月姫 SS

     
はっちゃけ琥珀さん♪







 
キーンコーンカーンコーン……


「お〜い、遠野〜? 今日はメシはどうするんだ?」

 昼休み開始のチャイムが校舎に鳴り響き、教室にいる生徒達が昼食を摂り始める。

 弁当箱片手に、友人達の輪に入っていく者――
 競争率の高いパンを求め、購買に走る者――
 財布を持って、食堂に向かう者――

 そして、今日は珍しく朝から来ていた我が悪友も、
いつものように、俺と一緒に昼食を食べようと寄って来たのだが……、

「……どうした?」

 昼休みが始まった途端、机に突っ伏した俺に、
寄って来た有彦は訝しげな表情を浮かべる。

「――もしかして、また調子でも悪くなったか?」

 俺と有彦との付き合いは長い。

 だから、俺が慢性の貧血持ちで、突発的に倒れたりすることを知っていおり、
俺の体調が悪くなった時は、よくコイツの世話になっていた。

 そのへんの経験から、今回もそれだと判断したのだろう。
 有彦は俺を気遣い、俺の顔を覗き込んでくる。

「いや……そういうわけじゃない」

「あ、そうなのか?」

 突っ伏したまま答えた俺の声の調子から、本当に何でも無いと分かったのだろう。
 有彦は、それはもうアッサリとした口調で、話を切り上げる。

「何でもないんだったら、サッサとメシ食いに行こうぜ。
それで、今日はどうするんだ? 学食か? 購買か?」

 ただ、昼食をどうするのかを決めるだけの事なのに、何がそんなに楽しいのか、
有彦はやたらと弾んだ口調で、そう俺に訊ねてくる。

 そんな相変わらずのテンションを保っている有彦に、
俺はやはり机に突っ伏したまま、力無く……、

「……今日は、お前一人だけで行ってくれ」

 ……と、その誘いを断った。
 すると、有彦は眉をひそめ、再び俺に訊ねてくる。

「――あ? どういうことだ? 食欲が無いのか?」

「そういうわけじゃない……」

「じゃあ、どういうことなんだよ?」

「…………」

 その疑問に答えて良いものかどうか、一瞬、迷う俺。

 コイツのことだ……、
 事の真相を知ったら、絶対に、俺のことを指差して笑うに違いない。

 いや……でも、コイツだって鬼ではないわけだし、
正直に話せば、もしかしたら、俺の力になってくれるかもしれない

 ――よしっ!
 ここは、有彦の人情というやつに期待してみるかっ!

 全てを有彦に打ち明けることにした俺は、
ゆっくりと体を起こして、真剣な眼差しを有彦に向ける。

 そして……、








「……実はな」

「ああ……」
















「…………金が無いんだよ」

「――はあ?」
















 実は、有間の家から遠野家に移ってからというもの、
俺の財布の中は、いつもスッカラカンである。

 ようするに、常に金欠なわけだ。

 何故かと言うと、俺には『小遣い』というものが存在しないのである。

 まあ、秋葉に頼めば、貰えるのかもしれないけど……、

 でも、いくら遠野家の当主が秋葉だからとはいえ、その兄である俺が、
妹の秋葉から小遣いを貰うというのは、なんとも情けない話ではなかろうか。

 ハッキリ言って、そんな真似はできない。
 つまらない意地なのかもしれないが、兄としてのプライドが許してくれない。

 というわけで、当初は、バイトでもして、自分の小遣いを稼ごうと思っていたのだが、
秋葉は、俺がバイトをすることを許してくれなかった。

 その理由としては……、

 遠野家の長男がそんな真似をしては、親戚達に示しがつかないということ。
 そして、それ以上の理由として、俺のこの体にある。

 先程も言ったが、俺は慢性の貧血持ちだ。
 さらに、アルクェイド曰く、俺はいつ死んでもおかしくないような体らしい。

 そんな俺が、バイトなどをして、もしも体調を崩したりしたら……、

 と、そう言った理由で、バイトをすることを反対されてしまったのだ。

 まあ、無視してしまえば良いのかもしれないが、秋葉も翡翠も琥珀さんも、
俺のことを心配してくれているのだから、そんな真似はしたくない。

 そういうわけで……、

 秋葉から小遣いも貰うわけにもいかず……、
 かといって、バイトして小遣いを稼ぐわけにもいかず……、

 俺の収入源は、完全に絶たれてしまっているわけだ。

 いや……、
 正確に言うと、完全に、というわけではない。

 さっき、有彦が言っていたが、
普段、俺達は学食を利用するか、購買でパンを買って食べている。

 となれば、当然のことながら、金が必要になってくる。

 では、その昼食代は何処から出てきているのか?
 それは、毎朝、琥珀さんから、昼食代として500円を受け取っているのだ。

 つまり、この昼食代をいかに浮かせるかが、俺の収入の全て、というわけだ。

 ちなみに、これは余談だが……、

 以前、琥珀さんが、毎日弁当を作ろうかと、提案してくれた事もあったが、
その申し出は、琥珀さんに悪いと思いつつも、丁重に断らせてもらった。

 これ以上、琥珀さんの負担を増やすわけにもいかないし、
俺はその日の気分で、ご飯を食べる場所を変えるから……というのが表向きの理由。

 本当は、この唯一の収入経路を失うわけにはいかなかったから、である。

 ……なんか、自分で言ってて、凄く悲しくなってきたな。

 あんな大きな屋敷に住んでいながら、
なんで、こんな貧しい悩みを持ってるんだろう?

 まあ、それはともかく……、

 そういうわけで、本来なら、今、俺の財布には500円が入っている筈なのだが、
今日に限って、俺の財布の中には、パンもロクに買えない程度の金額しか入っていないのである。

 では、何故、今日の昼食分のお金が、財布に入っていないのかと言うと……、

 その答えは、至って簡単……、
















 ……琥珀さんからお金を受け取ってくるのを忘れたのだ。
















「ぶははははははははっ!!」


「お前な……ちょっと笑いすぎだぞ」(怒)

 俺の話を聞き、案の定、俺を指差して笑いやがる有彦。

 予想していた事とはいえ、実際にやられるとかなり腹が立つ。
 その怒りを込めて、俺が睨み付けてやると、ようやく有彦は笑うのを止めた。

「いや〜、なかなか笑わせてもらったよ、遠野君」

「やかましい」

 そんなに人の不幸が楽しいのか……、
 そう言って、俺の肩をポンポンと叩く有彦の手を、俺は乱暴に振り払う。

「でも、なんでまた、そんな大事なことを忘れたんだよ?」

「寝坊したせいでギリギリの時間だったんだよ。
で、急いで来たものだから……それで、な」

「おいおい……お付きのメイドさんに起こしてもらってるご身分のクセに、
なんで寝坊なんか出来るんだよ?」

 と、俺の言葉を聞き、呆れる有彦。

 だが、俺の寝付きの良さは有彦も知るところなので、
有彦はそれについては特にツッコむことなく、話を続ける。

「――で? 今、財布の中にはいくら入ってるんだよ?」

「32円」

「……そりゃまた、微妙にリアルな金額なこって」

 そう言って、大きく溜息をつく有彦。
 そして、ポケットからおもむろに自分の財布を取り出し……、

 ……って、あれ?
 こいつ、もしかして……、

「しょうがねーなー……いくらあれば足りるんだ?」

 その有彦の言葉に、俺は感動する。

 なんだかんだ言っても、いざって時は頼りになる奴である。
 やっぱり、持つべきものは『友』だよな〜。

「……貸してくれるのか?」

「あ? ンなわけねーだろ? いつもスカンピンのお前に金貸して、
返ってくる保障が何処にあるんだよ?」

 と、その言葉とは裏腹に、有彦は俺の机の上にパチンッと500円玉を置いた。

「……もしかして、奢ってくれるか?」

 その500円玉を握り締めつつ、俺は有彦に訊ねる。
 すると、有彦はニヤリと笑い……、

「違うな……」

 そう言って、俺の手の中にある500円玉を指差すと……、





「……それは施しだ♪」





 ……と、言いやがった。

「一瞬でも、お前に感謝した俺が馬鹿だったよ……」

 勝ち誇った笑みを浮かべる有彦をジト目で睨みつつ、俺は500円玉を突き返した。

 正直、かなり名残惜しいが、コイツに施しをうけるくらいなら、
あと数時間、空腹に堪えた方が遥かにマシだ。

「ん? なんだ、いらねぇのか? 人の親切は素直に受け取るべきだぞ?」

 と、意地悪く言い、有彦は俺が返した500円玉を財布にしまう。

「やかましい……どんなに貧しくても、お前からの施しだけは死んでも受けん」

「あはー♪ その通りですねー♪
私の志貴さんは、そんな真似をする必要はありませんよー♪」





「…………」(汗)

「…………」(汗)





「……なあ、有彦」

「何だ……遠野?」

「今……この場に相応しくない人の声が聞こえなかったか?」

「ああ……しかも、何気に爆弾発言してたな」

「あの、志貴さん? この場に相応しくないって、誰のことですか?」








「あなたのことですよ……琥珀さん」








 ――そう。

 その声の正体は……なんと、琥珀さんだった。

 いつの間に現れたのか……、
 琥珀さんが、教室の中に入ってきていたのだ。

 ……しかも、いつもの着物姿のままで、である。

 学校の教室の中に、着物姿の美少女が一人……、

 ハッキリ言って、琥珀さんの存在は目立っていた。
 そりゃあもう、目立ちまくっていた。

「こ、琥珀さん……どうして、こんな所に?」

「あはー、それはですね〜……」

 ……にも関らず、堂々とした態度の琥珀さんは、
訊ねる俺に向日葵のような笑み向けると、持っていた風呂敷包みを俺に差し出した。

「今朝、志貴さんにお金をお渡しするのを忘れてしまいましたから、
そのお詫びに、こうしてお弁当を作って届けに来たんですよ♪」

「琥珀さん……」

 琥珀さんのその言葉を聞き、
なんというか、俺は感激のあまり、何も言えなくなってしまう。

 琥珀さんは何も悪くないのに……、
 全部、寝坊した俺が悪いのに……、

 それなのに、琥珀さんは、こんな俺の為に弁当を作ってくれて、
わざわざ学校まで届けに来てくれるなんて……、

 ええ人や〜……、
 ホンマにええ人や〜……、

 さすがは、俺内部の『嫁さんにしたい娘ランキング』で、
翡翠と同率1位にいる人だけのことはあるな。

「ありがとう……琥珀さん」

「いえいえ……そんなに気になさらなくて結構ですよ。
これは、私が好きでやっていることですから♪」

 琥珀さんの心遣いに感涙する俺。

 そんな俺に、琥珀さんは照れ笑いを浮かべつつ、
風呂敷包みを俺の机の上に置くと、パッとそれを広げた。

 その中から出てきたのは、二つの弁当箱……、

「あれ? なんで、二つも入ってるの?」

 と、その二つの弁当箱を指差し、訊ねる俺。

 すると、琥珀さんは、さも当たり前の事を言うかのように、
サラリととんでもない事をのたもうた

「なんでって……一つは志貴さんの分で、もう一つは私の分ですから〜♪」

「…………はい?」

 それはもう、楽しそうにそう言って、
琥珀さんは、俺の前の座席の椅子をクルリと回し、そこに座る。

 その琥珀さんを前に、俺は、ただただ呆然とする。
 だが、なんとか立ち直り、俺はもう一度、琥珀さんに訊ねた。

「あ、あの……それはどういう意味なんでしょうか?」

「もちろん♪ 私も昼食をご一緒させて頂くんですよ♪
せっかく来たんですから、このまま帰るのは勿体無いですから♪」

「ご一緒って……俺と?」

「はい♪」

「もしかして……ここで?」

「はい♪」

「…………」(大汗)

 何度も確認をする俺の言葉に、これまた何度も丁寧に頷く琥珀さん。
 その琥珀さんの首が縦に動くたびに、俺の頭は真っ白になっていく。

 ……ちょっと待った。

 ――弁当を食べる?
 ――この教室で?
 ――琥珀さんも一緒に?

 琥珀さん……、
 お願いですから、それだけは勘弁してください。

 教室で女の子と一緒に弁当を食べるって行為だけでも、かなり恥ずかしいのに……、
 そこへ、さらに、この学校の生徒ではない着物姿の美人、という要素が加わったら……、

 ……ダメだ。
 そんなプレッシャー、俺には堪えられない。

 それに、もし、ここでそんな真似をしたら、確実に敵を増やすだろう。
 特に有彦を筆頭に、な……、

 い、いかん……いかんぞ。
 どうにかして、そんな事態は避けないと……、

 ようやく手に入れた、この平穏な日々を、そう簡単に失うわけには……、

「あ、あのさ……琥珀さん?」

「はい? 何ですか? まさか、私と一緒には食べられないって仰るのですか?」

 と、悲しげに言う琥珀さん。
 だが、その口元が笑っているのを俺は見逃してはいない。

 ちっ……さすがは琥珀さん。
 素早く先手を打ってきたか……、

 ならば……、

「いや……もちろん、一緒に食べるのはやぶさかじゃないけど、
せめて、場所を移動しない? ここじゃ、ちょっと落ち着かないし……」

「そうですか? じゃあ、何処に行きましょうか?」

「そうだね……例えば、中庭とか屋上とか」

「着物が汚れるからイヤです」(キッパリ)

 うわ……、
 思い切り即答だし……、

 どうやら、琥珀さんは譲るつもりは無いようだ。

 おそらく……いや、間違い無く、琥珀さんは、この状況を楽しんでいるな。
 まったく、琥珀さんのイタズラ好きにも困ったものである。

 まあ、それが、琥珀さんの可愛いところでもあるんだけど……、

 しかし、だからと言って、この状況を容認する理由にはならない。
 俺の平穏な学校生活を守るためにも、せめて、場所だけでも移動しなければ……、

 だが、屋上もダメ、中庭もダメとなると、あとは学食くらいしか残っていない。
 そんなところで、琥珀さんと一緒に弁当を食べたりしたら、余計に敵が増えるだけだ。

 となると、残るは、もうあそこしか……、

「じゃ、じゃあ、茶道室でシエル先輩も一緒に……」

「あは〜♪ 何をお馬鹿な事を言ってるんですか、志貴さんは?
あんな何処ぞの大食い戦隊と互角に渡り合えるような食欲魔人の所なんかに行ったら、
私達の食べる分がなくなっちゃいますよ」

「い、いや、でも……」

「それに、今日のシエルさんはカレー曜日ですから、茶道室にはいないんじゃないですか?」

「そ、そういえば、そうだったような……?」

 と、琥珀さんの言葉に、納得してしまう俺。

 ちなみに、カレー曜日というのは、基本的に弁当派のシエル先輩が、
学食で好物のカレーを食べる日のことである。

 確かに、琥珀さんの言う通り、今日はカレー曜日だ。
 シエル先輩のことだ……今頃、学食で大盛りのカレーを幸せそうに食べているに違いない。

「となると、茶道室は使えない、ってことか……」

「そうですよ〜♪ だから、あんな『なんちゃって女子高生』のことなんか忘れて、
今日は私と一緒にご飯を食べましょうね〜♪」

 と、何気に無茶苦茶ヒドイことを言いつつ、
琥珀さんは俺の机の上に、二人分の弁当を広げていく。

 どうやら、どんなに説得しても、引くつもりはないようだ。

 仕方ない……、
 ここは、潔く諦めるしかないか……、

 と、軽く溜息をつき、俺は観念して、琥珀さんと一緒に弁当を食べることにした。

 ……それに、もし逃げたりしたら、後がムチャクチャ怖いし、な。

 しかしまあ、『なんちゃって女子高生』とは、琥珀さんも上手いこと言うな〜。
 とてもじゃないが、本人の前では言えないけどさ……、

 ところで、今、琥珀さんが言ってた『大食い戦隊』って、何のことなんだろう?
 そんな名前の戦隊モノの特撮番組なんて聞いたこと……、

「さあさあ♪ 今日はちょっと頑張ってみたいですよ♪
た〜っぷりと食べてくださいね♪」

「はいはい……それじゃあ、ありがたく頂きます」

 と、琥珀さんにお礼を言い、弁当箱の蓋を開け……、





「――ぶっ!?」





 ……その中身を見た瞬間、慌てて蓋を閉めた。

「あら? 志貴さん、どうしました?」

 その俺を様子を見て、してやったりの笑みを浮かべて訪ねてくる琥珀さん。

「……勘弁してくださいよ」(泣)

 その弁当のあまりの凄まじさに、俺は頭を抱える。

 白いご飯の上に、ピンク色のそぼろで描かれたハートマーク――
 さらに、そのハートマークの中に黄色のそぼろで書かれた『志貴さん☆LOVE』の文字――

 ――そう。
 その弁当は、いわゆる……、

 ……愛妻弁当、というやつだった。

 琥珀さん……、

 あなたは、こんな恥ずかしいものを、
クラスメートが見ている前で食べろ、と、俺に言うのですか?

 いや、それだけでは飽き足らず……、





「ああっ!? なんてことでしょう!!
志貴さんのお箸を持って来るのを、うっかりと忘れてしまいました!」

「だ、だったら、食堂で割り箸を……」

「……でもまあ、考えてみれば、お箸なんて一膳あれは充分ですよね♪」

「人の話を聞こうよ……」

「というわけですから、二人で食べさせ合うことにしましょう♪」

「あ、あの……琥珀さん?」

「はい、志貴さん……あ〜ん、してください♪」

「…………」(大汗)





 ……そんな事まで、俺に要求するのですか?

 お願いです、琥珀さん……、

 これ以上、皆の前で、突っ走った真似をしないでください。
 俺の平穏な学校生活を壊さないでください。

 ……皆の視線が、それはもう痛いんです。(大泣)

 だが、俺のそんな苦悩を知ってか知らずか……、

 いや、絶対に承知した上で、琥珀さんはタコさんウインナーを箸でつまみ、俺に差し出してくる。
 万が一、落ちても大丈夫なように、左手が添えられているのが、なんとも良い感じだ。

 でも、この状況で、そのウインナーを口に出来る程、俺の度胸は座っていないわけで……、





「こ、琥珀さん……あのさ……」

「はい、あ〜ん♪」

「俺、自分で食べられるから……」

「はい、あ〜ん♪」

「いや、だから……」

「はい、あ〜ん♪」

「その……」

「はい、あ〜ん♪」

「………………」(大汗)





 琥珀さんに差し出されたウインナーを前に進退極まった俺。

 そんな俺の横から、ずっと話の蚊帳の外に放り出されていた有彦が割り込んできて、
そのウインナーを食べようと口を開く。

 だが、それよりも早く……、





「どうした、遠野? お前が食べないと言うのなら、このオレが……」

「あは〜♪ そんなお馬鹿なことを言う図々しい人には、罰としてお注射しちゃいますよ〜♪」


 
――ぷすっ☆


「――うっ!!」


 
パタッ!!


「有彦っ!?」





 琥珀さんが、袖の下から素早く注射器を取り出し、
有彦のけ頚動脈に突き刺した。

 そして、その色鮮やかな毒々しいパステルグリーンの薬物を注入され、
有彦は白目を剥いて、バタッと倒れ伏す。

「こ、琥珀さん……さすがにこれはヤバイのでは?」

「大丈夫ですよ〜♪ ただの即効性の高い鎮静剤ですから〜♪
人体には何ら害はありませんよ〜…………
多分

「今、なんか微かに不穏な言葉が聞こえたような……」

「気のせいですよ、気のせい♪
それよりも……早く、あ〜ん、してください♪」

 倒れた有彦のことなど、まったく気にすることなく、琥珀さんは、
再びウインナーを俺に差し出してくる。

 ただ、空いた右手は、さり気なく袖の下に入れられていたりして……、





 どうやら……、
 もう、完全に、俺に逃げ場は無いようだ。





「はいはい♪ 志貴さん、早く食べないと時間がなくなっちゃいますよ♪」

「う、うん……」

「それでは……はい、あ〜ん♪」

「…………」(滝汗)








 ……こうなったら、覚悟を決めよう。

 この後、どんな目に遭うか分からないけど……、
 ハッキリ言って、とても怖いけど……、

 ……琥珀さんのお仕置きよりは、遥かにマシなはずさ。

 でも、俺……明日は学校に来れるかな?
 ってゆーか、無事に家に帰れるかな?

 ああ……、
 有間の家に居た頃が懐かしい……、








 と、心の中で涙を流しながら、俺は……、








「……あ〜ん」(泣)








 ……そのウインナーは、なんだか涙の味がした。
















 その後も、俺と琥珀さんは、一つの箸を使い回して、
お互いに弁当を食べさせあったのだが……、

 その間、周囲にいるクラスメート達の視線の痛いこと痛いこと……、
 特に男達の視線には、殺気が込められてたし……、

 唯一の救いは、琥珀さんの笑顔だけである。
 その笑顔が、イタズラ成功による会心の笑みじゃなければ、もっと良かったけどな。

 まあ、それはともかく――

 俺……当分、暗い夜道は歩けないな。

 いや……昼夜問わず、一人で出歩くのも危ないかもしれない。
 奴らの今の殺気は、それだけならネロ・カオスやロアに勝るとも劣らないからな……、

 だから……、
 また、しばらくは……、

 ――あの死と隣り合わせの、壮絶な生活が続くようだ。













 さようなら――

 ……俺の平穏。(泣)








<おわり>
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