うたわれるもの SS

 
幼皇クーヤ執政秘話

        
その1 「むすばれるもの」







「ハクオロ……おぬし、室は何人おる?」

「――なに?」

 何気ない、かどうかは分からないが……、
 クーヤの、その一言が、全ての始まりであった。





 草木も眠る丑三つ時――

 ハクオロは、いつものように、クーヤとの密会のため、
例の岩場へとやって来ていた。

 密会などと言うと語弊があるかもしれないが……、
 ハクオロとクーヤは男と女であり、二人とも一國の皇である。

 そんな二人が、夜中にこそこそと会っているのだから、
端から見れば、密会と言われても仕方が無い。

 このことがエルルゥにバレようものなら、即『辺境モード』の餌食となるであろう。

 だが、そんな危険を侵しながらも、ハクオロはクーヤとの逢瀬に赴く。
 これも、ひとえに、クーヤを愛おしく想っているからだ。

 ……ちなみに、他意は無い。

 ハクオロのクーヤに対する想いは、
アルルゥに対するそれと似たようなものである。

 天下無双の朴念仁っぷり、ここに極まれり。
 もし、その事をクーヤに知られようものなら、アヴ・カムゥで殴り殺されるであろう。

 それはともかく――

 今日も今日とて、ハオクロは、クーヤとの密会場所へとやって来たわけだが……、
 ただ、一つだけ、いつも違う点があった。

 彼を迎えに来たのが、ゲンジマルではなく、サクヤという見知らぬ少女だったことだ。

 衛士達に追われながらも、ハクオロの禁裏へと忍び込んできたサクヤ。
 ハクオロの計らいで、一応、事無きを得たが、一歩間違えば外交問題である。

 まあ、忍んで来る際に、髪を斬られてしまったのは不憫に思うが、
その程度で済んで良かった、と考えるべきであろう。

 どういうつもりだったかは知らないが……、
 そのへんのところを、キッチリと言い聞かせてやろうと、ハクオロは考えていた。

 で、クーヤと対面して、開口一番に、サクヤのことを訊ねると……、

「サクヤも、おぬしの室に迎えてもらおうと思っての」

 ……と、のたもうた。

「「――はい?」」

 ハクオロは、その言葉の、あまりの突拍子の無さに……、
 サクヤは、そんな話は、全く聞かされていなかったのだろう……、

 二人は、ほとんど同時に、間の抜けた声を上げ、ゆっくりと、お互いの視線を合わせる。
 そして、クーヤの言葉を頭の中で反芻し、その意味を理解すると……、

「クーヤ、どういうことだ!?」
「どういうことなんですか、クーヤ様っ!?」

 これまた、二人同時にクーヤに詰め寄る。
 ついでに言うと、二人とも、顔が真っ赤になっているのはご愛嬌。

「なんだ? 不服か?」

 どうして、余が怒鳴られなければならん、とでも言いたげな、
憮然とした表情で、クーヤは二人を軽く睨み返す。

「サクヤは、あの生ける武人とも呼ばれるゲンジマルの孫娘なのだぞ?
一國の皇であるおぬしの室になっても、何の見劣りもせぬと思うのだが……」

「お、おい……クーヤ……」

「さらに言うなら、美人だし、気立ても良いし、働き者だし、それに床上手だ。
これで、一体、何が不服だと言うのだ?」

「少しは人の話を聞けっ!」

 自分の意見を聞こうともせず、話を続けるクーヤに、さすがに、ハクオロは声を荒げる。

 ちなみに、最後の床上手に関しては、気にはなったが、聞かない事にしたようだ。
 それに、クーヤの隣で、あんなに激しく首を横に振られては、訊くに訊けない。、

 それはともかく……、

 そんなハクオロの剣幕に、さすがにちょっと驚いたのだろう。
 クーヤはキョトンとした顔で首を傾げる。

「あのなぁ、クーヤ……気持ちは嬉しいが、
そういうのは本人の気持ちを大切にせねばならんだろう?」

「うむ……一理ある」

 ハクオロの言葉に同意するように、クーヤはコクリと頷く。
 そして、隣で、未だに首を振っているサヤクの方を向くと……、

「それで……どうなのだ?」

「――えっ?」

 クーヤに訊ねられ、ハクオロに目を向けるサクヤ。
 そんなサクヤと、なんとなく視線を合わせてしまうハクオロ。

 そして、しばらく見詰め合ったかと思うと……、

「……あう」(ポッ☆)

 サクヤは、頬を赤く染めて、プイッと視線を逸らしてしまう。

「見ろ! イヤそうじゃないか!」

「そうは見えんが……」

 そんなサクヤの反応を拒絶と解釈したのだろう……、
 ハクオロは、それ見たことかと、クーヤに指摘する。

 しかし、色恋沙汰に疎いとはいえ、クーヤも同じ女性……、
 彼女は、サクヤの反応から、まんざらでもないことを読み取った。

「だいたいだな、どうして、そんなに彼女を私の室に入れることに拘るのだ?」

 そんなことになど、全く気付く事無く、ハクオロはクーヤにその真意を訊ねる。
 すると、クーヤは、照れているサクヤを、優しげな眼差しで見詰めながら、こう言った。

「それは……サクヤが余の大事な友だからだ」

「――友?」

 クーヤの言葉に、訝しげに眉を顰めるハクオロ。

 もちろん、それは、友だから室に入れたがる、という論理を理解しかねたからであったが、
クーヤは、それを別の意味に捉えたようだ。

「自分の臣下を友と呼ぶのは、やはりおかしいだろうか?」

「いや、そんなことはないぞ」

 自嘲的な笑みを浮かべるクーヤに、ハクオロは慌ててフォローを入れる。

 実際、ハクオロ自身も、ベナウィやオボロのことを、
臣下である以前に、友だと思っているのだ。

 クーヤの言葉を、おかしいなどと思うわけがない。

「それで? 何故、その大事な友を、私の室に入れようなどと考えるのだ?」

 そのハクオロの問いに、今度はクーヤが訝しげな表情を浮かべる番だった。

 何故なら、今の言葉から、ハクオロは妾という考えを、
あまり良く思っていないという事がわかったからだ。

 世継ぎを残す事は、一國の皇として大切な勤めの一つである。
 その為にも、当然、室は多いに越した事は無いのだが……、

 こうして、夜中にハクオロに会いに来ている自分の事など棚に上げて、
クーヤは、ハクオロのそんな態度を、あまり皇らしくないなと、内心で思う。

 尤も、単に、ハクオロは好色皇、という噂を信じて疑っていないだけなのかもしれないが……、

 と、そんな事を考えていることなどおくびにも出さず、クーヤはハクオロの問いに答える。

「サクヤを大事な友と思うからこそ、
強國になりつつあるトゥスクルの皇の室に迎えさせてやりたいと思っているのだ」

「クーヤ様……」

 かなり極論ではあったりするが……、
 当たり前のことの様に言うクーヤの思いやりに、瞳を潤ませ感激するサクヤ。

「うっ……むう」

 サクヤのことを大事に思えばこそ……、
 そう言われてしまっては、ハクオロは何も言えなくなってしまう。

「それにな……この提案には、
アムルリネウルカ・クーヤとしての打算も含まれているのだ」

 自分の言葉に、感動の涙を浮かべているサクヤ。
 そんなサクヤに、申し訳なさそうな視線を向け、寂しく笑うクーヤ。

 そして……、

(同盟の為の……身代、か)

 クーヤの、その笑みの意味を理解し、ハクオロは何とも複雑な表情を浮かべる。



 他の種族に比べ、あまりに脆弱な――
 そして、一般的には禍日神であるオンヴィタイカヤンを大神とするシャクコポル族――

 それ故か、シャクコポル族は、他の種族から奴隷以下の迫害を受けており、
クーヤを皇とするクンネカムンは、そんなシャクコポル族のみで形成される単一種族國家だ。

 いくらアヴ・カムゥがあるとはいえ、他の種族の侵攻に対する抑止力としては弱い。
 現に、近々、近隣の國が、クンネカムンへの侵攻を目論んでいるという情報もあるのだ。

 ならば、シャクコポル族の悲願とも言える平穏は、如何にすれば叶うのか……、

 アヴ・カムゥの力で以って、全土を統一する――

 クーヤにそう進言する臣下も多い。
 しかし、それは同時に、多くの同族の血が流れることを意味する。

 一國の皇として、甘い考えなのかもしれないが、クーヤはそれを良しとはしない。

 さらに、ゲンジマル曰く、他との共存なくしては滅ぶのは必須……、
 強靭な肉体を持つギリヤギナ族でさえ滅びを迎えたことが、それを証明しているのだ。

 となれば、方法は一つ……、
 他の國との同盟を図るしかない。

 しかし、脆弱なシャクコポル族と同盟を結ぼうなどという國が何処にあるだろうか……、
 そんな國は、クーヤが知る限り一つしかない。

 それが、トゥスクルである。

 愚皇インカラの圧政から國を救い、その後の施政でもって、
目を見張る勢いで國を立ち直らせた賢皇として名高いハクオロが治める國――

 そのトゥスクルと同盟を結ぶことができれば……、
 さらには、その國の皇の室にシャコポル族がいるとなれば、全土への影響は大きいだろう。

 そうなれば、シャコポル族への迫害は無くなるかもしれない。
 クンネカムンは、平穏を手に入れることが出来るかもしれない。

 その為に、クーヤは、サクヤをハクオロの室に迎えて欲しいと頼んだのだ。

 己にとって唯一ともいえる、大事な友を、政治の道具として扱う……、
 そのことに、クーヤは、どれほど胸を痛めているだろうか……、



(優しいのだな……クーヤ)

 皇として命ずれば、例え、相手が誰であれ、サクヤは喜んで身代となるだろう。

 しかし、クーヤはそうしなかった。
 こうして、事前に、ハクオロと出会わせた。

 おそらく……いや、間違いなく……、
 サクヤが少しでも嫌がる素振りを見せたなら、同盟は諦めていただろう。

 そんなクーヤの、サクヤへの優しさに、 ハクオロは目頭が熱くなるのを覚えた。
 そして……、

「……ならば、近いうちに、クンネカムンへ出向かなければならないな」

 クーヤ達の想いと覚悟に、ハクオロはクンネカムンとの同盟を決意する。

 サクヤという身代などは必要無い。

 個人的感情を別にしても、
アヴ・カムゥやゲンジマルの存在は、充分に同盟に値するのだから……、

「なあ、クーヤ……」

 その旨を伝えようと、ハクオロはクーヤに優しく声を掛ける。
 だが、それよりも早く、クーヤは立ち上がると……、

「そうか! 了承してくれるかっ! おぬしなら、そう言ってくれると信じていた。
ならば、近いうちに、こちらから、正式におぬくのところに出向くとしよう。
首を長くして、楽しみに待っていると良い。行くぞ、サクヤ」

 ……それだけを言い残し、急かすようにサクヤを伴って、スタスタと歩いて行く。

「お、おい――」

 何やら、大きく誤解しているクーヤを、ハクオロは慌てて呼び止める。
 しかし、クーヤ達の耳には届かなかったのか、二人は近くの茂みの奥へと入っていってしまった。

 そして……、


 
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


「うおっ!?」

 二人が消えて行った茂みの中から姿を現す白いアヴ・カムゥ。
 闇夜に浮かぶその巨体の迫力に、さすがのハクオロも、一瞬、ひるんでしまう。

「クーヤ、か……?」

 そのアヴ・カムゥの肩にサクヤが乗っているのを見て、それがクーヤだと確信するハクオロ。

 そんなハクオロに、クーヤ専用のアヴ・カムゥは軽く手を振ると、
ズシンッズシンッと大きな音を立てて、立ち去って行く。

「…………」

 その後姿を、ただただ、呆然と見送るハクオロ。
 そして、その姿が見えなくなったところで、ハッと我に返ると……、

「おいっ、クーヤッ!! ちょっと待てぇぇぇぇーーーーっ!!」

 ……誰もいない真夜中の岩場に、ハクオロの絶叫が響き渡った。
















 それから、数日後――


 トゥスクルに、二人の花嫁が到着した。

 そう――
 クンネカムンからやって来た花嫁は二人である。

 一人は、ゲンジマルの孫娘であるサクヤ――
 そして、もう一人は――

「ゲンジマルっ!! これはどういうことだっ!?」

 玉座から立ち上がり、護衛として一緒に来たゲンジマルに、ハクオロは激しく追及する。

「どうして、クーヤまでもがここにいるっ!?」

 そう叫び、愛用の鉄扇で、目の前にいるクーヤを指すハクオロ。
 相手を指差すなど失礼な行為ではあったが、今のハクオロにそんな事を気にする余裕はない。

 まあ、無理もないであろう。
 なにせ、二人目の花嫁は、クンネカムンの皇であるクーヤだったのだから……、

「納得のいく説明をしてもらうぞっ!」」

 突然、何の前触れも無しに現れた二人の花嫁……、
 その事に、女性陣の(特にエルルゥの)厳しい視線がハクオロに集中する。

 そのプレッシャーに冷や汗を流しつつ、ハクオロはゲンジマルを問い詰める。
 しかし、その問いに答えたのは、ゲンジマルではなく、クーヤだった。

「ハクオロ……余を見損なうな。余が大切な友を、たった一人で身代に出すと思っていたのか?」

「うっ……それは……」

「そもそも、先日、ちゃんと伝えたはずだそ? 余もサクヤと共におぬしに嫁ぐと」

「――なに?」

 クーヤの言葉にハクオロは首を傾げると、
先日の密会で、クーヤが言っていた事を思い出す。








 ――サクヤ『も』、おぬしの室に迎えてもらおうと思っての。








「たった一文字で、
伝わるわけがないだろうっ!」



 あの時の言葉に、クーヤ自身のことも、
含まれていた事に気付き、ハクオロはクーヤに食って掛かる。

 だが、そんなハクオロの剣幕を、クーヤは、しれっと一蹴する。

「まあ、細かい事は気にするな。
それに、互いの國の皇が結ばれれば、それだけ同盟の絆も深くなるだろう」

 そう言って、プイッとそっぽを向くクーヤ。
 そんなクーヤを見て、サクヤはクスクスと微笑むと……、

「こんなことを仰っていますけど、一番喜んでいるのはクーヤ様なんですよ♪」

「こ、こらっ! サクヤ?!」

「クーヤ様ったら、昨夜だって、嬉しそうに枕を抱えてゴロゴロと――」

「そういうことを言うでないっ!」

「…………」(大汗)

 ここが謁見の間であるにも関わらず、
キャイキャイとじゃれ合い始めるクーヤとサクヤ。

 そんな二人を前に、ハクオロは疲れた様に、玉座に腰を下ろし、再び、ゲンジマルに訊ねた。

「なあ、ゲンジマル……何故、クーヤを止めなかった?」

「お止めする理由がありませぬゆえ」

 その問いに、あっさりと答えるゲンジマル。
 さらに……、 

「そもそも、ハクオロ皇……、
何故、某が、貴方様とクーヤ様を引き合わせたのか、その理由を考えたことはお有りか?」

「――なに?」

 ゲンジマルに言われ、黙考するハクオロ。

 初めてクーヤと出会った時、彼女は言っていた。

 ハクオロが、シャクコポル族と同様に、
オンヴィタイカヤンの恩恵を受けた者ではないかと思い、興味を持った、と……、

 クーヤのことだ、その言葉に、嘘偽りは無いだろう。

 しかし、ゲンジマルの今の言葉からすると、彼には違う思惑があった、ということになる。
 では、その思惑とは、一体、何なのか……、

 ゲンジマルが、ハオクロとクーヤを引き合わせた理由……、
 そして、今の、この状況……、

(――っ!?)

 そして、ある事実に気が付いたのだろう……、
 ハクオロは、ハッと顔を上げ、恐る恐るゲンジマルに訊ねる。

「ゲンジマル……まさか、お前、この為に……」

「左様でございます」

「じゃあ、同盟云々で、クーヤに入れ知恵したのも……?」

「いやいや、入れ知恵などとは滅相も無い。某は独り言を呟いただけ……」

「……クーヤに聞こえるように、か?」

「そうですな? もしかしたら、聞こえていたかもしれませんな?」

 ハクオロの問い掛けに、満面の笑みでもって答えるゲンジマル。
 その言葉の意味を理解し、ハクオロはヘナヘナと脱力し、玉座に体を預けた。

(もしかしなくても……完全に謀られたか?)

 そして、仮面に覆われた顔を手で隠し、天を仰ぎ見つつ、ちょっと黄昏てみる。

 ――そう。
 つまり、全て、ゲンジマルの思惑通りに事は進んでしまったわけである。

「は、はははははは……」

 真相を知り、虚空を見詰めたまま、乾いた笑い声を上げるハクオロ。
 そんなハクオロに構う事無く、ゲンジマルは話を続ける。

「尤も、こういった事は、やはり当人同士の問題故、某もダメで元々ではありましたが……」

「はははははは……」     

「聖上は、見事、ハクオロ皇を見初められたご様子……」

「ははははは……」

「しかも、我が孫娘まで末席に入れて頂けるとは……」

「はははは……」








「これで、ハクオロ皇のお世継ぎも、クンネカムンの未来も、全て安泰でありますな!
はーっはっはっはっはっはっ!!」

「あははははははははははははは……」(壊)
















 その後――

 結局、もう取り返しのつかない状況になってしまったハクオロは、
クーヤを正室、サクヤを側室に迎え入れることとなった。

 となれば、当然……、
 その結果によって、どんな惨劇が起こったかは、想像に難くないだろう。

 アルルゥにムックルとガチャタラをけしかけられ――
 カルラの怪力でこれでもかと関節を極められ――
 ウルトリィに光の術法でブッ飛ばされ――
 トウカの居合抜きの練習台にされ――
 カミュに血を吸われ――
 ユズハに泣かれ――

 ――とどめに、エルルゥに『手厚い』看護を受ける。

「……お許しくだされ、ハクオロ殿」

 そんなこんなで……、
 ゲンジマルは、ズタボロになったハクオロを背負い、禁裏へと運ぶ。

 その際、悲しげに呟かれたゲンジマルの謝罪の言葉は、
気を失ったハクオロには、当然、届いていなかった。








「貴方様でなければならぬのです。
あの御方と同じである、貴方様でなければ……」








<おわり>
<戻る>