつい頬が緩んでしまう。
だが、彼女の兄(従兄妹だけど)として、
そんな情けない姿を、初音ちゃんに見せるわけにはいかない。
「そ、それじゃあ、お先に……」
「――うんっ♪」
俺は、すぐに我に返ると、
それを隠すため、返事もそこそこに、風呂場へと逃げ込んだ。
取り敢えず……、
風呂を出るまでに、頭を冷やさないとな……、
そして――
その日の夜――
「あっ、そういえば……」
「――んっ?」
夕食を終え、トランプに興じる俺と初音ちゃん。
もう何度目かの、神経衰弱での勝負をし……、
次の勝負を始める為、初音ちゃんは、カードをシャッフルしていたのだが……、
何かを思い出したように……、
ふと、カードを扱う彼女の手が止まった。
「……ゴメンなさい、お兄ちゃん」
「――は?」
唐突に、初音ちゃんが、ペコリと頭を下げる。
連戦連敗で、頭が混乱していた俺は、
そんな初音ちゃんの態度の意図が掴めず、間の抜けた声を上げてしまった。
「あのさ、いきなり謝られても……」
「え、えっとね……実は……」
訊ねる俺に、初音ちゃんは、
おずおずと、申し訳なさそうに理由を話し始める。
彼女が言うには、俺の留守中に、
お客さんが来て、俺宛ての手紙を置いていったらしい。
で、その事を、俺に伝えるのを、すっかり忘れていたそうな。
初音ちゃんらしくない失態だが……、
まあ、それも仕方が無い、と言えなくもない。
本当なら、俺が帰って、すぐに伝えるつもりだったのだろうが……、
帰ってきた俺の様子がおかしいのを見て、
慌ててしまったせいで、すっかり頭から抜けてしまった、ってところか……、
「……それで、その手紙は?」
「うん、ちょっと待っててね」
俺は、その件については、
初音ちゃんを責めず、軽く頭を撫でてあげた。
そのまま、続きを促す俺に、
初音ちゃんは頷くと、トテトテと、台所へと駆けて行く。
そして、すぐに戻ってきた初音ちゃんは、一通の手紙を、俺に差し出す。
「なになに――」
それを受け取り、内容に目を通す。
最初は、軽い気持ちで読んでいたが……、
読み進めるうちに、俺の顔付きは、真剣なものへと変わっていく。
「お兄ちゃん……何が書いてあったの?」
俺の様子に、初音ちゃんは訝しげに小首を傾げる。
そんな初音ちゃんに、
俺は、手紙の内容を、簡潔に伝えた。
「――仕事の依頼だ」
「やっぱり……」
俺の言葉に、初音ちゃんの表情が曇る。
その様子が、ちょっと気になったが……、
今は、依頼の詳細を知るのが先決なので、俺は、手紙に視線を戻す。
依頼の内容――
簡潔に言えば、毎度、お馴染みの魔物退治だ。
どうやら、この街の観光の名所の一つである、
地の精霊王の神殿に、厄介な魔物が住み付いてしまったらしい。
そんな状況を放置しておいては、色々と問題だ。
こういう言い方をするのも何だが……、
この街が観光地である以上、神殿は、貴重な収入源なわけだし……、
とまあ、そういうわけで……、
木こり兼(街一番の)戦士である俺に、
地の精霊王の神殿に住み付いた魔物を、退治して欲しい、とのこと。
「なるほどね……」
手紙を読み終え、俺は、初音ちゃんに向き直る。
見れば、初音ちゃんは、
未だに、俺を不安げに見つめていた。
こういう依頼が来る度に、
初音ちゃんは、いつも、俺の身を案じてたけど――
「……行くの?」
「あ、うん……放ってはおけないからね」
――今回は、その傾向が、特に強いみたいだな。
まるで祈るように……、
両手を、胸の前で、ギュッと握る初音ちゃん。
「断れないかな……、
なんだか……凄く、嫌な予感がするの……」
「…………」
今にも泣きそうな顔で、初音ちゃんは、俺に懇願する。
普段、我侭なんて言わないのに……、
初音ちゃんが、ここまで言うなんて……、
そんな彼女の言葉に、俺は、思わず頷いてしまいそうになる。
……だが、そういうわけにもいかない。
俺に依頼が回ってくる、という事は……、
相手は、それだけ手強い存在、という事になるのだ。
魔物退治を生業とする者は、街にいくらでもいる。
酒場あたりで、冒険者でも募れば、すぐに集まってくるだろう。
にも関わらず……、
木こりを本業とする俺に……、
魔物退治のような危険な仕事に、
積極的には関わっていない俺に、依頼が回ってきた。
それは、つまり――
既に、何人かの犠牲が出ている、という事――
「初音ちゃん……俺は……」
「そんなこと分かってるよ……、
お兄ちゃんじゃなきゃダメなんだって事は分かってる」
「…………」
「でも、それでも……、
今回だけは、お兄ちゃんに行って欲しくないの。
わたしの傍に……いて欲しいの」
初音ちゃんは、とても賢い子だ。
俺が行かなければ、また、
余計な犠牲が出る、なんて事は、言われなくても分かっている。
それでも……、
初音ちゃんは、俺を引き止める。
震える体を抱きしめて……、
何か、言い様の無い恐怖に怯えながら……、
「初音ちゃん……大丈夫だから」
「あ……」
そんな初音ちゃんを、俺は、力一杯抱きしめる。
彼女の震えを抑える為に……、
少しでも、彼女を安心させてあげる為に……、
「必ず、帰るから……、
何があっても、絶対に、帰ってくるから」
「絶対だよ……、
絶対、ちゃんとお家に帰って――」
「――違うよ、初音ちゃん」
「えっ……?」
キョトンとした顔で、俺を見上げる初音ちゃん。
俺は、そんな彼女の頭を……、
ちょっとクセのある柔らかな髪を優しく撫でる。
ああ……、
今なら、分かる……、
兄として――
従兄妹として――
――そんな事は、関係無い。
ただ、俺にとって……、
初音ちゃんは、とても大切だから……、
初音ちゃんを哀しませたくはないから……、
だから――
何があろうとも――
――俺は、ここに帰って来れる。
「俺が帰る場所は……、
初音ちゃんがいるところだから……」
「うん……約束、だよ」
翌朝――
愛用の手斧を持った俺は、
魔物退治へと向かう為、玄関に立った。
そんな俺を、初音ちゃんが見送ってくれる。
「お兄ちゃん……はい、これ」(ポッ☆)
「あ、うん……ありがとう」(ポッ☆)
傷薬や毒消しなどの道具……、
それと、初音ちゃんの手作りの弁当……、
それらが入ったリュックを、俺に差し出す初音ちゃん。
それを受け取る際、互いの手が触れてしまい……、
ついつい、昨夜の事を思い出し、俺達は頬を赤らめてしまった。
「え、えっと……お兄ちゃん」
「な、なに……?」
何となく、気恥ずかしくて……、
二人の間に、何ともくすぐったい沈黙が流れる。
そんな空気を振り払うように……、
初音ちゃんが、上目遣いで、俺を手招きした。
それに応じ、俺は、少しだけ身を屈める。
すると――
「これも……持って行って」
「……これは?」
「御守り、だよ――」
背伸びをした初音ちゃんが、俺の首に何かを掛けた。
それは、初音ちゃんが――
いつも大事にしている、御守りの首飾り――
そして――
「それとね……」
――ちゅっ☆
俺の頬に、初音ちゃんの唇が添えられる。
もしかして……、
これは、幸運のおまじない、かな?
「え、えへへ……♪」
自分の大胆な行為に、
初音ちゃんは、恥ずかしげに微笑む。
それは、まさに……、
俺にとっては、天使の微笑みで……、
なるほど……、
こいつは、ご利益がありそうだ。
照れ笑いを浮かべる初音ちゃんに、苦笑しつつ、俺は、彼女の頭を撫でる。
そして、リュックを背負い、
手斧を軽く振るって、ヒョィッと肩に担ぐと……、
「それじゃあ……いってきます」
「――いってらっしゃい、お兄ちゃん」
<おわり>
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