うたわれるもの SS

 
幼皇クーヤ執政秘話

        
その2 「むくわれぬもの」







「はあ〜……」

「む? どうした、サクヤ? 溜息などついて」

「い、いえ……何でもありません、クーヤ様」

「そうか? ならば良いが……」





 あれから、早いもので、もう一ヶ月――

 賢皇ハクオロが治めるトゥスクルへと嫁いできたクーヤとサクヤは、
それはもう、平穏な毎日を送っていた。

 まあ、平穏といっても、未だ世は戦乱の真っ只中なのだが……、
 それも、もはや小さな小競り合い程度の規模のものばかり……、

 ハクオロ達の叛乱と愚皇インカラの死を切っ掛けに、
勢い良く全土に広がった戦火の沈静化も、もはや時間の問題であった。

 なにせ、トゥスクルとクンネカムンという二大強國が同盟を結び……、

 さらには、最近、皇としての資質を開花させつつあるデリホウライ皇が治める
カルラゥアツゥレイもまた、トゥスクルと友好関係にあるのだ。

 それらの事実が、政治的にも、戦略的にも、全土に与える影響は大きい。

 ようするに、俗な言い方をすれば……、

 優秀な軍師と、多くの一騎当千の武人を抱えるトゥスクル――
 数は少ないとはいえ、強大な力を持つアヴ・カムゥを有するクンネカムン――

 この二つの國を相手に喧嘩を売るような馬鹿な國があるはずも無い、ということだ。

 とまあ、そういうわけで……、
 二つの國の同盟によって齎されつつある平穏の中……、

 トゥスクルに嫁いできたクーヤとサクヤは、これ以上無いくらいに平和に暮らしているのだが……、

「はあ〜……」

「…………?」

 先程から、何度も溜息をついては、クーヤの髪を梳く手を止めるサクヤ。

 そんなサクヤの様子が、さすがに気になったのだろう。
 クーヤは肩越しにサクヤに振り返り、訝しげな視線を向けた。

「のう、サクヤ? 何か悩み事でもあるのか?」

「い、いいえ……別に悩み事なんて……」

「ならば、何故、先程から溜息ばかりをついておるのだ?」

「あう……」

「……余は、そんなに頼りないか?」

「そ、そんなことないですっ! ただ……」

「ただ……何だ?」

「…………」

「余には言い難いことなのか? ならば、ハクオロに相談してみてはどうだ?」

「それが出来れば苦労しません〜」

「――むぅ?」

 どういうわけか、ハクオロの名前が出た途端、サクヤはよよよ〜と泣き崩れてしまう。

 いきなり泣き始めたサクヤに、ハテナ顔で首を傾げるクーヤ。
 まあ、サクヤが悩んでいる内容を、クーヤに察しろと言うのも、少々酷ではあるだろう。

 なにせ、サクヤの悩みというのは……、





『あううう〜、ハクオロ様ぁ〜……、
私は、いつになったら、夜伽のお相手をさせて頂けるのですか〜……』(泣)





 ……とまあ、そういうわけである。

 訊くところによれば、この皇宮でハクオロに抱かれていないのは、
年齢的に問題のあるアルルゥとクーヤを除けば、自分だけというではないか……、

 これは、さすがに焦る……、
 というか、非常に不安になってくる。

 自分には、女性としての魅力が無いのだろうか、と……、

「はあ〜……やっぱり、待ってるだけじゃダメなのかな〜……」

 と、服の袖で涙を拭いつつ、サクヤは本気で禁裏に忍び込むことを考え始める。

 命からがらとはいえ、一度は侵入に成功した場所である。
 今はもう、衛士に邪魔されることもないので、辿り着くのは容易いことだ。

 だが……、

「はうう〜〜……」(ポッ☆)

 ハクオロのいる禁裏に忍び込むことを考えただけで、サクヤの頬が朱に染まる。

 ゲンジマルの代理として忍び込んだ時は、気にはならなかったが……、

 殿方の寝室に忍び込む……、
 しかも、その理由が理由なだけに……、

 根が真面目なサクヤに、そんなはしたない真似が出来るわけが無い。
 忍び込むだけでこれなのだから、その後、ハクオロを誘惑するなど、とてもとても……、

 で、結局……、



「はあ〜……」



 ……と、こうなる。

 まさに、悩みの悪循環……、
 ただ、自分には待つ事しか出来ないのだと思い知るのみ……、

 こうして、今日もまた、サクヤの悩みは晴れぬまま、夜は更けていく――

「さて、と……」

 ――かと思えたのだが、ここで、思わぬ事態が起こった。

「……クーヤ様?」

 先程から、サクヤの様子をずっと眺めていたクーヤ……、

 落ち込んだり、赤くなったりと、一人百面相をしている姿は、見ていて楽しくはあったのだが、
さすがに眠くなってきたのだろう。

 そのクーヤが、小さく欠伸を一つすると、
スクッと立ち上がり、スタスタと部屋の出口へと歩き始めたのだ。

 そんなクーヤの行動に気付いたサクヤが、クーヤを呼び止める。

「クーヤ様? こんな時間に、どちらに行かれるのですか?」

「決まっておろう。ハクオロのところだ」

「……はい?」

「よく考えたら、余は、まだハクオロと一緒に寝たことがないのでな」

「ええっ!?」 

「だから、今夜は、ハクオロと――」

「ダ、ダメですよぉ〜っ!!」

「ぬっ?」

 トンデモナイことをサラリと言ってのけるクーヤを、サクヤは慌てて制止する。

 こんな夜更けにハクオロの寝室に行く――
 しかも、一緒に寝ると言う――

 それは、つまり……、


 ……。

 …………。

 ………………。


「ダメッたらダメですっ!クーヤ様には、まだ早いですっ!」

「早いとは……何が早いというのだ?」

「で、ですから、その……もう少しご成長なされてからの方が……」

「ハクオロと一緒に寝るのに、年齢制限などがあるのか?」

「当然ですっ!」

「だが、アルルゥは、よくハクオロと一緒に寝ているではないか」

「…………へ?」

 クーヤの発言に、目が点になるサクヤ。

 何故、ここでアルルゥの名前が出てくるのか……、
 なんとか冷静を取り戻しつつ、サクヤはその意味を考える。

 そして……、

「あ……あうあう……」(真っ赤)

 その理由に気付き、耳まで真っ赤になるサクヤ。

 ようするに、『一緒に寝る』という事に対して、
クーヤとサクヤの間に、微妙な相違があったわけである。

 クーヤは、サクヤが考えていたような……な事をする為ではなく、
ただ、純粋にハクオロと一緒に寝る為に、禁裏に行こうとしていたのだ。

「あああああっ!! 私の馬鹿っ! 私の馬鹿っ!」


 
ガンガンガンガンッ!!


 まあ、仕方のない事とはいえ……、
 クーヤの言葉を邪推してしまった自分を責めるサクヤ。

 しかし、柱に頭をぶつけるのは良くないと思うが……、
 どっかのロリコン疑惑所持者ではないのだから……、

「で、では……余は行くからな」(汗)

 猛省を続けるサクヤに、ちょっと退きつつ、いそいそと部屋を出て行くクーヤ。

「さて、紅皇バチの蜜の効果……期待させてもらうとしよう♪」

 何やら、聞き捨てなら無い事を言い残して行ったりするのだが……、
 そんな事には、全く気付かず……、



「私の馬鹿っ! 私の馬鹿っ! 私のバカァァァーーーッ!!」



 サクヤの反省は、まだまだ続く……、
















 こうして、今日もまた……、
 やっぱり、サクヤの悩みは晴れぬまま……、


「ううう……私って不幸……」(泣)


 ……静かに、夜は更けていくのであった。
















 ちなみに、次の日の朝――

 禁裏にトゥスクル名物『禍日神エルンガー』が降臨し……、
 立派な成長(?)を果たしたクーヤにゲンジマルが感涙したのは……、

 ……まあ、言うまでもないだろう。








<おわり>
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