To Heart SS

            
じゅっ、じゅっ、呪文!








 放課後、俺は来栖川 芹香先輩に呼ばれて
オカルト研究会の部室へとやってきた。

「……ちわーっす」

 
――ギィィィィ……

 
バタン……

 部室のドアを開けて俺は中に入った。

 それにしても、さすがはオカルト研究会の部室だぜ。
 ドアの開く音一つだけでも、なかなかの雰囲気をかもし出しやがる。
 見た目はそんなに古くないんだけどな……。

 ま、それはともかくとして……、

 俺は部室の中を見渡した。

 カーテンは閉め切られた薄暗い部屋……。
 唯一の光源であるロウソクの火に照らし出される妖しい道具の数々……。
 床のプレートに描かれた魔方陣……。
 そして、何よりも部屋全体のなんとも言えない異様な雰囲気……。

 ふう……相変わらず凄まじい不気味さだぜ。
 ま、いい加減慣れたけどな。

「……先輩は、まだ来てないみたいだな

「…………(ボソボソ)」

「おわあっ!!」

 突然、背後からか細い声が聞こえ、俺はその場から飛び退いた。

「せ、先輩っ?!」

 慌てて振り向くと、そこには先輩がいた。
 とんがり帽子に黒マント……いつもの魔術師ルックだ。

「せんぱ〜い、脅かさないでくれよ〜」

 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 ったく、心臓に悪いぜ。

「それにしても、いつの間に中に入ってきたんだ?」

「…………」

「……え? 最初から部室の中にいた?」

「…………(こくこく)」

「でも、俺が入った時には見当たらなかったけど……」

「…………」

「俺を驚かそうとドアの影に隠れていた? ……あ、そなの」

 ……先輩……結構、お茶目なのな。

「で、今日は一体何の用なんだ? また降霊会でもやるのか?」

 気を取りなおして訊ねると、先輩は首を横に振る。

「え? 新しい呪文を覚えたから、見て欲しいだって?」

「…………(こくこく)」

 なるほど……新しい呪文か。
 何となく身の危険を感じたりもするが、見てみたいのも確かだ。

「よし。じゃあ、さっそく見せてくれよ」

 俺の言葉に先輩は頷き、魔方陣の中央に立つと、
ポツリポツリと呪文を唱え始めた。

 一生懸命呪文を唱える先輩を、ただジッと見つめる俺。

 こうしている時の先輩って、すごく綺麗だよなぁ。

 やってることは黒魔術なんだけど、
なんかこう、神々しいというか、まるで女神様みたいだ。

「…………」

 先輩は、まだ呪文を唱えている。

 ……一体、どんな呪文を唱えているんだろう?

 何となく気になった俺は、先輩の口から紡ぎ出される声に意識を集中した。

 俺の耳に呪文の内容が聞こえてくる。

「ザーザード・ザーザード・スクローノー・ロークスーク……」

「ちょっと待った」

 俺は先輩を呼び止めた。

 俺に呼ばれて、先輩の呪文は中断する。

 突然、静止されて首を傾げる先輩の肩を、俺はそっと掴むと……、

「……先輩、その呪文は危険だから止めような」

 ……と、言った。

「…………(こくん)」

 俺の言葉に、先輩は素直に頷いてくれた。

 良かった。どうなることかと思ったぜ。

 それにしても……先輩、俺を殺す気かよ……。





 次の日の放課後、また俺は先輩に呼ばれた。

「……また、新しい呪文か?」

「…………(こくこく)」

「…………」

 どうしよう。
 また昨日みたいのだったらイヤだし……。

 俺は返答に迷った。
 いくら先輩の頼みとはいえ、やっぱり俺だって命は惜しい。

 でも……、

「……分かった。やってみてくれ」

 思いっ切り不安はあったけど、俺に先輩の頼みを断れるわけもなく、
結局、付き合うことになってしまった。

「…………」

 それでは始めます、と言って、先輩は呪文を唱え始めた。

 昨日のこともあるので、俺は呪文の内容に耳を傾ける。

「……我が契約により聖戦よ…………」

 ふいに先輩は呪文を止めて、先輩は俺の方を見る。

「…………」

「何で止めないのかって?
……フッ、甘いな先輩。
音声魔術は声の届く範囲にしか効果はないんだぜ。
先輩の声じゃ、俺に被害は及ばない」

 ってゆーか、先輩、危ないこと分かってて唱えてるのか?






 次の日の放課後、またまた先輩に呼ばれた。

「……で、今度は何の呪文なの?

「…………」

「へえ……精霊魔法の呪文か」

 俺の返答を待たずして、先輩は呪文を唱え出す。

 例によって、先輩の呪文に注意を寄せる俺。

「キュッキュルキュル……」

 先輩の口から何やら革を擦り合せたような音が聞こえる。

「キュルキュルキュッ……っ!!」

 順調に呪文を唱えていた先輩だったが、
突然、口元を手で押さえてしゃがみこんでしまった。

 ……やっぱり、舌噛んだな。

 精霊魔法の呪文って、限界を超えた早口じゃなきゃダメだもんな。





 次の日、またまたまた先輩に呼び出された。

 でも、放課後じゃない。

 俺は真夜中のの学校の部室にいた。

 ――今日は満月の夜ですから。

 と言って、先輩が準備を始めて、もう30分くらいになる。

「ふわ〜〜〜……っとと」

 何か手伝える事があるわけじゃないので、ハッキリ言って暇だ。
 ついついあくびが出てしまい、俺はそれを慌てて噛み殺す。

 俺はチラリと腕時計を見た。

 もう午前2時を回っている。
 丑三つ時ってやつだな。

 それにしても、こんな時間まで起きてたら、明日の朝はつらいだろうな。

  と、そんな事を考えていると……、

「…………」

 小さなビンを持った先輩が俺をジッと見ていた。

「え? 終わったって?」

「…………(こんく)」

「じゃあ、早速、始めてくれよ」

 俺の言葉に先輩は頷き、持っていたビンを魔方陣の中央に置く。
 その時、一瞬、チャプンという音がビンから聞こえた。
 どうやら、中には水が入っているらしい。

 そして、さっきから用意していた三種類の粉を、スプーン一杯ずつ入れて混ぜる。

 先輩の説明では、一つはヤモリ、もう一つは薔薇、最後がロウソクで、
それらを焼いて潰して粉にした物らしい。

 全ての作業が終わり、先輩は小ビンに指を突き付ける。

 そして、一言、呪文を唱えた。

「…………」

 その呪文を耳にして、正直、俺はちょっと呆れた。

 おいおい……そんな嘘クセー呪文でいいのかよ。

 だが、俺の不安とは裏腹に『それ』は起こった。

 ポンッ! と音をたてて、ビンの中身が噴き上がったのだ。

 水と粉とが混ざり合った物が、キラキラと輝きながら俺達に降り注ぐ。

「…………」

「成功、したのか?」

「…………(こくん)」

 嬉しそうに頷く先輩。

「……で、これって、何の魔法なんだ?」

「…………(ポッ☆)

 俺が訊ねると、先輩は頬を赤く染めながら答えた。

 ――浩之さんが、私のことを好きになってくれる魔法です。

 ……と。

「……先輩っ!!」

 俺は感極まって、先輩を抱きしめていた。

 先輩……そんな事のために、俺なんかのためにここまで……。

 ……ったく、しょうがねーなー。

「バカだな、先輩は。そんな事しなくても、俺は先輩のこと、好きだぜ。
先輩のこと……愛してる」

 先輩は俺に思いを伝えてくれた。
 だったら、次は俺の番だ。
 そして、これが、俺の気持ちを全て込めた告白だった。

「……
ひろゆきさん

 先輩も、俺の背中に手を回し、俺の胸に体を預けてくる。

「……芹香」

 俺と先輩は見つめ合う。












 ……そして、唇を重ねた。












 そして、次の日の夕方……。

「ふう〜……」

 風呂から上がった俺は、濡れた頭をわしゃわしゃとタオルで拭きながらリビングに戻った。

「……ん?」

 その時、俺はテレビがつけっぱなしだった事に気が付いた。

 何かのアニメの再放送なのだろう。
 エンディングテーマが聞こえてくる。

 俺は、なんとなくその歌の歌詞の内容に耳を傾けていた。


   
月夜の晩の 丑三つ時に
   ヤモリと 薔薇と ロウソクを
   焼いて 潰して 粉にして
   スプーン一杯 混ぜるのさ

   そして一言唱えれば
   世にも不思議な呪文になるよ


   
ホロレチュチュパレロ!

   
じゅっ じゅっ 呪文 可愛いあの子に
   じゅっ じゅっ 呪文 ハートの引力 惹きつけろ

   ボクのことを好きになるように


            ・
            ・
            ・


 ……先輩……まさか、コレを見たんじゃねーだろうな。

 もしそうだとしたら、俺と先輩の告白のきっかけを作ったのは
このふざけた歌ってことに……。

「……ま、いいか」

 きっかけが何だろうと、俺達の思いは本物なのだから。

 俺は先輩のことを……。
 先輩は俺のことを……。

 何よりも大切に、誰よりも愛しく思っているのだから……。








<おわり>
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歌詞:『魔導王グランゾート』のエンディングテーマより引用