うたわれるもの SS
幼皇クーヤ執政秘話
その3 「したわれるもの」
「まったく、週に一度のこととはいえ……、
わざわざ、トゥスクルとクンネカムンを往復するのは面倒よのう」
ズシーンッ! ズシーンッ!
「そんなこと言っちゃいけませんよ。
クーヤ様は、トゥスクルの皇妃である前に、クンネカムンの皇なんですから……」
ズシーンッ! ズシーンッ!
「サクヤよ……それは逆だぞ」
「――はい?」
ズシーンッ! ズシーンッ!
「もう余は、クンネカムンの皇である前に、トゥスクルの皇妃だ」(ポッ☆)
「それよりも前に、ハクオロ様の妻ですけどね♪」
「むう……おぬしも言うようになったのう……」(ポポッ☆)
「うふふふ……♪」
ズシーンッ! ズシーンッ!
・
・
・
ある日のこと――
クーヤとサクヤは、専用の白いアヴ・カムゥを駆り、
ズシンズシンと地響きを上げながら、トゥスクルへと伸びる街道を進んでいた。
何故、彼女達がこんな所にいるのか、と言うと……、
二人の会話からも分かる通り、クンネカムンからトゥスクルへの帰り道の途中なのだ。
いくら、クーヤがハクオロと婚姻を結び、トゥスクルの皇妃となったとはいえ、
彼女の本来の立場は、クンネカムンの皇である。
その為、毎日毎日、トゥスクルに入り浸っているわけにはいかず、
こうして、アヴ・カムゥを足代わりに、たまにクンネカムンへと行っているのだ。
まあ、たまに、と言っても、せいぜい週に一回くらいの割合だが……、
ちなみに、先程から、『クンネカムンに行く』『トゥスクルに帰る』と表現しているが、
クーヤとサクヤにとっては、既にこれが正しい言い回しである。
つまり、もう、この二人が帰るべき場所は、
母国クンネカムンではなく、ハクオロがいるトゥスクルだ、ということだ。
一途というか、健気というか……、
まったく、微笑ましい限りである。
と、それはともかく……、
「ようやく、トゥスクルの領地内に入ったな」
「そうですね〜」
ハクオロの指示によって整備された街道は、人や馬車だけでなく、
アヴ・カムゥにとっても具合が良いのか、その歩みは順調かつ軽快に進んでいく。
あの巨体が、真昼間から、堂々と街道を歩くというのはマズイのでは、
という意見もあるかもしれないが、それについては、特に大きな問題にはなっていない様子だ。
なにせ、街道を行き来する人々は、毎週のように、その姿を見ているのである。
いい加減、馴れるというものだ。
まあ、未だに、その姿に畏怖の込もった視線を向けている者もいるが……、
その辺は、クンネカムンが所有するアヴ・カムゥの脅威を各國に見せ付ける、という点で、
一応、政治的な効果もあったりするので、気にしてはいけない。
もっとも、その肩にシャクコポル族のサクヤを乗せていたり……、
たまに、スキップを踏んで歩いていたりする姿が、脅威になるのかどうかは疑問ではあるが……、
「うふふふふ♪ 早くハクオロ様にお会いしたいですね」
「そうよの。まあ、政で忙しくて、あまり相手はしてもらえんと……むっ?」
トゥスクルの領地内の、最も片隅に有る集落『アトゥ』が見えてきた所為だろう。
皇都で待つハクオロに想いを馳せ、頬を赤らめるサクヤの言葉に、クーヤが同意する。
と、その時、遥か前方に、人集りを発見したクーヤは、機体の歩みを止めた。
「サクヤ……あれは何をしておるのだ?」
「はい? え〜っと……」
クーヤに問われ、機体の肩に腰を下ろしていたサクヤは、そこに立ち上がると、
目の上に手を翳して、クーヤが指差す先に目を凝らす。
そして……、
「あらら、大変ですね〜。大きな木が倒れて、街道を塞いじゃってますよ」
――そう。
サクヤの言う通りであった。
まるで、強い風になぎ倒されてしまったかのように、
直径が大人の背丈ほどもある大木が、道を塞ぐように倒れていたのだ。
そこに人が群がっているということは……、
一番近いアトゥの集落の者達が、何とかそれをどかそうとしているのだろう。
物珍しさの為か、中には、数人の子供の姿も見えるが……、
「……もしや、先日の大嵐が原因か?」
「多分、そうでしょうね」
「……うむ」
サクヤの言葉を聞き、クーヤは何やら一人頷くと、再び機体の歩みを進める。
アトゥの集落の者達がいるところに向かい、真っ直ぐに……、
「なるほど……」
そんなクーヤの意図を察したのだろう。
自分の声が届くくらいに近付いたところで、サクヤは大きな声で、彼らに呼び掛けた。
「すみませーーーんっ!! ちょっと場所を空けてくださーーーいっ!!」
「「「「「うわぁぁぁぁーーっ!!」」」」」
よほど、大木を動かす作業に没頭していたのか……、
サクヤの呼び掛けに、ようやくアトゥの男達は、アヴ・カムゥが接近している事に気が付いた。
いくら見慣れていたとはいえ、突然、その巨体を目にして驚いたのだろう。
男達は、蜘蛛の子を散らすように、彼女達の前から逃げ出す。
「そこまで驚くことでもなかろうに……」
「驚くな、と言う方が無理ですよ、クーヤ様」
まるで化け物でも見たかのような彼らの反応が、ちょっとショックだったのだろう……、
遠巻きに、こちらを見ている男達を一瞥し、拗ねた様に口を尖らせるクーヤ。
そして、ブツブツと文句を言いつつも、
クーヤは倒れた大木の前に機体を立ち止まらせ、そこで肩膝を付く。
「サクヤも下がっておれ」
「――はい」
クーヤに言われるまま、サクヤはアヴ・カムゥの肩から地面に飛び降り、そこから数歩下がる。
それを確認したクーやは、目の前の大木に向き直った。
「……さて、と」
クーヤは二、三度、手を振るうと、大木に手を掛ける。
そして、軽く深呼吸をした後……、
「――せいっ!」
グワァァァァァァーーーーーッ!!
「「「「「おおおおおおっ!!」」」」」
アヴ・カムゥによって、軽々と持ち上げられる大木……、
それと同時に湧き上がる観衆の声……、
「うむ……あの辺りで良いかな?」
その観衆に見守られる中、クーヤは大木を高々と掲げたまま、
ズシンズシンッと街道の脇へと歩いていく。
そして、人の行き来の邪魔にならない場所に、ゆっくりと大木を下ろした。
「お疲れ様です、クーヤ様」
「こ、この程度のこと、余のアヴ・カムゥに掛かれば容易いことだ」
アヴ・カムゥに駆け寄り、クーヤの労をねぎらうサクヤ。
そんなサクヤの言葉に、照れ隠しのつもりか、クーヤはプイッとそっぽを向く。
「しかし、戦の為の道具でしかないアヴ・カムゥが、このような事に役に立つとは……、
もしかしたら、これこそが、アヴ・カムゥの正しい使い方なのかもしれぬな」
「そうですね……」
人の生活の為に、アヴ・カムゥの力を振るう……、
今まで、アヴ・カムゥのこんな利用の仕方は、
考えた事もなかったクーヤは、自分がした事を思い返し、感慨深げに呟く。
そんなクーヤを……、
戸惑っている白いアヴ・カムゥを、優しく見上げるサクヤ。
と、そこへ……、
「ありがとうございます……おかげで助かりました」
アトゥの集落の長なのだろう……、
杖をついた一人の老人が、サクヤに歩み寄り、深々と頭を下げる。
「え? ええっ!? そんな……私は何もしてませんよっ!」
「はあ……ですが、アレは、貴方様が操っておられるのではないのですかな?」
サクヤは、両手をブンブンと振って、慌てて族長の誤解をとこうとする。
そんなサクヤの態度に、アヴ・カムゥを指差しつつ、首を傾げる老人。
まあ、確かに、この族長がそう言うのも、もっともだろう。
アヴ・カムゥにクーヤが乗っていると知らなければ、
端から見れば、あたかも、サクヤがアヴ・カムゥを使役しているように見えるに違いない。
だが、当然のことながら、それは全くの誤解なので、
サクヤはクーヤのことを説明しようと、再びアヴ・カムゥを見上げる。
「ク、クーヤ様ぁ〜……出てきて、ちゃんと説明して差し上げてください〜」
「やれやれ……仕方ないのう……」
自分の善行を主張するようで気は進まぬが、と内心で呟きつつ、
クーヤは、機体の胸部にあたる、操縦席の蓋を開けた。
そして、有機質の塊で覆われたような操縦席の中から、
正装を身に纏ったクーヤが姿を現した。
その瞬間……、
「「「「「おおおぉぉぉぉっ!!」」」」」
いつの間にか、クーヤ達の周りに集まっていた集落の男達から、感嘆の声が漏れる。
その理由は、クーヤの素顔を見たからである。
普段、人前に出る時は、布で顔を隠しているのだが、
アヴ・カムゥの操縦には邪魔なので、クーヤはそれを外してしまっていたのだ。
それによって、皆の前に晒されてしまったクーヤの素顔……、
まだ歳は幼いとはいえ、ハクオロでさえ、目を奪われた美しき容貌……、
そんな彼女の美しさに、男達は見惚れてしまっていた。
「すまぬな……出過ぎた真似をしてしまったか?」
素顔のまま、大勢の人の前に出たのは馴れていないのか……、
クーヤは地面に降り立つと、ちょっと頬を赤らめつつ、族長に話し掛ける。
すると、年甲斐も無く、クーヤに見惚れていた族長は、慌てて我に返り、クーヤに平伏した。
どうやら、クーヤの名前を聞き、彼女が噂のトゥスクルの幼皇妃だと気付いたようだ。
「滅相もございませぬ、皇妃様!
おかげで、ようやく、村の修復を始められます!」
「――なに?」
族長のその言葉に、クーヤは眉を顰める。
先日の大嵐によって、この大木は倒れた。
これだけ大きな木が倒れたのだ。
彼らの集落とて、その被害は甚大のはず……、
それにも関わらず、彼らは、街道を塞ぐ大木を退かす作業を優先させた、というのだ。
その事実に思い至り、クーヤは驚愕する。
そして、その事を、思わず、族長に問い掛けた。
「何故だ? おぬし達は、己の集落が大切ではないのか?」
「そんなことはありませぬ。ただ、このような大木が邪魔をしていては、
街道を行く人々の邪魔になります。如いては、國の為にならないではありませんか」
「そ、そうか……」
あまりにも、当然のことのように、族長は言う。
そして、集落の者達もまた、何故、そんな事を訊くのか、といった表情だ。
「そうか……そうか……」
そんな彼らを見て……、
クーヤは、何故、トゥスクルが、ここまで急速に発展出来たのか、それが分かったような気がした。
そして、皇として、自分とハクオロとの違いを痛感し……、
それと同時に、こんな素晴らしい民がいる國の皇妃になれた事に感涙する。
「クーヤ様……」
「……すまぬ」
サクヤから手渡された手拭で、目尻を拭うクーヤ。
そして、気を取り直すと、街道の先にある、彼らの集落へと視線を向ける。
「ということは……おぬし達の集落は、未だ修復は進んでおらぬのだな?」
「は、はい……」
「では、余が手伝おう」
「――は?」
一瞬、何を言われたのか理解出来ず、族長は目を丸くする。
だが、クーヤは、それに構わず、再びアヴ・カムゥに乗り込もうと、機体に手を掛けた。
「お、お待ちください! 皇妃様にそのような事をして頂くわけには……」
「構わぬ。確かに、余は皇妃であるが、所詮は何も出来ぬ小娘よ。
ならば、今は、自分の出来る事で、この國の為に貢献したいのだ」
そして、いずれは、ハクオロの隣に立てるような……、
この國の民達に、心から慕われるような……、
……そんな皇妃になりたい。
「皇妃様……」
「ご立派です……クーヤ様」
そんなクーヤの気持ちが伝わったのだろう。
族長とサクヤ、そして周囲にいた男達もまた、クーヤの言葉に感激する。
そして……、
「それでは、申し訳ありませぬが、ご協力していただけますでしょうか?」
「うむ。単純な力仕事しかできぬであろうが、手伝わせて欲しい。
それと、こういった事はよく分からぬ故、指示も頼めるか?」
「はい……それでは、こちらへ……」
再び、アヴ・カムゥに乗り込んだクーヤは、
サクヤを機体の肩に乗せると、族長に案内され、アトゥの集落へと向かう。
その途中……、
クーヤは、サクヤに申し訳なさそうに声を掛ける。
「すまぬな、サクヤ……」
「はい? 何がですか?」
「ハクオロに会えるのが、少し遅くなってしまいそうだ」
「そんなこと、全然、構いませんよ♪ 私、今、とても嬉しいんです」
「――何がだ?」
「だって、クーヤー様が、また一つ、皇としてご成長なされたんですから……」
「そうか……」
「いつか、ハクオロ様に追い付きましょうね」
「うむ……」
その後――
アトゥの集落の手伝いを終えた後も、街道沿いにある集落で、
これと同じような事が何度もあり……、
皇都に到着するのが、予定より大幅に遅れてしまったのだが……、
それと引き換えに、クーヤは、トゥスクル國民から大きな支持を得る事が出来たそうな……、
トゥスクルの賢皇ハクオロ――
そして、クンネカムンの幼皇アムルリネウルカ・クーヤ――
この二人の皇の名が、全土に名高く響き渡るのは……、
もしかしたら……、
そう遠くない未来なのかもしれない。
<おわり>
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