うたわれるもの SS

      
うがたれるもの(笑)







「自分は、何の為に帰ってきたんだろうな?」

「――はい?」





 あの出来事から半年――

 ウィツァルネミテアとして封印されたハクオロは、
エルルゥ達が待つ、懐かしきヤマユラの集落へと帰って来た。

 突然、自分達の国の皇であるハクオロが現れたことに、集落に住む者達は、大変、戸惑った。

 だが、集落の長たるエルルゥが元々は皇妃であった事を知らぬ者などおらず……、
 また、ハクオロ自身の気さくな性格から、すぐに、ハクオロは集落の中に解け込んだ。

 それから数日――

 アルルゥやカミュと、ともにハチの巣を食べ……、
 集落の男達と、鍬を振るってモロロ畑を耕し……、
 エルルゥと、仲睦まじく森へと足を運び……、

 それは、かつて……、
 トゥスクルが生きていた頃のような……、

 ――あの戦乱の世が嘘であったかのように、のんびりとした暮らしが続いた。

 だが、人の噂というものは、瞬く間に広がるもので……、

 皇の帰還の知らせを受けた、ベナウィとクロウによって、
ハクオロは、即行で、皇都へと無理矢理連れて行かれてしまった。

 エルルゥ曰く、「あれはほとんど拉致です」だそうだ。

 で、皇都へと連れて行かれてしまったハクオロを待っていたのは、
半年間、溜まりに溜まった政の山、山、山……であった。

 それからというもの……、

 ハクオロは、書斎に監禁状態となり……、
 山のように積まれた政と格闘する毎日……、

 今日も今日とて、午前中を全て使って、仕事を一つ終わらせたばかりだ。

 そんなハクオロが、エルルゥの部屋に行き……、
 開口一番に、愚痴をこぼしてしまうことを、誰が責める事ができようか……、

「自分は、政の山に埋もれる為に帰って来たわけじゃないんだがな……」

「お、お疲れ様です……」(汗)

 エルルゥが淹れたお茶を啜りつつ、珍しく弱音を吐くハクロオに、
薬を煎じる手を休めぬまま、エルルゥはちょっと困ったように苦笑を浮かべる。

 だが、内心では、そんなハクオロを嬉しく思っていたりする。

 こうして、自分の前で愚痴をこぼしているという事は、
それだけ、自分に頼ってくれている、ということなのだから……、

「さて、と……そろそろ戻るか」

 お茶を飲み終え、空になった湯呑みを置くと、ハクロオは、立ち上がろうと膝に手をかける。

 だが、やはり、連日の激務で疲労が溜まっているのだろう。
 その疲れからくる眠気の所為で、立ち上がろうとした途端に、軽くよろけてしまった。

「ふわぁ〜あ……」

 さらに、口からついて出る大欠伸……、

 そんなハクオロを見て、クスッと微笑むエルルゥ。
 だが、すぐに真面目な顔付きになると、優しくハクオロに話し掛ける。

「ハクオロさん……少し休んだ方が良いですよ」

「いや、しかし、そういうわけにも……」

「ベナウィさんには、私から言っておきますから……」

「うっ、むう……」

 半ば有無を言わせぬ迫力で、エルルゥはハクオロを引き止める。
 そんなエルルゥに逆らえるわけもなく、ハクオロは再び腰を下ろした。

「では、お言葉に甘えさせてもらおうか」

「はい♪ では……」

 ハクロオの言葉に、嬉しそうに微笑むエルルゥ。
 そして、何を思ったのか、ハクオロの隣まで移動すると……、

「どうぞ♪」

 ……と言って、自分の太腿をぽんぽんと叩いた。

「――なに?」

 エルルゥの行動が何を意味するのか……、
 それが分からないほど、ハクオロも朴念仁ではない。

 いつもなら、気恥ずかしさのあまり、躊躇するのだろうが……、

 ここ最近、エルルゥとともに過ごしていなかったこともあり……、
 また、柔らかな膝枕のお誘いを断わるのは、あまりに惜しく……、

 そして、エルルゥも、実は恥ずかしいのだが、
それでも、精一杯、勇気を振り絞っての行為だと気がついていたので……、

「えっと……じゃあ、頼む」

「は、はい……」(ポッ☆)

 ハクオロは、軽く佇まいを正すと、
エルルゥの太腿へ、ゆっくりと体を傾けていく。

 と、その時……、



「エルルゥ、邪魔するぞ!」



「うおっ!?」

「うきゃあっ!!」

 いきなり、オボロが乱入してきた為、二人は慌てて身を離す。

「――? どうした、兄者?」

「な、なんでもない、なんでもないっ!」

「そうか? なら、良いが……?」

 ある意味、ハクオロ以上に察しの悪いオボロは、
二人の逢瀬を文字通り邪魔してしまったことにも気付かず、部屋の中へと入ってくる。

「う〜……」(怒)

「あ、兄者……なんか、エルルゥが怒ってるぞ?」(汗)

「――私は知らん」

 それでも、エルルゥの機嫌が悪い事には気が付いたようだ。
 恨みがましい目つきで睨まれ、オボロの身に戦慄がはしる。

 さすがは、毎日のようにつまみ食いをして、エルンガーモードのエルルゥに、
追い駆け回されていることだけはある、と言ったところか……、

 このところ、どんどん『辺境の女』になってきているエルルゥ。
 さらには、性格も祖母のトゥスクルに似てきていたりする。

 もしかしたら、この皇宮で、彼女に逆らえる者は、もういないのかもしれない。

 と、それはともかく……、

「それで、オボロさん……何かご用ですか?」

 ムスッとした表情のまま、オボロに話を促すエルルゥ。
 どうやら、サッサと邪魔者には退散してもらおうという考えのようだ。

「あ? ああ、そうだった。頼んでおいた薬は出来てるか?」

 エルルゥの言葉で、ここに来た目的を思い出したのだろう。
 オボロはそう言うと、エルルゥに向かって手を差し出す。

「あれですか? 今、ちょうど方薬できたところですよ」

「おお、すまないな」

「――? オボロ、それは何の薬だ? また二日酔いの薬か?

 エルルゥから薬を受け取るオボロを見て、以前の出来事を思い出したのか、
ハクオロは、何気なくオボロに訊ねた。

「いや、これは痔の薬だ」

 相手が、兄貴分であるハクオロだからだろう……、
 オボロは、何の恥ずかしげも無く説明する。

「――痔? なんだ? 旅をしている間、そんなにウマに乗っていたのか?」

 ハクオロが封印されていた半年間……、
 オボロはユズハが残して逝った赤子を連れて、流浪の旅に出ていた。

 その際、ウマを使っており、それでオボロが痔になったのだ、と、ハクオロは思ったのだが……、

「赤子を連れているのに、あんなモノに乗れるわけがないだろう」

 元々、ウマはあまり好きではないオボロである。
 返ってきたのは、やはり、そんな言葉だった。

「じゃあ、どうして痔なんかに?」

「知らん。今朝、厠に行った時に初めて気が付いた」

「そ、そうか……」(汗)

 なんとなく……、
 なんとなくだが……、

 その原因に心当たりがあったりするハクオロ。

 しかし、皇として早計は禁物。
 取り敢えず、ハクオロは何も言わないことにした。

 関わりたくないので逃げた、とも言う……、

「まあ、なっちまったものは仕方ないからな、サッサと治してしまうに限る。
それじゃあ、エルルゥ、世話になったな」

「いえいえ、お大事に」

 エルルゥから受け取った薬袋を、ポンポンと手の上で弄びつつ、
部屋を出て行こうと背を向けるオボロ。

 そのオボロを、何かを思い出したように、エルルゥが呼び止めた。

「あ、言い忘れてましたけど……、
その薬、飲み薬じゃなくて塗り薬ですから、ちゃんと患部に塗ってくださいね」

 と、そのエルルゥの言葉に、オボロは眉を顰める。

「ちょっと待て。場所が場所だけに、自分では無理だぞ?」

「はい、ですから、誰かに頼んで塗って貰ってください」

「そ、そうか……じゃあ、エルルゥ、頼――」

「――せいっ!!」


 
ゴスッ!!


「おぶっ!!」

 オボロが薬をエルルゥに薬を渡そうとした、その瞬間、
ハクオロの鉄扇が、オボロの脳天に、容赦なく振り下ろされた。

「……他の者に頼め」

 アヴ・カムゥの装甲すら粉砕するハクオロの一撃を食らい、床を転げ回るオボロ。
 そんなオボロに、ハクオロは冷たく言い放つ。

 一応、誤解の無いように言っておくが……、
 オボロは、別に他意があって、処置をエルルゥに頼もうとしたわけではない。

 エルルゥは薬師なのだから、痔だろうが何だろうが、
その処置を頼もうと考えるのは、至極、当然のことなのだ。

 だが、いくら相手がオボロとはいえ、場所が場所である……、
 ハクオロに言わせれば『人の女に何やらせるつもりだ、この馬鹿は』と言ったところか……、

「し、しかし……他に頼める奴など……」

 頭から血をダクダクと流しながら……、
 それでも、意外と平気そうな様子で、オボロは知っている顔を思い浮かべてみる。


 ベナウィ――
 クロウ――
 アルルゥ――
 カルラ――
 ウルトリィ――
 カミュ――
 トウカ――
  ・
  ・
  ・


「ぐあ……」

 とてもじゃないが、こんな事を頼める者などいない。
 もし、頼もうものなら、半殺しどころか、九割殺しは確実だ。

「仕方ない……なんとか自分でやってみるか」

 自分の幹部に、自分で薬を塗る……、

 その際の、自分の姿を想像して、
そのあまりの情けなさに軽く溜息をつきつつ、オボロは薬を懐にしまう。

 と、その時……、

 ちょうど良いタイミングで……、
 それはもう、狙いをすましていたかのようなタイミングで……、

「「それなら、僕達がやりましょうか?」」

 オボロの部下であるグラァとドリィが部屋に入って来た。

「おおっ! そうだな! お前等なら付き合いも長いし、気兼ね無く頼めるな!」

「「はい♪ お任せください♪」」

 二人の提案にポンッと手を打つオボロ。

 その言葉を聞き、グラァとドリィは、
何故か嬉しそうに頷くと、オボロの手を引いて、部屋を出て行く。

「「さあ、それじゃあ、早速、お部屋へ……♪」」

「すまないな……こんな事を頼んだりして……」

「「お気になさらないでください♪ それに、原因は僕達にもありますし……」」

「――ん? 今、何て言った?」

「「いえいえ、こっちのことです♪」」

「そうか? それじゃあ、兄者、エルルゥ、邪魔したな」

「「兄様、エルルゥ様、失礼しました」」





「…………」(汗)

「…………」(汗)





 ハクオロ達への挨拶もそこそこに、部屋を出て行くオボロ達。
 そんな彼らを、ハクオロとエルルゥは、呆然と見送る。

「……行っちゃいましたね」

「うむ……」

「なんか……いくつか気になることを言っていたような……」

「深く考えるな……それがオボロの為だ」

「そ、そうですね……」





「…………」(大汗)

「…………」(大汗)





 考えてはいけないと思いつつも……、
 ヒトの業故か、二人は、どうしても好奇心(というか怖いもの見たさ)を抑え切れない。

 そんな好奇心を振り払うかのように、ハクオロは深く深く溜息をつく。

「なんだか……ドッと疲れが出てきたな」

「そ、そうですね……」

「そういうわけだから……エルルゥ、頼むな」

「はい……?」


 
――ぽふっ♪


 不意を突くかのように……、
 さり気無く、ハクオロの頭が、エルルゥの膝の上にのせられる。

「え? え? え?」

 一瞬、自分がどんな状況に置かれているのか理解できず、混乱するエルルゥ。

 だが、すぐに落ち着きを取り戻すと、
自分の膝の上で目を閉じるハクオロの頭にそっと手を添える。
 
 そして、優しく……、
 まるで、赤子をあやすかのにように、その長い髪を梳く。

「髪……伸びましたね」

「そうか……?」

「今度、また切ってあげますね」

「次は失敗しないでくれよ」

「もう……」








 こうして……、
 今日また、平和な日々は過ぎていく……、
















 余談だが……、
 次の日、歩き方がぎこちないオボロを見たハクオロは……、

「グラァとドリィには、
ほどほどにするように言っておかないとマズイかもな……」

 と、心の中で呟いたそうな……、








<おわり>
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